おおたとしまさ氏が「二月の勝者」とコラボ、勉強よりも大切な100の言葉とは

 書籍「中学受験生に伝えたい 勉強よりも大切な100の言葉:『二月の勝者』×おおたとしまさ」が、小学館より2020年6月30日に発売された。そこで著者のおおた氏にインタビューを行い、この書籍刊行への思いについて聞いた。

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 中学受験をテーマとした人気漫画「二月の勝者-絶対合格の教室-」と、教育ジャーナリストおおたとしまさ氏とのコラボレーションによる書籍「中学受験生に伝えたい 勉強よりも大切な100の言葉:『二月の勝者』×おおたとしまさ」が、小学館より2020年6月30日に発売された。そこで著者のおおた氏に、この書籍刊行への思いを聞いた。

無理をさせられ苦しむ子どもたち



--中学受験をテーマにした漫画「二月の勝者-絶対合格の教室-」(作者:高瀬志帆)は「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で2018年1号から連載され、コミック本も累計65万部の大ヒット。まもなくドラマ化(日本テレビ・柳楽優弥主演)されるという話題作ですね。これは、どのようなストーリーなのでしょうか。

おおた:合格実績が業界トップの塾を辞め、「御三家」の合格者がゼロに終わった「残念な校舎」の「テコ入れ」をするために来た黒木という男を中心に、中学受験のリアルな現場が描かれています。作者の高瀬さんは、中学受験塾というビジネスの裏側、さまざまな事情を抱える家庭と親子関係、そして彼らの精神的な葛藤や成長を、とても正確に、丁寧に描いています。

 主人公・黒木は「君たちが合格できたのは、父親の『経済力』そして、母親の『狂気』」といったにべもないセリフを連発する一方で、実は生徒には常に温かい眼差しを向ける。中学受験のテクニックやノウハウではなく、本質的な部分がたくさん詰まっていて、共感を覚えるシーンがすごく多いです。

中学受験生に伝えたい 勉強よりも大切な100の言葉:『二月の勝者』×おおたとしまさ
中学受験生に伝えたい 勉強よりも大切な100の言葉:「二月の勝者」×おおたとしまさ

--参考文献に、おおたさんの著書も沢山載っていますね。

おおた:ありがたいことに、たくさん参考にしてくれていると聞きました。僕が言いたいことを漫画で伝えてくれている気がするほど、中学受験に対する考え方の根底が僕の中学受験観とそっくりなんです。

--おおたさんは以前から、中学受験をする家庭で、親が子に伝えるべきメッセージを書きためて本にしたいと思われていたそうですが、なぜそう思ったのですか。

おおた:僕は仕事柄、灘や開成やラサールといった、いわゆる「超」進学校のユニークな部分を記事や本にして伝えてきました。でも、当然ながら現実は、入りたい人がみんな入れる学校ではありません。僕がそのような学校の素晴らしさを伝えれば伝えるほど、「何が何でも名門校」「偏差値60以上じゃないと学校じゃない」といった方向に一部の保護者を煽ることにもなり、その結果、無理をさせられて苦しむ子どもたちが出てきてしまう。「そうじゃないんだよ」というのを伝えたいといつも思っています。

 よく保護者の方に「いい学校を教えてください」と言われるのだけど、本当は逆に「あなたにとってダメな学校ってどこですか」って聞き返したいんですよ。ダメな学校なんて僕は知りません。私立として生き残っている学校は、どこも恵まれた学校だよと。生徒たちの放つ輝きだって灘や開成に負けないよって、自信をもって言えます。

 だから、中学受験で親がすべきことは、子どものお尻を叩いて勉強させて、点取り競争で偏差値を上げることだけじゃないよね、と。中学受験を通じて、12歳の子どもが自分で人生を選択して切り拓いていこうとすることを成長の機会と捉え、人生の先輩として、「こういうシーンがあったらこういうことを伝えてあげられるよね」といった言葉の数々を、具体的に親御さんたちに届けたいと思っていたんです。

親の「メタ認知」の仕方を提案



--100の言葉を読んでいると、受験の渦中で右往左往している立場から一歩退いて、親としての自分自身を少し冷静に俯瞰して見る「メタ認知」をするきっかけになるような気がします。

おおた:そうそう。確かに、子どもにこういうことを伝えられるよねと言いつつ、親自身もハッとメタな視点に立ち戻り、冷静になって自分を見つめ直すきっかけにしてほしいという思いは強くありますね。

 どうしても渦中にいると、目先の模試でいい点数取ろうとか、「第一志望絶対合格」みたいな、いわゆる狭い意味での中学受験に親も子も最適化しがちです。でもそうすると、子どもが単なるセコイ点取り虫に育ってしまうと思うんですよ。

 そうじゃなくて、中学受験を後から振り返ったときに、親子でそれぞれ成長できたよねと笑って言い合えるような経験にしてもらいたい。そのための親の「メタ認知」の仕方を提案するために、理屈で説明するよりも、漫画の具体的なシーンで伝えたほうが、ずっと心に滲み入るかなと。

 だから「二月の勝者」とのコラボ企画は、まさに僕にとっては「渡りに船」でした。

--12歳の子どもにとっては、この先も続く自分の人生の中で、今この中学受験にどんな意味があるかなんてまだわからない。だからこそ親の考え方や態度が子どもに与える影響は大きいですね。

おおた:本の冒頭にも書きましたが、これは子どもにはまだ理解できないし、むしろ直接読ませるべきではありません。親自身が読んでから、必ず親の口からお子さんに伝えてあげてほしいです。

 中学受験では、程度の差こそあれ、どんな子も必ず難しい局面に直面します。そういうとき、今は苦しいけれど、これって見方を変えればこういうふうにも見えるよね、と。心理学では「リフレーミング」というのですが、ピンチをチャンスに捉えられるような発想の転換、もっといえば合格より大事なことがあるということを、人生の先輩として子どもに伝えてあげてほしいと痛切に思いますね。

--おおたさんが、今の中学受験で問題だと感じることは何ですか。

おおた:今春はリーマンショック以降初めて合格率が100%を割り、特に男子は86%まで減りました。つまりどこにも入れなかった子が出るという厳しい結果でした。来春はコロナの影響で受験者数が減ると予想されますが、御三家をはじめとする最難関校や有名大学の付属校などは相変わらず人気が高く、高いレベルでの競争になっています。

 そうした中で、どうやったら効率よく偏差値をあげられるかというところだけに最適化すると、勝ち負け・損得勘定・コスパというだけの人間が量産されてしまう。そして残念ながら今、その最適化に徹することができた親の子どもが勝ち抜けるような状況になってしまっています。

 膨大な課題を時間内にこなす処理能力、大食い競争のように課題を次から次へとやり続けられる忍耐力、そして「これって本当にやらなきゃいけないことなんだっけ」という疑問を抱かない力。この3条件が揃っている人が勝ち抜くルールになっているのです。

コスパ優先に陥る中学受験を疑問視



--そういえば、いわゆる高偏差値の中高一貫校の先生方から、入学してくる子のタイプが昔と比べて変わってきたとよく伺うのですが、そういったことも影響しているのかもしれませんね。

おおた:そうだと思います。最難関校でも、最近入学してくる子は、手取り足取りやってもらうことに慣れきっている場合が多いと先生たちは嘆いています。

 人生での中学受験の意味なんて考えるよりも、勝ち負け・損得勘定・コスパを優先したほうが偏差値の5や10は上がるかもしれません。でもそんなことにばかりこだわる人間が育てば、それは「ヘタレ」としか言いようがない

 親子の時間の使い方として、どっちが有効か。僕がこれまでの本でも伝え続けてきたことですが、この本でも改めて強調したいことはやはりそこなんです。

--確かに今は受験というものが攻略され、それが中学受験だけではなく、高校、大学、さらにはその先の資格試験まで連綿と続いている節があります。完全にレールが敷かれていて、親は子どもをそこに乗せておけば安心だと思える環境が、ビジネスとして整っている。おおたさんは、そうやって常に受験に勝ち続けていくことについてどう思われますか。

おおた:常に受験を勝ち続けている子も独特の不安を抱えており、僕はそれを受験強者のジレンマと呼んでいます。

 逆説的な説明をしますね。

 この本の中の第75講に、「偏差値60以下の学校に行くなんてクズだ」などと言い放つお父さんに対して、「どこにも受からなかったとしても、順は順です」とお母さんが泣いて反抗する名場面がありますが、中学受験で、“幸運”にも思いどおりの結果が出なかったりすれば、強い親子間葛藤の末に、親も「偏差値60以下の学校に通うなんてクズ」などという非理性的信念を捨て去らざるを得なくなります。そこで親は成長し、子は「どんな学校に通っていようと、ありのままの自分でいいんだ」と解き放たれます。

 しかし“不幸”にも思いどおりの結果が出てしまうと、“不幸”な子どもは、親が自分自身を誇ってくれているのか、受験の結果得られた学校のブランドを誇っているのか、いつまでたっても判断がつきません。〇〇中学や〇〇高校という「看板」を外した自分にどんな価値があるのか確信がもてません。不安ゆえ、ますますその「看板」にすがろうとします。こうして親子して〇〇中学や〇〇高校であることを誇示するのです。

 大企業に勤めるひとが、その「看板」をアイデンティティにしてしまうのと似ています。

 望んだ学校に進学できることはすばらしいことです。そのためにした努力に対して最大限の賛美を送ってあげてほしい。でも一方で、第一志望校に通うことになったときこそ、もし子どもが自分の学校名を鼻にかけるようなそぶりを見せたら、「だからなんだ。どんな中学を出ようが、そんなことは一歩世界に出たら関係ない」と教えてやってほしい。これは今回の本の第56講に出てくる言葉です。

--そのためにも、親御さんたちに「これだけはやめてほしい」と伝えたいことはなんでしょうか。

おおた:できないことを他人と比較して責めることはやめてほしい。昨今はやっている自己責任論的な思考を、子どもにすり込まないでほしいです。

 特に今年はコロナウイルス感染症という大きな災難があったために、今の6年生では、たまたまいろんな幸運が重なって良い結果が出せる子、逆に巡り合わせが悪くて良い結果が出せない子というのが、例年より増えるかもしれません。でも親がその結果に対して、「あなたがあのとき、頑張らなかったから不合格だったんだよ」というような言葉を口にすると、それはその子の一生のトラウマになってしまうでしょう。

 裏返してみれば、努力が実って合格したとしても、それはいろんな幸運が重なって成し遂げられたことであって、何かひとつ条件が変わっていたら不合格だったかもしれない。結果が、自分がほかの子より優れている、あるいは劣っているということの証左ではなく、合格した子もそうじゃない子も本質的には何も変わらないということを、子どもにきちんと伝えるべきだと思います。

思いどおりにいかないから人生は味わい深い



--この100の言葉の中で、おおたさんが一番好きな言葉は。

おおた:第98講の「人生は後出しじゃんけん上等」です。

 人生万事塞翁が馬。成功とか失敗とか、結局人間は死ぬまでわからないわけだから、親は人生の先輩として、子どもがどんな状況においても「そう来たか」と受け入れ、そこに意味を見い出せる姿勢をもっていたいですね。

 第75講「どんな学校に行ったって、あなたならやっていける」、第83講「人生における『決断』の良し悪しは、決断した後に決まる」、第87講「『住めば都』と思える人は、世界中どこへ行ってもやっていける」という言葉にもあるように、人生は、なんでも思いどおりにうまくいくわけじゃないけれど、なんとかなる。だからこそ人生は面白く、味わい深いものになるという考えで、お子さんに寄り添ってあげてほしいです。

--中学受験生の子をもつ保護者の方に、このコロナ禍でおおたさんからどんなメッセージを伝えたいですか。

おおた:おおた:Stay homeの長い期間、勉強になかなか身が入らず、ぼーっとしたり遊んだりしていたとしても、それはその子の成長にとってどうしようもなく必要だったのだと受けとめてあげてほしい。

 だって大人だって不安で目の前のことに集中できなかったでしょう。子どもたちだって無意識的にその不安と向き合っていたんですよ。それこそあのときしかできない時間の使い方だったわけです。

 人生には勉強よりも大切なことがたくさんあります。それを犠牲にして伸ばした偏差値にどこまで意味があるの、と僕は思います。勉強以外に子ども時代に学んでおくべきことを後になって取り返そうと思っても、なかなか取り返せません。その優先順位を間違えないでほしいです。

 こういう未曾有の状況だからこそ、親の器が試されると思います。いつもどおりの過ごし方ができない分、あれもこれもできていないと不安になる要素はたくさんありますが、むしろこんなときできないとできないことに目を向けるべきです。どんなときでも泰然自若とおおらかに構えられている親の子が、最終的には力を発揮しやすいはずです。

 綺麗ごとのように聞こえるかもしれませんが、現状を受け入れ、できることをするという覚悟で。どうかお子さんの力を信じてあげてください。

--ありがとうございました。

 これまで長い間、中学受験の現場をつぶさに見てきたおおたさんだからこそ、選び抜かれた珠玉の言葉が詰まった1冊だ。渦中の子に向けるだけでなく、親自身の心にも深く刺さるものがとても多い。

 「コスパや損得勘定だけで、合理的に勝ちをつかみに行こうとするのではなく、この先も続く子どもの人生にとって少しでも豊かな経験になるように、という思いで寄り添うこと」。

 おおたさんはインタビュー中、何度もこのメッセージを繰り返した。その親の姿勢は一見、遠回りに見えるかもしれないが、最終的にはどんな親子にとっても、必ず笑って締めくくれる、ベストなゴールにつながっている気がする。
《加藤紀子》

加藤紀子

京都市出まれ。東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、海外大学進学、経済産業省『未来の教室』など、教育分野を中心に様々なメディアで取材・執筆。初の自著『子育てベスト100』(ダイヤモンド社)は17万部のベストセラーに。現在はリセマムで編集長を務める。

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