― 小西准教授と考える、キャリアと人生を豊かにする学びの本質 ―
現代社会は、テクノロジーの急速な進化や働き方の多様化により、かつてないスピードで変化しています。「このままでいいのだろうか」「新しいことを学びたいけれど、何から手をつければいいのか」と不安を感じたり、漠然とした焦りを感じたりしている方も多いのではないでしょうか。
今回は、現代の学びに関する疑問や不安に対し、東京女子大学現代教養学部経済経営学科で准教授を務められ、人的資源管理やリーダーシップ、アントレプレナーシップを専門とする小西由樹子さんにお話を伺いました。
リスキリングは「転職のためだけではない」専門性を深める前向きな投資
「リスキリング」と聞くと、新しい職に就くための学び、つまり「転職ありき」のイメージを持つ方も少なくないかもしれません。しかし、小西准教授は、リスキリングは単に転職のためだけではなく、専門性や経験を深める「学び直し」と捉えているそうです。
リスキリングは、これまで培ってきた自分の専門性や経験をより広く深く発展させるための学び直しです。組織外だけでなく組織内においても大きな役割を果たすための、前向きな投資だろうと考えております。
変化の激しい時代において、私たち自身のキャリア形成を持続可能にするためには、常に学び続ける姿勢が不可欠です。
リスキリングは、現在の場所で自身の能力を最大限に引き出し、新たな価値を生み出すための有効な手段でもあるのです。
「まだできていない」から始まる成長のマインドセットとは
学びを継続する上で、多くの人が直面するのが「時間がない」「体力がない」「自分には向いていない」といった不安や挫折を感じています。特に忙しい現代において、学びの時間を確保し続けるのは容易ではありません。
私自身も、できないことや失敗がたくさんあります。しかし、できないと思うのではなくて、「今は”まだ”できてない」と考えるだけで前に進む力が湧いてきます。
これは、スタンフォード大学の心理学者、キャロル=ドゥエック教授が提唱した「成長マインドセット(Growth Mindset)」という考え方に基づいています。能力や才能は生まれつきのものではなく、努力や経験によって伸ばせるものだという考え方が大事です。
小西准教授は、大人になると「完璧主義」を手放し、失敗を恐れずに挑戦する柔軟さや前向きさが身につけられると、ご自身の経験から伝えています。心の持ちようが学びを継続し、新たな可能性を広げる大きな原動力となるでしょう。
社員の成長を「喜び」と捉える企業文化が、学びを推進する
リスキリングを推進する企業には、個人の挑戦を歓迎する前向きな文化が共通しています。小西准教授は、社員の成長を「喜び」と捉える企業文化が重要だと語ります。
リスキリングが進んでいる企業には、「会社も人も成長し続けるのが当たり前」という前向きな風土があると感じています。社員が新しいスキルを身につけ、さらに活躍できるようになることを喜びとしているようです。学習支援制度や、適正な評価制度が整った環境も大切です。
企業に求められる姿勢として、社員の成長を「脅威」としてではなく、「組織全体に良い影響を与えるもの」と信じることが重要です。
小西准教授は、「相手の成長を喜び、共に高め合う関係が企業と社員の理想的な関係」だと説明します。学びが「義務」ではなく「喜び」となる環境こそが、自律的な学びを促し、組織全体の活性化につながるのです。
「短期的成果」の罠……中長期的な視点と応用力の重要性
一方で、学び直しが必要だと認識しつつも、なかなかリスキリングが進まない企業も少なくありません。大学のリベラルアーツ教育が「就職に役立つのか」と問われる状況に似ていると小西准教授は語ります。
リスキリングが進まない企業に共通して見られるのは、短期的ですぐに成果が見えるものを優先する傾向です。企業研修では、「この研修が明日からどういう業務に役立つんですか?」と聞かれることが多いと感じます。
しかし、AIの進化が示すように、今日の最新スキルが明日には陳腐化する可能性のある時代です。目先の業務に直結する知識だけでなく、応用力や考える力を育むことこそが、結果的に最も役立つ基盤となります。
企業がリスキリングを推奨することは、単なるスキル習得だけでなく、従業員のエンゲージメントを高め、離職を防ぐ上でも極めて重要です。優秀な人材が長く働き続けたいと思えるよう、学びを応援する姿勢を持つことが最大の成果をもたらすでしょう。
理論と実務を結びつけ、キャリアの可能性を広げる大学
社会人のリスキリングにおいて、大学のような教育機関は「知の拠点」としての役割が求められます。小西准教授ご自身も、理論と実務を結びつける講座を開設しているのだとか。
大学の強みは、「知の拠点」として最新の理論や研究成果を社会に届けることにあります。私自身は経営学や人的資源管理、アントレプレナーシップなどの専門知識を活かし、理論と実務を結びつける講座を開設しています。
講座の内容としては、たとえば新規事業開発に必要な思考法やスキルを実践的に学べるプログラムや、職場のコミュニケーション理論を実際の現場でどう活かすかを考える機会を用意しています。
特に、女性のキャリア形成においては、無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)によって職務経験を積む機会が限定されがちです。自身のキャリアを再構築する講座などを通じて、多様な選択肢を提示したいですね。
大人になってからの大学での学びは知識を得るだけにとどまらず、実社会の中で“しなやかに働く”選択肢を広げる土台にもなります。
人生を豊かにする「大人の学び」の醍醐味
リスキリングは、仕事のためだけでなく、人生そのものを豊かにする手段でもあります。キャリアアップのためだけに限定せず、もっと自由で多様な学び方があっても良いと小西准教授は提案します。
私は最近、いけばなを学び直していますが、一見すると仕事とは関係ないように見えても、華道には明確な理論があるんです。理論を踏まえた上で個性を表現する点は、研究と共通点があると感じます。
認知科学の分野では、学びによって脳内の神経細胞のつながりが再構築され、物理的な変化が生じることがわかっているそうです。大人は既に多くの知識を持っているため、新しい学びが過去の知識と結びつき、より深く理解できるメリットがあります。
まずは「役に立つかどうか」だけでなく、「自分が学びたいかどうか」の視点も大切に、学びを始めてみてはいかがでしょうか。
リスキリングをキャリアアップのための学びと捉えると、途中で挫折してしまう方も多いでしょう。まずは、趣味の世界での学びから始めてみるのも良いかもしれません。
モチベーション要因を見据えた「自分らしい」キャリア形成
転職市場が広がり、自身の裁量でキャリアを選べるようになった現代は、日本にとって大きなチャンスであると同時に、素晴らしい時代になったと捉えられています。一方で、小西准教授は、今の環境への不満や焦りから拙速に転職を選ぶケースも増えていると指摘します。
ハーズバーグの二要因理論では、仕事の満足には「動機付け要因」(達成感、成長の機会、責任ある仕事など)と、「衛生要因」(給与、人間関係、勤務条件など)があります。
もちろん働く環境は大切ですが、「もっと良い環境を」と転職しても、仕事のやりがいや充実感にはつながりにくいかもしれません。
いっそ自分で経営者となって起業する道も選択肢の一つです。起業経験は、たとえ失敗したとしても、管理職としての視点や、困難を乗り越えるスキルとして大きな強みとなり、むしろよい転職ができるようになります。
変化の激しい現代社会においては、前向きな気持ちで、自身の成長や達成感を追求できるキャリアを目指すことが大切です。動機付け要因を高める学び直しにも取り組みつつ、起業の選択肢を検討するのも有効な選択肢の一つです。
学び続ける力こそ、変化の時代を生き抜くカギ
私たちが生きる現代は、常に変化し、予測不可能な要素に満ちています。小西准教授のお話からは、リスキリングが単なるスキル習得に留まらず、自身の専門性を深め、キャリアを広げ、そして人生そのものを豊かにする可能性を秘めていることが伝わってきました。
また、仕事や日常においては、「まだできていない」という前向きなマインドセットを持ち、日々の忙しさの中でも学びの時間を意識的に確保する取り組みが有効です。仕事のためだけでなく、自分の好奇心や興味を大切にした「趣味の学び」でさえ、脳を再構築し、新たな発見やイノベーションを生み出す源泉となります。
転職を考える際には、一時的な不満を解消するだけでなく、本当に「やりがい」や「達成感」を感じられるキャリアを見据える視点も大切でしょう。変化の激しい時代を、あなたらしく力強く生き抜くために、今こそ「学び」の扉を、開いてみませんか?