多様な生き方が尊重される現代において、子どもたちの進路選択は、「どの学校へ行くか」だけでなく、「自分らしくどう過ごすか」を重視する時代へと変化しています。
こうした願いに応え、生徒一人ひとりの個性と歩幅に徹底して寄り添う教育を実践しているのが、松陰高等学校岩手盛岡学習センター(通信制・単位制)です。
同校が掲げるのは、画一的な枠組みにとらわれない「徹底した個別最適サポート」であり、その最終目標は、学びの先にある「社会での自立」にあります。
本記事では、松陰高等学校岩手盛岡学習センター校舎長の伊藤 倫子さんへのインタビューを通じ、自らの「好き」や「得意」を軸に未来を切り拓くための具体的な支援体制を紐解きます。
一人ひとりの歩幅に合わせる「個別最適」な教育理念
生徒が抱える背景は一人ひとり異なり、画一的な教育では届かない思いがあります。松陰高等学校岩手盛岡学習センターが掲げる「個別最適サポート」の根底にある、生徒の自立を促すための深い教育理念に迫ります。
「自立」を目標に、フリースクール併設の環境を活かした「体験型学習」
——松陰高等学校岩手盛岡学習センターの教育において、最も大切にされている理念やモットーについてお聞かせいただけますでしょうか。
伊藤 倫子さん私たちは「徹底した個別最適のサポート」を理念として掲げ、日々の教育活動を行っています。私たちの最終的な目標は、生徒たちの「社会での自立」です。
本校に入学してくる生徒さんは、一人ひとり歩んできたバックグラウンドが全く異なります。そのため、全員に同じ型を当てるのではなく、その子に合った学び方で高校3年間を過ごし、成長してほしいと考えています。個々のペースや学習スタイルに合わせることは、常に徹底しています。
——中には、自分らしさをまだ見つけられていなかったり、先生に自分の気持ちをうまく伝えられなかったりする生徒さんもいらっしゃるかと思います。日々の関わりの中で、先生方が個性を引き出すために工夫されていることや、気をつけていらっしゃることはありますか?
伊藤 倫子さん私たちの施設には外部の団体が運営しているフリースクールも併設されています。その環境を活かした「体験型の学習」ができる点は、一つの大きな特徴です。
通信制高校で単位を取得するためには、レポートの提出などの学習が不可欠ですが、それ以外の「体験型学習」を私たちは重視しています。実際にコミュニケーションを取りながらさまざまな体験活動をすることで、自分の「好き」や「得意」を見つけるためのサポートができると考えています。
——いわゆる一般的な座学以外のリアルな体験を通して、その子がどのような動きをするのかを見守り、その子らしさを見つけ出していくということですね。
伊藤 倫子さんまさにその通りです。
週1日から5日まで自由に選べる登校スタイル。登校できない日も個別に伴走する学習フォロー体制
——「自分のペースで学べる環境」はとても素敵だと感じます。レポート学習やスクーリングの面では、どのような工夫をされているのでしょうか。
伊藤 倫子さん当校は週1日から5日まで自由に登校できる「自由登校制」をとっています。スクーリング自体は週に2、3回設定していますが、どうしてもその時間に来られない生徒さんもいらっしゃいます。
——具体的なサポートの内容もお聞かせいただけますか?
伊藤 倫子さんまずは「登校する」というステップからサポートを始めます。登校できれば、一緒にレポートを作成したり、そこでスクーリングの振り替えを行ったりといった柔軟な対応が可能です。「まずは自分のペースでおいで」という形で、一人ひとりに合わせた声掛けを大切にしています。
——通信制高校を選ばれるお子さんは多様なバックグラウンドをお持ちだと思いますが、中には「登校する」ということ自体が非常に高いハードルに感じるお子さんもいらっしゃるかと思います。そのあたりのサポートについて、先生方は具体的にどう取り組まれているのでしょうか。
伊藤 倫子さん通信制高校において単位を取得するためには、やはりスクーリングの出席が欠かせません。登校しないことには、基本的にはスクーリングとしてカウントできないというルールがあります。しかし、学校に来て何かをしようと考えると、緊張や不安が強くなってしまう生徒も少なくありません。
「車までレポートを受け取りに行く」ことから始まる、成功体験を積み重ねるための繊細なアプローチ
——先ほどお話されていたように、登校へのハードルが高い生徒さんに対して、具体的にどのような配慮をされているのでしょうか。
伊藤 倫子さん私たちは「学校に入らなくてもいい。まずは玄関の外まで来るだけでいいんだよ」と伝えています。実際、以前担当した生徒さんの中には、保護者の方の車に乗って学校の近くまで来ているという子がいました。私はそこまで足を運んでレポートを受け取り、少しその場でお話するということを数ヶ月間続けました。
——数ヶ月間も外で対応されていたのですね。
伊藤 倫子さんそうしてレポートのやり取りを続け、信頼関係を築いていく中で、本人が「やらなきゃいけない」と決意したタイミングで、自然と教室に来られるようになりました。
——無理に教室へ呼ぶのではなく、本人のタイミングを待つのですね。
伊藤 倫子さんその通りです。一人ひとりの状況に合わせて、教室の中で勉強する段階に至るまで、「来るだけで大丈夫」「少し顔を見せるだけでもいいよ」と声をかけ続けています。
——まずは家を出て、学校へ向かうというアクション自体を評価し、先生が「それでいいんだよ」と受け止める。そうした心のサポートが重要だということですね。
伊藤 倫子さん「できた」「やれた」という成功体験の積み重ねが必要不可欠です。私たちは、そうした小さな一歩を大切に見守るサポートを心がけています。

デジタルツールの活用と「待つ」姿勢で築く、生徒と保護者の心を支える信頼関係
心の安定には、学校・家庭・本人の三者が確かな信頼で結ばれていることが欠かせません。デジタルツールを駆使した保護者との密な情報共有や、「無理に話さなくていい」と本人のタイミングを尊重する独自のコミュニケーション哲学から、生徒の心理的安全性を守るための秘訣を探ります。
公式LINEを「デジタル連絡帳」に。保護者と生徒の安心を支える、写真付きの密なコミュニケーション
——メンタル面のケアは、どの通信制高校においても重要な課題だと思います。特に意識されているコミュニケーションや、相談しやすい環境作りのための具体的な取り組みがあれば教えていただけますか。
伊藤 倫子さん私たちが最も徹底しているのは「こまめな連絡」です。連絡手段として公式LINEを活用しています。
——実際にどのように活用されているのでしょうか。
伊藤 倫子さん保護者の方、そして生徒さん本人とそれぞれ直接つながるようにしています。例えば、生徒さんが登校できた際や授業を受けている様子を写真に撮り、「今日はこんな風に頑張っていますよ」と保護者の方へこまめにお送りしています。
——それは安心ですね。
伊藤 倫子さん「今日はこんな話をしました」といった報告はもちろん、「少し顔色が優れないな」と感じたときも、「最近少し元気がなさそうですが、ご家庭での様子はいかがですか?」とすぐに連絡を入れます。こうした密なコミュニケーションを継続していると、保護者の方からも「今朝は少し機嫌が悪かったのですが、学校へ向かいました」といった共有を自然にいただけるようになります。
——事前に状況が分かれば、受け入れ側の準備もできますね。
伊藤 倫子さんおっしゃる通りです。また、生徒さんの中には対面で話すのが苦手な子も多いのですが、LINEであれば自分の気持ちを言葉にしやすいというメリットもあります。
——LINEをいわば「デジタルな連絡帳」のように活用し、三者で連携を取られているのですね。
伊藤 倫子さんそうですね。保護者の方との情報共有はもちろん、生徒さんと先生が直接やり取りをする場としても非常に大切にしています。
「無理に話さなくていい」という受容のスタンス。生徒のタイミングを待つ姿勢が育む心の安らぎ
——通信制高校を選んだ生徒さんにとって、学校へ来るというハードルを乗り越えた後の「人とのコミュニケーション」は、一つの大きな課題になるのではないかと想像しています。実際に人と話すことに対して、難しさを感じる生徒さんも多いのではないでしょうか。
伊藤 倫子さんそうですね。ただ、私自身はそもそも「コミュニケーションを必ず取らなければならない」という価値観を持っていません。
——「コミュニケーションを取らなくていい」というのは、学校という場所においては非常に驚きの、そして本質的な視点ですね。
伊藤 倫子さん自分の気持ちを言語化するのが苦手な生徒さんは非常に多いです。「上手く話せない」「質問に答えられない」ということがストレスや不安になり、結果として「人と喋りたくない」という負のサイクルに陥ってしまうこともあります。
——具体的には、どのようなスタンスで生徒さんと向き合っていらっしゃるのですか?
伊藤 倫子さん私たちは、「答えられなくても大丈夫だよ」「ありのままでいいよ」というスタンスで接することを意識しています。その子が自ら心を開くタイミングを「待つ」という姿勢を大切にしています。
——教育現場において「待つ」ということは、実はとても難しいことですよね。保護者の方にとっても、非常に忍耐が必要なことだと思います。しかし、先生方が「待ちの姿勢」でいてくださることは、生徒さんにとって自分の心が守られているという、確かな心理的安全性の確保につながるのだと感じました。

異年齢と地域連携が広げる、社会とつながる実践的な学び
学年や教室の枠を越えた多様な交流が、生徒たちの世界を少しずつ広げています。自炊体験や地域企業と連携した本格的な職業体験を通して、社会とつながる「生きた学び」をどのように実現しているのでしょうか。
小学生から高校生までが共に過ごす異年齢交流。「給食作り」が育む主体性と社会性
——岩手盛岡学習センターならではのイベントや、生徒同士のコミュニケーション、交流に関する取り組みについて教えていただけますか。
伊藤 倫子さん先ほどもお話しした通り、施設内にあるフリースクールと提携しているため、日々「体験型の学習」を通じた交流が生まれています。具体的には、みんなで調理をしたり、実験をしたり、カレンダー作りなどの創作活動を行ったりしています。また、絵を描くのが好きな子が多いので、アートの授業も取り入れていますね。こうした日常の活動の中で、自然と生徒同士が交流できる環境になっています。
——なるほど。そうした交流は、クラスや学年の枠を超えて行われているのでしょうか。
伊藤 倫子さん実は、本校には一般的な「クラス」という仕切りがないのです。
大きな教室が一つと、小さな学習室が一つあるくらいの、非常にコンパクトなアットホームな校舎です。その同じ空間の中で、フリースクール生と高校生が共に過ごしています。授業の内容によって時間や部屋を分けることはありますが、体験活動などのイベントは基本的にみんな一緒に行います。
——小学生から高校生までが同じ場所で活動するのですね。
伊藤 倫子さん幅広い年齢層、いわゆる「異年齢交流」の中で、みんなで一緒に体験活動を楽しんでいます。学年の壁がないからこそ、多様な視点に触れながら社会性を育んでいけるのだと考えています。
——ホームページに掲載されている1日のスケジュールを拝見したのですが、「給食作り」という項目がありますね。これも生徒の皆さんが自分たちで行うのでしょうか。
伊藤 倫子さん毎週月曜日に行っているのですが、本当にかんたんな自炊体験ですね。お米を炊いて、チャーハンにするかおにぎりにするかをその場でみんなで決めたり、お味噌汁を作ったりします。自分たちで作ったものをみんなでいただくという経験を、週に1回の給食の時間として大切にしています。
——スケジュールの中に「給食作り」が組み込まれているのは非常に珍しいですね。自分たちで献立から考えて作るというのは、自立に向けた素晴らしいステップだと思います。また、スケジュールを見ると、3時からは「課外活動」の時間もありますね。
伊藤 倫子さんそうですね。基本的には午前2時間、午後2時間のコマ割りがあり、その間がフリータイムとなります。
地域のプロから学ぶ職業体験。学校の外へ飛び出し、本物の社会に触れることで手にする一生モノの自信
——校外学習にも力を入れていらっしゃるとのことですが、具体的にどのような取り組みをされていますか。
伊藤 倫子さん地元のさまざまな中小企業さんや個人事業主の方々と連携し、実際に現場で学ぶ「職業体験」の場を積極的に作っています。学校という枠を超えた、多様な校外活動を展開しているのが本校の特徴です。
——学校の外に出て活動することは、生徒さんたちの心境や成長にどのような変化をもたらすのでしょうか。先生が日々見守る中で感じていることをお聞かせください。
伊藤 倫子さんそもそも、新しい場所へ行くこと自体に不安を抱える生徒さんは少なくありません。そこでの向き合い方も、やはり「段階」があると考えています。3年間のうちに一度も参加しない生徒もいます。また、1年生の時は控えめだった生徒が、2年生で少しずつ参加し始め、3年生になってアルバイトを始めたというケースもあります。
——無理に参加する必要はない、ということですね。
伊藤 倫子さん「校外学習に行くことが正解」ではありませんし、何が良い・悪いという判断もしていません。私たちはただ、生徒本人のタイミングに合わせて、いつでも飛び込める学びの場を準備しておくだけです。あとは、その生徒が「行ってみようかな」と思った時に、優しく背中を押してあげる。それが私たちの役割だと思っています。
——生徒自身の主体性が育つのを待つのですね。課外活動を通じて社会に触れることが、社会性や自己肯定感、あるいは「自己効力感」を高めることにつながる、素晴らしい環境だと思います。
伊藤 倫子さんその小さな一歩が、その後の人生を支える大きな自信に変わっていくのだと感じています。


個性を才能に変える。生徒の「好き」を形にする特別授業と進路支援
生徒が持つ「好き」や「得意」は、登校のきっかけになり、やがて未来を切り拓く大きな武器へと変わります。個々の興味に合わせたオーダーメイドの授業や、卒業後の自立を支える手厚い進路支援の実態を詳しく伺いました。
「メイク好き」が講師になる特別授業。生徒の興味関心を登校のきっかけに変えるオーダーメイドの教育
——文化祭や夏祭りなど、年間を通じてさまざまなイベントを開催されていますね。
伊藤 倫子さんイベントでは生徒それぞれの得意なことを活かせる場を作っています。例えば、クラフト雑貨作りが得意な生徒さんなら作品を販売してみる、あるいはプレゼンテーションに挑戦する、バンドを組んで歌ってみる、といった具合です。それぞれの意欲に応じてチャレンジの場を用意し、本番まで一緒に作り上げていきます。こうした準備も、私たちはすべて個別に伴走して行っています。
——先生が「やってみない?」と声をかけ、生徒さんが「やる」と決めたら、準備から本番までマンツーマンで見守るのですね。
伊藤 倫子さんそうです。さらに、当日は保護者の方をお呼びして、お子さんの頑張る姿を見ていただく。そこまでを一連のゴールとして設定しています。
——お話を伺っていると、先生方はあくまでサポートに徹し、企画内容や進め方自体にはあえて深く介入していないような印象を受けます。
伊藤 倫子さんその通りです。授業や体験型の学習も、在籍している生徒さんの興味・関心に応じて柔軟に変えています。
——具体的なエピソードがあれば教えてください。
伊藤 倫子さん例えば、メイクが好きな女の子が、一時期なかなか登校できなくなってしまったことがありました。その際、私たちは「勉強しよう」とか「スクーリングがあるからおいで」といった声かけはしませんでした。本校の原則は、まず「その子の好きなことや得意なこと」をきっかけに登校してもらうことだからです。
——どのようなアプローチをされたのですか?
伊藤 倫子さんその子には「メイクの授業をしようよ」と提案しました。彼女に講師になってもらい、女子生徒たちでメイクの仕方を共有したり、おしゃべりしたりする場を作ったのです。私たちは、生徒一人ひとりに合わせて必要な授業をその都度作り、準備することを意識しています。
——一般的な学校の枠組みでは、なかなか難しい柔軟な対応ですね。社会に出れば自分の興味がある場にアクセスしやすくなりますが、それを学校という場所で実現することで「自分を輝かせる世界があるんだ」と実感できるようになりますよね。
伊藤 倫子さんまさにその通りです。学校という場はどうしても自分の能力が制限されてしまいがちですが、こうした取り組みを通じて、自分自身の可能性に改めて気づくことができます。
——無理に生徒同士の交流を深めようと強制するのではなく、まずは「そこにいて交流ができる状態にある」ということ自体が、彼らにとっては非常に大きな意味を持つのですね。
伊藤 倫子さんはい。交流したい子が、したい時にすればいい。そうした生徒自身の主体性を、私たちは何よりも大切にしています。
「AIカウンセラー」をテーマに挑むプレゼンテーション。探究学習の成果がもたらす圧倒的な達成感
——入学当初は不安を抱えていた生徒さんが、この学校での活動を通じて自信を取り戻し、変化していったエピソードがあれば教えていただけますか。
伊藤 倫子さん日々の活動の中でも、特に文化祭での出来事が印象に残っています。ある生徒の話なのですが、彼女は当初、人前で話すことなど全く考えられないという状態でした。ただ、非常に真面目で、部活動などにも自らチャレンジする努力家な一面もありました。そんな彼女に、もう一歩踏み出して自信を持ってほしいと考え、「文化祭でプレゼンテーションをしてみない?」と提案しました。
——大きなチャレンジですね。
伊藤 倫子さん彼女は心理学に興味があり大学進学も目指していたので、高校の「総合的な探究の時間」の一環として取り組むことにしました。自分でテーマを決めて仮説を立て、調査・検証した結果を発表する。私たちはその準備をずっと指導してきました。彼女が選んだテーマは「AIはカウンセラーの代わりになれるのか」というものでした。
——非常に面白く、現代的なテーマですね。
伊藤 倫子さん面白いですよね。彼女はそのテーマについて深く調べ、文化祭当日は保護者の方々が大勢いらっしゃる前で堂々と発表しました。
——どのような発表だったのか、非常に気になります。
伊藤 倫子さん内容自体も「なるほど」と感心させられる素晴らしいものでした。私は発表後、必ず「振り返り」の時間を作っています。発表した生徒たちを集めて、当日の緊張にどう対応したか、どのような準備をしてきたかを共有する場です。彼女は「ものすごく準備をして、本番もすごく緊張したけれど、心からやってよかった」と晴れやかな表情で話してくれました。
——その生徒さんが「やってよかった」と感じられたのは、どのような理由からだと思われますか?先生から見た視点や、ご本人がおっしゃっていたことがあれば教えてください。
伊藤 倫子さんその生徒に限ったことではなく、通信制高校に限らず多くの子どもたちに言えることかもしれませんが、みんな最初は「自分にはできない」と思い込んでいることが多いです。何かに誘っても「上手くできないから」と尻込みしてしまいます。「上手くやらなければならない」という思い込みがあるのですね。彼女の場合、挑戦したことでその壁を払拭できたのだと思います。
——「上手くやること」よりも「まずはやってみること」に意味がある、ということですね。
伊藤 倫子さんその通りです。これまでは「できない理由」ばかりを探していたけれど、やってみたら「できた」。その圧倒的な達成感が自信につながったのだと感じています。また、こうした姿を保護者の方に見ていただくことも重視しています。お子さんの努力と成長を実際に目にすることで、ご家庭でもポジティブな会話が生まれるきっかけになると考えています。
卒業後の「孤立」を防ぐ専門的な進路支援。発達特性に合わせた福祉サービスとの適切な橋渡し
——「進路指導」について伺わせてください。一人ひとりの興味関心に基づいたカリキュラムを組まれているとのことですが、キャリア教育や面談などはどのように行われているのでしょうか。
伊藤 倫子さん面談については、夏休み前と冬休み前の年2回を定期的な期間として設定しています。しかし、基本的には保護者の方と個別でかなり密に連絡を取り合っていますので、「心配なことがあるので面談をお願いしたい」といったご要望があれば、その都度、状況に合わせて随時実施しています。
——一般就労が難しいケースへの対応はいかがでしょうか。
伊藤 倫子さんいわゆる就労移行支援などの福祉サービスにつなぐサポートも行っています。実は昨年から、校内で福祉サービスの説明会を始めました。
——その背景にはどのような思いがあったのでしょうか。
伊藤 倫子さん現実として、どうしても進路が決まらない生徒さんがいらっしゃいます。例えば、発達の特性により進学という選択肢が難しく、かつ一般就労(週5日、朝から晩まで同じ環境で働くこと)に対してもハードルの高さを感じてしまう子たちです。そうした生徒さんが、どこにもつながらないまま卒業してしまうのが、私は一番心配でした。
——卒業後の「居場所」がない状態は、ご本人もご家族も不安ですよね。
伊藤 倫子さんそうなのです。ただ、保護者の方々にとって福祉サービスの情報は非常に専門性が高い分野ですから、待っているだけではなかなか入ってきません。
幸い、私の姉が福祉の相談員をしていたこともあり、姉に依頼して学校で説明会を開いてもらいました。「こういう選択肢もありますよ」と、まずは知っていただく機会を作っています。
——学校側がその橋渡しをしてくれるのは心強いです。ただ、生徒さんに福祉サービスを勧めるかどうかを見極めるのは、非常に慎重な判断を要するのではないでしょうか。
伊藤 倫子さんおっしゃる通りです。日々の様子を見ていて「一般就労は現時点では難しいかもしれない」と感じる生徒さんに対しては、まず保護者の方に意向を確認します。福祉サービスを利用するためには診断名が必要だったり、自治体によって手帳の有無などのルールが異なったりもします。
——先生方と保護者の間に、日頃からの密な連携と信頼関係があるからこそ、一歩踏み込んだお話ができるのですね。先生方が一人ひとりの状況に目を配り、卒業後の生活まで真剣に考えていらっしゃることが伝わってきます。
伊藤 倫子さん卒業して終わりではなく、その先の人生が少しでも安定したものになるよう、精一杯サポートしていきたいと考えています。
「教える」ではなく「共にある」大人として。未来を切り拓く力を育む関わり方
スタッフの方々は、自らを教える立場の「先生」ではなく、共に歩む「一人の大人」であると定義しています。対等な目線での対話が、いかにして生徒の自信を再建し、自ら人生を切り拓く力へと昇華していくのかを探ります。
先生ではなく「1人の大人」として向き合う。対等な目線での対話が、生徒の自発的な思考を引き出す
——ここまでお話を伺った中で、貴校は「先生」としてのティーチング(教えること)というよりも、コーチングや伴走に近い関わり方をされているように感じます。
伊藤 倫子さんまさにその通りです。実は私、先生方にも常々伝えていることがあります。それは「私たちは『先生』ではない」ということです。
つまり、「先生」として教壇に立つのではなく、まずは「1人の大人」として生徒に向き合ってください、と。生徒からも学ぶという姿勢を大切にしています。私自身も、自分を先生だとは思っていません。あくまで1人の大人として、自分が思うことを生徒に伝えるようにしています。
——対等な関係性を築こうとされているのですね。
伊藤 倫子さん大人である私たちも間違うことがあります。そうした姿も見せながら、「一緒に進んでいこう」「一緒に考えよう」というスタンスを貫いています。「どうすれば高校生活を楽しく過ごせるかな?」「どうすればレポートを出せるようになるかな?」という問いを、共に考えるパートナーでありたいのです。
——「人間対人間」として真摯に対峙されているからこそ、生徒さんも少しずつ胸の内を開き、前向きに進めるようになるのだと強く感じます。
伊藤 倫子さん私はよく「生徒に過度な期待をしない」と言っています。これは決して冷たく突き放しているわけではありません。大切なのは、生徒本人が何を考え、何を選び、どう実行するかということです。既存の学校の多くはレールが用意されていて、やるべきことがあらかじめ準備されていますよね。でも、それでは自分で考える力が育ちません。私自身もそのような教育を受けてきましたが、それでは今の社会を生き抜くのは難しいと感じています。
——常に生徒自身に考えさせることを意識されているのですね。
伊藤 倫子さんそうです。自分の人生ですから、自分で考えて決断するという経験を今のうちにしておかないと、大人になってもできるようにはなりません。「君はどうしたいのか」を問いかけ、そのためには「どうすればいいか」を一緒に考えます。私から正解を押し付けることはしません。本人が本当に悩んでいる時には、一人の人間として「私はこう思うよ」というアドバイスを伝える。それだけです。
——いわゆる「アイ・メッセージ(私は〜と思う)」として伝えていらっしゃるのですね。松陰高等学校岩手盛岡学習センターでは「生徒を信じる」というベクトルの向きが、より本人の主体性に向けられているように感じます。
社会のルールの中で磨く「自己表現」。地域社会の認識を変えていく通信制高校の新しい価値
——進路に悩んでいるお子さんや保護者の方に向けて、メッセージをいただけますか。
伊藤 倫子さん当校には、ありのままの自分で学び続けられる環境があります。例えば、私たちの学習センターでは校則を設けていません。「学校のルール」ではなく「社会的なルール」さえ守れば、髪型もネイルもピアスも自由です。それも一種の「自己表現」ですね。「自分らしく、そのままの自分でいいんだよ」ということを、何よりも伝えたいです。
——通信制高校を選択することに、まだためらいを感じている保護者の方もいらっしゃるかと思います。その点についてはどうお考えでしょうか。
伊藤 倫子さん最終的にはお子さんの人生ですから、本人が「ここなら安心できる」と思える場所で学べるのが一番ではないでしょうか。ご家庭だけで全てを抱え込むのは本当に大変なことです。
だからこそ、学校やその他の居場所など、周囲のサポートを得ながら「チーム」となってお子さんを見守っていく。そんなふうに信頼できる学校と出会っていただければ、道は開けていくはずです。
——お話を伺っていると、「学校」というよりも、小さな社会へ一歩踏み出すための練習の場、というイメージが湧いてきます。
伊藤 倫子さんそうですね。私自身も、いわゆる「学校」という枠組みのイメージにはあまり囚われていません。自由の中で、自分の振る舞いに自分で責任を持つ。そのような体験を、学校という安心できる場所で積み重ねていくことに意味があると思っています。
それから、私は通信制高校の運営に携わっていく中で、どうしても根強く残っている「不登校の子が行く場所」というネガティブなイメージを払拭したいと考えています。
——確かに、以前はそのような見方が強かったかもしれません。
伊藤 倫子さん本来、通信制高校は「自分の好きなことをやりながら学べる場所」なのです。アルバイトに精を出したり、バンド活動に打ち込んだり、やりたいことと学びを両立できる。だからこそ、「不登校だから行く学校」ではなく、「自分の可能性を広げるために選ぶ学校」というスタンスを大切にしています。
——ポジティブな選択肢としての通信制高校、ということですね。
伊藤 倫子さん入学後のアンケートでも、生徒から「自分の可能性を広げられると思ったから選んだ」という言葉をもらうことがあります。消極的な理由ではなく、「ここなら自分らしい学びができる」と当たり前に選択できるような地域社会にしていきたい。それが私の目指す学校運営のあり方です。
——お話を伺っていると、今後の取り組みにも非常にワクワクします。
伊藤 倫子さん社会全体としても、多様性を認めようという「ダイバーシティ」の考え方が浸透してきました。通信制高校が、単なる救済措置ではなく「自己表現をしながら学べる新しい教育の形」として認知されるよう、これからも挑戦を続けていきたいです。
松陰高等学校岩手盛岡学習センターが示す、自分らしく輝くための「居場所」と「未来」
松陰高等学校岩手盛岡学習センターの支援の根幹にあるのは、生徒を既存のレールに乗せることではなく、生徒自身の「どうしたいか」を尊重し、そのタイミングが来るまで粘り強く待つ姿勢です。スモールステップでの成功体験の積み重ねや、LINEを活用した密な連携、そして地域社会とつながる多様な活動は、すべて生徒の自己肯定感を育むために設計されています。「不登校だから行く場所」ではなく、「自分の可能性を広げるために選ぶ場所」へ。同校の取り組みは、進路に悩む保護者や生徒にとって、未来を照らす確かな希望の光となるはずです。
