「いま、子どもの“こころ”があぶない」発達心理学 渡辺弥生教授

 スクリーンタイムが長くなり、人と直接関わる機会が減ってしまった今、自分の気持ちをうまく表現できない、感情のコントロールができない子どもが増えているという。大人はどうやって支援していけばよいのか、渡辺弥生教授(法政大学)にお話を伺った。

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法政大学 渡辺弥生 教授
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 スクリーンタイムが長くなり、人と直接関わる機会が減ってしまったいま、自分の気持ちをうまく表現できない、理解できない、感情のコントロールができない子どもが増えているという。そんな子どもたちを周囲の大人がどうやって支援していけばよいのか。発達心理学専門の渡辺弥生教授(法政大学)にお話を聞いた。

なんでも「やばい」…事務的な親子の会話で貧弱化する表現力



--「感情」という視点から見て、最近の子どもたちにはどんな変化が起きているのでしょうか。

 ひと昔前は子どもの数も多かったし、親以外に祖父母や親戚、近所との付き合いも頻繁にあって、子どもは多くの人との関わりを通じて、さまざまな感情を無意識のうちに教わることができていました。

 ところが少子化・核家族化が進み、家庭と地域とのつながりも希薄になり、さらに塾や習い事が増える分遊ぶ時間が減り子どもが感情のコントロールを自然に学びづらくなっています。

 感情をコントロールするためには、自分自身の中に沸き起こっている感情に気付き、それを言葉で表現する力が必要です。言い換えれば感情の「読み書き」のような能力のことで、「感情リテラシー」とも呼ばれています。

 人との関わりが少なくなった今、この「感情リテラシー」を教わる機会がほとんどないまま成長してしまうという問題が起きています。

--それには親を取り巻く環境の変化も影響していますか。

 共働き家庭が増えて社会全体が忙しくなっているので、「宿題やった?」とか「これ片付けといてね」など、パターン化した事務的な会話がどうしても多くなってしまいます。感情を育てるという視点から見ると、こうしたパターン化した日常だと、使われる言葉が少ないので、大人も子どももおのずと表現力が乏しくなっています。実際に先生や親御さん向けの講演で、「いまから1分間で感情を表す“気持ち言葉”を書き出してみてください」と言うと、皆さん手が止まってしまう。大学生など今の若い子たちは、ほぼ「やばい」です。嬉しくても、悲しくても、驚いても、もうなんでも「やばい」(笑)。

 表現の少ない世界では、感情は豊かに育ちません。子どもが癇癪(かんしゃく)を起こすようにキレる大人が増えているのも、知識は年齢相応に増えていっても、感情は年齢とともに発達しているとはいえない状況にあるからです。

1日4時間以上のスクリーンタイムでは好奇心が育たない



--表現力を育むには日常生活でどんなことが必要ですか。

 親が子どもの気持ちを代わりに言葉にしてあげることです。たとえば子どもは嬉しいときにピョンピョン飛び上がって喜びますよね。そのとき「〇〇ちゃんは飛び上がるくらい嬉しかったんだね」と言葉にしてあげる。逆に欲しいものが手に入らなかったり、自分の思いどおりに進まなくてワーワー泣いたりするようなときには「悔しいよね」と声をかけてみる。すると子どもは、嬉しい、悔しいってこんな気持ちなんだ、と学ぶわけです。

 あるいは暑い日にすっと涼しい風が吹くとき「すがすがしい風だね」とか、果肉が詰まったトマトをかじったときに「みずみずしいトマトだなぁ」とか…身近な出来事から感情が盛り上がる体験をさせてあげることが大切なのです。

 そのためには外で遊んだり、いろいろな人と関わったるするほうが、体験するエピソードが豊かになるので、感情も語彙力も身に付きやすくなります。表現力がつくとコミュニケーション力がアップし、社会性も育ちます

 親のスマホで延々と動画を見ている小さな子どもをよく見かけますが、スクリーンタイムが4時間以上になると好奇心がなくなるという最新の研究もあります。1日の中で限られた時間の多くをスクリーンに費やすと、人と関わったり、外に出たりする機会が減るわけですから、社会性を学び落としてしまうことになりますよね。スクリーンに子守りをさせると今この瞬間は楽だけれど、将来のリスクを十分に理解しておく必要があります。

--感情の表現力は、知識として増やすだけでは意味がなくて、さまざまな体験を通じて獲得していくということですね。

 そうです。ただし、体験が大事だからといって、わざわざ遠いところまでキャンプや旅行に出かける必要はありません。この石を動かしたら下に何がいるかな?というような、子どもの身近にあるワクワク感に「応答」してあげるだけで十分です。「応答」とは、「不思議だね」「面白いね」などといって、子どもの気持ちに寄り添った反応をしてあげることです。親御さんや先生方は、この「応答」だけは頑張ってやってあげてほしいです。

条件付きではない、無条件の自尊心と自己肯定感を



--泣きわめいている子どもに「泣いちゃダメ!」というのは「応答」とは違いますか。

 そうですね、その子はどうしていいかわからないから泣いているわけです。「本当にどうしていいのかわからないよね、困っちゃったね」と、まずは共感してあげてほしいのです。大人でも、テニスの壁打ちのように人に話を聞いてもらっているうちに、自然と自分で感情を整理したり修正できたりしますよね。子どもも同じなんです。自分が何か思いを発したときに「あぁそうだよね」と受けとめてもらえると、「自分はここにいてもいい」と思える。そうすると自分を冷静に見つめ直すことができ、自然に成長していけるものなのです。

--「応答」してあげることは自己肯定感に繋がるということですか。

 確かに、相手から応答してもらえると、自己肯定感や自尊心がつくられます。ただ残念ながら日本人は、褒められないとすぐダメになる自尊心、つまり条件付きの自尊心しかない人が多いといわれています。親にダメだと言われ続けている人は、やはり自尊心、自己肯定感が低いんですね。 

 でも本来の自尊心は、無条件に「私はここにいてもいい」と思えることです。だから、いい成績をとったから褒めるというような褒め方はせず、「あなたがここにいてくれるだけで嬉しい」という言葉をちょくちょく日頃から伝えておくことがとても大切です。反抗期、思春期からでも遅くはないです。無条件に自分は愛されている、認められていると思えるようになりますから。

 子どもは聞いていないようで聞いています。いくつになっても子どもは親に認めてもらいたいのです。

イメージ写真「子どもの身近にあるワクワク感に『応答』してあげるだけで十分」

「メタ認知力」は親自身の子育てを楽にしてくれる



--親子で感情が対立する場面では、どのような心構えが大切ですか。

 1つめは、理由をきちんと伝えること。なぜダメなのか、なぜ危ないのかなど、具体的に理由を説明すれば、子どもも聞く耳をもつようになります。「〇〇には子どもだけで行っちゃダメ!」と怒るときにも、「なぜ〇〇に子どもだけで行ってはいけないのか」という説明が必要なわけです。

 2つめは、期待しすぎないこと。親の勝手で高いゴールを期待して育てると、そのゴールと現実とのギャップにキリキリしてしまうのは当たり前です。Very goodではなく、good enoughでちょうどいい。まぁこんなもんかなと思うくらいでとどめておきます。自分の子どものころを思い出せば、親にそんな感じで責め立てられていたら嫌だったはずですからね。

 3つめは、子どもが間違ったことを言っていても、真っ向から否定するのではなくて「そういうことを言いたくなる気持ちはわかるよ」とまずは受け入れ、聞いてあげること。子どもは自分の力で間違いを修正する力、立ち直れる力をもっているのだと信じ、寄り添ってあげることが大切です。

 そうはいっても、ガミガミ怒ったり、先回りして干渉し過ぎたり、現実にはなかなかうまくやれないのが子育てです。そんなときにはちょっと引いてみたり、言い過ぎちゃってごめんねと謝ったり、親も修正しながらやっていけばいいのです。 

 大人が自分の感情に任せて、力ずくで子どもの“こころ”を抑えつけてしまうと、どのタイミングかはわかりませんが、まさに“作用・反作用の法則”で必ず跳ね返ってきます。でもこうした感情のしくみを少し知っておくだけで、ちょっと遠いところから自分を冷静に捉えられるようになります。さすがに神様にはなれないけれど(笑)、そういう「メタ認知力」は親自身の子育てを楽にしてくれると思います。

--ありがとうございました。

 最近のニュースを見ても、十分な知識はあっても感情のコントロールができない大人が確実に増えていると感じる。

 身近な出来事から感情が盛り上がる体験を大事にし、子どもの気持ちに寄り添い、代わりに言葉にしてあげること。そして必ず「応答」してあげること。感情リテラシーを健全に育むためにも、まずは大人がスクリーンから視線を外し、子どもと一緒に外に出て、子どもにまっすぐ向き合う時間を大切にしたい。

 ※リセマムでは、渡辺弥生先生の著書、筑摩書房「感情の正体」、講談社「まんがでわかる発達心理学」、PHP「絵で見てわかる『しぐさ』で子どもの心がわかる本」の3冊セットを、抽選のうえ2名さまにプレゼントする。ご応募は2019年7月8日(月)まで

感情の正体 (ちくま新書)

発行:筑摩書房

<著者プロフィール:渡辺 弥生>
 大阪生まれ。筑波大学卒業、同大学大学院博士課程心理学研究科で学んだあと、筑波大学、静岡大学、ハーバード大学客員研究員、カリフォルニア大学サンタバーバラ校客員研究員を経て、現在、法政大学文学部心理学科教授。同大学大学院ライフスキル教育研究所所長。教育学博士。専門は発達心理学、発達臨床心理学。単著に「子どもの『10歳の壁』とは何か?--乗りこえるための発達心理学」(光文社新書)、「親子のためのソーシャルスキル」(サイエンス社)、編著に「発達心理学」(北大路書房)「小学生のためのソーシャルスキル・トレーニング」「中学生・高校生のためのソーシャルスキル・トレーニング」(明治図書出版)など多数。

《加藤紀子》

加藤紀子

京都市出まれ。東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、海外大学進学、経済産業省『未来の教室』など、教育分野を中心に様々なメディアで取材・執筆。初の自著『子育てベスト100』(ダイヤモンド社)は17万部のベストセラーに。現在はリセマムで編集長を務める。

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