【私学訪問】最先端の、その「先」へ…広尾学園中学校・高等学校 田邊裕校長

 平成19年に広尾学園に改称・共学化してから、独特なカリキュラムと上位大学への進学率、優れたICT環境が注目を集め、多くの志願者を集めている広尾学園中学校・高等学校。学校生活や校風、ICT教育などについて田邊裕校長に話を聞いた。

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広尾学園中学校・高等学校 田邊裕校長
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  • 病理診断講座で実際の手術に立ち会う生徒たち
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 大正7年、板垣退助・絹子夫人らを中心に設立され、明治の女子教育の先駆者である下田歌子が初代校長に就任した順心女学校。以来、その国際的視野、自律と共生をモットーとする目標は現在にも生きている。平成19年に広尾学園に改称・共学化してからは、インターナショナルコースや医進・サイエンスコースの開設というカリキュラムの改新と共に、上位大学への進学率の急上昇や優れたICT環境に大きな注目が集まっており、多くの志願者を集めている。

 学校のようすや校風、ICT教育などについて、田邊裕校長に話を聞いた。

◆3つの「頂」が共鳴するカリキュラム



--学校生活でのようすについてお聞かせください。

 本校の教訓は「自律」と「共生」です。カリキュラムに限れば、その特徴は3つの頂(いただき)という言葉で表現されています。つまり本科、インターナショナルコース、医進サイエンスコースがあり、それぞれが自律しつつ共生しています。

 本科は当初はフラットなクラス編成ですが、やがて文系・理系、私大・国公立大と生徒の志望と適性に応えたクラスへと進めます。

 インターナショナルコースは、ほかのコースとカリキュラムや教科書が異なる部分もありますが、ほかのコースの生徒でも十分な英語力が認められた場合は、インターナショナルコースの英語の授業を受けることができます。このインターナショナルコースには、19人のネイティブ教員が属していますが、それぞれの専門教科で高度な指導力を持つ先生方が揃っており、担任や部活の顧問も担当してくれています。また、中学のインターナショナルコースは、英語が堪能な生徒のためのアドバンスグループと、英語が初歩レベルのスタンダードグループがあり、クラスとしては1つでありながら英語の習熟度によって授業を分け、きめ細かく指導しています。

 医進サイエンスコースは、理科の実験や研究に特徴があります。最先端の設備を使い、将来にわたって医学・科学への興味を持ち続けられる生徒を養成するための指導をしています。実験などでは担当教員に実験助手も付いて支援する手厚い体制です。

 生徒は、これら3コースに分かれながらさまざまな部活や生徒会、委員会活動を通じて出会い、共に学校行事を組織運営する中で共生を身に付けていきます。コースが違っても進学先が同じになることもあり、たとえば2016年は東大の理科1類には、医進サイエンスコースからも本科の理系国公立クラスからも合格者を輩出しました。海外の大学に進学を希望する生徒もおり、卒業生の進学先からは学園生活を通じて多様な価値観が育まれているのを感じます。

 若く優秀な教員が多く、大変意欲的に授業の改善、工夫に力を注いでいます。生徒たちの能力をどんどん引き出すファシリテーターとして、授業を盛り上げてくれています。

◆国内外から注目される校風、その秘密



--校風について、どのように表現できますか。他校に比べてユニークだと思われる点はどういった点でしょうか。

 「先進性」と「多様性」だと思います。

 まず「先進性」についてですが、全館冷暖房で研究活動や実験のためのラボや、3Dプリンターを7台備えたICTルームなどの先進的設備だけでなく、生徒ひとりひとりが持つ情報・通信機器とその技術、教育には、日本国内はもとより、世界からも高い評価を得ています。実際多くの進学校、大学付属校、教育委員会、文部科学省、日本経済団体連合会(経団連)、国会議員など国内だけではなく、諸外国からの教員団、オーストリアの大臣なども海外から視察に訪れています。グーグルのシュミット会長が来校した際には、新聞などで大きく取り上げられました。

 国内外からの視察は、教員や生徒への刺激となり、さらに先進的な技術や考え方を追求する意欲を掻き立てます。生徒たちには、施設、機材を駆使して新たな知見を獲得する意欲に溢れています。

 次に、「多様性」は生徒の構成についてです。共学であることと同時に、3コースがお互いに刺激し合って多様な考え方、多様な趣味、指向を持った生徒が共存しています。いわば人工林の均一な“美林”ではなく、自然林の広葉樹と針葉樹の“混合林”のような、実際に一般社会に普通にあるような構成です。特定有名大学への進学を希望するだけではなく、国内外のさまざまな大学におもいおもいに分かれて進学して行きます。

--学校行事など、力を入れて取り組まれていることについてお聞かせください。

 まずは、中学・高校の入学直後のオリエンテーション合宿です。八ヶ岳の麓にある宿泊研修施設「富士見スコレー」で寝食を共にしながら議論して、自分の将来を語り、クラスの方向性などについてまとめてゆく、新たな出発点を確実にすることを目指しています。

 そして広尾学園の生徒全員がプレゼンテーションを行う、秋の文化祭「けやき祭」です。生徒たちのプレゼンテーション力はこの文化祭で磨かれていると言っても過言ではありません。文化祭のほかにも、校外で行われるさまざまなコンテストや発表会、学会などに積極的に参加し、その発信力には高い評価を得ています。

 また、広尾学園には「キャリア教育」の一貫として、さまざまな見学や実験、体験行事があります。生徒を医療、研究、企業など日本全国、ときには海外のあらゆる現場に連れて行き、社会がどう機能し、どう関連し、何を必要としているのかを理解し、その中で自分の生き甲斐を見つけることに期待しています。

◆さらにその「先」を見据えた教育を



--世界からも高い評価を受けているICT教育はどのようなものですか。

 入学時に、本科生にはiPad、医進サイエンスコースにはChrome Book、インターナショナルコースにはMacBook Proを購入してもらいます。これはあくまでも「ツール=道具」として、あらゆる教科で教員がその活用法を常に議論していますし、生徒からもどんどんアイデアがあがってきます。

 私はこのツールを使って多くの論文を読むことで、世界最先端の知見に触れてほしいと思っています。実際に広尾学園の生徒たちには、日頃の授業や教育活動の中で、論文を読み、調べ、プレゼンテーション資料を作って発表する場が豊富にあります。

 また、先ほど申し上げたように、広尾学園では「現場」を体験させる機会が多いのですが、一体どうやって、通常の教科指導を進めているのかとよく聞かれます。ここにもICTの活用があります。生徒たちが授業の準備などにICTを活用することにより、密度の濃い授業が実現できるのです。数多くの体験学習を通じて、生徒は一般的な教科学習にも積極的に取り組んでいます。

 将来、あらゆる学校にICTが普及していったとき、「広尾学園はさらにその先で何をやっているか?」ということを常に意識しています。ICT教育は世界を見てもまだ未踏の分野です。だからこそ、教員も生徒も、この未踏の世界で何か面白いことができないか、ワクワクしながら試行錯誤しています。自分たちが新たな歴史を作っている、というくらいの自負があると言ってもいいでしょう。広尾学園は常に変化し、常に最先端でなければならないと思っています。

--日本の大学入試制度改革についてどのようにお考えですか。

 広尾学園では日常の学びの中で、生徒の研究発表やプレゼンテーションの教育が進められており、この点について改めて対策を考える必要は感じていません。むしろ私はさらにその先を見据えたいと思っています。すなわち、生徒が勉強したくなる意欲や好奇心を生み出し、そのモチベーションが高まり続ける教育とはいかにあるべきか、ということです。

 大学ではよく「五月病」という言葉があります。新入生が入試で燃え尽きてしまい、5月ごろになるとドロップアウトしてしまうのです。それは、大学入試に合格することが最大の目的である「入試準備教育」を受けてきた結果であって、大学で勉強したいという動機付けができていないまま大学に入ってしまったからです。

 広尾学園では、生徒ひとりひとりが、医療や法曹の現場、一流の研究者や企業経営者の講演など多様なキャリア教育プログラムを通じて、自分が興味を持てる専門分野を見つけ出し、そのためにどの大学で何を勉強したいかを生徒に気づかせ、大学入試後の人生を考えさせることを目指しています。

◆圧倒的現場主義、自主性と柔軟さを備えた生徒へ



--現場の日本の教育の問題点、そしてそれを改善するためには何が必要だと思われますか。

 教科指導が座学中心になりがちで、時間や手間がかかる実験、実習、見学、体験など「現場主義」が軽視されてしまっていることが問題だと思います。

 現場では、何事にも誤り、失敗があることを知り、理論通りにはいかず、想定外の現象が起こりうることを学びます。また、物事には純粋に独立したものは存在せず、そこに介在する状態・関係の中で物事を理解する力を必要とします。さらには、現場にこそ、もっと知りたいという気持ち、いわば勉強の意欲を獲得する発見があるかもしれません。

 また、生活指導の面では、日本の初等・中等教育全般において、家庭のしつけの問題までをも学校が背負わされる傾向が強くなってきているように感じます。これは道徳の科目指導で解決できるレベルの問題ではありません。教員が本来の教科指導に力を注げるような環境整備が急務でしょう。

--校長先生の座右の銘を教えてください。

 私が好きな座右の名は「現場主義」です。何事も現場が大切で、判断に迷うときはその現場に行く、知らないことは現場に聞く、物事を理解するためにはその現場を見ることを心がけています。

--生徒にはどのような成長を期待されますか。

 校訓の「自律と共生」を噛み締めてほしいと思います。自主性を持ちつつ、人に和すことのできる「柔軟さ」を持った人になってほしい。そのためにも、広尾学園で過ごす日々の中で、自分のやりたいことを見つけてほしいと思います。親や先生、世間から何となく与えられるのではなく、自分で見つけたやりたいことであれば、上手くいかないときでも頑張れるし、工夫もできるし、発想を転換することもできるはずです。この「柔軟な思考力」が、今後ますます多様化する社会を生きていくうえでもっとも必要な力だと言えるでしょう。

--ありがとうございました。

 伝統の女子校から新進気鋭の共学校への大変貌には、特別な魔法があったわけではない。「職員の都合」より「生徒の将来」を優先するという、教育の本質を貫いてきた結果である。最先端のその先へ、広尾学園の描く未来に変わらないものは、生徒たちの輝く笑顔とエネルギーである。
《加藤紀子》

加藤紀子

京都市出まれ。東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、海外大学進学、経済産業省『未来の教室』など、教育分野を中心に様々なメディアで取材・執筆。初の自著『子育てベスト100』(ダイヤモンド社)は17万部のベストセラーに。現在はリセマムで編集長を務める。

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