ルネサンス高等学校、全生徒スマホ使用の通信教育を開始

 ルネサンス高等学校とクアルコムは7月27日、同校の通信教育について、全生徒にスマートフォンを支給し、独自に開発したeラーニングコンテンツを使用するプロジェクトを開始したと発表した。

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クアルコム&ルネサンス高校 発表会
  • クアルコム&ルネサンス高校 発表会
  • 慶應義塾大学 教授 中村伊知哉氏
  • ルネサンス・アカデミー 代表取締役社長 桃井隆良氏
  • 日本政府のデジタル教科書推進プラン。2020年を目標としている
  • タブレットPCによる授業のアンケート。児童のモチベーションは高い
  • PC1台を児童6.6人で共有している現状。これを一人1台へ
  • ウルグアイで導入された100ドルPC
  • 中村氏が西和彦氏とともにMITに提案した、100ドルPCのコンセプトデザイン。日本ではけんもほろろだったそうだ
 ルネサンス高等学校とクアルコムは7月27日、同校の通信教育について、全生徒にスマートフォンを支給し、独自に開発したeラーニングコンテンツを使用するプロジェクトを開始したと発表した。発表会には、デジタル教科書やデジタル教材の普及には民間の力が重要との持論を持つ慶應義塾大学 教授 中村伊知哉氏も同席し、日本のデジタル教科書とワイヤレス技術の取り組みについての課題や今後に関する講演も行われた。

 ルネサンス高等学校は、小泉政権時の特区制度により認められた株式会社が運営する通信制の正規の高等学校だ。

 まず登壇した中村氏は、ここ数年、政権交代、震災による紙の教科書の破損・流出、そして高性能デバイスの普及といったさまざまな要因により、電子黒板やデジタル教科書に関する取組や活動が官民ともにひろがっているが、政府のいう2020年までにすべての小中学校に電子教科書を普及させるという目標は遅すぎるとし、デジタル教科書教材協議会(DiTT)が、2015年までにはこの目標を達成すべきだとして、各方面への活動と続けているとした。

 また、日本の小中学校におけるPCの普及率は、6.6人に1台程度で、この数字がなかなか下がらないという。韓国では2013年までにすべての学校に4Gの通信環境を整備し、すべての授業をデジタル教科書で行うとしている例を挙げ、日本の取り組みの遅さを指摘する。

 さらに、MIT Labが進める「100ドルPC」のプロジェクトについて言及し、2001年に100ドルPCのコンセプトとプロトタイプのデザインを作ったのは、西和彦氏と自分であり、MITに提案したものだと述べた。MITはすぐに興味を示し、プロジェクトが動き出した。ウルグアイではこのコンセプトで開発されたPCが、全国すべての児童に配布されている。翻って、当時の日本政府にも同様な提案を行ったが、まったく相手にされなかったというエピソードを披露した。

 しかし、デジタル教科書・教材という議論では、その効果や意味を疑問視する声もある。これに対して中村氏は、デジタル教科書を使った小中学生への実験におけるアンケートでは、8割前後の子どもたちがコンピュータを使った授業を面白いと感じ、また受けたいと述べているという。モチベーションの明らかな違いを指摘する。中村氏が特に注目するのは、自分でPCやタブレットを使って発表したいと答える児童も7割ほどになる点だ。自分で発表する意欲や創造性、プレゼン能力を高めることは、グローバル社会において必要なスキルであり、重要なポイントだという。

 さらに、デジタル教科書や教材は、旧来の教科書会社や教材の会社だけでなく、放送局、新聞社、通信事業者、サービスプロバイダ、ソフトウェアベンダー、ゲームメーカーなど幅広い産業や雇用を創出する可能性があるとして、民間の力を利用した普及、発展の意義を強調した。同協議会は、デジタル教科書・教材の市場は4兆円規模ではないかと見積もっている。

 デジタル教科書の意義については、特に無線技術によって、学校内の授業だけでなく、学校と家庭・地域ともつながることによる学習スタイルの変化を挙げた。先生と生徒・児童だけでなく保護者とも距離が縮まりコミュニケーションが増すというのだ。

 デジタル教科書の普及では遅れている日本だが、中村氏によれば、本来日本のほうがこのような文化を受け入れる素質や素養があるはずだという。コンピュータ技術は北米東海岸の企業や大学からハードウェアが発達し、インターネット時代には西海岸のソフトウェア企業やサービスプロバイダが市場をリードしてきた。次はユーザーが市場をリードする時代だとすれば、それは日本かもしれないとした。

 その理由は、世界が通話でしか携帯電話を使っていなかった時代に、日本の女子高生らは絵文字や独自の文字を開発し、新しい文化を発信していた。これは、平安時代に女流作家がひらがなを発明し、独自の文学を築いたことに通じるのではないかとの考えだ。また、世界中のブログで発信されている文字の言語ごとの割合は、日本語が37%と1位である。英語は33%である。日本語はそれだけネット上で発信されている言語であり、インターネット最大のユーザーともいえる。

 そのような可能性があるのに、現在の日本でデジタル教科書などの取り組みが進まないのは、「それは、日本の教育制度がこれまで成功していたからだと思う」と分析した。世界的にも評価されていた日本の教育システムやレベルは、多少の外圧では変革を好まない意識が働くからだという。しかし、「PISAの成績、ゆとり教育の見直しなどを受け、日本の教育現場も確実に変わってきている」とも述べ、これからの取り組みに期待を託した。

 中村氏の講演を受けて、ルネサンス高等学校でのスマートフォンによる通信教育の取り組みについて発表された。登壇したのは、ルネサンス・アカデミー 代表取締役社長 桃井隆良氏である。桃井氏は、今回2,200名ほどが在籍している同校のすべての生徒に対して、スマートフォンによる通信講座を実施することを発表した。

 同校では、通信教育へのICT活用について、第1段階ではPCとペンタブレットを使ったシステムを導入していた。第2段階では、携帯電話によるシステムを導入し、今回のスマートフォン導入はその取り組みの第3段階だという。

 PCから携帯電話に変更したとき、画面サイズやそのインターフェイスから問題を選択式にしたが、これには異論も多かったそうだが、センター試験を始め多くの試験が選択式を採用しているため、実際には大きな問題にはならなかったという。

 同校が通信教育に携帯電話やスマートフォンを取り入れる理由は、いくつかあるそうだが、第1の理由は、それらがすでに子どもたちにとって欠かせない存在であり、常に身に着けているものだからだそうだ。生徒に受け入れられやすく、親和性も高い。それ以外にも、通信制の高校ということで、生徒は仕事を持っていたり子どもがいたりと、非常に忙しいということも挙げた。PCでは、机に向かったりする必要があるが、極端な例では、片手で小さい兄弟の面倒をみながらでも学習をこなすことができる。

 また、すぐに答えがわかる仕組みも携帯電話や電子端末ならではの機能であり、現代の子どもにとっては重要な機能だそうだ。同じ問題でも自分のペースで、繰り返し学習できるのもスマートフォンなどを使ったeラーニングの特徴であり、この部分では学習効果も高いという。

 何より、同校の卒業率は98%を誇っている。この実績が通信教育とモバイル端末との親和性が高いことの証左というわけだ。

 ルネサンス高等学校では、「教える」「やらせる」「やる気にさせる」の3つのキーワードを目標に掲げ、カリキュラムを実施している。スマートフォンの電子教科書では、「教える」と「やらせる」という機能と目標は達成できているが、最後の「やる気にさせる」はネットやデバイスだけで解決できる問題ではないという。通信教育という特性からネットやICTを活用しているが、100%依存することはないそうだ。

 桃井氏は、「最終的には生徒を勉強ぎらいにさせないことがいちばん重要だと思う」とし、そのためにスマートフォンを使ったeラーニングは効果が期待できるとした。そして、日本においてデジタル教科書などが普及しない原因のひとつに、教師を含む現場でのICT利用の割合が低いことを挙げ、とにかくできるところからトライしていくことの効果を期待しているとした。

 なお、クアルコムは今回のプロジェクトに対して、スマートフォンの調達、斡旋、そして資金的なサポートを行っている。同社 代表取締役会長兼社長 山田純氏によれば、現在クアルコムが取り組んでいる「Wireless Reach」というCSR活動の一環として、ルネサンス高等学校の取り組みを支援したいと述べた。この活動は、ワイヤレス環境によって、医療、教育、環境保全、治安などに役立て、よりよい社会を作る支援をするというものだ。
《中尾真二》

中尾真二

アスキー(現KADOKAWA)、オライリー・ジャパンの技術書籍の企画・編集を経て独立。エレクトロニクス、コンピュータの専門知識を活かし、セキュリティ、オートモーティブ、教育関係と幅広いメディアで取材・執筆活動を展開。ネットワーク、プログラミング、セキュリティについては企業研修講師もこなす。インターネットは、商用解放される前の学術ネットワークの時代から使っている。

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