なぜ注目されるのか?千代田・札幌新陽の学校改革とICT活用

 リセマムは2019年3月26日、私立中高の経営層と関係者を対象にセミナー「なぜ注目されるのか?千代田・札幌新陽の学校改革とICT活用」を、すららネットと共催した。

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なぜ注目されるのか?千代田・札幌新陽の学校改革とICT活用
  • なぜ注目されるのか?千代田・札幌新陽の学校改革とICT活用
  • 武蔵野大学附属千代田高等学院の荒木貴之校長
  • 札幌新陽高等学校の荒井優校長
  • すららネットの湯野川孝彦社長
  • パネルディスカッション
  • パネルディスカッション
  • パネルディスカッションには会場の先生方もスタンプやコメントで参加
 リセマムは2019年3月26日、私立中高の経営層と関係者を対象にセミナー「なぜ注目されるのか?千代田・札幌新陽の学校改革とICT活用」を、すららネットと共催した。

 少子化が進み、受験生獲得に苦戦する学校が増える一方で、学校改革や特色ある取組みにより注目を集めている学校もある。

 セミナーでは今注目の、武蔵野大学附属千代田高等学院の荒木貴之校長と、札幌新陽高等学校の荒井優校長の両氏を迎え、学校改革からICT活用を含めた最新の取組みまで、また、すららネットの湯野川孝彦社長からは「最新のEdTechで実現する教育イノベーション」についてお話し頂いた。

 さらに、荒木貴之校長、荒井優校長、湯野川孝彦社長による、会場からの質疑応答も交えたパネルディスカッションも行った。

中学の募集停止、高校の共学化とIBの取得
武蔵野大学附属千代田高等学院の改革とは



 武蔵野大学附属千代田高等学院の荒木校長が約3年前に副校長として赴任した際、同校の前身である千代田女学園は毎年約2億円もの赤字を出し、生徒募集も10年連続で減少し続けていたという。荒木校長は「学校は3年で変わる」との信念で、約130年にわたる女子教育に幕を下ろし、中学校の募集を停止して共学化、国際バカロレア(IB)の認定取得、国連グローバルコンパクトへの加入など、次々と改革を推進してきた。

 今ではIBコースのほか、IQ(文理探究)、GA(グローバル・アスリート)、LA(リベラル・アーツ)、MS(メディカル・サイエンス)、2019年4月の入学者を対象とする医学部進学のためのMI(メディカル・インテリジェンス)コースも増設し、多様な生徒のニーズに応えている。

 同校の休み時間には英語が飛び交う。こうした国籍や背景、目指すものが異なる生徒に最適な学習法こそがアダプティブラーニングだと荒木校長はいう。アダプティブラーニングとは、個々の生徒に合わせて学習内容を提供する仕組みのことをさす。

 「たとえば教員よりはるかに高い英語力をもつ生徒にとって、教科書を使った一斉授業ではなく、英語以外の新しい言語に挑戦できるようなカリキュラムを用意したい。ICTを使えばこうしたアダプティブでダイナミックなカリキュラム編成が実現でき、生徒たちはもっと自分の可能性を広げていける」と荒木校長は意気込む。

 「我々大人が懐かしさすら覚えるような古いスタイルの一斉授業が、今なお多くの学校で続けられている。先生方には『学校だけが社会から遅れていていいのか』と問い続けている。広尾学園の金子副校長は『学校は社会よりも進んでいていい』とまでおっしゃっている。先生ひとりの力、学校のリソースだけでは生徒はいつまでたっても教師を超えられない。自らの世界を広げるため、学校以外のことにも積極的に携わってもらい、外部と学校のリソースをつないでいくのがアダプティブラーニングにおける教員の役割だ。さまざまな立場の人を学校に呼び込み、化学反応を起こしたい」「失敗しない人生はチャレンジしない人生ということ。学校は思い切り失敗できる安全なところ、居心地の良い場所として、生徒たちのチャレンジをどんどん応援していきたい」と荒木校長は語った。

武蔵野大学附属千代田高等学院の荒木貴之校長
武蔵野大学附属千代田高等学院の荒木貴之校長

他校の真似では変われない、日本一に本気に挑戦しようという強い”覚悟”
札幌新陽高等学校の改革とは



 札幌新陽高等学校の荒井校長は、リクルート、ソフトバンクを経て、3年前に祖父が創立した札幌新陽の校長に就任した。同校は、荒井校長が就任する直前のオープンスクールにやってきたのは中学生と保護者合わせて約70人。定員に対して6割ほどしか入学してこない危機的な状況だった。

 予算がなく、SNSで学校について自ら発信し続けながら、生徒たち自身にもPRを担わせ、今では定員充足率が100%を超えている。

 「すらら導入によるアダプティブラーニングとPBL(プロジェクトベースドラーニング)により、生徒たちの成績はアップし、さらにメタ認知やコミュニケーション能力もアップした。これまでは就職もしくは専門学校だった生徒たちの進路が、自分たちでも大学を目指していいんだと自信がもてるようになり、進学実績も大きく改善してきている。

 だがこれはどこかの学校が導入してうまくいったからうちでもやろうと決めた結果ではない。ICTは手段であって目的ではない。本当に自分たちにふさわしいかどうかは自分たちにしかわからない。周りの情報に振り回されず、自分の頭で、悩み抜いて考えたほうがいい」とアドバイスした。

 また、故・堺屋太一氏の「明治維新は強い日本を目指し、戦後は豊かな日本を目指し、今は安全な日本になった。次は楽しい日本を目指すべき」という言葉を引用し、「この『日本』は『学校』にも置き換えられるはず。新陽が日本の高校を楽しい学校に変える。日本一に本気に挑戦しようと思う強い”覚悟”が大事」と荒井校長は述べた。

札幌新陽高等学校の荒井優校長
札幌新陽高等学校の荒井優校長

最新のEdTechで個別最適化されたアダプティブな学びを実現
すららネットの取組み



 すららネットの湯野川社長は、教育業界は変革期にあるとした上で、「最新のEdTechで教育にもイノベーションを実現できるようになった。さらにそこから取れるビッグデータを分析すれば、これまでの教育のあり方を変えることができる」と強調した。

 すららネットが提供する「すらら」は、個別最適化されたアダプティブな対話式ICT教材で、国内では150の学校、750の塾で6万名が学習している。従来型のeラーニングは元々学習習慣があり、一定の学力が前提となっていたが、「すらら」は学習習慣がなく、学力が低い子でもゼロから理解できるようにつくられている。ICTを活かし、発達障がいや学習障がい、不登校、経済的困窮世帯などにも行き届くよう、ソーシャルインクルージョン(どんな人も社会の一員として共に助け合う)の実現を目指している。

 「社会に居場所が見つけにくい人たちにも高品質な学びの機会を与えるには、ボランティアに頼るだけでは広く行き渡らない。だが『すらら』なら、ICTを使ってそれが幅広く実現できる」(湯野川社長)

 中でもこの日、大きな注目を集めたのは「すらら入試」ではないだろうか。これまでの入試では、不登校で学校に通えない、あるいは試験での勝負強さや要領は良くないものの、コツコツと努力のできるタイプの生徒を十分に拾いきれていなかった。湯野川社長は、そうしたのびしろのある生徒にもチャンスを広げようと、学校説明会で「すらら」のIDを無料で配布。学校がその学習記録のログを見て合格を判定するという「すらら入試」を新しく考案した。学力という認知能力だけではなく、グリット(やり抜く力)やレジリエンス(折れない心)などの非認知能力が測れるということで、生徒の多様性を目指す学校で導入が始まっている。

 湯野川社長は、「教育業界は“Teach less, learn more.”(「知識の伝達者ではなく、学習活動の設計者かつモチベーターであれ」)の方向へと舵を切っている。社会でも前例のない課題を発見し、解決策を探し、つくり、実現していける人材育成が必要とされている」と語り、今後は受け身の一斉学習から、生徒ひとりひとりの興味や能力に応じて個別最適化されたアダプティブな学びのスタイルへの変革が求められ、ICTの果たす役割は一層大きくなると語った。

すららネットの湯野川孝彦社長
すららネットの湯野川孝彦社長

大学入試対策やICTにより変わる教育の未来



 続いて行われたパネルディスカッションでは、大学入試対策やICTにより変わる教育の未来について、熱い議論が交わされた。

パネルディスカッション
パネルディスカッション

大学合格実績と先進的な学び



 とりわけ現場の教員の切実な声として、参加者の中からは「大学入試での実績を問われることと先端的な学びとの両立を経営側としてどう考えているか」という問いが投げかけられた。

 荒木校長は、探究学習の成果を測るにはまだ少し時間がかかるとした上で、「生徒がこの大学に入りたいという以上は、学校側として最大限のサポートはやっていかなければならない。ただし僕がこだわるのは、実績よりも生徒が学びたいと思う気持ちに火をつけること。そのために本校は、生徒の知的好奇心を刺激できる、レベルの高い授業ができる先生しか採用しない。大学がゴールではない。『学び直しはいつでもできる』といつも生徒にも保護者にも伝えている。僕自身も博士学位論文の指導を受けるために、仙台にある東北大学へ行く。教員自らが学び続ける姿勢を見せることが大切だ」と力を込めた。

 荒井校長は「大学合格実績に関しては保護者からのニーズがある限り意識せざるをえない」としながらも、大手企業の採用に従事した経験から、「学校が東大に入れることにしゃかりきになっても、社会には東大を出ていても仕事ができない人はたくさんいる。そもそも皆が皆、大学に行く必要があるのかを考えなければならない。たとえば本校の探究コースの生徒は企業と接点をもって授業をしているので、企業側から大学に行かずに直接インターンに来ないかと誘われることだって起こりうる。荒木校長からも学び直しの話があったが、僕も今後は人の学び方そのものがアダプティブな形になり、大学の存在そのものが問い直されるのではないかと考えている」と語った。

 さらに、「本校でインターンをしてくれた(小学4年レベルの学力だった金髪ギャルが慶應義塾大学への現役合格を果たした)ビリギャルのさやかちゃんのような子も、アダプティブな学びの仕組みがあれば彼女がビリギャルとして有名になることはなかったかもしれない」といい、「アダプティブラーニングは、高校生でも小4程度の学力しかない子どもたちを救い、そういう子が、もう『だからお前はダメなんだ』といわれることがなくなるはず」と期待を寄せた。

 湯野川社長は教育サービスとして、来年度からの新学習指導要領と大学入試改革を見据え教材の制作や改良など準備を万全に整えているとした上で、「塾や学校は新たな対策をパターン化させて新入試を攻略するようになる可能性もあり、そうすると大学側が欲しい能力とは違った方向で問題を深化させかねない」といい、「民間企業としてはそのイタチごっこにある程度は付き合わざるを得ないだろう」と述べた。

 ただしその一方で「そもそも入試というのは現行の形式のままでよいのかという点は常に問い続けていく」といい、「現場の先生方と一緒に、すららを通じてどういう子どもたちが将来どんな仕事についてどのような活躍をしているかのビッグデータを集めることにより、大学入試についても、今とは違う尺度を導入することを狙っていきたい」との展望を語った。

50年後、未来の学校



 また、50年後の未来に、学校は社会からどのように求められているかという問いに対して荒木校長は、「通信速度がもっと速くなり、ネットワークと現実との境界がわからないくらいの臨場感が実現する。ますます進化したICTによってアダプティブも進み、世界中どこでもいつでも繋がれれば、物理的な学校という存在はもしかしたらなくなってしまうかもしれない。でもそれも確かなことではない。50年前に今の未来が想像できただろうか。アラン・ケイ博士がいわれたように、未来は予想できないからこそ、自分たちでつくっていくしかないんだと思う」と述べた。 

 また、荒井校長は、「人がSNSなどで広くつながるようになり、これだけ人が流動的になって、最近ではメールではなくメッセンジャーのようなものでやり取りすることが増えてきたし、僕個人は名刺交換すらやめてしまった。『新陽高校だけには行くんじゃない』という評判も、たった1、2年で変わった。荒木先生は『学校は3年で変わる』とおっしゃったが、そうやって強い意志をもってやっていけば、学校も社会ももっと良くなるはず。皆が強い意志をもってひとつひとつ変えていくことが積み重なって、50年後に繋がるのではないか」といい、「せめてそれは、今よりも良い時代であってほしい」との思いを込めた。

 最後に湯野川社長が、「すららが世界中に十分に行き渡ると、貧困層の子どもたちが賢くなる。世界中の子どもたちが賢くなると、独裁者や封建的な国家が成り立たなくなる。幼いときから世界と繋がり、多様性を学んで成長すれば、どの国も独裁主義には陥らず、世界は平和になるはず、というのが我々のビジョンだ」と述べると、それを受けて荒井校長も、「学校は近代国家の成立とともにできている。学校は、国民国家としての国民を養成することを使命とされてきた。そこで戦争に突入するという間違った歴史的な選択をしてしまったこともあったからこそ、学校という場では、上位者が間違っているときに間違っているといえる人をどう育てていくかがとても大事。ICTを使った新しい学びの方法など、自分で悩み抜いてこれだと覚悟を決めたら、教員自らが上位者を説得し、反対されても簡単に諦めない姿を生徒たちに見せていかなければならない」と会場を鼓舞し、盛況のうちにセミナーは幕を下ろした。

パネルディスカッションには会場の先生方もスタンプやコメントで参加
会場の先生方もスタンプやコメントで参加

 “ICT”“アダプティブ”と教育の未来を語るとき、学校経営の現実として切り離せないのはお金の問題だ。しかし、湯野川社長は「教育は投資である」といった。と同時に荒井校長も荒木校長も、「校長や理事長という学校経営のトップだけでなく、現場にいる先生ひとりひとりがコスト意識を高めるべき」と強調した。「先生のサービス残業に頼っては絶対にダメ。だからこそ私立にも公立にも、新しいことを始めるには予算を外から取ってくるといった柔軟な発想が必要だ」と。

 確かに変革にはこうした多くのハードルが立ちはだかる。現場は苦労の連続だ。だがそうやって先生方がICTなどを使った新しい教育の可能性を信じ、何とかして上司を説得しようと頑張ったり、予算の工夫を考えたりする姿を見せることで、子どもたちは真の「生きる力」を学ぶ。子どもは大人を真似る。子どもたちのほうが大人より物事の本質をわかっていることもある。我々大人は信念を貫き、頑張る背中を見せながら、時には大人以上に大人かもしれない子どもたちと手を携え、新しい時代をつくっていこうという強いメッセージを感じた1日だった。
《加藤紀子》

加藤紀子

京都市出まれ。東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、海外大学進学、経済産業省『未来の教室』など、教育分野を中心に様々なメディアで取材・執筆。初の自著『子育てベスト100』(ダイヤモンド社)は17万部のベストセラーに。現在はリセマムで編集長を務める。

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