学生時代の悩みは発想の種、小学生も読める「文房具の解剖図鑑」

 会社員として働くかたわら、イラスト制作やエッセイも手がけるヨシムラマリ氏。文具・家具・雑貨のニュースサイト「inspi」への寄稿をきっかけに「文房具の解剖図鑑」を出版した。inspi編集部によるインタビューを掲載する。

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著書『文房具の解剖図鑑』を2018年7月に出版したヨシムラマリさん
  • 著書『文房具の解剖図鑑』を2018年7月に出版したヨシムラマリさん
  • インタビューに応じるヨシムラマリさん
  • 著書『文房具の解剖図鑑』を手にするヨシムラマリさん
  • インタビューに応じるヨシムラマリさん
  • ヨシムラマリさんが著書『文房具の解剖図鑑』執筆時に使用した文房具たち
  • ヨシムラマリさんのおすすめコクヨ文房具3点(上から時計回りに、自身でケースをカスタマイズした「カルカット」、限定版「ドットライナー」スティックタイプ、自身でバンドをカスタマイズした「測量野帳」)
  • 著書『文房具の解剖図鑑』を手にするヨシムラマリさん
  • 『文房具の解剖図鑑』
 会社員として働くかたわら、イラスト制作やエッセイの執筆も手がけるヨシムラマリさん。文房具好きとしても知られていて、inspiにも寄稿していただいています。なかでも「ノートを仕事用に「武装」する」「手帳って使いこなさなくちゃいけないのか問題」「測量野帳のちょこっとカスタマイズ~地味な進化を自分で起こす~」などの記事が人気。

 そしてこの度、これらの記事執筆をきっかけに『文房具の解剖図鑑』(エクスナレッジ)を出版されました。会社勤めをしながらの執筆は想像以上に大変だったけれどとても楽しかったと語るヨシムラさん。文房具への想いや、同書の誕生秘話についてうかがいました。

文房具は目的を達成するための「道具」



--文房具に興味を持つようになったきっかけは?

 子どもの頃から絵を描くのが好きで、クレヨンやフエルトペン、鉛筆などを使って、チラシの裏やらくがき帳に絵を描きまくっていました。子ども心に、何で描くか、何に描くかによって絵の仕上がりが違うということに気づいたんです。文房具への興味はそこが出発点だったかもしれません。

 文房具は、道具という側面と、女子文具ブームなどに象徴されるような嗜好品としての側面があると思います。メディアで盛り上がっているのは、嗜好品としての文具のほうですが、私にとって文房具とはあくまでも道具です。たとえば、大工さんで言うと、カンナは道具で、カンナを持つのはいい仕事をするための手段であって、カンナを所有すること自体は目的ではないですよね。

 それと同じで、私は少しでも上手に絵を描くためにどんなペンや紙を使えばいいかを追求してきただけなので、いわゆる“文房具愛好家”とは違うと思っています。

著書『文房具の解剖図鑑』を2018年7月に出版したヨシムラマリさん

欲しいものがなければ自分でカスタマイズすればいい



--「ノートを仕事用に「武装」する」記事が好評ですが、どのような気持ちで書かれたのですか?

 職人さんって、道具を自分で作ったり調整したりするところから仕事がはじまりますよね。買ったままのカンナではなく、刃を研いだり、持ちやすく調整したりして自分が使いやすいように作り変えるイメージです。私は、文房具もそうあってしかるべきだと思っています。でもほとんどの人が購入した状態のままで使っています。

 文房具メーカーは、ユーザーがどう使うかを想定してモノ作りをしているとは思いますが、それが必ずしもユーザー個人のニーズに100%合致してはいない。みんな「ここが、こうなっていたらいいのにな」と違和感や不満を抱えながら、それでも我慢して使っているのではないかと思います。

 「武装するノート」の記事は、そんなモヤモヤを解消するために、自由にカスタマイズしていいんだよ、という気持ちを込めて書きました。

 たとえば、仕事にはノートとペンが必需品ですが、ノート単体だとペンを入れるところがない。かと言ってペンケースを持つほどでもない。そこでカバーをつけることで、ペンを差す機能を追加できるのです。カバーのポケットには付箋や予備の名刺も入れられます。仕事を効率的に進められるように作り変えるのです。そんなふうに、自分で既成の文房具に手を加えて、自分の使い勝手がいいように作り変えていけばいいのです。

道具として文房具を知るうちにその奥深さに気づける一冊に仕上がっている


--文房具をカスタマイズするという発想はどういうところから生まれたのですか?

 学生のとき、ルーズリーフを使っていたのですが、授業で配られるプリントもルーズリーフといっしょに綴じたいと思い、プリントに穴をあける道具ってないのかな、と探したら、あったんです。「なんだ、あるんだ!」と驚きました。社会人になってからは、A4サイズの手紙を3つ折りにして封筒に入れるとき、正確に3等分して折れる道具ってないのかなと思って探したら、これもあった。世の中には私と同じことで困っている人がいて、きっとそう言うちょっとした悩みが発想の種になって、製品が開発されていると気づいたんです。

 文房具メーカーの人は皆が欲している文房具を作ってくれるので、「こんなの欲しい」と思ったらたいていはあります。ただ、まだ開発されていない文房具についても、複数の文房具を組み合わせたり、自分でちょっとしたアレンジをすることで、より快適に作業を効率化することができると考えるようになりました。

--『文房具の解剖図鑑』はどのようなきっかけで出版されたのですか?

 この出版社で出している「解剖図鑑シリーズ」で文房具をテーマにした新刊を出すことが決まった時、イラストレーターを探すなかで、私がinspiに書いた記事が編集者の目に留まり、声を掛けていただきました。単にイラストが描けるだけでなく文房具についても詳しいだろうと思ってくださったようです。

 本の制作は、執筆者が原稿を先に書いて、あとからイラストレーターが挿絵を描くのが通常の流れだと思うのですが、今回は、簡単な構成案の段階でまず私が絵を描き、あとから文章をつけていただきました。イレギュラーな進行でしたが、自由度が高かったです。

日本の文房具文化を支える、先人たちの工夫と改善の歴史



--ヨシムラさんの文房具の知識を信頼してくれたのでしょうね。掲載したアイテムはどういう視点で選ばれたのですか?

 定番中の定番、超ロングセラーのものばかり集めました。世の中には文房具愛好家とか文房具マニアと呼ばれる方はたくさんいて、そういう方々にとっては、目新しくもなんともないと感じてしまうかもしれませんが、私の思う文房具観を伝えるためにもセレクトしたものです。

 文房具はとても身近な道具ですが、この小さなモノのなかには、考え抜かれた技術や開発者の工夫が込められているんです。現在これだけ豊かな文房具文化があるのは、先人たちの工夫と改善の歴史の賜物だと思っています。だからこそ、たまたま今年流行っているものではなく、「はさみと言えばコレ」といった超ロングセラーの定番アイテム、今は販売終了していてもそのジャンルを切り開いたパイオニア的なアイテムなど、“殿堂入り”級の文房具たちを集めました。

日本の豊かな文房具カルチャーを支える“殿堂入り”アイテムをずらり紹介

--どんな人に読んでもらいたいと思っていますか?こんな時に読んでほしいという想いはありますか?

 たとえば「ポケット植物図鑑」みたいに、「これ何だろう」と興味を持った時に気軽に調べられる入門書として使っていただければと思っています。マニアの方にとっては、おそらく既知の情報ばかりだと思うので、そういう方よりはむしろ、文房具を何となく使っている方や、文房具を使う頻度の高い仕事をされている方に手にとって欲しいです。歴史や開発の背景にも触れているので、普段使っている文房具が違って見えて、愛着が湧くかもしれません。

 小学校高学年以上のお子さんにも読める本だと思います。「今まで何気なく使っていたけれど、こんな誕生秘話があったのか」という発見から、ものの仕組みやものづくり、デザインにも関心を持ってくれれば嬉しいですね。

文房具屋さんの店先でわかる、作り手・売り手の想い



--ヨシムラさんは、文房具の情報をどこから得ているのですか?

 「文具のとびら」というwebサイトに、文房具メーカーのプレスリリースが多く掲載されているので、最新情報はそこから得ていますね。あとは、SNSで文房具好き・文房具愛好家の方のアカウントをフォローしています。

 文房具屋さんに行くのも好きで、特に地方の大きな文房具屋めぐりは面白いですね。文房具って、CMや広告などで大きくPRされることがないので、その存在を知るには店頭に出向くしかないんです。

 それぞれの店頭のPOPや商品の並べ方を比べてみると、メーカー側の開発意図や伝えたい想い、お店の人がどう売りたいかという販売戦略がにじみ出ていて、面白いんですよ。

 パッケージもじっくり見ます。文房具の特徴や使い方だけでなく「そうだったのか!」と驚くような情報が書かれたりしているんです。

怒涛のアウトプット作業を支える、選ばれし文房具たち



--『文房具の解剖図鑑』を作るにあたって、200点以上ものイラストを描かれたそうですが、どのような道具を使ったのでしょうか。

 最終的には、iPadとApple Pencilで描いてデジタルデータとして仕上げましたが、ラフの段階は、紙とシャーペンというアナログの道具を使いました。

 まず、青芯「消せるカラー芯・ナノダイヤカラー 0.5 ミントブルー」(三菱鉛筆)でアタリを描きます。青芯で描くのは、スキャンするときに写らないからです。ラフを描くためのシャーペンは、ノックなしで芯が出続ける「オートシャープスリム 0.5mm」(OHTO)をメインに使っています。ラフを描くのは、頭の中のアイデアを紙に吐き出す作業で、スピードが大事です。芯をノックする作業が入ることでその流れがストップしてしまうのが嫌なんです。

 構図がだいたい決まったら、黒芯のシャーペンで下書きの仕上げ描きをします。この作業のシャーペンは「ドクターグリップ0.9mm」(パイロット)を使用しています。太めの芯を使うのは、なるべくシンプルな線で描きたいから。細い芯だとどこまでも細かく書けてしまいますが、太い芯だと細かいところは省略せざるを得ないため、シンプルな線描ができるんです。

 消しゴムは「MONO消しゴムブラック」(トンボ鉛筆)。黒だと消しゴムの汚れが目立たないところがいいですね。また、消しかすが黒いので、白い紙の上で目立ち、払い忘れが防げるのも利点です。

 紙は、マルマンのルーズリーフの方眼罫を使っています。マルマンのものは、方眼罫が薄く、絵を描くときにじゃまにならないからです。

 定規は「マルチ定規」(ミドリ)。半分に折って、コンパクトに収納できるので、気がついたらこればかり使っていました。透明で下の絵が見えるところも使いやすいんです。

 私の文房具選びは、基本的に「これじゃなきゃダメ」というこだわりはなく、つねに暫定最適解です。新しいもの好きなので、もっといいものが出ると乗り換えると思いますね。

『文房具の解剖図鑑』執筆時に使用した文房具たち


アナログもデジタルも同じ「道具」 暫定最適解を求めて



--本の中で、いろいろなメーカーの文房具が紹介されていますが、コクヨの製品のベスト3を選ぶとしたら何でしょうか。

 1つめは「測量野帳」です。どこが気に入っているかは、過去にinspiで紹介したものをご覧いただきたいのですが、私はさらにペンを差せればいいなと思って鳩目パンチでゴムをつけました。ページが開かないために縦にゴムをつけたノートはありますが、あれだとペンを挟む場所がないんです。ななめにゴムをかけることで、ペンを差せるんですよね。

 2つめは、テープのりの「ドットライナー」スティックタイプです。今回持ってきたものは限定版なのでもう販売終了しているのですが、フタを完全に閉めることができるので筆箱の中に入れておいても糊部分にほこりがつかないところが気に入っています。また、貼ってすぐは弱粘着なので貼り直しができ、しばらくするとしっかり貼れるところも使いやすいです。

 3つめは、テープカッター「カルカット」。マスキングテープがきれいに切れるテープカッターです。私はこれをリビングに常備していて、食べかけのお菓子の袋をテープで留めるのに重宝しています。気に入った配色のケースがなかったので、白いケースと透明ケースのカルカットを買って分解し、半分は白、半分は透明のケースを自作しました。

カスタマイズして使い込まれた、ヨシムラマリさんのおすすめコクヨ文房具3点


--すごい!徹底していますね。ところで、最近iPadをはじめ、文房具のデジタル化が進んでいますね。アナログの文房具が消えていくのではという心配はありませんか?

 私にとって文房具はあくまでも道具なので、アナログであろうと、デジタルであろうと、使い勝手がよければ問題はありません。たとえば、今回本のイラストを描くにあたって、ラフにはアナログ(紙とペン)、仕上げ描きにはデジタル(iPad)を使いました。絵を描く工程のなかで、私にとっては同じ位置付けなんです。今のところ、ラフを描くための道具としては紙とペンに勝るものはないですが、いずれより良いものが開発されれば、デジタルにとってかわる可能性もあります。快適に作品を描くことが最大の目的なので、アナログ・デジタルそれぞれの良さをきちんとわかって、適材適所に組み合わせれば良いと思います。

--ヨシムラさんにとって、文房具の魅力とは何でしょうか。

 程よくローテクなところでしょうね。たとえば、iPadはどんな仕組みで動くのか、素人にはわかりませんが、文房具はなんとなく仕組みが理解できますよね。仕組みがわかるので、自分で分解して使いやすいようにカスタマイズできるんです。文房具には、そういった「余地」があります。与えられた既製品をそのまま使うのもいいけれど、自分がこうしたいなと工夫して自分だけの文房具に作り変えられる自由さが魅力だと思います。

--ヨシムラさん、本日はありがとうございました。

 「自分で作り変えられる余地が文房具の魅力」と語るヨシムラさん。ほとんどの人が市販のものを疑問もなく使っている、というのは確かにそのとおり。でも、そういえば筆者も、子どもの頃、短くなった色鉛筆2本をテープで貼り合わせて2色鉛筆にしたり、消しゴムやノートの表紙にお気に入りのシールを貼ったりしていたのを思い出しました。ヨシムラさんの「文房具はカスタマイズしてもいい」という柔軟な発想に後押しされて、これからはもっと自由に自分だけの文房具を作ってみたくなりました。

【出版記念】ヨシムラマリさんに聞く「程よくローテク」な文房具の魅力

《石井栄子》

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