【人生100年時代のキャリア戦略】漠然とした不安を「成長の糧」に変える学び直しとは?

「人生100年時代」を迎え、キャリアの岐路で漠然とした不安を感じていませんか?
長寿化や労働力不足といった社会の変化を背景に、働き方は創造性が求められる時代へと移行し、個人の自発的な成長を重視するようになりました。しかし「何から始めれば良いのか」「そもそもキャリアとは何か」と戸惑う方も少なくないでしょう。

今回は、椙山女学園大学 人間関係学部 心理学科でリカレント教育やキャリア形成の研究をされている加藤 容子教授にお話をお伺いしました。新たな一歩を踏み出すための心構えから、具体的な学びの機会まで、自分らしい未来を切り拓くヒントを探っていきます

目次

「人生100年時代」が問いかける新たなキャリア観

なぜ今「学び直し」が必要なのか? 時代背景と社会の変化

──「リカレント教育」という言葉を初めて耳にする読者もいらっしゃるかと思います。まず、なぜ今、リカレント教育が注目されているのでしょうか。

加藤教授

リカレント教育が必要とされている背景には、いくつかの社会的な変化が関係していると理解しています。

まず第一に、「人生100年時代」の到来です。医療技術の発達と健康意識の高まりによって私たちの寿命は延び、より長い期間を生きるようになりました。

第二に、社会と産業構造の変化が挙げられます。かつてのように、不足しているものを作れば売れるという時代は終わりつつあります。それに伴い、第3次産業を中心に、働く上での工夫や創造性がより一層求められるようになりました。

さらに近年のDX (デジタル・トランスフォーメーション)という潮流も、労働者の能力やスキルの変容と進化を求めています。

そして第三の背景が、人口減少、特に若年層の減少に伴う労働力不足です。

──なるほど。企業が従業員を組織の駒としてではなく、一人の貴重な「資本」として捉え、いかに自発的・主体的に能力を発揮してもらうか、という考え方とも通じるものがありそうですね。

加藤教授

おっしゃる通りです。医療技術の発展による長寿化が進む一方で、労働力となる若者は増えない。そして、成熟した産業の中では、多様な人材に多様な形で活躍してもらうことが不可欠になっています。このような状況が、個人の学び直しや能力開発を後押しする大きな背景になっていると考えています。

「リカレント教育」と「リスキリング」の違い、それぞれの役割

──読者の中には、「リカレント教育」と「リスキリング」の違いがよく分からないという方もいらっしゃるかと思います。この二つの違いは、どのように説明できるでしょうか。

加藤教授

まず「リカレント教育」は、1960年代末から70年代にかけてヨーロッパで生まれた教育のコンセプトです。リカレントとは「循環する」という意味を持つことから「学び直し」を表し、主に大学や研究機関での社会人教育や生涯学習の文脈で使われてきました。

一方、「リスキリング」は学校教育というよりも経済の文脈から出てきた言葉です。起源は2018年にスイスで開かれた世界経済フォーラム(ダボス会議)で、「リスキル革命」と銘打ったセッションが実施されたのが始まりとされており、比較的新しい概念です。

両者を整理すると、リカレント教育はより「教育的」な観点から語られるのに対し、リスキリングは「経済的」な観点、つまり個人の能力を再活用・活性化させるといった文脈で使われていると理解しています

──リスキリングは企業や業界が主導するオンライン講座といったイメージが浮かびます。一方でリカレント教育は、夜間大学や通信大学のように、教育機関が主体というイメージがありますね。

加藤教授

そうですね、そのイメージに近いと思います。ちなみに公的には、文部科学省では主にリカレント教育、経済産業省では主にリスキリングという用語を用いて、成人の学び直しを提案しています。

キャリア形成とメンタルヘルスの密接な関係

「キャリア」は仕事だけではない生涯の道程

──メンタルヘルスとキャリア形成のつながりについて教えていただけますでしょうか。

加藤教授

私は、メンタルヘルスとキャリア形成は“裏表”の関係にあると考えています。ただ、その前提として、まず「キャリア」という言葉が持つ本来の広い意味についてご理解いただく必要があります

──キャリアというと、就職して経験を積み、キャリアアップしていく、というような「職業キャリア」のイメージが強いかもしれません。

加藤教授

本来、キャリアという概念はもっと広範なものです。例えば、趣味の習い事が上達して生活の一部になることも、小学校から始まる学習の道のりが生涯学習へとつながっていくことも、立派なキャリアの一部です。 つまりキャリアとは、人生における様々な役割の中での経験を、自分自身にどう関連付け、どう意味付けていくか、という積み重ねのプロセスそのものを指します。

ワークライフイベントは「壁」ではなく「成長の機会」

──キャリアの壁として、特にお子さんが小さい時期に悩まれる方は多いように思います。

加藤教授

職業キャリアという点では、まさにおっしゃる通りです。子育てや介護に時間と労力を割くことで、心身ともに疲弊し、仕事に集中することが難しくなるという問題は確かにあります。

一方で、私は子育てや介護を単なる負担ではなく、新しいキャリアの始まりだと捉えています。仕事に専念しているだけでは決して見えなかった世界に触れ、視野を広げる貴重なチャンスでもあるのです。

例えば、子どもの視点を通して人の成長のありようを学んだり、仕事中心の生活では気づきにくい、助けを必要とする人々の存在を知ったりすることができます。子育て経験を通じて「子どもが安全に暮らせる社会とは何か」といったように、社会を多角的に見る目が養われる。これもまた、長い目で見ればご自身のキャリアにとって非常に豊かな「資源」になり得るのです。

不安をチャンスに変える「学び直し」の力

学び直しが自己効力感を高めるメカニズム

──学び直しによって「もう一度挑戦してみよう」という気持ちが生まれるなど、個人の自己効力感にも良い影響があるように思います。この点について、どのようにお考えでしょうか。

加藤教授

研究においても、成人の学び直しと自己効力感には関連があることが示されています。そもそも「何か新しいことを学ぼう」と思えること自体が、非常に意欲の高い、ポジティブな精神状態の表れだと言えるでしょう。しかし、多くの人は「新しいことを学びたい」と漠然と思っていても、具体的な行動に移すことは非常に難しいという現状があります。実は、成人になると学ぼうと思わなくなるのが、ある意味で自然なことなのです

生涯発達心理学の観点から説明しますと、青年期は「自分とは何者か」というアイデンティティを確立するため、自己理解を深めるとともに外の世界から多くのことを吸収しようとします。学びへの欲求が非常に強い時期と言えます。

一方、中年期になると、ある程度自分なりの価値観や生活基盤が確立され、心理的に安定した状態に入ります。この時期の発達課題は、自分が得た知識や経験を次の世代へ伝えていくこと、つまり「継承する」ことへとシフトしていきます。そのため、新たな学びへの意欲が自然と落ち着いてくるのです。

──「安定」した状態から一歩踏み出すには、何らかの「きっかけ」や、現状に対する「違和感」のようなものが必要になる、ということですね。

中年期の危機は「学び」の好機

──中年期では先ほどお話しした「安定」した後に、「ミッドライフクライシス(中年期の危機)」と呼ばれる体験が訪れることがあります。

加藤教授

多くの場合、その危機は「老い」や人生の「限界」を意識した時に訪れます。青年期は未来への成長を見据えていますが、中年期になると人生の折り返し地点を感じたり、体力の低下を実感したり、親との別れを経験したりします。そこで「私の人生、本当にこれで良かったのだろうか」という根本的な揺らぎが起こるのです。

このように心がぐらついたり、不安になったりした時こそ、新しいことを始める絶好のチャンスだと私は考えています

──「これで良かったのか」という迷いや、「次の目標は何か」という不安が生じた時が、まさに学び直しを考えるタイミングなのですね。

加藤教授

はい。その迷いや不安を感じた時に、「学び直す」という選択肢を持つことができると、人生やキャリアを再探索・再活性できると思います。ですから、不安は決して悪いものではなく、とても大切な感情なのです。

自分への投資としての学び——”推し活”との対比から考える

加藤教授

最近流行している「推し活」を例に考えてみましょう。もちろん、それ自体は楽しい時間の過ごし方だと思います。

しかし、推し活に使う時間、お金、エネルギーは、見方を変えれば「他者」への投資です。それによって自分が幸せになる側面は当然ありますが、時にそのバランスが崩れてしまうことがあります。

例えば、自分の食費を切り詰めてまで活動にのめり込むのは、果たして健全な状態と言えるでしょうか。日々の不安や空虚感を埋める手段として推し活があるのかもしれませんが、その時間やエネルギーを少し自分自身に投資するという視点を持ってみると、また違う世界が見えてくるかもしれません

──なるほど。他者に向いていたエネルギーを自分に向けることで、自己効力感にもつながっていきそうですね。

加藤教授

はい。他者だけでなく、自分自身を大切にし、労わってあげる。そして、自分の成長のためにもう一歩踏み出してみる。そうした「自分への投資」としての学び直しという選択をすることは、有意義なことだと思います。

新たな一歩を踏み出すための心の準備と実践

不安は健全な感情。自分の内なる声に耳を傾ける

──人生の節目や変化の時期に感じる「不安」について、どのようにお考えでしょうか?

加藤教授

私は、不安はとても大事な感情だと考えています。不安がない状態というのは、一見良いことのように思えますが、かえって危険な場合もあります。

例えば、過剰に自己を大きく見せたり(自己肥大)、誰かを一方的に悪者にして敵視したりと、偏った思考に陥りやすくなるのです。

一方で、自分の不安と向き合い、それを抱えながら物事を考えることができると、思考はより立体的になります。他者への配慮が生まれ、極端な考えに偏ることなく、バランスの取れた統合的な判断を目指すことができます。この「不安を抱える力」こそが、非常に重要なのです。

不安を抱える力を身につけ、共に歩んでいけるようになることこそが、精神的に健康的で成熟した状態だと考えています。その意味で、「分からない」と素直に思えることもまた、非常に大切なことです。

そうして何かを学ぼうとする時、正解は必ずしも外の世界にあるとは限りません。心理学的な視点では、その答えは自分自身の内側に既にあるかもしれない、と考えるのです。

キャリアの「棚卸し」で隠れた才能と過去の夢の再発見

加藤教授

先ほど、学びの答えは「自分の内側にあるかもしれない」とお話ししました。これは、全く新しいものをゼロから学ぶというより、自分の中に既にあったものに光を当てる、というイメージです。

分かりやすい例を挙げますと、長年、主婦業をされてきた方の中には、ご家庭での様々な経験を通して、マネジメント能力や采配力を身につけている方が大勢いらっしゃいます。それは職場においても高く評価されるスキルにもなり得ます。

このように、自分の中に既にあるものに目を向ける。キャリアコンサルティングの言葉で言えば「キャリアの棚卸し」です。これまでの経験はもちろん、心の奥でくすぶっている情熱や、成人してからは忘れていた子供の頃の夢なども、大切な資源です。子供時代の夢が、実は今の自分と深く結びついていることも少なくありません。

ただ、こうした自己分析は一人では難しい場合もあります。ですから、キャリアコンサルティングや心理カウンセリングなどを活用し、専門家との対話を通じて、砂の中に隠れた宝物を見つけるように、ご自身の内なる可能性を発見していくことをおすすめします。

──なるほど。一方で、企業が全従業員にそうした機会を提供するのは、現実的には難しい側面もありそうです。

加藤教授

おっしゃる通りです。しかし、もし組織が本気で従業員の学び直しを支援したいのであれば、一方的に研修メニューを「与える」だけでは不十分です。まず必要なのは、一人ひとりの「モヤモヤ」に耳を傾け、内なる意欲を「引き出す」ための場づくりではないでしょうか。

例えば、研修を行う場合にはその一部に自由な話し合いの時間を設けたり、日常的にちょっとした思いつきを共有できる仕掛けを作ったりするのはいかがでしょうか。

第三の場としての大学——女性のキャリア形成における重要性

──キャリア形成を支援する上で、大学はどのような役割を担えるでしょうか。

加藤教授

大学が提供できる価値は大きいと考えています。例えば、本学大学院のリカレント教育である現代マネジメント研究科の履修証明プログラムでは、各企業では人数が少ないため埋もれがちな女性管理職候補の方々などが学んでいます。学ぶ内容もさることながら、様々な企業から集まった同じような立場の方と出会い、女性が直面する課題を俯瞰的に考えられる点が、大きな価値となっています。

組織内の利害関係から離れ、純粋な仲間として高め合えるのです。また、別の専業主婦や非正規で働く方向けの講座でも同様でしたが、大学は家庭でも職場でもない「サードプレイス(第3の場)」として機能します。損得や評価を気にせず安心して話せる場で、他者の頑張りが励みになる、という声も多く聞かれます。

このように、リベラルな雰囲気を持つ「サードプレイス」を提供できること、そして、専門家の知見や学術的施設といった、豊富な「資源」があること。これが大学の強みです。

計画された偶然性を活かすキャリア戦略

厳密な目的設定を超えて「なんとなく」の興味を大切に

──学びたいという気持ちがあっても、「この学びは自分向きではないかもしれない」と目的を考えすぎてしまい、結局、諦めてしまう。そういったケースも少なくないように感じます。

加藤教授

自分に必要なものだけを得ようという姿勢は、かえって自らの可能性を狭めてしまうことがあります。キャリア理論に「計画された偶発性(Planned Happenstance)」という概念があります。これは、予期せぬ機会がキャリアに影響を与えるため、たまたま遭遇した機会でも、面白がりながら取り組めばキャリアが展開するという理論です。

──自分の考えだけに固執せず、「なんとなく興味がある」くらいの柔らかさで一歩踏み出すことが、結果的にキャリアの幅を広げることにつながるのかもしれませんね。

加藤教授

まさに、その通りだと思います。たとえ一つの目的を持って学び始めたとしても、その学びが一点にとどまることは、まずありません。その知識は必ず自分の中にある既存の知識や経験のネットワークと結びつき、結果的に学びや理解は多方面に広がっていきます。ですから、最初から目的を絞りすぎる必要はないのです

キャリア転換を後押しする伴走者の存在

──これまでのキャリアコンサルティングのお話は、学び直しにおける「周囲の関わり方」というテーマにも深く関連してきそうですね。

加藤教授

はい。ただ、企業が全従業員にキャリアコンサルティングの機会を提供するのは、現実的には難しいかもしれません。だからこそ、もし組織が本気で従業員の学び直しを支援したいのであれば、発想の転換が必要です。

例えば、最近多くの企業で導入されている「1 on 1」をうまく活用すれば、従業員の「モヤモヤ」を受け止めた上で、モチベーションのニーズを明確にすることができると思います。

ただ話すだけでは「何を話せばいいか分からない」となりがちですが、1on1の本質は心理カウンセリングと同じです。普段のモヤモヤを言葉にし、相手に真摯に受け止めてもらう。そのプロセスを通じて、自分自身で考えを再認識し、整理していくのです。

そのために、まずは1 on 1を行う管理職や人事担当者がキャリアコンサルティングや心理カウンセリングを受けることができれば、その効果が全従業員に広がる可能性が高まります

ちなみに、こうしたキャリアコンサルティングや心理カウンセリングを誰に受ければ良いのか?という質問をいただくことがよくあります。

国家資格であるキャリアコンサルタントやその上位資格(キャリアコンサルティング技能士1級、キャリアコンサルティング技能士2級)、心理職のうち国家資格である公認心理師、さらに民間資格ですが大学院カリキュラムが必要な臨床心理士がお役に立てると思います。

こうした質の高い「対話」や、安心して話せる「場の力」を借りながら、一人ひとりが自己理解を深め、ご自身のキャリアを改めて耕していく。それが理想的な形だと思います。

転機こそ「自分軸」でキャリアを耕す

加藤教授のお話を伺って感じたのは「自分を大事にすること」の重要性です。これは転職やキャリアに悩む全ての方にとって、大切なことのひとつと言えるでしょう。

情報過多な現代において、外部からの正解や他者の成功事例に惑わされることも少なくありません。そんな時こそ、自身の「五感」や「無意識」の声に耳を傾けてみましょう。

過去の成功体験や、無意識に夢中になったこと、得意だったことなどを振り返り、それらを「自分だけの資源」として再評価する「キャリアの棚卸し」をしてみませんか。そして、不安は自己探求のエンジンとなり、新たな一歩を踏み出すための原動力へと変わるでしょう。

お知らせ
椙山女学園大学では、学生以外の方も受講できる「履修証明プログラム」や「ライフデザインカレッジ」といった、学び直しのための講座が多数用意されています。
開講状況などの詳しい情報は、椙山女学園大学公式サイトをご覧ください。
リカレント教育|椙山女学園大学公式サイト

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