ノート市場の大変革とは…キャンパスノートの現代史と紐解く

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「キャンパスノートの現代史」 -後半を駆け足にしない歴史の授業-
  • 「キャンパスノートの現代史」 -後半を駆け足にしない歴史の授業-
  • 『東大合格生のノートはかならず美しい』と『キャンパスノート<ドット入り罫線シリーズ>』
  • ドット入り罫線は、普通の横罫の上にドットを並べただけのシンプルな罫線。
  • 書籍の中で、ノート開発の様子をとり上げていただいています。
  • キャンパスノート通史
 学生時代、歴史の授業というと「近代史以降は駆け足」という印象をもたれている人は少なくないのではないでしょうか。歴史の先生は「歴史大好き!」という先生が多くて、熱く丁寧な授業をしてくださいます。しかし、3学期に入ると時間がなくなり、授業は一変し、急に駆け足になり、第二次世界大戦前後までくると、時間が足りないを理由に、「後は各自読んでおくように」というエンディングを迎えるような印象があります。

 歴史というとコクヨではキャンパスノートの歴史がよく話題になります。おかげさま社外、メディアからの取材を受けることも多く、ホームページ内でも人気上位にくるコンテンツです。

 そのとき語られるキャンパスノートの歴史というと、1975年発売当時から続く「無線とじ」という独自の製本の手法や、背クロスの丈夫さ、紙質へのこだわり、ロゴやデザインの変遷などが語られます。私の勝手なイメージですが、どうもここまでだと、歴史の授業でいうところの近代までのような気がしていて、もっと現代も語りたいなと前から思っていました。

 そこで、このコラムでは、ある大きな節目となった商品以降を「現代」と勝手に定義して、現代史を語りたいと思います。節目となった商品とは、書籍「東大合格生のノートはかならず美しい」とのコラボで当時すごく話題になった「キャンパスノート<ドット入り罫線>」です。

 このノートの登場以降、コクヨだけでなく、ノート市場全体が大きく変わったと思います。それまで、ノートを含む文房具は、単純な構造、機能のものだし、長い期間をかけて改善がくりかえされてきたはずなので、革新的な商品が出てくる余地はもうないというイメージがありました。しかし、このドット入り罫線の大ブレイクをきっかけに、作る側も、使う側も、まだまだノートには可能性があるのではないかとみんなが思いはじめたと思います。それは、ドット罫以降、他社からもさまざまな機能罫線が研究され、発売されたことでも確認できると思います。

 現代史の第一回は、このドット入り罫線について語りたいと思います。


 ドット入り罫線、略して「ドット罫」誕生のきっかけは、文藝春秋から発売されている「東大合格生のノートはかならず美しい」という書籍です。この本の著者 太田あやさんからの取材をコクヨが受けたことをきっかけにすべては動き始めます。東大合格生のノートが美しいということに着目された太田さんが、文藝春秋と一緒に書籍化の企画、編集を進める中で、ノートに関するコラムコーナーを書籍内に作ろうとして、「ノートといえばコクヨさん」という感じで取材に来られました。

 ここで一人目の社内キーパーソン、女性広報担当の絵馬(えま)が登場します。取材は、当時入社3年目の絵馬 対 著者の太田さん、文藝春秋の局長、編集者、デザイナーの4人というメンバーで行われました。

 取材は、絵馬の予想とは違って、ノートの歴史や機能といったコラム用の取材はそこそこに、書籍と一緒にオリジナルノートを発売できないかという話で盛り上がります。そして、書籍のテーマである「美しいノート」を誰もが作れるノートを一緒に作れないかという投げかけが太田さんからありました。

 取材は、オリジナルノート開発を「社内で検討します」と絵馬が答えて終わります。しかし、彼女は内心、途方に暮れます。

 商品として、オリジナルノートを発売するとなると、全社を巻き込む大きな話であり、実際に商品開発をおこなうのは開発部門になります。しかし、当時の開発部門というと、年初にたてた計画通りに新商品を発売していくだけでも、メンバーの多くが遅くまで残業をしているような状況でした。そんな開発部門に、当初計画にない新商品を追加で開発してもらうことが至難の業であることを絵馬はわかっていたからです。

 でも、この企画に大きな可能性を感じる絵馬は、まず、現場レベルでノートの開発担当者に掛け合います。ここで二人目のキーマンとなる開発担当の田畑(たばた)が登場します。

 田畑は、この少し前にカバーノート<システミック>という商品を開発していました。ノートを2冊収容できて、小物も一緒に持ち運べるカバーを企画し、2冊のノートを使いこなすというスタイルを世の中に発信し始め、その反応のよさから、ノートにまだまだ可能性があると実感していたところでした。

そんな田畑は、絵馬から聞いた「誰でもうつくしいノートが書けるノート」という難しいテーマに大いに興味を持ちます。そして、個人的にはチャレンジしたいと答えます。しかし、一担当者がやりますと言って、勝手に始められる企画ではありません。田畑の正式な仕事としてこの企画を認めてくれるよう、絵馬は、田畑の上司にも掛け合います。すると、上司もこの企画の可能性を感じたようで、「開発としては参加させるけど、それ以外余計なことはさせんといてや」と釘をさしながらも、田畑に正式参加の許可が出ます。

 この言葉を受けて、コクヨでのノート開発が動きはじめました。太田さんからお借りした資料、自分で集めた資料の読み込み、学生へのヒアリングなど、田畑の格闘が始まります。

 太田さんが書籍の中で導き出したのは、美しいノートの7つの法則でした。彼に課せられた使命は、「7つの法則をもとにした東大合格生のように美しいノートが誰にでもかけるノートの開発」。太田さん、文藝春秋さん、コクヨの三者で取材や打ち合わせが進みますが、本当にそんなノートが作れるのか、絵馬はドキドキしながら待つ日々が続きます。

 実際、開発途中、コクヨからいくつかの罫線を東大生に提示しますが、ことごとく跳ね返されていたようです。いろいろアイデアを盛り込んだ罫線は、シンプルさを好む東大生にとっては「余計なもの」と切り捨てられ続けたそうです。


 しかし、ノートの仕様をそろそろ確定させないと、書籍との同時発売ができなくなるというタイミングで、田畑はすごい罫線を引っさげて、絵馬のところに報告に来ます。

 その時に田畑が見せたのが、今のドット入り罫線です。普通の罫線上に、等間隔のドット並んでいるだけのシンプルなものです。東大合格生のノートは文頭が揃っている、図や表がきれいに書かれている。そんなノートが誰でもかけるノートとしての提案は、拍子抜けするほど、シンプルなものでした。そして、説明を最後まで聞かなくても、その罫線が、美しいノートづくりをサポートする罫線であることは、絵馬にはすぐに理解できたようです。

 田畑が開発部門で説明したときは、あまりにシンプルな罫線だったので、「機能はわかるけど、こんなんでいいの?」という不安がる声もあったようです。しかし、そんな評価をよそに、田畑にはこれでいけるという確信があったようです。そして、そんな彼の説明を聞いた絵馬は「これなら大丈夫」と思えたそうです。

 難しいと思っていたノートの開発を見事にやり遂げた田畑を「さすがだなあ」と思いつつ、もともと商品開発をやりたいと思っていた絵馬は、商品開発部門への異動をより強く願うようになりました。


 ドット入り罫線は、革新的な技術、画期的なアイデアがあったわけではありません。ただ、「東大合格生のノートはかならず美しい」という書籍が横にあるという前提において、最適なノート開発を田畑は実現したと思います。

 「ノートを美しく書く」を実現することに、ドットを結び付けたことが、今回のノート開発の成功の鍵でした。このシンプルなアイデアにたどり着けたのは、東大生の「余計なものは要らない」というダメだしがあったからかもしれません。「ドットを目印にすることで、文頭が揃う、図や表きれいに書ける」というドット罫のシンプルな提案は、「確かにそれなら文頭が揃うかも」、「キレイに図表が書ける気がする」というように、自分が実現できるイメージを持ちやすい提案だったと思います。

 発売後は、書籍「東大合格生のノートはかならず美しい」とノート「キャンパスノート<ドット入り罫線>」ともに大ヒットしたことはご存知のかたも多いと思います。文藝春秋とコクヨ、別の会社が作った書籍とノートですが、書籍売り場、文房具売り場の垣根を越えて、二つ並んで販売されるお店もたくさんありました。

 ノートを美しく書くことの大切さに光をあてた書籍「東大合格生のノートはかならず美しい」と、美しく書くことをサポートする「キャンパスノート<ドット入り罫線>」は、ノートというものへの期待感を高め、その後のノート市場に大きな影響を与えたと思います。そんな転機となった、ドット入り罫線以降をキャンパスノートの現代と勝手に呼んでみました。

「キャンパスノートの現代史」 -後半を駆け足にしない歴史の授業-

《ウェブマスター》

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