子どもが主体的に動くようになる「3つの言葉」横浜創英・工藤勇一校長インタビュー<前編>

 世の中の「当たり前」をやめるという学校改革で話題沸騰になった、前・麹町中学校校長の工藤勇一氏。この2020年4月からは、横浜創英中学・高等学校(横浜市)の校長を務める。コロナ禍で浮き彫りになった課題や、今後の教育が担うべき役割について話を聞いた。

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横浜創英中学・高等学校 工藤勇一校長
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 「宿題」「定期テスト」「頭髪・服装指導」「担任制」をすべて廃止。世の中の「当たり前」をやめるという学校改革で話題沸騰になった、前・麹町中学校校長の工藤勇一氏。この2020年4月からは、横浜創英中学・高等学校(横浜市)の校長を務める。コロナ禍で浮き彫りになった課題や、今後の教育が担うべき役割について話を聞いた。

子どもが主体的に動くようになる3つの言葉



--コロナ禍で、地域や学校による対応力の差に加え、子ども自身の自学力の差によって、学力格差が一段と深刻になっているという指摘があります。今、無気力になったり、自信をなくしてしまったりしている子どもたちに、何をしてあげればよいでしょうか。

 多くの親御さんたちが、わが子がこの厳しい世の中を生き抜いていくにはどうしたらいいだろう? と思い悩むのは当然でしょう。ですが、コロナ禍による学力格差が心配だからといって、じゃあもっとたくさん課題を与えて、それをきちんとやらせれば解決するのかといえば、答えはNoです。これまでの「やらされる学習」を続けても、それは、子どもたちが自律的に学ぶ意欲を奪うだけです。

 今、無気力になったり、自信をなくしたりしている子どもたちには、自分が必要だと感じ、主体的に行動できるようになる力を身に付け、自律型の学習に変えていくためのリハビリが必要です。

--そのリハビリとは、具体的にどのようなことをすればよいでしょうか。

 周囲の大人が、次の3つのセリフを使うことです。これらの言葉は、子どもの自律を支援する足場のようなものです。

1.「どうした?」


 ぼーっとしていたり、ゲームばかりやったり、スマホをずっといじっていたり。親からすれば頭ごなしに小言を言いたい場面であっても、感情にまかせず、まず「どうした?」と声をかけます。ただシンプルに、現状を聞くのです。「何か困っていることあるか?」という言葉でもいいでしょう。

 子どもによっては、「別に」「うるせー」「黙れ」などと、大人を馬鹿にしたようなものの言い方をしてきます。勉強は嫌い、つまらない、なんで勉強なんてやらないといけないのといった不満をぶつけてくる子もいるでしょう。

2.「このあとはどうしたい?」


 これに続く2つ目のセリフは、「このあとはどうしたい?」という子どもの意思確認です。この言葉に、大半の子どもはびっくりします。「何したい?」なんて聞かれること自体、学校でも家庭でも意外と少ないからでしょうね。いきなり今、自分が何をしたいかなんて言われても、多くの子はすぐに言葉が出てきません。

3.「僕は(私は)何をしたらいい?」


 そこで3つ目のセリフは、「僕は(私は)何をしたらいい?」という問いかけです。これは、「決して君のことは見放してはいない」「君のことを思っている」というメッセージです。

--自分が何をしたいのか。確かに今の日本の子どもたちは、「自分で何をやるかを決めて行動する」という機会が少なく、その質問には戸惑うでしょうね。

 親は子どもに良かれと思って塾に行かせたり、習い事をあれこれさせたり、少しでも良い教育を与えてやりたいと思うものです。学校も同じで、少しでも子どもの学力をアップさせようと、多くの課題を与えます。でもそうやって、大人が与えれば与えるほど、子どもたちはどんどん主体性を奪われていく。最悪なのは、与えられることに慣れきってしまうと、不満や批判ばかり口にするようになることです。

 親も一緒になって「あの先生はダメだ」とか「もっといい塾に行かないと環境が悪い」などと、うまくいかないことを人のせいにする。親も子も、自分以外に責任転嫁する人間になってしまっている。これは今の日本社会の縮図とも言えるでしょう。

 その点で、新型コロナウイルスという災難は、この問題を浮き彫りにしたと思います。トップが何かを決定するのを待つばかりで、自分の頭では何も考えず、行動すらしないのに、決定されたことには文句しか言わない人たちがたくさんいましたよね。人のせいにするばかりでは成長も前進もない。そんな社会からは閉塞感しか生まれません。まさにこれは子ども時代に受けた教育から連綿と続いているのです。

 だからこそ、先ほどいった3つのセリフを使って子どもたちの「自己決定」を促し、「自律型」に変えていくことがとても重要です。ここでちゃんとリハビリしておかないと、将来、子ども自身も、そして社会全体も、大きなしっぺ返しをくらいます。

麹町中学校でできたことはどこでもできる



--リハビリにはどのくらいの時間がかかりますか。

 麹町中学校では数か月から1年くらい、長い場合だと1年半ほどかかりました。ただし、ほかの地域であれば、もっと短い期間で済むかもしれません。

 というのも、世間では「麹町という、教育熱心で、経済的にも極めて恵まれた環境の子どもたちだからうまくいった」といわれることが多いのですが、実は真逆なのです。「麹町中でうまくいったのだから、どんなところでもうまくいく」という表現のほうが正しい

 麹町中に入学する生徒の約8割は、教育熱心な家庭に育ち、幼いころからありとあらゆる習い事をさせられたり、幼稚園、小学校、中学校と“お受験”競争にどっぷり浸けられた挙句うまくいかなかったり、学校に馴染めず、お荷物扱いされて不登校になったりと、さまざまな傷を負い、劣等感でいっぱいです。先生も嫌、親も嫌、そして自分のことも嫌。「どうせ僕(私)なんて何もできませんよ」と、まだ12歳という年齢で自己否定している。途中転入も多く、私立をドロップアウトする、いじめにあう、あるいは発達に特性があるなどいろいろな課題を抱え、1年間に転校してくる生徒が1クラス分(30~40名)くらいいます。入学したばかりのころは、授業を抜け出したり、ずっと寝ていたり、破壊行為をするような子もいたりで、現場は本当に大変です。

 このように傷ついた子どもたちですが、実際には彼らから大人をなめたような口利きをされると、カチンと来てしまうものです。「勝手にしろ」とか「好きにやれ」などと言いたくなります。だからこそ、麹町中では、職員室の目につく場所にこの3つのセリフをいくつも貼っておき、常に教員が意識できるようにしていました。

--そうした子たちが、宿題、定期テスト無し、頭髪・服装は自由、遅刻も注意されないという中、本当に良くなっていくのでしょうか。

 これは、脳科学でも立証されていることですが、子どもは、自分が安心できる場所、失敗してもいいと思える場所で、見守られていると感じると、主体性を発揮し、自律できるようになります。

 たとえば、教室を無断で飛び出した生徒に、見つけて開口一番「早く教室に戻れ」とは言いません。先ほどの3つのセリフで、「どうした?」「君、これからどうしたい?」と尋ねます。すると、生徒は大抵、「英語の授業は嫌だ」「あの先生は好きじゃない」「授業つまらない」などと好き勝手言ってくるので、「じゃあ勝手にしろ」とこっちも言いたくなるのですが、そこはグッと我慢して、「僕は(私は)何をしたらいい?」と聞いてみます。

 特にこの3つ目の「僕は(私は)何をしたらいい?」というセリフを実際に使うのはなかなか難しいのですが、この3つのセリフが日常的に大人の口から出てくるようになると、子どもは自分が「見守られている感覚」を感じるようになるんです。

 3つ目のセリフについては、もう少し詳しく説明しましょう。教室を無断で飛び出した生徒には、「僕が(私が)やってあげられることといえば、別室を用意してあげることぐらいならできそうだよ。だから君は、今から別室で違うことをやるか、やっぱり教室に戻って授業を受けるか、そのどちらかを選ぶことはできるかな?」と問いかけてみるのです。

 するとその子は、別室に行くか、教室に戻るか自己決定をします。「教室に戻れ」「別室にいろ」と命令されるのではなく、自分で過ごし方を選ぶわけです。さらに、「1時間でいいかな?」「次の時間戻って来られるか?」といったやりとりを繰り返していきます。こうしていくと、自己決定ができる子どもが実際に増えていくのです。しばらくすると、今度は教室を抜け出す前に、生徒のほうから「次の時間、とても持ちそうもないので出ていいですか?」と自分から聞いてくるようにもなります。

 信じられないかもしれませんが、別室を選んだ子たちは、最初のころはYouTubeを見たり、ゲームをして遊んでいたりしていても、自己決定を重ねていくうちに、勝手に自分から勉強し始めるようになるのです。

心理的安全性を保つ環境をつくる



--ビジネスの世界でも、メンバーが互いに不安や恐怖を感じることのない「心理的安全性」が、労働生産性を高めるうえでも、クリエイティブな力を発揮するためにも、非常に重要な要素であることがわかっていますね。

 企業の人材育成でも重要視されてきているように、心理的安全性が自律型の脳に変えていく。それがさらに、他者を尊重できる脳、ダイバーシティを受け入れられる脳へと変わっていきます。

 さらに、学校教育としては、心理的安全性を保つ環境をつくると同時に、心理的に安全な状態を自らつくれる脳も育てていかなければいけません。子どもたちが今後生きていく環境は、必ずしも自分自身に対して常に優しい環境ばかりではありません。どんな状況にあっても、自分を俯瞰し、自分がポジティブでいるための仕掛けがつくれる力が必要です。これが「メタ認知」と呼ばれる力です。心理的安全性のある環境を用意し、自律型の脳に変えていく。自律型の脳ができれば、「メタ認知」できる能力にもつながっていきます。

 たとえば、オール5の成績でも、日比谷ではなくN高を選ぶなど、偏差値を目安にするのではなく、将来の自分の成長を考えて進路を決めようとする生徒が出てくるようになります。トップ校であっても、一日中皆と同じカリキュラムの学校生活を送る生活は自分には合わない。将来のためにやりたいことができるのはN高だ、と自信をもって選べるようになる。これはメタ認知力そのものです。

教員、保護者、生徒それぞれが
学校経営の当事者になる



--メタ認知や自律といった非認知能力は、学力のように点数では測れないため成果が見えにくく、先生方や保護者から理解と協力を得る際に、ご苦労があったのではないでしょうか。

 たしかに、麹町中に着任したときは、まだ本も書いていなかったし、メディアにも取り上げられていませんでした。前例もなかったので、すべての改革目標を一度に理解してもらおうとはしませんでした。対立先を潰していく作業ではなく、流れを止めないためにも保護者が納得しやすい事柄から提示して、少しずつ理解を深めていただき、ステップアップしていきました。

 まず最初に僕が学校経営で掲げた最上位の目標は、「世の中まんざらでもない、結構大人って素敵だ」と思える学校にしたい、というものでした。学校に来たら、社会に出たくなり、早く大人になりたいと生徒たちが思える環境をつくりたい。もう少し教育的な表現で言うと、自分で物事を判断でき、自分でスイッチを入れて自分で学んでいける「自律」をテーマとして掲げました。この「自律」は、生徒、先生、保護者皆が納得できるものでした。皆が最上位目標に向かっているかどうか自問自答を繰り返しながら、お互いに少しずつ理解を深め一体感が生まれていきました。そして、もうひとつテーマを掲げたいと考えていた5年目、生徒が提案してくれた言葉が、違いを受け入れて他者を尊重できる「リスペクト」(尊重)でした。

 「自律」と「尊重」の2つの大きなテーマを掲げ、今では、入学前に生徒の保護者には最上位の目標を理解していただいた上で入学してもらい、入学後は、教員全員と生徒、有志の保護者、地域の人々も含めて、学校の改善点を話し合う機会をもっています。学校に関わるあらゆる人々と、この最上位の目標を共有し、学校経営の「当事者」になってもらったのです。

 学校経営の当事者になる、ということは、自分の権利ばかり主張するわけにはいきません。たとえば、自分の子どもが全然勉強しないから、放課後補習をしてほしいといった要望も、それは最上位の目標にある「自律」に反してはいないだろうか。授業を邪魔する子を排除してほしいと思っても、その子に教えるべきは「自分が勉強するかしないかを選ぶのは自由だが、人の勉強の邪魔はしてはいけない」ということであり、その子も大切な一員として「尊重」すべきではないか。当事者として、そういう発想になることです。

 つまり、教員、保護者、生徒それぞれが、学校経営の当事者として対話を重ね、最上位の目標を実現させていくための手段を選べる集団に変わっていったのです。そして、3年生にもなれば、子どもの成長が目に見えて実感できるようになり、ほぼ100%の親たちが大応援団になってくれたのです。

 求めるばかり、人のせいにしてばかりの今の日本に圧倒的に欠けているのは、この「当事者意識」だと思います。多様な世界を受け入れるインクルーシブな社会にするために、自律し、他者を尊重できる人間が育つ学びとはいったい何なのか。最上位の目標を一致させ、それに向かって当事者として目の前の課題にひとつずつ向き合っていく中で、保護者からは「子どもが麹町中に来たおかげで、部下の育て方が変わった」といった意見まで出てくるようになりました。

「教員自身が問題解決力・課題発見力を発揮、横浜創英・工藤勇一校長インタビュー<後編>」へ続く。

加藤紀子(かとう のりこ)
1973年京都市生まれ。1996年東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、子どものメンタル、子どもの英語教育、海外大学進学、国際バカロレア等、教育分野を中心に「プレジデントFamily」「NewsPicks」「ダイヤモンド・オンライン」「ReseMom(リセマム)」などさまざまなメディアで旺盛な取材、執筆を続けている。一男一女の母。2020年6月発売の初著書「子育てベスト100」(ダイヤモンド社)は、2020年9月現在13万部発行のベストセラー本となり、教育関連の書籍では異例の大ヒット作に。(写真撮影:干川修)
《加藤紀子》

加藤紀子

京都市出まれ。東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、海外大学進学、経済産業省『未来の教室』など、教育分野を中心に様々なメディアで取材・執筆。初の自著『子育てベスト100』(ダイヤモンド社)は17万部のベストセラーに。現在はリセマムで編集長を務める。

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