【デジタル教科書(2)】学習者用デジタル教科書、導入への3つの課題

 教育の本丸は授業であるから、教育の情報化の本丸は「授業の情報化」。そして、その授業の情報化の一番の課題は授業時における一人一人の情報環境の構築であり、その課題解決のためにこれから必要なものが「学習者用デジタル教科書」なのである。

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写真1 普通教室をコンピュータ室のようにはしたくない
  • 写真1 普通教室をコンピュータ室のようにはしたくない
  • 写真2 Googleのタブレット端末「Nexus7」は16GBモデル19,800円
  • 写真3 普通教室が配線だらけになるのは避けたい
  • Z会の「デジタルZ」
  • 進研ゼミ小学講座の「チャレンジウェブ」
 「学習者用デジタル教科書」の導入には課題が多く、そのことが導入に向けた世論喚起を阻んでいる。

 そして、「一人1台の端末をもたせるなどできるわけがない」「現実的でない」そのような声が、教育現場からも聞こえてくる。「イメージの湧かない『未来の教育(フューチャースクール)』よりも、今、目の前の子どもたちのことだけを考えましょう。」そう言ったほうが、「誠実そう」に思えるかもしれない。

 だが、それは、本当に誠実な姿なのだろうか。目の前の子どもたちのことを第一に考えるべきことは、自明なことである。しかし、今「未来の子どもたち」と思っている子どもたちは、あっという間に「目の前の子どもたち」になる。その、未来の「目の前の子どもたち」が、十分に準備のされていない教育を受けないためにも、10年、20年のスパンで考えていくことこそが、教育の質を改善するための必須の要件であると私は考える。

 教育の本丸は「授業」であるから、「教育の情報化」の本丸は、「授業の情報化」である。そして、その「授業の情報化」の一番の課題は「授業時における一人一人の情報環境」の構築であり、その課題解決のためにこれから必要なものが「学習者用デジタル教科書」なのである。

 それでは、その「学習者用デジタル教科書」を導入するために、乗り超えなければならない課題は何か。「法律上の課題」「学校への整備面の課題」「予算上の課題」の3点から考えたい。

◆課題1 法律上の課題

 まず、なんといっても法律上の課題が大きい。そもそも教科書は、法律で「図書」と定義されているため、紙である必要があるのだ。これは単に、法律の制定時に、デジタル化を想定していなかっただけに過ぎない。その法改正がまず必要である。

 著作権法上の問題も大きい。現行の法律では、教科書に掲載されている様々な写真なども、紙からデジタルに移行する際に著作権者に許諾を取り直す必要があるが、デジタルデータは複製が容易になりやすいため、許諾をとるのが難しい。そのため、従来より写真や動画などを圧倒的に多くできるというデジタル化のよさを、実現しづらくなっている。

 次に、教科書検定の問題がある。日本には「教科書検定制度」が存在する(これは、どこの国にもあるというわけではない)。デジタル化にともなう「教科書の情報量の増大」や「ハイパーリンクの処理」「動的コンテンツの検定」など、従来の検定方法にはなじまない問題が様々に出てくると思われる。大量の情報や動画などをいかにして検定するのか。検定制度の改革が求められてくると考えられる。

 これらの、「法整備の課題」については、解決に向けた明るい兆しがある。この4月に発表されたデジタル教科書教材協議会(DiTT)によるデジタル教科書実現のための制度改正などに向けた政策提言を受け、国も前向きに動き始めたという情報がある。詳しくは、関連リンクの慶應義塾大学 中村伊知哉教授の論考「ボールは蹴ってみるもんだ」を、参照いただきたい。

 いずれにせよ、法的な問題がクリアされなければ、「学習者用デジタル教科書」は現場に届かない。学術研究や実証研究からも、デジタル教科書の効果を明らかにし、法的な問題が早く解消できるように後押ししていきたいところである。

◆課題2 学校への整備面の課題

 さて、法律の問題がクリアされたとして、学校に整備するには、どのようなハードルがあるのだろうか。端末を児童一人一人に配布することで解決してしまうのだろうか。

 なかなかそうはいかない。まずは、インターネットを含めたネット環境の整備が必要だ。先の論考で示したように、校内LAN整備率の全国平均はまだ83.6%であり、県ごとに見ると、95.8%〜60%と大きな開きがある。また、新潟市のように、有線LANのみで整備を進めている自治体も多いだろう。もし、教室を配線だらけにしないのであれば、無線LANでつなぐ必要も出てくる。しかし、1,000人を超える大規模校もあることを考えると簡単ではない。その辺りの技術的な課題については、総務省のフューチャースクール事業で検証が進められている。

 また、電源確保の問題もある。タブレット端末が導入され自宅で充電をしてくるとするならば格段の問題はないが、必ずしも児童が持ち帰れるような端末になると決まっているわけでもない。学校ですべての充電をするとなると、それだけの電源設備が必要になる。

 鍵盤ハーモニカのように、個人ロッカーに置いておくだけでは盗難が気になるというのであれば、鍵のかかった保管庫が各教室に必要になる。そのようなことでは堅苦しくて適わないというのであれば、ICタグでの管理や、そもそもiPhoneなどのように、GPSから探せるようにすればよいかもしれない。それであれば、学校での整備は楽になる。

 そして、サーバー設置の問題だ。どのような活用をするのかによって、その必要感やスペックが変わってくる。しかし、いずれにせよ、学校ごとに大きなサーバーを立て、すべての教室をコンピューター室のようにしてしまう、という従来の発想では課題が大きすぎる。生徒が持ち帰ることのできるくらい軽いタブレット端末(iPadの重さ以下であればよい)を配布し、複数の学校にまたがって情報を管理し、学校に設置するサーバーはできるだけ小さくして、クラウド型サービスのような形で情報を利用(たとえば、EvernoteやDropbox、Gmailのようなかたちでの利用)し、その範囲でできることを考えるというほうが現実的な発想だと私は考えている(写真1)。

◆課題3 予算上の課題

 予算上の課題は、次の5つの視点から考えねばならない。

(1)デジタル端末の価格と性能の問題
(2)端末およびコンテンツの負担を国が行うか、それとも保護者が行うか
(3)学校への導入に際し、整備面のコストをどう抑えるか
(4)クラウド型の利用をする場合、それを実現するために必要な費用の問題
(5)大量の端末やネットワークについての保守管理と教育現場を支える「ICT支援員」にかかる人的費用の問題

(1)デジタル端末の価格と性能の問題

 まず、端末の価格について考えてみよう。iPadの登場以来、タブレット端末は、様々な価格のものが出てきている。物によっては、なんと1万円を切るものもある。価格が様々であるからには、性能も様々である。しかし、年を経るごとに、安価で良質の物が出てくるのは、もちろん間違いない(写真2)。

(2)端末およびコンテンツの負担を国が行うか、それとも保護者が行うか

 問題は、端末およびコンテンツの負担を誰がするかである。従来の紙の教科書は、国費でまかなわれてきた。小学1年生になると、文部科学省の名前の入った封筒が児童の机に並べられ、国からの贈り物である(国民の税金で負担されている)ことが児童と保護者にわかるようにメッセージが添えられている。

 この考え方に立つならば、デジタル教科書も国費負担にすべきということになる。しかし、紙の教科書と比較すると、印刷コストを差し引いても、やはり大きなコストがかかると見込まれる。そのため、端末代だけを保護者負担とし、教科書コンテンツは国負担という折衷案も考えられる。

 アプリとして提供される「漢字ドリル」等の「教材」は、紙で提供されている今も保護者が負担している「教材費」から支出しているので、教材アプリの費用は保護者負担で問題ないと思われる。ただし、保護者に、オンライン決済によって家庭でアプリの支払いをしてもらおうとすると、家庭の事情によっては、難しい問題が発生することが容易に想像できる。となると、学校一括で購入し、その請求が教材費から引き落とせるようにするなど、会計システムの見直しも必要になるかもしれない。

(3)学校への導入に際し、整備面のコストをどう抑えるか

 次に、学校への整備面のコストをどう抑えるかについて考える。先ほど述べたように、大規模な工事をともなうほど予算もかかり、導入が難しくなる。必要と考えられる工事は、LAN・電源・サーバーの設置・増設とそれらにともなう配線工事、である。これらの追加工事を最小限にしていく方法を模索する必要があろう。

 その観点から考えると、すべてを無線LANで済ませ、充電は自宅で行うことを原則にすれば、配線工事も電源工事もほぼ不要となる。いずれにせよ、あまり大きな工事のいらない形での導入を模索する必要がある。

 なお、少し脱線してしまうが、国の実証研究以外では、学習者用デジタル教科書の先行実践にiPadが活用されている場合が実は非常に多い。iPadは有線でインターネット接続をすることができないため、「すべてを無線LANで済ませるかたち」はすでに模索され始めている。もちろん、特定の会社の特定の端末と決めるわけにはいかないであろうが(写真3)。

(4)クラウド型の利用をする場合、それを実現するために必要な費用の問題

 4点目には、クラウド整備にかかるコストの問題だ。たとえば、教科書や教材コンテンツをCD-ROMなどで、手動で教員が設定するようなシステムは、運用に無理がでる可能性が高い。インターネットから簡単に自動ダウンロード&インストールができ、有料の教材アプリを用いる場合の決済も、オンライン上で行われるようにしなくてはならない。

 また、児童の学習データの管理についても、踏み込んだ取組みを期待したい。たとえば、民間企業の取組みの一例をあげると、Z会の通信教育「デジタルZ」では、タブレットPCを使った学習状況から、担当の先生が毎月メッセージを送るという取組みをしている。

 また、進研ゼミの「チャレンジウェブ」では学習履歴をオンラインで残し、児童が確認できる仕組みを提供している。このように、効果的なクラウドの利用を模索しながら、すでに運用を開始している。

 公教育全体で児童の学習履歴をクラウドで管理するとなると、膨大なクラウドの整備が必要となり、そのコストもまた大きい。しかし、そうしたコストについても考えていく必要がある。

(5)大量の端末やネットワークについての保守管理と教育現場を支える「ICT支援員」にかかる人的費用の問題

 そして最後に、保守にかかる費用やICT支援員の費用は、やはり外せない。特に、全校で1,000台もの端末やネットワークの管理をする場合、学校で担任を受け持つような情報教育主任が、それらの整備や活用支援を行うことは物理的に不可能であると言える。やはり、専門のICT支援員が養成される必要がある。雇用対策や臨時雇いではなく、安定した雇用条件のもとで、安心して活躍できるような条件整備が必要である。

 今回は、「法整備」「学校への整備」「予算」の3つの課題について見てきた。改めて、「学習者用デジタル教科書」の導入には、多くの課題が横たわっていることが確認できたが、どの課題も具体的に考えていけば決して乗り越えられないものではない。日本の技術と国力があれば、必ずこれらの課題を乗り越え、世界一のシステムを構築できるはずである。そのためには、「日本の未来のために、子どもたちのために、学習者用デジタル教科書が必要だ」という国民の声が、強く必要とされている。

 最終回の第3回は、デジタル教科書活用実践研究の事例を通して、学習者用デジタル教科書による授業づくりについて考察する。

【著者プロフィール】
片山 敏郎(かたやま としろう)
新潟市立上所小学校 教諭で、日本デジタル教科書学会会長。みんなのデジタル教科書教育研究会の発起人でもある。
《片山敏郎》

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