文科省後援「小学校英語教員研修」をETS・ETS Japanが新年度にむけて実施…東北6県・新潟県で

 TOEFLテストをグローバルに展開するETSは、文部科学省の後援を受け、2024年度より、ETS Japanを窓口として、日本の小学校教員を対象に英語授業に関する研修を実施する。対象地域は東北6県と新潟県の一部の市。国際教養大学 教授の町田智久氏が講師を担当する。

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リモートで対談するETSグローバル部門上級副社長のロヒット・シャルマ氏(左)と国際教養大学 専門職大学院英語教育実践領域 教授の町田智久氏
  • リモートで対談するETSグローバル部門上級副社長のロヒット・シャルマ氏(左)と国際教養大学 専門職大学院英語教育実践領域 教授の町田智久氏
  • 東北6県および新潟県で実施する「小学校英語教員研修」 について説明するロヒット・シャルマ氏
  • 取材に応じる、ETSグローバル部門上級副社長のロヒット・シャルマ氏
  • 国際教養大学 専門職大学院英語教育実践領域 教授の町田智久氏
  • 来日したETSグローバル部門上級副社長のロヒット・シャルマ氏

 TOEFLテストをグローバルに展開するETSは、文部科学省の後援を受け、2024年度よりETS Japanを窓口として、日本の小学校の教員を対象とした研修を実施する。まずは3年間の取組みとして、東北6県と新潟県の一部の市を対象に実施。講師は、国際教養大学専門職大学院英語教育実践領域教授の町田智久氏が担当する。

 ETS本社(米ニュージャージー州)から来日した上級副社長のロヒット・シャルマ氏と町田氏が、日本の小学校における英語教育の現状と課題、および本プロジェクトの概要と展望について対談した。

◆プロフィール

ロヒット・シャルマ氏
ETSグローバル部門上級副社長。インド工科大学(IIT)卒業。米バージニア大学ダーデン経営大学院にて修士号(MBA)取得。ボストンコンサルティンググループをはじめ、教育・労働力開発の分野において広範な知見と経験を持つ。

・ 町田智久氏
国際教養大学専門職大学院英語教育実践領域教授。信州大学教育学部卒業。東京都の公立中学校英語教員として12年間教鞭をとりながら東京学芸大学大学院にて修士号(多言語多文化教育)を取得。その後、米イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校大学院に留学し、修士号(TESOL)及び博士号(初等教育)取得。専門は小学校英語教育、外国語不安、教師教育。

なぜ今、日本で英語を学ぶ必要があるのか

町田氏:ロヒットさんは、日本の子供たちが小学校から英語を学ぶことの必要性について、どのように考えていらっしゃいますか。

ロヒット氏:英語は実質的にグローバル・ビジネスの共通言語となっているため、英語でのコミュニケーション能力を身に付けていれば、幅広いチャンスの扉が開かれます。英語を学ぶことは母国語を捨てることではありません。自国の言語や文化を尊重しながらも、英語のスキルを身に付けることは非常に重要です。

 多様な言語を学ぶことは、個人だけではなく社会や国にとっても大きなメリットがあります。たとえば、Y2K問題 * が発生した2000年、私の出身国であるインドは、世界規模のチャンスを掴むことができました。国内の技術力だけではなく、国民が英語力を鍛えていたことが有利に働いたのです。このように、いつどのような国際的なチャンスが訪れるかは予測できません。個人や国として、その準備をしておくべきだと考えています。
* Y2K問題:西暦2000年になるとコンピュータが誤作動する可能性があるとされ、世界規模でコンピュータプログラムの修正作業が行われた。

 特に日本は、出生率の低下と高齢化、国内マーケットの縮小という社会課題に直面しています。ビジネス面では、今後どれだけ世界に出ていけるかが勝負となります。トヨタやソニーなどの大企業は、世界で存在感を発揮してきましたが、今後は中小企業もグローバルな競争力を高める必要があります。そのためには、ビジネスの場で、自信をもって堂々と英語を使えることが望ましいでしょう。

現代日本が直面する課題に照らし、英語教育の重要性を語るロヒット・シャルマ氏

町田氏:確かに、人口減少に直面する日本においては、グローバル社会との接触が不可欠ですね。私が住んでいる地方都市の秋田市でも、海外との密接なつながりがあります。たとえば、私が所属する国際教養大学は秋田県の公立大学ですが、全学生の約3割が海外からの留学生で、授業はすべて英語で行われています。また、秋田は日本酒が有名ですが、秋田の酒蔵で生産される日本酒の半分以上は海外で消費され、酒造会社の社員は海外のバイヤーと英語でコミュニケーションを取っています。現実として、地方に住んでいても英語が必要なのです。

ロヒット氏:今後、日本の人口減少を補う1つの解決策として、移民を受け入れていくことも考えられますね。その際、異なるバックグラウンドをもつ移民と日本人をつなぐ役割を果たしてくれるのが、英語という共通言語になります。その意味でも、英語は大切だといえるでしょう。

日本の小学校英語教育の現状と課題は

ロヒット氏:町田先生は、おもに小学校教員を対象とした教員研修に携わってこられました。教員の英語力は、向上していると感じていますか。

町田氏:日本では2020年から、公立小学校における英語教育が正式にスタートしましたが、それ以前は、小学校の教員が英語を教えることは想定されていませんでした。そのため、政府が「小学校でも英語教育を開始する」という方針を打ち出した際、多くの教員が不安や不満の声をあげました。準備ができていなかったからです。

 しかし今では、英語も教科の1つだという認識ができていますし、大学で英語教育を学んだ若い教員も増え、先生方の英語力は向上してきたと感じますが、もちろん改善の余地はまだあります。

ロヒット氏:新しい学習指導要領が小学校で始まってから今年で4年目になりますが、現在の小学校における英語教育の課題はどこにあるとお考えですか。

町田氏:第一に、小学校の教員が、英語指導における自分たちの「強み」を認識することが、非常に重要だと思います。彼らはネイティブ・スピーカーではありませんが、児童のようすも、学校のカリキュラムも熟知しています。母語である日本語や日本文化についても理解し、子供たちと共有することができます。また、小学校の教員はすべての教科を教えていますので、他教科の指導技術を英語の授業でも応用できるでしょう。これは、小学校の教員としての大きな強みです。英語がいくら上手でも、小学校の現場を知らず、子供たちを理解できていないと、効果的な英語指導はできません。先生方は、まず自身の強みを理解し、それを活かす必要があります。

 第二の課題としては、教員自身の英語力向上が挙げられます。子供の言語能力の研究で有名なイギリスのウォーリック大学のアナマリア・ピンター教授は、幼い学習者を教える教員は、少なくともCEFR(外国語の運用能力を測る国際基準)のB2かC1レベル(中級~上級)の英語力が必要だとしています。しかし、残念ながら日本の小学校教員のうち、そのレベルに達している人は3.6%(文部科学省、2023年)しかいません

 また、英語の授業をサポートする外国語指導助手(ALT)との連携を高めることも必要です。多くがネイティブ・スピーカーであるALTは、英語とその背景文化について豊富な知識をもっており、児童にとって貴重な存在です。ALTとのコミュニケーションを密にし、協力体制を強化するためにも、日本人教員の英語力向上が求められます。

ロヒット氏:一定の習熟度に達している教員が全体の4%にも満たないというのは、課題であると同時に大きなチャンスでもあると言えます。4%が10%になり、10%が20%になり、20%が40~50%にと、これから全国で教員の英語力が向上していく可能性があるわけですから。

町田氏:その通りです。そして第三の課題は、教員も子供たちも一緒になって、英語でのコミュニケーションを楽しむ環境づくりです。英語は苦しい修行ではなく、楽しんで身に付けるべきものですし、コンピュータと同じでツールに過ぎません。

 ところが、これまでの英語の授業は単語や文法を暗記し、日本語訳する活動が多く、英語を勉強する目的も、高校・大学の入試やテストで高得点を取ることが多かったように思います。それが急に「英語のコミュニケーション能力を伸ばす」と言われても、指導する先生方がコミュニケーション能力を高める英語教育を体験したことがなく、戸惑っていると思います。苦しい修行のような英語学習から脱却し、新しい英語学習へと変える必要があります。そのため、まずは教員自らが、「英語でコミュニケーションをすることは楽しい」と気付き、それを授業に反映させることが非常に重要だと思います。児童・生徒との英語でのやりとりを通した授業づくりをすることです。

ロヒット氏:とても興味深い洞察ですね。もし町田先生が今、文部科学省に対して、英語教育に関して助言をする機会があるなら、どんなことを提案されますか。

町田氏:日本の入試システムを変えることを提言したいですね。まだ日本では大学入試をはじめ1回の試験で合否が決まることが多く、受験日に体調が悪ければチャンスを失います。そのため教員は、親や児童、さらに同僚から「子供たちに良い点数を取らせなければならない」といったプレッシャーを受けます。これでは、授業を楽しんで行うことなどできません。小学校から大学まで、どのレベルでも楽しい授業をつくること。それがもっとも重要なことです。ですから、TOEFLなどを活用して学力試験を通年で受験でき、ベストなスコアを選んで出願できるようにするなど、入試制度の改革はぜひ提案したいですね。

 また、現状では、小学校の英語の授業は1週間に2回のみですが、授業数をもっと増やすべきだと思っています。ネイティブ・スピーカー、日本人教員ともに、英語を教えられる教員の数も増やした方が良いでしょう。

 さらには、英語の授業にもICTを取り入れることも提案していきたいです。昨年、アメリカでいくつかの公立小学校を訪問し、教員研修にも参加しました。アメリカの小学校ではICTを大いに活用していて、私は日本の学校現場との差に大変ショックを受けました。日本の小学校はICT活用が非常に遅れていて、特に教員のICTの知識や技術が乏しかったり、財政面やリスク管理面などの問題があったりするため、児童がICTを使う機会が十分とは言えません。この日米のギャップは将来の教育の成果にも大きく影響してくるでしょう。したがって、私たちはICTを英語の授業に取り入れるように働きかける必要があると思っています。

日本の受験制度における英語の位置付けに問題提起する町田智久氏

町田氏:今回の共同プロジェクトの対象地域は、東北6県と新潟県です。この地域を選んだ理由を教えてください。

ロヒット氏:大都市は地方都市に比べて行政の予算が潤沢で、インフラも整備されていますし、情報や英語に触れる機会も恵まれています。ですから、今回は大都市ではない地域の先生方を対象に、英語研修の機会を提供したいという意図があります。

町田氏:本プロジェクトの具体的な内容をご説明いただけますか。

ロヒット氏:まずは、夏・冬・春休み中の年3回、小学校の教員を対象に1日研修を行う予定です。対象となる教員の選抜については、各都市や教育委員会などの方針もあると思いますが、英語専科の教員に限らず、小学校の教員全般を対象にしています。1回の研修で30~35人の教員を対象に研修を行い、1年間で100人、3年間で300人に受講していただきます。通常、研修講師を招けばそれなりに費用がかかり、特に地方自治体にとっては負担となりますが、本研修にかかる費用はETSがすべて負担します。

3年間のプロジェクト、そしてその先の展望について語り合う両氏

3年後、今回のプロジェクトが目指すもの

ロヒット氏:研修を受けた小学校の教員には、どんな役割を期待されていますでしょうか。

町田氏:まずは、ノンネイティブ・スピーカーのモデルとして、英語で楽しくコミュニケーションをする姿を児童に見せていただきたいと思います。一般的に、子供たちのモデルとなるにはネイティブ・スピーカーのように話さなくてはいけないと考えがちですが、実際には、子供たちが大人になった際には、ノンネイティブの英語話者になるわけです。ですから、日本人の教員が、教室でノンネイティブ・スピーカーとして英語を使う姿は、実は児童にとって良いロールモデルなのです。

 日本人は英語を話す際に間違いを恐れる傾向がありますが、英語は外国語なので、間違えるのはむしろ自然なことです。日本の先生方には、英語の正確さよりも、間違いを気にせずどんどん話しかける積極性や、何とかして思いを伝えるという意味での流暢さに焦点を当て、ALTと一緒に楽しくコミュニケーションをする姿を子供たちに見せてほしいと思います。ロヒットさんは、3年間の本プロジェクトのゴールを、どのように捉えていますか。

ロヒット氏:先ほど話したように、この3年間で約300人の教員に研修を受けてもらい、そのうえでETSとして、研修を受けた教員がどのような成果を上げているのか、さらには、彼らが教えた児童の英語力がどのように向上しているかを確認したいと思っています。つまり、教員が研修を受け、英語力と指導スキルが向上すれば、児童の英語力が向上するという仮説を実証することができると思っていますし、それが私たちの最初のゴールだと捉えています。これを実証できれば、政府や文部科学省、教育委員会などの関係者に対し、教員研修への投資の価値をエビデンスとして示すことができます。本プロジェクトの効果が実証されたら、他の教員やコミュニティ、社会にもインパクトを与えることができると思います。

町田氏:おっしゃる通り、非常に良い影響を与えることができると思います。私たちが研修機会を提供することで、本来あるべきコミュニケーションを中心とする英語の指導方法を理解する教員が増えるというだけでも、大きな意義があると思います。

 また、教員の自信向上も重要です。本プロジェクトとは別に、私は毎年夏に、秋田県で小学校教員向けの研修を行っており、今年も40名が参加しました。驚くべきことに、研修前は40名のうち82%の教員が、英語を話すことに強い不安を感じていました。英語の基礎的な知識はあるのに、英語を使う自信がなかったのです。しかし、3日間の研修の後、その割合は60%まで減少しました。たった3日間です。もし本プロジェクトで実施する教員研修を3年かけて実施すれば、先生方の不安はさらに軽減され、自信をもって英語を使えるようになるでしょう

 さらに注目すべきは、教員研修を実施した後、その教員が授業を担当する児童たちの英語に対する態度も大きく変わったことです。英語が苦手な児童、「英語は楽しくない」と言っていた児童も含め、99%の子供たちが「英語の授業が好き」と言うように変わったのです。教師が変われば授業が変わり、授業が変われば児童も変わるのです。このようなインパクトを、日本の他の地域も含め、社会全体に与えていきたいと思っています。

ロヒット氏:素晴らしいですね。スポーツでも、楽器でも、言語でも、新しいスキルを習得するには時間がかかります。初めて英語を学び始める場合、実際の上達には数年かかります。つまり、複数年にわたる取り組みが成功するには、社会全体のコミットメントが必要です。

町田氏:最後に、本プロジェクトの展望を教えてください。今回の取組みが一定の成功を収めた場合、将来的に規模を拡大する可能性はありますか。

ロヒット氏:もちろんです。データを収集して分析し、課題があれば改善していきながら、成功の兆しが見えれば、全国規模での拡大を検討したいです。ETSは長い間、日本の英語教育に関わっており、常にどのようなサポートができるかを模索しています。もし関係機関が全国レベルでの拡大を望んでくださるのであれば、私たちは喜んでリソースを提供しようと考えています。

町田氏:ありがとうございます。今後の展開を楽しみにしています。


「英語の楽しさ」を体感する子供たちが増えることを願って

 私は中学で英語に出会い、コツコツと勉強を積み重ねた。それでも英語のコミュニケーションは苦手で、30代でアメリカに住んで初めて「英語はツール」を実感した経験がある。今回の取材中、両氏の言葉に、何度も深くうなずいた。子供時代に「英語は楽しい!」を体感する子が増えれば、日本の未来は明るいだろう。

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