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【NEE2011】2015年には1,000万人にデジタル教科書を…中村伊知哉氏

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慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科の中村伊知哉教授
  • 慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科の中村伊知哉教授
  • デジタル教科書のイメージ
  • 日本の子どもは海外に比べてモチベーションが低い
  • 公的な教育予算も低い日本
  • 日本とシンガポールの比較でも、教育関係の配分の低さが目立つ
  • ウルグアイで導入された100ドルPC
  • 国内での取組み(DSを使った学習)
  • 国内のロボット制作のワークショップの事例
 6月2日に開幕したNew Education Expo 2011で、慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科の中村伊知哉教授が、「デジタル教科書革命」と題した基調講演を行った。中村氏は、デジタル教科書教材協議会(DiTT)の副会長として、デジタル教科書の啓発・普及に力を入れている。

 東日本大震災ではおよそ63万冊の教科書が津波に流されてしまったという。冒頭、中村氏は、「コンテンツをクラウド化したデジタル教科書なら流出を免れたかもしれない」と語った。このように、デジタル教科書革命という流れを生んでいるのにはさまざまな背景や社会情勢の変化があるという。ネットワークインフラの整備や端末技術の進歩といったITの変化、テレビやマスコミがネットを活用し出したメディアの変化などもあるが、中村氏は、日本と海外諸国との教育環境の違いを是正する意味でも、デジタル教科書の役割は重いのではないかと言う。

 たとえば、日本はOECD各国に比べて、教育関連の国家支出が低く、PCやインターネットの利活用も十分ではない。中村氏はこれを統計データを示しながら解説した。近隣のアジア諸国と比べても留学生の数が少なかったり、企業の国際競争力でも日本企業は低い位置にいる。学力低下も問題になっているが、何より重いのは、子どもたちの勉強に対する向上心やモチベーションが低いことだという。「学校が楽しい」という生徒の比率が、国際平均では67%あるのに対して日本は39%しかない。数学が生活で役に立つか、という質問でも国際平均は90%であるのに日本は71%だ。

 このような問題に対応するには、官民を巻き込んだ国家的な対応が不可欠であるとしながら、勉強へのモチベーションアップには、情報機器や教育現場のIT活用も有効なのだが、この部分でも日本は遅れていると続ける。南米のウルグアイでは、2009年にすでに国内の小中学生全員に教育用のPCを持たせている。これは、MITラボのアラン・ケイらが提唱する教育用の100ドルPCのコンセプトによって開発されたものだそうだ。インドでは35ドルのタブレットの導入を進めているという。単純な比較はできないが、日本と世界の教育に関する取組み姿勢の違いを是正しなければならないとのことだ。

 ちなみに、中村氏によれば、日本全国の小中学生1,000万人にデジタル教科書端末を持たせるには700億円が必要という試算があるが、ダム事業ひとつは4,000億から5,000億かかるといい、国の予算配分への疑問と教育予算の拡充を訴えた。

 日本でも独自の取組みがないわけではない。実証実験も含め、国内でもデジタル教科書・デジタル教材の活用事例も増えていると、そのいくつかをスライドとともに紹介した。児童1人1台のPCを持たせた青山小学校(東京都)の実験、ニンテンドーDSを使った男山東中学校(京都府)の例、ITによる学習履歴を活用した例、ロボットを作るワークショップの例、ITベンダーとの共同実験の例のほか、総務省と文部科学省が共同で進めるフューチャースクール事業の取組み、IBMによる校務ITシステムやNTTグループによる教育クラウドの研究、内田洋行のフューチャークラスルーム(高度IT化した教室)といった事例だ。

 このように、個別の取組みが実を結びつつある中、生活スタイルの変化や教育の方向性の変化も、デジタル教科書の活用場面も増やしている。中村氏によれば、従来の教育は、先生の知識を生徒にコピーするようなスタイルに重きが置かれていたが、これは、工業化社会にとって都合の良い教育ではなかったのかと振り返り、今後は対話的で創造的な学習が重要視されるだろうと述べる。企業の採用基準も学力や学歴よりもコミュニケーション能力や主体性重視になっている。そして、クラウドの普及・センサーネットワークの整備・スマートフォンやカーナビ、情報家電などPC以外のインターネット対応機器の増加が、情報爆発と呼べるような現象を引き起こしている。増え続ける情報を扱うには、教育現場といえどもIT化は避けられないとした。

 ただし、やみくもにデジタルやITにするということではないと中村氏は釘を刺す。既存の教科書や授業などよいところは残しながら、ITやデジタル教科書を活用していくことが重要だ。デジタル教科書教材協議会は、ともするとすべての教科書をデジタル化する活動をしていると誤解されがちだが、決してそうではない。ちなみに、田原総一郎氏が、デジタル教科書は日本を滅ぼすという趣旨の本を書いたときも、氏と対談し、最終的には活動に理解を示してくれたという。現在、田原氏は同協議会のアドバイザーも務めている。

 また、生活スタイルについては、子どもたちのITとの親和性は大人が思っている以上であり、その意味でもデジタル教科書・教材は自然な流れだろうとした。大学入試で携帯電話の不正利用が問題になったが、その是非とは別問題として、(海外では例がある)PC持ち込みOK、ネット検索前提の大学入試といったことも考えておかなければならない時代ということだ。

 日本の携帯電話はガラパゴスといわれるが、世界中のほとんどの人は、携帯電話を電話として使っており、日本ほど早くから通話以外の使い方をしていた国はない。デバイスもPC、スマートフォン、デジタルサイネージ、さらには地上デジタル放送テレビとデジタル教科書を活用しやすいハードウェア環境も揃ってきている。電子出版市場が立ち上がろうとしている現在、教育コンテンツの増加やソフトウェアの充実も期待できる。そのため、日本はデジタル教科書を受け入れ、活用する土壌があると中村氏はみている。

 このような追い風の中、デジタル教科書がよい形で普及するには、クラウド環境の整備、セキュリティやプライバシーの管理、教育コンテンツの知財保護などの要素も欠かせないという。また、子どもたちが使うデジタル教科書端末は、1台ずつ割り当てられるだけでなく、自宅に持って帰れるようにすることも重要となるそうだ。家でも勉強するのに、端末がなければ話にならない。この場合、家庭のネットワーク環境の充実も必要になるが、端末代だけでないコスト負担の問題も引き起こす。

 デジタル教科書活用の前提には、家や学校でも安全で自由につなげるブロードバンド環境が必要である。端末は支給できたとしても、通信料やコンテンツの利用料などは誰が負担するのか。

 これらの問題には政府の援助が不可欠であるとし、中村氏は、協議会として、2015年までにデジタル教科書の全国への普及、教育予算の拡充、実証実験の拡大、教育クラウドの構築、臨時法の制定など政府への提言を働きかけているそうだ。

 教育政策は、震災からの復興を担う子どもたちに直接かかわる問題でもある。政府の取組みにも期待したい。
《中尾真二》

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