今回は荒木校長が目指す「生徒にホンモノを見せる教育」を実現する教員たちの素顔に迫る。
*ハーバード大学のハワード・ガードナー教授が提唱する「人間には言語的、論理数学的、音楽的、身体運動的、空間的、対人的、内省的、博物学的知性の8つの知性がある」という「多重知性理論」にもとづく。
千代田高等学院のこだわりの授業
--本日はお集まり頂き、ありがとうございます。まずは先生方のオリジナルでユニークな授業についてお聞かせください。
坂本龍先生:私は国際バカロレアコーディネーターであり、探究基礎αの授業を担当しています。
今後、大学に進むにしろ、社会に出るにしろ、自分の考えを表現できる力は非常に重要です。ところが生徒たちは、こうした訓練を受けたことがありません。そこでタームごとに、レポート、プレゼンテーション、論文という枠組みに分け、それぞれテーマを決めて、ゼロから表現と思考の方法を学ぶカリキュラムを組んでいます。
本年度は第1タームは環境と機能、第2タームはAIと人類の未来、第3タームは人は何のために生きるのか? というテーマ設定で、タームが進むうちに内容がどんどん哲学的になっています。調べたものを書けばでき上がるものから、自分の意見がないと書けないものまで、次第にテーマを深掘りしていくのです。

坂本龍先生
ドゥラゴ英理花先生:私はSTEAM教育のコーディネーターとして、学校全体のICT環境をデザインしています。
このアカデミックリソースセンター(ARC)は、シリコンバレーのイノベーションの場をイメージしており、私が担当する探究基礎βと情報の授業はこちらで行っています。坂本先生が探究基礎αの授業で思考や表現方法の基礎を教えているので、私は”アイデアを生む力”を育てることに主眼を置いています。たとえばこれまでには数学者でジャズピアニストの中島さち子さんや”未踏ジュニア”代表でプログラミング教育を推進する鵜飼佑さんをはじめ、モノポリーの日本チャンピオンにも来て頂くなど、多様な分野で活躍するユニークなイノベーターを招き、生の声に触れる機会を設けています。また、SDGs(持続可能な開発目標)のカードゲームを通じて、持続可能な世界をつくることを体感する取組みも行っています。ゲームに勝ちたいあまり、自分の得になることばかりやっていては問題の解決には至らないことを、まさに”体験”を通じて学んでいます。
情報の授業では、ドローンとマインクラフトのプログラミングを組み合わせ、ドローンで上空から撮影した学校の全景をマインクラフト上に落とし、学校を制作しています。8月にマイクロソフト社で行われるマイクロソフト社認定教育イノベーターの祭典、「マラカン2018」でその成果を発表することになっており、10月のアメリカ研修で実際にマインクラフトを開発しているチームの前でも英語でプレゼンする予定です。

ドゥラゴ英理花先生
近藤宏樹先生:私は数学を教えています。幼い頃から数学が大好きで、中学、高校では数学オリンピックに挑戦し、日本代表として国際数学オリンピックに3回出場しました。現在も数学オリンピック財団の理事を務めています。
大学でも博士号取得まで数学一筋で、保険会社でアクチュアリー(保険数理士)として働いていたこともあり、数学がどう社会に活かされているかについても伝えていきたいと思っています。各コースの特性に合わせつつも、数学の持つ普遍的な面白さを伝えられるようにしていきたいですね。
佐藤陽子先生:私は理科主任として化学を担当しています。実は現在、東京理科大の博士後期課程の学生でもあり、理科と家庭科の境界領域である「キッチンサイエンス」という新たな分野を開拓し、博士論文を執筆中です。
授業では、料理のような身近なものから化学への親しみやすさを感じてもらえる内容を心がけています。また、教科書に載っている基本的な事柄がどのように研究対象になっていくのか、基礎の発展のさせ方を知るために、1年生から日本学生科学賞の優秀作品集などの論文を読んでもらっています。
本校の理科では、クマムシの研究を行う生物教員や、100円ショップの安い材料を駆使しつつ、最大限の教育効果を得られるような装置を工夫して実験を行う物理教員など、教員が率先して弛まぬ探究活動を続けています。ぬか漬けのぬか床を科学的視点で探究している教員もおり、彼のお弁当にはいつもぬか漬けが入っています(笑)。さらに東京理科大とのご縁で、物理系の大学院生に物理の”実験道場”を開催してもらうなど、理科室を最大限に活用し、実験を大事にした理科教育を行っています。
西谷寿泰先生:私はGAコースの担任で、ソフトテニス部の顧問もしています。
ソフトテニス部には前身の千代田女学園時代から全国レベルの強豪選手が集まっており、そこに今春新たにGAコースの第1期生としてテコンドー、競技スキー、クラッシックバレエで実力のある生徒が加わりました。このコースでは、彼らが十分な練習時間を確保するため、授業は午前中に凝縮されています。とはいえ、海外遠征やコンクールなどで学校を休むこともあるので、オンライン学習システムを活用しながら生徒同士でもフォローし合っています。違う競技のトップアスリートとして活躍する者同士、互いに切磋琢磨できる環境というのはとてもユニークなので、今も来年に向けて多様な競技を開拓しているところです。

西谷寿泰先生
一瀬英恵先生:私は社会科主任として日本史を教えています。生徒指導部長でもあり、生徒主体の校則づくりにも取り組んでいます。
国際バカロレアの理念には、教員も学習者であることが求められていることから、授業では生徒たちと「共に学ぶ」ことを大切にしています。非常に探究心旺盛な生徒が多く、鋭い意見や質問にドキドキしつつ(笑)、知らないことはその場で一緒に調べて皆で共有するなど、まさにアクティブラーニングです。
相馬美香子先生:私は国語を教えています。大学では文学を専攻していましたが、卒業後は企業でコンサルタントとして働いていました。
そうした経験を活かし、国語の授業にもICTを積極的に導入しています。Google Classroomを使って課題の感想文や要約を提出してもらうほか、スプレッドシートを使ってクラス全員の記述を電子黒板に映し出し、生徒同士が互いの考えをシェアできるようにもしています。インタラクティブな授業を心がけ、ディスカッションやプレゼンテーションを1単元に1度は取り入れています。

相馬美香子先生
中山活太先生:私も国語の教員ですが、教育学部出身です。大学院では学力格差や学歴社会の生む歪みについて研究していました。
実は私自身、大学選びで大きな失敗をしています。やりたいことがはっきりしないまま、大学の強みや校風、自分の興味の対象に合うかどうかなど一切考慮せず、塾が作る偏差値表から安易に進路を決めてしまった結果、随分と回り道をしてしまいました。教員を志したのは、この自分の失敗からの学びを生徒たちに伝えたいと思ったからです。

中山活太先生
学校改革初年度の生徒たちの変化
--国際バカロレア認定校になり、教え方は変わりましたか。生徒たちの反応はいかがでしょうか。
相馬美香子先生:第1期生は現在高校1年生なので、年内はIBとIQは混合クラスで、年明けからコース別に分かれるカリキュラムとなっています。そのため今は、優等生タイプからヤンチャなタイプまでが1クラスに混在し、幅広い意見が出るので面白いです。
LAコースの生徒も含めてですが、やはり皆、”正解”を知りたがります。どれが試験に出るのですか? とすぐに聞いてきます。確かに高校受験までの勉強では、「正解は何だ?」と突き詰めていくことが多いからだ思うのですが、私はバカロレアの「根拠があればそれは一つの答えである」という理念にもとづき、自分の意見はどうなの? その根拠は何なの? というところを重視するようにしています。ネットで探し出した答えを鵜呑みにしたり、自分の意見がハッキリと言える子にたやすく同調してしまうなど、まだまだ課題はありますが、自分が大学の国文科で学んでいたときのスタイルと高校までの受験勉強との隔たりを感じていただけに、バカロレアの理念には腑に落ちるところがあってとてもいいですね。
一瀬英恵先生:日本語で学べる国際バカロレア認定校が少ないうえに、本校は理系科目が充実しているので、1年目から男子が比較的多めに入学して来てくれたように感じます。今、男女比はちょうど半々くらいですが、IBもIQも歴史に興味のある子が多く、多少負荷をかけてもしっかり頑張ってやってくれています。授業は私も楽しいです(笑)。でも実はそれはとても大事なことだと思っているんですよ。自分が楽しくない授業は生徒たちに伝わりますから。
佐藤陽子先生:IBのカリキュラムでは、大学の教養課程レベルの内容を教える必要があるので、より本質に迫った探究型の授業を心がけています。自分で論文を読んだり、実験をすることによって、生徒に対しては「さぁ、考えてみて」というスタンスです。また、私はMSコースの担任でもあるのですが、入学時から全員が看護師、薬剤師、保健師と明確に目標が定まっており、提出物も期限までに必ず提出するなど、非常に熱心で素晴らしい生徒が集まっています。荒木校長が目指すように、一部の生徒のこうした姿勢が他コースの生徒たちに与える影響は大きいと思いますね。そして、バカロレアの理念にあるように、教員も学び続けるという姿勢、研究者である姿を見せるというのも本校のアドバンテージだと感じています。

佐藤陽子先生
西谷寿泰先生:GAのトップアスリートたちは、厳しい練習の傍らで試合やコンクール出場のための体重制限と格闘するなど、非常にストイックな日常を送っています。そんな姿から他のコースの生徒が受ける刺激は確かに大きいですね。
高大連携を重要視、さらなる進化へ
--まだ1期生の第1タームが終わったばかりにもかかわらず、生徒さんたちの充実したようす、そしてそれを支える環境の素晴らしさが伝わってきます。今後はさらにどのような発展が期待できますか。
坂本龍先生:IBコースでは、生徒の数だけ興味や関心も多様にあるわけですから、科目の数は今後もっと増やしていきたいと思っています。特に理系科目には力を入れたいですね。また、その他のコースでは、高大連携をより強化していってもらいたいと考えています。大学全入時代が加速して、どの大学のどの先生に何を学ぶのか。卒業時には自分はそこで何を達成したのかが問われる時代になっていくでしょう。つまりこれからは、どのような動機で、なぜその専門性を追究したのかが評価される時代がくると思うのです。だからこそ自分のテーマを設定し、大学の研究室にも所属して、卒業までに達成してもらうような取組みを進めていけたら魅力的なのではないでしょうか。
一瀬英恵先生:高大連携は本校がもっとも重要視しているところです。すでにMSコースでは看護師、薬剤師、保健師の資格を取得するため、附属の武蔵野大学と連携し、大学側が求めるレベルにまで、高校時代に必要な知識と経験を積んでいく教育を実践しています。その他のコースにおいても、我々が重んじる探究型の教育スタイルは、まさに大学や文科省が描く新しい教育のビジョンです。むしろそうした教育を”先取る”ように、バカロレアの理念を取り入れつつ、ICTも積極的に活用しながら推進していきたいですね。

一瀬英恵先生
昨年より継続して取材を続けている同校の印象は、”笑顔が絶えない”ことだ。ARCでは放課後もあちこちで生徒たちの会話が弾み、それを見守る先生たちもまた、いつ見ても楽しそうなのである。さまざまな学校での指導経験がある理科主任の佐藤先生が「どの教員もエネルギッシュで教育者としても尊敬できる人ばかり。お互いのやりたいことを尊敬し合い、それぞれの得意分野を活かし、支え合う風土」と絶賛するように、教員同士も謙虚に学び合い、探究し続けている。こうして昨年来、荒木校長が耕してきた豊かな土から、多様な新芽が瑞々しく顔をのぞかせる。教員、生徒の個性がさまざまに掛け合わされ、どんな生態系へと成長していくのか。今後もますます楽しみな学校だ。