近年、リスキリング（学び直し）の重要性がますます注目されています。特に、技術革新やライフステージの変化に対応するために、自身のスキルをアップデートすることが求められる時代に突入しました。
今回は、リスキリングの重要性とその心理的な障壁をどのように克服していくかについて、キャリア発達と学習動機の専門家である東京都立産業技術大学院大学の三好きよみ教授にお話を伺いました。
今「リスキリング」が注目を集める理由とは
──最近「リスキリング」や「学び直し」という言葉をよく耳にします。先生は、なぜ今リスキリングが重視されているとお考えですか？
三好教授現在の社会では、テクノロジーの進化に伴い、仕事の内容が急速に変化しています。特にAIや自動化、デジタルトランスフォーメーション（DX）といった技術革新が進む中で、従来のスキルでは対応しきれない状況が増えています。
これに伴い、従業員が新しいスキルを学ぶことは、ただのキャリアアップではなく、職業生活を維持するための必要条件となっています。
つまり、リスキリングはキャリアの延命措置、さらにはキャリアの進化そのものであり、単に「生き残るためのスキル」を習得するだけでなく、未来に向けた「成長のためのスキル」と考えられている側面があります。
また、リスキリングの必要性は、社会的・経済的な要因とも深く関連しています。
労働市場における流動性が高まり、長寿化が進む中で、過去に一度選んだ職業に長期間従事するのは難しくなってきました。
再教育やスキルアップの機会を得ることが、社会的な変化に適応し、持続可能なキャリアを築くために不可欠な時代になったと言えるでしょう。
リスキリングがキャリアにもたらす影響
──これから転職やキャリアチェンジを考える人にとって、リスキリングはどんな役割を果たすとお感じになりますか？
三好教授ひとことで言うと、「市場価値を高めるにはリスキリングは必須」ということですね。
これまでのキャリアと全く異なる業界や職種に挑戦しようとする場合、必要となるのは「新しいスキル」の習得です。しかし、リスキリングの本質は単なる知識の習得だけにとどまらず、その知識をどのように実務に応用し、自分の価値を新たな分野にどう活かしていくかにあります。
──終身雇用が難しいっていう時代だからこそ、常に新しいスキルの獲得を目指す必要があるということでしょうか。
三好教授その通りですね。
また、リスキリングを進めることによって、自分の強みを再発見し、新たな分野でどのように成長していけるのかを具体的にイメージできるようになることも、役割の一つなのではないかと思います。
リスキリングを通して「自己肯定感」を強く持っておくことで、転職やキャリアチェンジも萎縮せず挑戦できるのではないでしょうか。
また、リスキリングは単に「技術的な能力」を高めるだけではなく、思考の枠を広げ、新しい価値観や視点を得ることでもあります。結果としてキャリア全体においてより大きな成果を得ることにもつながるのではないでしょうか。
リスキリングは単なる職業能力の向上にとどまらず、キャリアチェンジを実現するための「心の準備」や「自己成長」のための重要なプロセスだと考えています。
リスキリングにおける“心理的な壁”の乗り越えかたとは
──年齢を問わず学び直しを始めるうえでの“心理的な壁”やその乗り越え方について、アドバイスをいただけますか？
三好教授そうですね、やはり年齢を重ねるとリスキリングに対する“心理的な壁”は厚くなると思っています。
学び直しを始める際の心理的な壁として、最も大きいのは「年齢に対する不安」や「今更始めても遅いのではないか」という思い込みです。
しかし、こうした心理的な壁を乗り越えるためには、まず「学び直しは自分の人生をより良くするための投資である」という考え方を持つことが重要です。年齢を重ねることで得られる経験や知識が、リスキリングによってより深く活かせるようになります。
また、学習動機の観点から見ると、目標設定が非常に重要です。抽象的な目標ではなく、具体的な学びのゴールを設定することで、学習へのモチベーションが保たれます。
──なるほど、学習の第一歩を踏み出すことと同じくらい、継続を意識することも重要なのですね。
三好教授例えば、「半年以内にITスキルを習得し、転職活動を始める」など、現実的な目標を立てることで、学習の道筋が見え、気持ちも前向きになります。
あとは、学習に関するサポート体制を整えることも重要です。周囲のサポートを受けたり、学びのコミュニティに参加することで、孤独感や不安感を軽減し、学習を続けやすくすることができます。
一人での学習は続かなくても、誰かと一緒に学習すれば無理なく続けられるというケースは意外に多いのです。
最も重要なのは継続すること
──リスキリングを効果的に進めていくために大切な考え方や行動習慣を教えてください。
三好教授リスキリングを効果的に進めるためには、まず「継続する力」が最も大切です。
学び直しを始めたとしても、途中で挫折してしまうことは少なくありません。リスキリングの成功には、計画的に学習を進め、定期的に進捗を確認する習慣を身につけることが必要です。
また、少しでも前進したら自分を褒めること、モチベーションを保つために自分の努力をしっかりと認識することが大切です。
──続ける努力をすることもポイントですね。
三好教授さらに、学習方法の選択も重要です。自分のスタイルに合った学習法を見つけることが、効率的な学習を実現する鍵となります。
例えば、視覚的に学ぶことが得意な人は動画教材を使う、反復を重視したい人は問題集を活用するなど、自分に最適な方法を選ぶことが大切ですね。
また、実際の仕事に直結するスキルを学ぶことで、学びの成果を実感しやすくなり、その後の学びに対するモチベーションが上がります。
リスキリング推進の課題と企業の役割
──企業が人材のリスキリングを支援する上で、意識すべき視点や制度づくりについて教えてください。
三好教授企業が人材のリスキリングを支援するためには、まず「学びやすい環境」を提供することが重要です。
具体的には、フレキシブルな学習時間の提供や、学習に必要なリソースを社員に供給することが求められます。
また、社員が積極的にリスキリングに取り組めるように、企業文化として「学ぶことを奨励する」というメッセージを強調することが必要です。
例えば、学習に対してインセンティブを与える、成果を評価する仕組みを作ることが有効ですね。
ほかにも、リスキリングを支援するためには、企業内部での「メンター制度」や「学習コミュニティ」の設立が有益です。社員が学び合い、助け合うことができる環境を整えることで、学びの効果を高めることができます。
ただし、これを実現できる企業の数がまだまだ少ないのが現状です。リスキリングの推進には企業の協力が不可欠なので、国全体で体制や考え方を変容させる必要があると思います。
デジタル社会における必須スキルと学びの方向性
──多くのDX人材育成やプロジェクト型の教育にも取り組まれていますが、今後のデジタル社会において、特に身につけておくべきスキルや“学びの方向性”について教えてください。
三好教授「絶対にこれ！」と断言することはできませんが、需要の高まりが予想されるのは、「データ分析」や「AI活用能力」などのスキルではないでしょうか。
これからますます進化するテクノロジーを理解し、活用する力は多くの業界で求められるはずです。
また、デジタル技術だけでなく、それをどう経営や業務に組み込むかという「戦略的思考」も重要です。単に技術的なスキルを身につけるだけではなく、その技術をどう活かすか、ビジネスにどう活かすかを考える力を身に着けていくことが、「市場価値の高い人材」となる第一歩となるのではないでしょうか。
さらに、DX（デジタルトランスフォーメーション）を進めるためのリーダーシップやプロジェクトマネジメント能力も重要なスキルとなります。デジタル化の推進には、企業全体を巻き込んで実行に移すための能力が必要です。
今回は、リスキリングの重要性とその実践方法について、貴重なご意見をいただきました。テクノロジーの進化や市場の変化に適応するためには、学び直しが今や欠かせない要素となっています。特に、キャリアチェンジや転職を目指す方々にとって、リスキリングは「未来を切り開くための力」と言えるでしょう。
また、「心理的な壁の乗り越え方」や「学び続けることの重要性」については、どんな年齢層でも意識的に実行できる普遍的なアドバイスだと思いました。自分にとって有益な学習方法を見つけ、少しずつでも進んでいくことが、最終的には大きな成果へと繋がるはずです。
デジタル社会の進化に伴い、必要とされるスキルや考え方が多岐にわたる中で、何を学び、どう活用するかという戦略的な視点がますます重要になってきます。本記事が、読者の皆様が自身のキャリアや学びの方向性を再考するきっかけとなれば幸いです。