あの米大統領と意外な関係が?ブロッコリーの歴史をひも解く

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あの米大統領と意外な関係が?ブロッコリーの歴史をひも解く

ブロッコリーといえば緑黄色野菜の代表格であるが、実は意外なあの野菜と同じ祖先をもつということをご存知だろうか。今回は現代の日本人にとってもすっかり身近なブロッコリーの、なかなか気になる歴史を掘り下げてみよう。そのルーツや歴史的背景を知れば、いつものシンプルなサラダでさえも、より濃ゆく深い味わいを感じられるようになるかもしれない。

1. ブロッコリーの誕生

どこで生まれた?

地中海の沿岸部がブロッコリーの原産地だと考えられ、古代ローマ時代のイタリアを中心に食べられていたといわれる。

どのように生まれた?

原種は古代のイベリア人が薬草として用いていたヤセイカンランと呼ばれる野草だが、これがケルト人の手にわたったのち、品種改良されて生まれたとされている。イベリア人とは現在のスペインにあたるイベリア半島周辺で生活をしていた先住民のことで、ケルト人は中央アジアに起源をもちながらも、後々ヨーロッパ各地を支配することになる民族だ。ケルト人がその居住地を広げていくにつれて、ブロッコリーも一緒にヨーロッパ各地へと広がっていった可能性は決して0ではない。

ちなみにケールやキャベツといった葉野菜もヤセイカンランから生まれたものであり、同じように花蕾を食するカリフラワーはブロッコリーの突然変異である。

2. ブロッコリーの語源

"突き出た"という意味を持つラテン語の「brocchus(ブロックス)」が"若芽"を意味するイタリア語の「broccoli(ブロッコリー)」になったという説のほか、"花"・"芽"・"茎"といった意味を持つラテン語の「brocco(ブロッコ)」が語源となっているという説もある。

3. どのようにして日本に広まった?

まずはアメリカへ

ブロッコリーが原産地のイタリアのみならず広くヨーロッパ各地で食べられるようになったのは、大体17世紀頃のことである。そして19世紀後半になるとイタリアからアメリカへ移住する人々が急増し、それを機にブロッコリーがアメリカへ広まったのではないかと考えられる。

19世紀後半といえばイタリア統一運動が収束した年代であり、新体制により抑圧された生活を送ることになってしまった旧両シチリア王国に属する一部の人々が多く渡米してきた頃合いだ。

いよいよ日本へ。ところが...!

日本に渡ってきたのは、海外文化を積極的に取り入れてれるよう働きかけていた明治初期のこと。ところが他の野菜に比べると傷むのが早かったブロッコリーは、なかなか当時の人々には受け入れられなかった。

第二次世界大戦後には国内でも栽培されはじめるが、同じく明治初期にやってきたカリフラワーの方が人気があったようで、その流れは緑黄色野菜の栄養素が注目を浴びるようになる1980年頃まで続いてしまったらしい。

4. ブロッコリーとあの偉人

アメリカの第41代大統領であるジョージ・H・w・ブッシュとブロッコリーの間に、ちょっと一悶着起こったことがある。「ブロッコリーは嫌い。二度と食べない。ポーランド市民がソ連と闘ったように私もブロッコリーと闘う」と述べてしまった彼は、その発言に憤慨したブロッコリー農家からトラック一台分の大量のブロッコリーを送り付けられたのだ。

子どもに栄養価の高いものを食べさせたい親心からとはいえ、アメリカでは幼少期にブロッコリーを食べさせられすぎて嫌いになってしまった大人が多くいるようで、やはり何事も適量が大切だということ感じずにはいられない。

結論

日ごろ何気なく食べているブロッコリーの、ちょっとした歴史ドラマを垣間見ていただけただろうか。今や世界中の食卓に欠かせない存在といっても過言ではないほどの優秀食材であり、栄養満点で食べ応えも抜群の野菜だ。調理法次第で主役にも副菜にも使いやすく、和食の和え物・洋食のグラタン・中華のあんかけ料理のほか、スープや炒め物も捨てがたい。先人達に感謝しつつ、濃厚な大地と太陽の旨みを堪能しつくそうではないか。

投稿者:オリーブオイルをひとまわし編集部

《オリーブオイルをひとまわし編集部》

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