「学び続ける姿勢」が未来を拓く——DX化の波を乗りこなし、キャリアをデザインするリスキリングの極意

「学び続ける姿勢」が未来を拓く——DX化の波を乗りこなし、キャリアをデザインするリスキリングの極意

あなたは、変化の激しい現代社会で、自身のキャリアに漠然とした不安を感じていませんか?

特に、AIやIT技術の進化が加速する「DX(デジタルトランスフォーメーション)時代」において、私たちの働き方や求められるスキルは大きく変わりつつあります。

本記事では、キャリア研究の専門家である、亜細亜大学 経営学部 経営学科・柏木 仁 教授にお話を伺いました。

インタビューを通じて、予測困難なDX時代を生き抜くためのリスキリングの意義と、個人・企業が取るべき具体的なアプローチについて深掘りします。

目次

DX時代に不可欠な「リスキリング」の基礎知識

現代社会でキャリアに漠然とした不安を感じる私たちは、「リスキリング」という言葉を耳にする機会が増えました。

しかし、その正確な意味や、類似の概念との違いを明確に理解しているでしょうか? 

ここでは、DX時代に不可欠なリスキリングの基礎知識から紐解いていきます。

リスキリングの定義:経済産業省が示す「新しい職業」「スキル変化」への適応 

——「リスキリング」という言葉が広く知られるようになりましたが、そもそも「リスキリング」とは何なのでしょうか? 柏木教授のお考えをお伺いしたいと思います。

柏木 仁 教授

はい。それでは、リスキリングの基本的な意味と、関連する概念との違いについて簡単にご説明します。

まずリスキリングの意味ですが、これは経済産業省の定義が分かりやすいと思います。

読み上げますと、「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」と示されています。

リスキリングの定義

——なるほど。

柏木 仁 教授

この定義から、リスキリングは転職する方だけではなく、現在の企業に留まって仕事を続ける人も対象に含まれるということが読み取れます。

そして、リスキリングを主導するものが企業である場合もあれば、個人である場合もあるということも言えるでしょう。

加えて、リスキリングの目的についてもお話しします。

なぜ新たなスキルを獲得する必要があるのかと言いますと、端的に言えば「職業や仕事において、今後も価値を生み続けるため」です。

ですから、学ぶこと自体が目的というわけではありません。

新しい仕事や職務で高いパフォーマンスを発揮するためにスキルを身につける、あるいはバージョンアップさせることがリスキリングの本質と言えるでしょう。

誰が、何のために学ぶのか。リスキリングと関連概念の境界線

——「リスキリング」と似た言葉に「学び直し」や「リカレント教育」がありますが、これらの言葉とはどのような違いがあるのでしょうか?

柏木 仁 教授

はい。リスキリングと関連する概念との違いについてご説明しますね。

まず「学び直し」という言葉ですが、企業によってはリスキリングと明確に使い分けている場合があります。

例えば、企業が主導して行わせる能力開発を「リスキリング」、個人が主体的に学ぶことを「学び直し」と定義しているケースです。

ただ、私自身はこれらをほとんど同じものと捉えています

——なるほど、主体が誰かによって定義が異なる場合があるのですね。

柏木 仁 教授

そしてもう一つ、「リカレント教育」という言葉もあります。

これは、就労者が一度仕事から離れて大学などの教育機関で学び、その後に再び仕事に復帰するという、比較的長期間にわたる学習サイクルを指します。

生涯学習のイメージに近いかもしれません。

このように、一度離職して学ぶという点が、働きながらスキルを習得するリスキリングとの大きな違いだと考えられます。

 日本社会が直面するDX課題とリスキリングの必然性

リスキリングの必要性が叫ばれる背景には、社会や経済の大きな変化があります。

特に日本社会が直面している課題と、それがなぜリスキリングを必然のものとしているのでしょうか。

 予測不能な「VUCAの時代」と、日本が世界的に遅れるDXの現状 

——なぜ今これほど「リスキリング」が重要視されるようになったのでしょうか。その社会的な背景について教えていただけますか?

柏木 仁 教授

はい。リスキリングが必要とされている背景として、現在の状況を3点ほど挙げたいと思います。

1点目は、ビジネスの世界でよく使われる「VUCA(ブーカ)の時代」に突入したことです。

これは、変動性(Volatility)、不確実性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)という4つの英単語の頭文字を取った言葉です。

これらの要素が複雑に絡み合い、一言で言えば、未来の予測が非常に困難な時代であると言えます。

2点目は、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進です。

DXとは、AIやIT、ビッグデータなどのデジタル技術を活用して、生産性を向上させたり、新たな製品やサービス、ひいてはビジネスモデルそのものを創出したりする変革の流れを指します。

しかし、このDXに関して、日本は世界的に見て大きく遅れています

——そうなのですね。日本はかなり進んでいるという印象を持っていました。

柏木 仁 教授

いえ、残念ながら、日本のDXは先進国の中で非常に遅れていると指摘されています。

どのような指標で見るかによって多少の違いはありますが、社会全体のデジタル化の対応は、アジアの中でも中国や韓国より遅れているのが現状です。

日本の長年の課題である生産性の低さを改善し、新しい価値を創造していくためにも、DXへの対応は不可欠です。

このデジタル変革を推進するための能力開発として、リスキリングが今、日本の企業と個人に強く求められているのです。

ITに弱いミドル・シニア層の課題:伝統的なメンバーシップ型雇用がリスキリングを阻む構造 

柏木 仁 教授

3点目の背景は、日本の伝統的な「メンバーシップ型雇用」における人材育成の課題です。

特に、労働人口に占めるミドル・シニア層の比率が高まっていることが大きく影響しています。

まず、メンバーシップ型雇用とは日本企業に特有のもので、特定の職務に限定して就く「就職」とは異なり、会社の一員となる「就社」と表現されることがあります。

新卒者は配属先が未定のまま入社し、ジョブローテーションを通じて様々な部署を経験しながら、徐々に自社の業務に最適化された人材として育っていきます。

——ジェネラリストを育成する、というイメージですね。

柏木 仁 教授

はい。しかし、この育成方法では、部門や個人によってはITのような新しい分野の専門性が高まりにくい、という側面があります。多くの日本企業は今、この構造的な課題に直面し、デジタル革命に対応しようとしています。

そして、この課題が最も深刻なのがミドル・シニア層です。いくつかのデータがその深刻さを示しています。

第一に、現在、企業の職場でミドル・シニア層が占める割合は3割を超えています。

第二に、10年以内には、働く人の4割が55歳以上になるという予測もあります。

そして最も懸念すべきは、40代・50代の実に96%が、ITやデジタル技術の勉強をしていないという調査結果です。

ITに弱いミドル・シニア層

——なるほど。経済を支える中心的なボリュームゾーンである方々のITスキルが不足していることが、社会全体のDXが進まない一因になっているのかもしれませんね。

柏木 仁 教授

おっしゃる通りです。

問題の本質は、スキルそのものよりも、新しい技術に対する心理的な抵抗感にあるのかもしれません。

しかし、それでは社会の変化に対応できません。

この状況を打破しなければならないという危機感が、DX推進におけるリスキリングの大きな背景になっているのです。

スキルと能力の違い:DX時代に求められる「獲得する力」

——リスキリングでは、「スキル」と「能力」のどちらが求められているのでしょうか?

柏木 仁 教授

そうですね。先ほどお話しした通り、現代は「VUCA(ブーカ)の時代」と呼ばれる変化の激しい時代です。

その変化に適応するという観点では、まず新しい「スキル」を身につけて対応していくことが求められるでしょう。

——なるほど。時代の変化に対応できるスキルを身につける、ということですね。

柏木 仁 教授

はい。リスキリングの本来の目的の通り、身につけたスキルを活用し、新しい仕事のやり方で個人も企業もパフォーマンスを発揮して、新たな価値を生み出していく

そこまで結びつけることが最終的なゴールだと考えています。

——お話を伺っていると、「スキルは獲得するもの」で、「能力は開発するもの」という言葉の使い分けがしっくりくるように感じます。

柏木 仁 教授

おっしゃる通りです。

リスキリングが拓くキャリアと組織の未来:DX推進への多角的意義 

リスキリングは、単に個人のスキルを向上させるだけでなく、キャリアパスや組織全体に多大な影響をもたらします。

ここでは、リスキリングが個人、管理職、そして組織全体にもたらす具体的なメリットと、その多角的な意義について深掘りします。

個人の「選択肢拡大」と「自己効力感」向上:市場価値を高める意義

——転職やキャリアの転機において、リスキリングは個人にとってどのような意味を持つのでしょうか。

柏木 仁 教授

はい。リスキリングが持つ意味や役割について、「個人」「管理職」「組織全体」という3つの視点で整理してお話ししたいと思います。

まずは「個人」にとっての意味からご説明します。

個人にとって、リスキリングには主に3つの大きな意味があると考えられます。

1点目は、キャリアの選択肢が広がることです。

新たなスキルを獲得することで、現在の会社での人事異動はもちろん、転職市場においても自身の可能性を広げることができます。

2点目は、「エンプロイアビリティ」の向上です。

エンプロイアビリティとは、簡単に言えば「就職・雇用され続ける能力」のことであり、言い換えれば「労働市場で求められる人材になる」ということです。

リスキリングは、自身の市場価値を高め、引く手あまたな人材になることにも繋がります。

3点目は、「自己効力感」の向上です。

自己効力感は「自己肯定感」と混同されることもありますが、ここで言う自己効力感とは、ある課題に対して「自分ならできる」と信じられる感覚、つまり「自信」のことです。

新しいスキルを身につける経験は、個人の自信を育むでしょう。

個人の「選択肢拡大」と「自己効力感」向上

 管理職のリスキリング:DXを牽引するリーダーシップと部下育成 

柏木 仁 教授

次に、企業の「管理職」にとっての意味についてご説明します。

管理職、特にミドル層の方々は、ご自身がITやデジタル技術に苦手意識を持っているケースも少なくないでしょう。

しかし、そうした方々が自らリスキリングによって知識やスキルを獲得することには、大きな意義があります。

——具体的には、どのような場面で発揮されるのでしょうか?

柏木 仁 教授

管理職の方がスキルを獲得することで、部下が持つデジタルスキルのレベルを正確に把握できるようになります。

そして、部下一人ひとりのスキルレベルを理解することは、適切な人材配置や育成といった、効果的なマネジメントの実践に直接繋がっていくと考えられます。

離職率低下と「学習する組織文化」の醸成:企業と従業員の好循環

柏木 仁 教授

最後に、「組織全体」にとっての意味をお話しします。

これは、離職率の低下に繋がる可能性があるという点です。

——スキルを身につけると、より良い条件を求めて転職してしまう、という懸念もありそうですが。

柏木 仁 教授

はい、当初は会社側も「リスキリングで転職できるスキルを身につけたら、優秀な人材が外部に流出してしまうのではないか」と心配していました。

しかし、ある調査によりますと、社内でリスキリングを実施した結果、離職率は変わらず、低い水準を維持したという興味深い結果が出ています。

——それはなぜでしょうか?

柏木 仁 教授

従業員の立場で考えてみると、その会社にいながら勉強の機会を与えられ、自身のスキルが高まり成長を実感できることは、非常に価値のある経験です。

今や「その会社で自分が成長できるか」は、働く場所を選ぶ上での重要な条件の一つになっています。

そのため、企業が成長の機会を提供することは、逆に従業員のロイヤリティを高め、離職者を減らす可能性を秘めているのです。

離職率低下と「学習する組織文化」の醸成

——なるほど。「この会社なら成長できる」と感じてもらえることが、エンゲージメントを高め、「ここにいよう」という気持ちを強くさせるのですね。

柏木 仁 教授

その通りです。

これは近年注目されている「エンプロイー・エクスペリエンス」という概念にも繋がります。

直訳すると「従業員体験」です。

これは「会社が従業員にどのような価値ある体験を提供できるか」という考え方です。

リスキリングによる成長の機会は、まさにこの従業員体験の中核をなすものと言えるでしょう。

リスキリングを成功させる実践的アプローチ

リスキリングの重要性を理解しても、実際に取り組む上では様々な課題に直面するでしょう。

ここでは、個人がモチベーションを維持し学習を継続するための心構えと、企業が従業員を効果的に支援するための具体的なアプローチについて解説していただきます。

 個人が取り組むべき心構え:「目的明確化」と「時間・学習法」の工夫 

——働きながらリスキリングに取り組む方も多いと思いますが、忙しい中で勉強を続けるのは、モチベーションの維持が大変そうです。続けるためのコツはありますか?

柏木 仁 教授

個人の心理的な側面に焦点を当て、リスキリングのモチベーションを高めるための4つのポイントをお話しします。

まず1点目は、「なぜリスキリングに取り組むのか」という目的を明確にすることです。

時間がない中で大変な学習を続けるには、何のために学ぶのかという目的意識が不可欠です。

その上で、学習する内容がその目的達成に直結しているかを確認し、両者を一致させることが基本であり、最も重要なことだと考えます。

2点目は、自分に合った学習スタイルを見つけることです。

「働きながら」という制約の中だからこそ、通勤中や休憩時間といった隙間時間も有効活用するなど、ご自身の生活に合った効率的な学習スタイルを実践することをおすすめします。

3点目は、スピードよりも定着と成長の実感を重視することです。

モチベーションを高める上で非常に効果的なのは、「ここまで進んだ」「これが分かるようになった」という自身の進捗や成長を実感することであると考えています。

個人が取り組むべき心構え

——なるほど。日々の成長が、根拠のある自信に繋がっていくのですね。

柏木 仁 教授

その通りです。

そして最後の4点目は、「やらされ感」を持たないことです。

会社主導でリスキリングに取り組む場合もあると思いますが、学ぶ必要性があるのは個人主導の場合と同じです。

「やらされている」と受け身になるのではなく、できるだけ前向きな気持ちと好奇心を持って臨む。その意識が、学習効果を大きく左右します。

企業に求められる覚悟:経営トップのリーダーシップと「時間・費用」への投資

——従業員のリスキリングを成功させるために、企業側にはどのような取り組みが求められるのでしょうか。

柏木 仁 教授

企業側の取り組みとして、特に重要だと考える点を3つお話しします。

まず1点目は、経営トップの強力なリーダーシップです。

経営者が会社全体をどう変えていくのかという改革の方向性やDXの重要性を、従業員に対して明確に説明し、自らが変革の先頭に立つ姿勢が不可欠です。

そのためには、経営者自身がデジタルについて深く理解することが大切です。

——表面的なポーズではなく、本質的な理解が問われるのですね。

柏木 仁 教授

2点目は、必要な時間と費用を投資する覚悟です。

特にDXに関するリスキリングは、日々の業務の傍らで行うOJT(On-the-Job Training)だけでは不十分であり、業務とは別に学習時間を確保する必要があります。

あるデータによれば、日本の企業は先進国の中でOJT以外の人材投資額が最も低いという結果も出ています。

もちろん、学習時間を確保することも企業にとってコストとなりますが、それ以上に「リスキリングをしないことのコスト」を考えてみてほしいと思います。

そして3点目は、学習する組織文化を醸成することです。

「学び続けるのが当たり前」という企業風土を根付かせるプロセスにおいて、「アンラーニング(学びほぐし)」という考え方も重要になります。

これは、新しい知識やスキルを身につける際に、過去の成功体験や古い価値観、凝り固まった前提を意識的に手放すプロセスを指します。

一度定着した組織文化を変えることは極めて困難ですが、これもまた、経営者のリーダーシップによって粘り強く推進していく必要があります。

学び続ける姿勢が導く、DX時代の新たなキャリアパス 

DX時代の到来により、キャリアパスは多様化し、個人が自ら道を切り拓く必要性が高まっています。この変化の波を乗りこなし、新たなキャリアを築く上で、教育機関はどのような役割を担い、私たちにどのような可能性を提供してくれるのでしょうか。

教育機関の貢献:大学が提供する最新知識と地域・企業連携 

——柏木教授は大学教育の現場においてもキャリア支援に取り組まれていますが、教育機関が社会人のリスキリングに貢献するためには、どのような取り組みが必要だと感じますか?

柏木 仁 教授

これは非常に答えるのが難しい問いですね。

大学の役割という点に絞って、現状の取り組みと今後の個人的な展望についてお話しします。

現在、多くの大学では社会人が授業を受けられる聴講制度や、一般の方も参加できる実務家による講演、社会人大学院の開設などを通じて、社会人の学びに貢献しようと努めています。

その上で、大学が提供できる価値は主に3点あると考えます。

一つ目は、DX関連に代表されるような、最新の知識や理論を提供することです。

例えば、私が所属する亜細亜大学経営学部でも、2023年4月から「データサイエンス学科」を新設し、ITに関する最先端の研究・教育に取り組んでいます。

二つ目は、特定の業界の専門的なニーズに応えることです。

本学にはホスピタリティ・マネジメント学科があり、旅行、エアライン、ブライダルといった「おもてなし」を軸とする業界出身の教員が、より専門的な研究・教育を担っています。

三つ目は、地域や地元企業と連携した取り組みです。

これは特に地方大学にとって重要ですが、地域の活性化や地元企業の発展に貢献するという役割も担うことができます。

——今後の展望についてはいかがでしょうか。

柏木 仁 教授

個人的な展望として、二つの流れが重要になると考えています。

一つは、ジョブ型雇用の広がりに伴うリカレント教育の充実です。

今後、日本でジョブ型雇用がさらに普及すれば、個人が自らの専門性を高めるために大学や大学院で学び直す、というニーズは確実に高まってくるでしょう。

もう一つは、企業と大学の連携強化です。

理工学部のような理系分野では企業との連携は緊密ですが、経営学部や経済学部といった社会科学系の分野では、その結びつきはまだ強いとは言えません。

この連携を強化していく必要があります。

——社会科学分野における企業と大学の連携には、どのような可能性があるのでしょうか。

柏木 仁 教授

それを象徴する興味深いデータがあります。

日米の企業の経営者の学歴を比較した調査です。

それによると、アメリカでは企業の経営者の67%が修士号や博士号を持つ大学院卒であるのに対し、日本ではその割合がわずか15.3%に留まっています。

社会科学分野における企業と大学の連携

——圧倒的な差がありますね。

柏木 仁 教授

はい。

この数字は、日本の社会人が企業の経営やマネジメントについて大学・大学院で学び直す機会、すなわち、大学がリスキリングに貢献できる可能性がまだまだ大きく残されていることを示唆していると、私は考えています。

「コーリング(天職)」と「パーパス」:学びの原動力となるキャリア観 

——柏木教授はキャリアの研究において「コーリング」という概念を扱ってこられましたが、リスキリングとコーリングの関係性についてはどうお考えですか?

柏木 仁 教授

はい。「コーリング」に最も近い日本語は「天職」、あるいは「天職感」です。

研究においては、自分の仕事が天職か否かと極端に考えるのではなく、「どの程度、天職のように感じているか」という度合いで私は捉えています。

そして、このコーリングを強く感じている人には、様々なメリットがあることが調査で明らかになっています。

例えば、より意欲的に働く、仕事をより楽しめる、キャリアの目標が明確になる、仕事への自信が深まる、といった点です。

——なるほど。そのコーリングとリスキリングは、どのように関係するのでしょうか。

柏木 仁 教授

両者は相互に影響を与え合う関係だと考えています。

まず、「コーリングがリスキリングに与える影響」についてお話します。

自分の仕事を天職だと感じている人は、その職業に関するリスキリングに積極的に取り組む可能性が高いと言えます。

強いやりがいや責任感を持って仕事に向き合っているため、スキルアップにも前向きに取り組むことができるのです。

——まさに、以前お話しいただいた「やらされ感」とは正反対の状態ですね。

柏木 仁 教授

おっしゃる通りです。

私は、コーリングとは対極にある状態を表現する際に、よく「やらされ感」という言葉を使います。

自らの意思で前向きに取り組む姿勢こそが、コーリングを持つ人の特徴です。

また、最近では「パーパス」という概念も重要視されています。

——「パーパス」、最近よく耳にしますね。

柏木 仁 教授

はい。日本語では「目的」や「意義」と訳されますが、パーパスには会社のパーパス、個人のパーパス、人生のパーパスといった様々な視点があります。

そして、パーパスに関する議論で重要なのは、「パーパスは時間や環境の変化と共に変わっても良い」という点です。

ですから、必ずしも生涯をかけた「コーリング」を見つけることに固執しなくても良いのです。

変化しうるものとして、その時々の自分の「パーパス」をきちんと認識することが、リスキリングに取り組む上で非常に大切なことだと考えています。

柏木教授の経験に学ぶキャリアチェンジの勇気

——柏木教授ご自身も、企業勤務から大学院進学を経て研究者へと、大きなキャリアチェンジを経験されています。ご自身のキャリアを通じて感じたリスキリングの意義があれば、ぜひお聞かせください。

柏木 仁 教授

学び直し、そして全く違う職業に就くというキャリアチェンジによって、「今までとは異なる自分になれた」、そして「人生を二度楽しめている」という感覚があります。

もちろん、実際には大変なことも多いのですが、ポジティブな思考の癖が身についたのかもしれません。

頑張って勉強して本当に良かったと、心から感じています。

——それでは最後に、これからますます重要になるリスキリングに対し、キャリアチェンジを考える方々が意識すべき「学び続ける姿勢」について、メッセージをお願いします。

柏木 仁 教授

はい。まず、経営学者のピーター・ドラッカーが遺した、ある有名な言葉をご紹介します。

21世紀に重視される唯一のスキルは、新しいものを学ぶスキルである

——未来を予見していたかのような言葉ですね。まさにリスキリングの重要性そのものを指しているように聞こえます。

柏木 仁 教授

おっしゃる通りです。これからのビジネスの世界は、さらに早いスピードで、そして絶え間なく変わり続けることが当たり前になります。

ですから、「リスキリング」は、変化の時代を生きるすべての働く人にとって不可欠な課題であると、私は考えています。

その上で、転職やキャリアチェンジを考えている方へ、私自身の経験を踏まえてメッセージをお伝えします。

キャリアを変えることは、孤独な戦いになりがちです。

私自身、10年以上勤めた会社を辞めると決めた時、それまで組織に守られていた感覚がなくなり、「一人になってしまった」という強い孤独を感じました。

しかし、学び直しの場である大学院に進学して、とても驚いたことがあります。

そこには、私と同じように会社を辞め、新たな道を志す「仲間」が大勢いたことです。

「ここには別の世界があったんだ」と、新たな発見に心が震えました。

キャリアチェンジの前は、勇気が必要ですし、不安でいっぱいになると思います。

私も大学院で学ぶ前は本当に不安でした。

ですが、勇気を出して最初の一歩を踏み出したとき、その不安は次第に消えていきました。

これから転職やキャリアチェンジを考えている方も、ぜひ勇気を持って、その「最初の一歩」を踏み出してほしいと願っています。

DX時代を生き抜く:学び続けるキャリアの真価

リスキリングは、DX時代の変化の波を捉え、個人の市場価値を最大限に引き出す手段です。

さらには、柏木教授がご自身の経験を通して示されたように、人生に新たな豊かさをもたらす可能性も秘めています。

この予測不可能な時代だからこそ、未来を見据え、主体性と好奇心を持って学び続ける姿勢が、あなたのキャリアを拓く鍵となるでしょう。

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