わが家の教育、やりすぎ?…教育熱心と教育虐待のボーダーライン

 リセマムでは2021年5月9日、オンライン公開取材「武田信子先生に聞く、教育熱心と教育虐待のボーダーライン」を実施。「教育虐待」への疑問や不安について、元武蔵大学教授で臨床心理学を専門とする武田信子先生に話を聞いた。

教育・受験 保護者
終始朗らかに取材に応じてくれた武田信子先生
  • 終始朗らかに取材に応じてくれた武田信子先生
  • マルトリートメントと教育虐待の概念図
  • 学年別いじめ認知件数
  • 子どもの権利条約(イメージ)
  • 終始朗らかに取材に応じてくれた武田信子先生
 教育情報サイト「リセマム」は2021年5月9日、オンライン公開取材「武田信子先生に聞く、教育熱心と教育虐待のボーダーライン」を実施した。昨今よく耳にするようになった「教育虐待」への疑問や不安について、元武蔵大学教授で臨床心理学を専門とする武田信子先生に話を聞いた。

教育熱心がすぎると虐待に!?



--小学生の習い事界隈は活況で、「子供たちに新たな学びを提供したい」と願う熱心な保護者が多いことがわかります。一方で、最近「教育虐待」という言葉を目にすることが多くなり、不安にかられます。

 「教育虐待」は、親が教育のためという言葉を口にしながら、子供が耐えられる限界を超えるまで勉強やスポーツ、音楽などを強制することを言います。教育の中には学校教育以外にも、スポーツや音楽などの芸術、習い事が含まれており、たとえば「宿題が終わるまで寝てはいけない」といった、自分がされたらとても耐えられないこと、それをすることで子供の体や心や脳に悪影響がある状態を言います。

--先生が提唱する「マルトリートメント」の概念と教育虐待との違いとはなんでしょうか。

 私が用いている「マルトリートメント」は、親も含めて社会全体として、子供に不適切な関わりや対応をしてしまうことを指し、教育虐待もそれに含まれます。なかでも「エデュケーショナル・マルトリートメント」は、日本の教育制度全体に広がっており、疑いなく正しい教育のつもりで行っていても、実際には子供にとって不適切になる行為を指しています。「エデュケーショナル・マルトリートメント」という概念は私が考えた概念です。アジアの一部の都会など、社会が競争的で子どもたちを比較する文化のある地域には、このエデュケーショナル・マルトリートメントが発生しやすい土壌があります。北米でも、この概念を紹介したところ、この概念でいろいろなことが説明できると言われました。

マルトリートメントと教育虐待の概念図
マルトリートメントと教育虐待の概念図

 これは今回出した本に掲載したマルトリートメントと教育虐待の概念図です。図の左側が親・保護者が子供に行ってしまう不適切な行動で、右側が社会全体として、子供に対し意識せずにやっている不適切な行為です。

 たとえば日本の学校では、子どもが家でゆっくりできないほどの大量の宿題を出されることがあります。子どもが「残業」しなければならない状況は望ましいとは言えません。難しいのは、一概にその先生の責任とも言えません。先生も多忙な業務や周囲の圧力に追い立てられている中での、やむを得ない行動とも言えます。そういうものも含めて、こういう状況すべてをマルトリートメントと表現しています。

日本社会は「マルトリートメント」に陥りやすい



--マルトリートメントに陥ってしまいやすい環境や、人の特性について教えてください。

 日本は周囲と比較しながらより上へ行くことを良しとする場面が多く、日本の環境そのものがマルトリートメントしやすい環境だと考えられます。中でも女性に多いのが、自分の理想や夢を子供に託して、子供を通して自己実現しようと思う人や、自分の存在意義を子供の中に見出そうとする人。それから一所懸命になるとやりすぎてしまうエネルギッシュな人や、社会的に力を持っているのに家庭に入ってしまった女性は、有り余った力が子供に向かってしまうんです。それから、親戚関係の中で劣等感がある女性も、自分のせいで子供が育たないと言われないようにと必死になることがあります。

 自分本来の人生を十分に楽しんでいないと、そのもやもやした鬱憤やストレスが、どうしても子供に向かってしまうことが多いと思います。親は子供をコントロールしなければいけないと思う人が少なくないですが、子供はたいがい思い通りに振舞わないものです。

 するとイラついたり、疲労感をもって子供にあたったりしてしまう。子供のできないところばかり気にするようになって、できているところを認められなくなる。子供は最大限に頑張っているのに、「ここまでできたんだから、もうちょっとできる」とさらに負荷をかけてしまう。子供を力づけ、エンパワーメントしているつもりでも、受け取り手の子供からしてみると、その範疇を超えていて「ここまで頑張ったのに、まだ評価してくれないの?」とやる気が削がれてしまう。ディスエンパワーメントに転じてしまうんです。

 自分が今やっていることは子供にとって本当に良いんだろうかと迷いをもっているとしたら、それはとても大事なことで大きな一歩です。教育熱心は悪い姿勢ではないのですが、相手の気持ちが大事。やりすぎていないかどうか子供の声にそっと耳を傾けたら、ちょうど良いバランスが見つかるかもしれません。

子供は普段の生活や自由な外遊びで脳を育む



--先生からの言葉で肩の荷が降りたり、自分の子供と話してみようかなというきっかけになれば良いなと思います。では、小学生の子育て期に陥りやすいマルトリートメントの状況についてはいかがでしょうか。

 特に、初めての子育てをしている保護者の方。先輩ママや周りから「今のうちに習い事教室に通わせておかないと間に合わない」「塾に通わせるのはなるべく早い方が良い」などと不安をあおられて、子供の気持ちを考えずにやらせていないでしょうか。

 常に何かに追われて取り組まなければいけない状態だとしんどくなってしまう。これは大人も子供も同じです。何かを無理やりやっても脳に入らないですよね。ためしに塾や習い事をしばらくやってみて、楽しんでいるか確認する必要があるかもしれません。

 我慢する心を育てることが大切とも言いますが、我慢を育てるまえに好奇心に基づいて自由に行動する力を育てることが大事。十分に自由に行動できることで自信を持てた子は、次に我慢して取り組もうとするものです。順番があり、その順番を間違えてしまうと我慢も育ちません。

 我慢に関していえば、今日本では、小学2年生で校内暴力といじめの件数が一番多くなっています。幼児期にいろいろな困難にぶつかったとき、自分でうまく感情を表現する練習をするのですが、そういう体験をしないまま小学校に入ってしまった子たちが、自分の感情をどう処理すれば良いかわからなくなってしまっているのが原因かもしれません。興奮のコントロールができなかったり、感情をうまく出せなかったりする子供たちが増えているという調査結果もあります。大人に問題解決をしてもらってきた子供たちや抑圧されていた子供たちが問題を起こしてしまうというのはあるだろうと思います。

学年別いじめ認知件数小学2年生がいじめ発生のピーク

 子供たちは勉強だけではなく、普段の生活や遊びの中で脳を育てています。特に自然が豊かな環境の中で、外遊びを十分に、自由にすることが大事だと言われています。振り返ってみて、子供が1日どんなふうに過ごしているか、1週間どんなふうにトータルで過ごしているか、やりたいことをできているかなど考える時間をとってみると良いでしょう。

地域の大人みんなで育てる



--先生のご著書の中で「最近の子育ては家庭の中だけで完結してしまっていて、他者の視点が入りにくい」という記述がありました。このように閉じられた環境で、家庭の教育観の軌道修正ができない状況を打破するにはどうしたら良いのでしょうか。

 子供は親だけが育てるものではありません。子供たちは、保育園や学校、近所の公園などいろいろなところから情報を得て、自分の中でそれを統合して育っています。そうした子供の親以外との関係性を大事にする必要があります。

 俗に「親子カプセル」という言葉がありますが、カプセルの外にはさまざまな生き方の人たちがいて、そういう人々を見て知ることが育ちにつながります。親は「自分が育てなければ」と責任感にとらわれてしまいがちですが、雑多な環境の中に放っておくと子供は育つんです。少し気楽に、周囲の環境に任せてみるのも良いかもしれない。

 そのためには、いろいろな大人たちが常に子供たちのことを目の片隅に入れて、生活の中でそれとなく見守るような社会を醸成する必要があります。保護者の方は自分の子ばかり良く育てようと気構えますが、自分の子の周りにいる子供たちも良く育ってくれないと、結果的に社会全体が良くならず、ご自身のお子さんも不幸になってしまうんです。みんなで、みんなを育ててほしいと思います。

--みんなが幸せになれるようにということですね。保護者自身が今できる心がけや具体的なアクションはありますか。

 子供は日常生活の中での体験と、教科書の文字をはじめとする知識が結び付くことで学ぶので、普段からどういう体験を積み重ねているか確認してみると良いでしょう。さまざまな遊びをする中で体や脳の多様な使い方を身に付け、勉強の中でそれを応用して使えるようになり、いろいろなことが判断できるようになっていくのです。

 子供たちの力を知るためにも、私はぜひ子供の権利について知ってほしいと思います。子供も立派なひとりの人間で、自分のことを考える権利、意見を言う権利、休む権利もあるんです。

子どもの権利条約(イメージ)子どもの権利条約

--子供を尊重して、信じてあげるための第一歩ですね。

 あとは、今自分の子供が過ごしているところの他に、どんな学校や勉強があるんだろうと関心を持ってほしいですね。例えばデンマークでは宿題や、日本のような通知表がありません。子供たちを比較しませんし、大学や高校にすぐ入らなくても良いですし、留年しても良い雰囲気がある。

 わが子が生涯をかけて何を身に付ければ良いのかと考えると、目先の小さな勉強を絶対にやらせなければいけないと思う必要がなくなります。自分の子供が何に関心を持っているのか、まず自分の子供のことを知りましょう。

 もうひとつ、保護者の方ご自身がどのよう生きているかを振り返ると良いと思います。子供たちは、いきいきと楽しそうに歳を取っていく大人の姿を見たら、希望が湧いてくることでしょう。まずは保護者である自分が生き生きすること。人生100年ありますから、これからどうしたら良いかワクワクしながら考えてほしいと思います。

--子育てのプレッシャーをちょっと隣に置いておいて、まずは自分を大切にかえりみてあげるということですね。

 そうですね。いっぱいいっぱいの中で必死になっておられるお母さんも、一分深呼吸をして、生活の中で少し遊び心を出してみるとか。一方で、親が自分の人生を豊かにするために一所懸命生きている背中を見せていると、子供は「ああ自分も自分の人生頑張ろう」と感じると思います。

親が楽しむことが子供の幸福感に



--読者からこんな質問が届いています。「どんな環境を用意したら子供の幸福につながるのか知りたい」とのことです。

 国際的な調査の結果から、両親がワークライフバランスをとっているということと、外遊びをしている時間が長いことが、子供の幸せ感に影響していると分かっています。大人が朝さわやかに起きて仕事に行く、趣味に熱中し楽しそうな生活をしている。そうしたゆったりとした家庭環境が、子供の幸せ感につながると思います。また、外遊びを楽しみ、脳がのびのびと解放されている状態を子供自身が感じられたら、それが幸福感につながるだろうと思います。

 もうひとつ、これは日本の調査結果ですが、学校に所属できている感覚をもてない子供たちが「自分は幸せではない」と感じていることが分かりました。無理に所属感をもたせるべきということではありません。今は、学校に行かない選択肢もたくさん用意されているので、居心地が悪そうだなと思ったら、無理しないで、他にいろいろな道があることを見せてあげること。子供たちにもリフレッシュする時間や、再び歩み出せるようしばし休憩をとらせてあげることが必要かもしれません。

終始朗らかに取材に応じてくれた武田信子先生終始朗らかにインタビューに応じてくれた武田信子先生

--日本では留年にしろ、浪人にしろ、1年ブランクができることに、なぜか恐怖心をあおられますよね…。もっと長いスパンでゆったりと構えるということですね。最後に、小学生の保護者の皆さんに向けてアドバイスをいただきたく思います。

 私自身にも2人子供がいて、子育てではいろいろありました。うまく育ってほしい、もっている力を伸ばしてあげたいと熱が入り声を荒げてしまったこともあります。

 今思うと、小学生のうちにうまくコントロールしていろいろさせようと思っていたなと。でも振り返ると、親が上から目線でやらせたことは、子供にとっては負担だったのではないかと思います。子供にとって親は権力者なので、権力をもっている人はもっていない人の声をちゃんと聞いて確認しないと、マルトリートメントに陥りやすくなります

 子育ては子供の人生の基礎を作っているときなので、無理やり詰め込んでいくより、余裕があるようにして、子供が人生が楽しいと思えるように育てた方が長い目で見て良いのではと思います。大人はどうしても子供よりも情報や財力、知恵、経験を多くもっているので、いろいろなことを決めてあげたくなってしまいます。

 そんなとき、私はまず、広い視野をもてるような情報を集めるようにしました。子供の学校教育のことばかり考えるのではなく、いろいろな世界のさまざまな情報にアンテナを張っておくと良いと思います。研究の一環で触れた海外の情報では、子供ではなくまず、親の自分を優先して楽しんでいる家庭が多く、驚きました。いい親でいようと思うと、親の生活より子供を優先することも少なくないと思いますが、「あなたのために我慢しているのよ」と言われると子どもは困りますよね。

 私は子供が小学生のころから「お母さんは好きなように生きます、やりたいことをやります。あとであなたたちのせいで…とは言いたくないから」と宣言して、自分の好きなことや仕事を思う存分楽しむようにしました。だから親も子も関係なく、美味しいものは等分するか、じゃんけんで勝った者から好きなのを取るか、からだの大きさで決める(笑)。

 皆さんも、趣味でも勉強でも仕事でも、好きなことを見つけて打ち込んでみると良いかもしれません。「お母さんがあんなに楽しそうに勉強しているんだから、きっと勉強は楽しいに違いない」「お父さんは毎日楽しそうに出かけるからきっと仕事は面白いものなんだろう」と子供に思わせることができたら、それは素晴らしいことですよね。日々の生活を楽しく、生きているって良いよねと、親子ともに思える家庭が増えたら良いなと思います。

--素敵なメッセージをありがとうございました。

親が迷った時、答えは子供の中にある



 常に子供の心にやさしく寄り添う武田先生。子供たちの心に向き合い、言葉に耳を傾け、意見を尊重する一貫したスタンスを保ち、不安を抱えつつも一所懸命子供を育てている保護者たちにも「自分の人生を楽しむように」「親子で幸せになって」と温かいエールを送る先生の言葉に励まされた保護者も多かったのではないだろうか。

 親が迷ったときの答えは子供たちがもっているという言葉が印象的だった。迷ったときは親子で立ち止まり、子供の声に耳を傾け、ともにリフレッシュすることが親子の幸せにつながるのかもしれない。

武田先生の最新刊「やりすぎ教育 商品化する子どもたち」

発行:ポプラ社

<武田信子先生 プロフィール>
 臨床心理士。元武蔵大学人文学部教授。東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。臨床心理学を専門に数多くのカウンセリングやワークを実施し、メディア出演や著書も多数。2021年5月13日にポプラ社から『やりすぎ教育 商品化する子どもたち』を出版。また、同月、子どもたちのウェルビーイングを保障するために大人の学びを支援する「一般社団法人ジェイス 子どもの養育環境のためのアクション」を設立し、代表理事に就任。

《羽田美里》

羽田美里

執筆歴約20年。様々な媒体で旅行や住宅、金融など幅広く執筆してきましたが、現在は農業をメインに、時々教育について書いています。農も教育も国の基であり、携わる人々に心からの敬意と感謝を抱きつつ、人々の思いが伝わる記事を届けたいと思っています。趣味は保・小・中・高と15年目のPTAと、哲学対話。

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