― キャリア教育の専門家・荒木貴之さんに聞く、リスキリング時代の歩き方 ―

「転職は当たり前の時代になった」とよく言われます。しかし、職を変えるだけでなく、スキルを磨き直し、新たな専門性を手にする「リスキリング」に注目が集まるなか、自分の学びや強みをどう可視化し、どのように活かしていけばいいのでしょうか。
今回お話を伺ったのは、キャリア教育やリスキリング支援に詳しい日本経済大学経営学部の教授である荒木貴之さん。教育行政や企業の人材育成に関わる現場経験から、これからの時代を生きる私たちにとって「学び」がどれほど大きな武器になるのかを語ってくれました。
「自分の強みを、自分で可視化する」時代へ

かつて、転職活動における自己PRは履歴書や面接でのアピールに限られていました。しかし今、転職希望者が自らのスキルや価値を積極的に発信する時代が到来しています。
荒木貴之さん職を求める個人が『自分をPRする手段』を持ち始めていると感じています。LinkedInやInstagram、X(旧Twitter)などを通じて、自分のスキルやコンピテンシーを見える形で発信する人が増えているんです
そう語る荒木さんによれば、SNSは単なる発信の場ではなく、自分自身を“証明する”ための手段にもなりつつあるとのこと。その動きを象徴するのが「オープンバッジ」の存在です。
スキルを証明する“デジタル証明書”、オープンバッジとは

荒木さんが今、最も注目しているのが「オープンバッジ」です。これは特定のスキルや知識を習得したことを証明する、デジタル形式のバッジのこと。世界的に広まりつつあり、すでに日本でも約100万個が発行されていると言います。
荒木貴之さんもともとはアメリカのIBMがはじめた取り組みで、500種類以上のスキルに対してバッジを発行していました。それが『良い取り組みだ』と評価され、世界中の大学や企業に広がっていきました
日本でもAIやデータサイエンス分野の教育現場で導入が進んでおり、文部科学省は「MDASH(エムダッシュ)」という指針をもとに、大学や高専・短大に学習成果の“可視化”を求めています。オープンバッジはその方法の一つとして活用されているのです。
採用現場で変わる「評価のモノサシ」

こうしたバッジの導入が進む背景には、企業の採用ニーズの変化があります。とくに注目されているのが「デジタル対応力」と「AIスキル」です。
荒木貴之さん企業側も、応募者がどんなスキルを持っているかを明確に把握したいと考えています。とくに大手企業は、DX(デジタルトランスフォーメーション)への対応が急務になっているため、即戦力になり得る人材かどうかを見極める必要があるんです
その際、ITパスポートやAI関連のスキルが証明できると、採用において大きな武器になるとのこと。オープンバッジのような客観的なスキル証明は、今後の転職活動の新たな基準になりそうです。
リスキリングで強くなる「学び方」とは?

では、具体的にどんなスキルを身につけていけばよいのでしょうか。荒木さんが挙げるのは、いわゆる「専門スキル」だけではありません。
荒木貴之さんたとえば『異業種コミュニケーション』のような、いわゆるコンピテンシーも重要です。単に知識があるだけでなく、他者と連携しながら成果を出す力が求められています
また、近年注目されているのが「SSI(セルフソブリンアイデンティティ)」という考え方。自分の情報を自分で管理する仕組みで、ヨーロッパを中心に普及が進んでいます。
荒木貴之さん自分のスキルや経験を自分で証明し、コントロールできるというのは、これからの時代における新しい“セルフブランディング”とも言えます
転職成功者に共通する「コミュニティ」と「発信力」

荒木さんによれば、最近の転職成功者にはいくつかの共通点があるといいます。そのひとつが「情報収集・分析能力」、そして「適切なコミュニティへの所属」です。
荒木貴之さんひとつのコミュニティに偏るのではなく、複数のコミュニティに身を置くことで、情報感度が上がり、自分にとって必要なスキルが見えてきます
さらに、自らを発信し続ける力も重要だと強調します。
荒木貴之さん今は“自分を誰かに見つけてもらう”のではなく、“自分で見つけてもらう行動をとる”ことが重要です。発信がきっかけで、企業や人とつながるケースも多いんですよ
継続的な学びが、未来を変える

転職後もリスキリングを続けることが、キャリアアップの鍵になります。とはいえ、独学ではなかなか継続が難しいもの。荒木さんは「自己調整学習」の仕組みづくりを提案します。
荒木貴之さん仲間と一緒に学ぶ、目標を立てて進捗を“見える化”する、一人でやらないことが大切です。マトリックスやツールを使って、自分の学びを管理すると、継続しやすくなりますよ
企業も“学ぶ人”を応援する時代へ

近年、企業のリスキリング支援も進化しています。荒木さんが注目するのは「人的資源」から「人的資本」への転換です。
荒木貴之さんこれまでは“人材を使う”という発想が強かった。でも、今は“人材に投資して育てる”という考え方が主流になりつつあるんです
たとえば、経営層のスキルを明示したり、社員のリスキリングを支援する企業が増加中。副業やアルムナイ採用など、多様なキャリアのあり方が受け入れられるようになっています。
「学びながら働く」時代に備える

最後に、今後の転職市場のトレンドについて荒木さんにうかがいました。
荒木貴之さんこれからは“職を求める人”と“企業”が、SNSなどを通じて直接つながるようになります。オープンバッジでスキルを証明し、複業や兼業をしながら、自分のキャリアを広げていく時代になるでしょう
つまり、これからの働き方には「学びながら働く」スタイルが求められるということ。リスキリングは単なるスキルアップではなく、人生をより自分らしく生きるための手段なのかもしれません。
転職は「自分を知る旅」。学びを止めない人が選ばれる

荒木さんの言葉からは、「学び」が転職をより主体的で豊かなものに変える鍵であることが伝わってきました。
スキルを証明し、発信し、学び続ける力――。それこそが、これからの時代を切り開く「自分ブランド」なのではないでしょうか。
リスキリングを考えるすべての人へ。まずは「自分の学びを、見える化する」ところから始めてみませんか?
