文章力が上がるかも?小説の中のノート術

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文章力が上がるかもしれない…小説の中のノート術
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 少しも楽しいことが起こらないのに、スルスルと読めてしまう小説がある。アゴタ・クリストフ『悪童日記』(早川書房)もそうした作品の一つだ。

 物語の舞台は、特定の固有名も年代も記されていないが、第二次世界大戦中のヨーロッパだと思われる。主人公は、祖母の住む小さな町に疎開してきた双子の少年。田舎町での生活にも徐々に戦争が影を落としていく様が、この双子の視点で語られていく。

 少年たちの祖母を初めとして、登場人物はことごとく奇妙な人ばかり。まず、祖母からして孫である双子に全く優しくない。戦時下という極限状況のせいもあるのかもしれない。こうした過酷な日々を生き抜くため、双子は自分たちで学び、強くなろうと訓練を始める――と、こんな風に書くと二人がいかにも健気な子供たちのように見えるが、この双子もまた奇妙な登場人物たちの一員である。大人を出し抜くしたたかさを彼らは持っている。

 「日記」というぐらいなので、文章全体が双子の書いた作文のような文体となっている。作中で彼らが、文章を書く練習をする場面がある。そこでノートが登場する。

 練習は次の通りに行われる。二人は、下書き用の紙と鉛筆、それから〈大きなノート〉を用意し、テーブルに向かい合わせで座る。そして、片方が「おばあちゃんの家に到着する」という題で、もう片方が「ぼくらの労働」という題で作文を書く。二時間後、二人は用紙を交換し、綴り字の誤りを正して、余白に「良」もしくは「不可」と記す。「不可」ならその作文は破棄し、次回の演習で再び同じ題に挑戦する。「良」のものは〈大きなノート〉に清書される。

 彼らにとってノートは、メモや下書きを記すための「練習台」ではない。成功した作文を残すための「本番」なのだ。

 双子は、独特の判断基準を以て互いの作文を評価していく。

 それは、「作文の内容は真実でなければならない」というシンプルなものだ。あるがままの事物、自分たちが見たこと、聞いたこと、実行したことでなければ書くことが許されない。たとえば、「〈小さな町〉は美しい」と書くことは禁じられている。〈小さな町〉が自分の目には美しく映るかもしれないが、他の誰かには醜く映るかもしれないからだ。

 こんな具合で、双子はどんどん研鑽を積んでいく。それはあたかも、作文の練習だけに留まらず、精神をも自分たちで強くしているかのようだ。そうした訓練の過程が克明に残されているのが、〈大きなノート〉なのである。

 平和な日常を生きる身からすると、双子の考え方、行動の仕方は異様なもののように映るかもしれない。そんな「怪物」ともいうべき彼らの内面が見られるノートだと思うと、恐ろしさを感じると同時に、怖い物見たさの好奇心も湧いてくる。

 聞くところによると、新人作家が編集者に「課題図書」として渡されることも多いという本作。たしかに作文を練習する場面では、文章を書く上で大切な知識が語られている。

 実はこの後に『ふたりの証拠』『第三の嘘』と続く三部作の一作目なのだが、謎の多い物語も相まって三冊あっと言う間に読めてしまう。決して明るい話ではないものの、確実に何かを得られる読書にはなる。是非、お試しあれ。

文章力が上がるかもしれない…小説の中のノート術

《東十条王子》

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