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デジタル教科書普及、日本の課題は誤解と予算…中村伊知哉氏

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慶應義塾大学大学院 教授 中村伊知哉氏
  • 慶應義塾大学大学院 教授 中村伊知哉氏
  • 教室の授業風景は100年くらい変わらず
  • 震災で消失した教科書や校務資料など
  • OECD各国のPISA順位(数学)
  • 教育予算のGDPに占める割合。日本は5%程度
  • すべての小学生にPCを配布した、または配布する予定の国々
  • 台湾での授業風景。端末は一人1台。椅子の背にはレノボの文字が入るが、日本では考えられないことだ
  • デジタル一辺倒ではなく、紙の教科書やノートも併用する柔軟性運用
 e-Learning Awards 2011フォーラムにて11月21日、慶應義塾大学大学院中村伊知哉教授による「教育クラウド〜デジタル教科書最前線」と題した基調講演が行われた。中村氏は、デジタル教科書教材協議会(DiTT:ディット)の事務局長としての活動も行っているが、日本での状況や各国との比較を交えながら、普及への課題の解説と取り組みを紹介した。

◆100年前と変わらぬ教育ツール

 講演はまず、150年前の医者が現代の病院にやってきたとしたらどうだろうか。恐らく道具や治療方法の違いに驚くに違いない。オフィスワークについても同様だろう。という話から始まった。しかし、「100年前の教室で考えてみてほしい。机と椅子があり黒板と教科書、ノートで授業を行うという点は変化していない」と述べる。さらに、昔学校にはピアノや顕微鏡など子供たちがワクワクするような教材や設備が整っており、学校でしか触れないものが多数存在していたが、現在、パソコンや最先端の情報機器などはむしろ家庭にあり、学校にはない。

 中村氏は、学びの場としての学校の機能についての変革の必要性を説く。

 DiTTはそんな想いから、各方面の識者や業界の集まりとしてデジタル教科書および教材の普及を進める活動を2010年の7月から続けている。その間に政権交代による教育の情報化シフト、タブレットやスマートフォンの普及によって、教育現場のデジタル活用の気運は高まってきている。また、東日本大震災では63万冊もの教科書が流され、多くの学校の校務書類が消失したことも、クラウドやデジタル教科書への注目を高める結果にもなったとした。

◆日本は遅れる教育現場のIT化

 業界や市場の動きを受け、協議会では、政府の方針である2020年までにすべての小中学校の児童・生徒にPCを使わせるという目標(「21世紀にふさわしい学校教育の実現」)を前倒しして2015年にそれを実現すべく政策提言を行った。

 提言では、教育情報化に関する予算の増額、実証実験の推進、国・自治体との連絡協議会の設置、教育クラウドの標準化を含めた整備・導入、復興対策との連動、海外展開や国際協調を見据えた活動、各種支援法の立法などの実現を謳っている。

 総務省のフューチャースクールの取り組みは、2011年に入って文部科学省の「学びのイノベーション事業」と連携するようにもなった。中村氏によれば、省庁をまたがるこのような連携は画期的だという。

 このように、日本でも教育現場のIT化について変化は現れているが、海外に比べるとその動きは鈍いと言わざるを得ないようだ。たとえば、GDPに対する教育関係予算の締める割合は5%前後でOECD諸国では下から数えたほうが早いポジションだ(1位は韓国の7%)。また、すべての児童にPCを1台ずつ配布するという事業も、ウルグアイでは2009年に実現させ、フランスは2011年に実現させている。シンガポールでは2012年、韓国では2013年に実現させる予定だという。

 もちろん、国によって貨幣価値やGDP額の違いもあり、教育インフラの整備状況も異なるので簡単な比較はできないが、このような政策の違いが、子供たちの勉強へのモチベーションに影響しているのではないかという。たとえば、PISAの学力測定では、OECD諸国の中での日本の順位は下がる一方であり、算数への興味も、世界平均では67%が興味ありと答えているのに、日本は39%しか興味ありと答えていない。

◆各国のデジタル教科書事情

 中村氏が最近視察した台湾でも、デジタル教科書・教材への取り組みが始まっており、民間の積極的な協力、参入も目立つという。台湾は日本と同様に漢字を使い、手書き文化がある。そのため、教育現場では、タブレットの利用が進んでいるという。これらの端末は子供たちに支給され、帰宅時には家に持ち帰って自宅でも学校と同じような学習が可能であったり、調べ物に使ったりするそうだ。

 デジタル教科書を採用した学校では、児童のカバンの中から重い教科書やノートがなくなり、忘れ物が減ったのだという。また、重い教科書をいやがり学校に置きっぱなしにするという問題もなくなった。海外では重たい教科書が子供の物理的な負担になると健康管理上の問題になることがあるが、その対策にもなるということだ。

 韓国では、デジタル教科書普及にあたって、家庭でも学校と同じ環境にするため、4Gネットワークの学校+家庭での整備を進めるとしている。そして、デジタル教科書を法的にも「教科書」として認めるように法改正も行う予定でいる。

◆日本の課題は誤解と予算

 これらの国に比べて、日本のデジタル教科書普及が遅れている理由のひとつに、デジタル教科書や電子黒板に対する誤解があるのではないかと中村氏は分析している。そのため、デジタル教科書というと、「紙の教科書をなくすのか」「PCだけの画一的な教育を進めるだけ」「コンピュータでは読み書きをしなくなる」といった反応をされてしまう。

 事実、そのような反論の書籍などが出版されるが、中村氏も協議会でも、すべての児童や生徒にデジタル教科書を使わせるといっても、黒板や紙の教科書、ノートをなくせとはいっていないという。むしろ、それらの補完関係を利用すべきだとしている。デジタルにしかできないこと、アナログにしかできないことがあるはずで、片方で完結させる活動ではない。

 教材や道具のひとつとしてデジタル教科書を使って、教育の幅を広げ、現実にも即した学びの場を作るというのが主旨である。先に紹介した台湾の小学校でも、親が納得しなければ、家にはデジタル教科書を持ち帰らせず、紙の教科書での勉強をさせるなど柔軟な対応をとっている。

 普及阻害のもうひとつの要因は、やはり予算の問題だ。すべての小中学生にノートPCやタブレットなどのデジタル教科書を配布するとして、その財源はどこに求めるべきか。1千万台のハードウェアのコストだけでも数千億から数兆円の予算規模となるだろう。教科書は税金によって賄われるが、デジタル教科書もそうすべきか。あるいは「ランドセル」のように各家庭に負担させるのか。ちなみに、台湾の小学校では、親にコスト負担を納得させたという。

 また、2009年に全小中学生にデジタル教科書を配布したウルグアイでは、現在の日本でも事業仕分けで話題となっている周波数オークションを財源に充てたそうだ。

◆次のフェーズは成果実績の積み重ね

 最後に、これらの課題克服には、デジタル教科書などIT化の効果を周知させていくことが重要になるだろうとした。これまでの実証実験などで子供たちの反応やモチベーションアップについては、アンケート調査などでも現れている。教師の側でも、デジタル教科書の使いこなしに、デジタルやアナログは関係なく、普通の授業で成果を出している先生なら、デジタル教科書でも効果的な授業を行えるという結果もでているそうだ。

 現場での導入に対する懸念や問題は、これまでのところ多くないので、これからは普及の方法論をどうするかという点と、できればデジタル教科書によって成績が上がった、というような成果を出していきたいとした。
《中尾真二》

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