2つの小説から考える、中学受験における「成功」とは「失敗」とは

  教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏のノンフィクション『勇者たちの中学受験(大和書房)』、尾崎英子氏の小説『きみの鐘が鳴る(ポプラ社)』。2つの小説を通して浮かび上がる、中学受験における「成功/失敗」とは。

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2つの小説から考える、中学受験における「成功」とは「失敗」とは
  • 2つの小説から考える、中学受験における「成功」とは「失敗」とは
  • 「私たちの小説はある種のワクチンのようなもの」と話すおおたとしまさ氏

 教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏のノンフィクション『勇者たちの中学受験(大和書房)』、尾崎英子氏の小説『きみの鐘が鳴る(ポプラ社)』がともに2022年11月初旬に刊行された。

 中学受験をテーマにした2冊の刊行を記念したトークイベントが東京都世田谷区にある本屋B&Bで11月15日に開催された。中学受験に臨む子供や親を間近で見てきた経験から、あまりに過酷になってしまった状況に何を思うのかを、著者のおおた氏と尾崎氏が語り合った。中学受験における「最強の親」とは、どのような親なのだろうか。

小説は免疫をつくる「ワクチン」

 2021年にドラマ化され話題を呼んだ漫画『二月の勝者―絶対合格の教室―』(小学館/高瀬志帆)や『翼の翼』(光文社/朝比奈あすか)は、いずれも中学受験をテーマにした作品として注目を浴び続けている。

 そして今回奇しくも同じタイミングで刊行された中学受験小説も、イベント開催前日に2タイトルとも重版が決まったということからもわかる通り、世間から驚異的な熱が注がれている。

おおた氏:今回ほぼ同時に出た『きみの鐘が鳴る』と『勇者たちの中学受験』を読むことで、中学受験に対する理解が深まると思います。受験指南書のような書籍は数多く刊行されているけれど、それはほぼ「中学受験」という世界の中で、どのように成績を上げ、パフォーマンスをよくするのかということに終始しています。

 一方で作家が執筆する小説の中では、中学受験は主人公の人生の中における、1つのイベントとして描かれます。それは、小説を書く作家さんたちが普段から人生や人にフォーカスして作品を紡いでいるから。私自身も、教育についてのさまざまなテーマの中の1つとして中学受験をとらえています。今回の2つの小説は、人生全体、あるいは子供の教育全体から見る中学受験という視点だからこそ、中学受験指南書とは違った視点で中学受験を俯瞰することができるのではないかと思っています。

尾崎氏:私とおおたさんの本には共通しているメッセージがあります。それは「中学受験に失敗はない」ということです。

 親子でどんなに頑張っても報われないことがあるという苦しみも、真剣に向き合うほど、希望通りの結果が得られないと「この受験は失敗だった」と言いたくなってしまう気持ちも、私自身が受験生の母を経験したからこそ、共感できます。でもそのうえで、おおたさんがおっしゃる通り「人生全体で考えると、失敗なんてない」と思えたのです。私自身の実体験から自戒も込めて、このメッセージを『きみの鐘が鳴る』に託しました。

 これを聞いて「そんなことはきれいごとだ」と思う方もいるかもしれません。でもどこか頭の片隅に「受験に失敗なんてない」というメッセージをとどめておいてもらうことで、良好な親子関係を維持できるかもしれません。たとえば第一志望に落ちてしまったとき、感情に任せてつい「失敗だった」と発言してしまいそうになります。それが原因で親子の間に深い溝を作ってしまうケースも珍しくありません。しかし、親子関係はその後も続きます。親子関係を壊すリスクを少なくするために、私たちの小説が役立てば良いなと思います。

おおた氏:受験本番前、3か月を切った時期に発売されたこともあり、今回の『勇者たちの中学受験』を読むのが怖いというメッセージも何人かからもらいました。

 でもそんな人にこそ、ぜひ読んでほしいと思っています。私のノンフィクション小説も含め、今回の2つの本はある意味ワクチンになると思うのです。人間は、わからないことに対して怖さを感じます。受験本番までの残り数か月間で何が起きるのか。どんな気持ちの変化があるのか、そんなことを予習することができるんですよね。これを読んだからといって、受験の苦しみがなくなるわけはありませんが、症状の緩和にはつながるかなと思います。中学受験小説には、そんなワクチンのような力があると思っています。

中学受験における「最強の親」とは

 中学受験は「親子の受験」とも言われ、親が関与する度合いが高い。だからこそ、親は「私が頑張ってあげなければ」と力んでしまうこともあるだろう。しかし、中学受験はあくまでも子供が中心であり、子供の人生を考えて進める必要があると、おおた氏、尾崎氏は口をそろえる。2人が考える、中学受験における「最強の親」はどのような親だろうか。

おおた氏:わんこそばのように、親が子供に次から次へと課題を与え続けることで、子供の成績や偏差値は一時的にでも上がることがあります。第一志望に受かるなら、子供に多少の無理をさせてでも、受験が終わるまで逃げ切れば良いんじゃないかと考える方もいるかもしれません。

 でも、そのような受験は子供の意思が不在になってしまいますよね。その状態で受験を終えると、たとえば第一志望の学校に受かっても、そのあとの学校生活でつまずく可能性があります。深海魚(※進学校で勉強についていけず、成績が低迷してしまうこと)になったり、不登校になったり…。問題の発現の時期や方法はさまざまですが、これらはすべて、子供が無意識に出すSOSでしょう。これらは「成績が悪くても、学校に行かなくても、こんな私でも愛してくれますか」という親への試し行動だと思います。力ずくで子供の成績を上げ、第一志望校に受からせることが、親のすべきことでないのは明らかです。

尾崎氏:そうですね。子供の成果を横取りしてはいけないと私も思います。まれに「親の努力のおかげで合格できた」みたいなことを言う方もいらっしゃいます。親も頑張ったかもしれないですが、やはりいちばん頑張ったのは子供ですよね。試験を受けたのは親ではありませんから。

 『きみの鐘が鳴る』には、複数人の主人公が登場しますが、その中の1人を、つらいと感じると自分がアバターになっていると思い込み、現実からの距離を取ることで心の均衡を保っている子という設定にしました。でもその子は最後に「自分が自分の人生の主人公なんだ」と気付くんです。この感覚がとても大事だと思います。

 受験が終わったときに、子供自身が「自分の人生を自分の力で切り拓いたんだ」と思えるようにサポートできる親こそ「最強の親」だと思いますね。

おおた氏:親の役割は、おしりをたたいてテストの点数や偏差値を上げることではなく、中学受験という経験の中で、子供の人生に一生残るような教訓に気付かせてあげることでしょうね。それに気付かせてあげられる親こそ、中学受験における「最強」の親だと思います。

 点数や、偏差値を上げることは、塾の先生や家庭教師等、他にプロがいるので、親はやらなくても良いことです。一方、経験したことの中から、一生の財産となる普遍的な気付きや意味付けをしてあげられるのは親だけではないでしょうか。

 「第一志望に受かった」とか「偏差値が60になった」等の目で見えるような結果ではなく、「目標を立てて、そのために努力できるようになった」というような目に見えない過程にこそ、意味があります。目に見えない部分の意味づけをしてあげることで、それが自信となり、その子の人生の他のシーンでも教訓として生きるでしょう。過酷と言われる中学受験に挑戦するのであれば、そんな「一生の財産」を子供に身に付けてほしいですよね。

尾崎氏:それこそが受験を伴走していることになるんでしょうね。「親」という漢字が表すように「木の上に立って、子供を見る」というくらいの距離感が大事かなと感じています。とくに中学受験をする年齢の子供は、少し手を放して、人生の先輩くらいの気持ちで見守ることが、結果的に子供を守ることにつながるのかなと。

おおた氏:結局のところ、子供の中学受験を通して、親自身の中に眠っているコンプレックスや虚栄心のような感情が暴れそうになるのを、どこまで我慢できるかということでしょう。親が自分の中にある「魔物」のような感情を自覚し、手なずけることが重要だと思います。

尾崎氏:子供の受験なのに親のスキルが試されているような気になってしまう、受験の結果は親の評価に直結するように感じてしまう…。受験のような、数字で測って比較されてしまうような世界観の中にいると、自分の幸せを人と比べてしまうようになるんですよね。自分が幸せと思うかどうかは自分の感情であって、本来は絶対的なものであるはずなのに。誰かと比べて、相対的に比較したうえでの幸せになってしまうことが、親の中にあるコンプレックスや虚栄心、おおたさんの言うところの「魔物」を呼び覚ましてしまう気がしますね。

おおた氏:なるほど。幸せの指標だけでなく、子供の成長についても相対的ではなく絶対的に「これができるようになった」「こんなに成長した」と言ってあげられるようになったら、それは中学受験のいちばんの成果かもしれないですね。

 私も尾崎さんも「中学受験に失敗はない」と冒頭に言いましたが、もしも「失敗」が存在するとしたら、それはどんな状態でしょう。

尾崎氏:やはり、それは親の言葉1つ、行動1つにかかっている気がしますね。私も、中学受験の真っ最中の2月1日・2日に、子供が私の顔色を窺っていることに気付き、これはまずいと思ったんです。慌てて「中学受験に失敗はないんだ」という思考に切り替えた覚えがあります。親の言葉や態度、行動次第で子供が今までやってきたことを全部台無しにしてしまうという恐怖を感じました。

おおた氏:これが高校受験だと、すでに子供にも自我が芽生えていることもあり、親の影響力は狭まりますが、中学受験の学齢の子供には、親の言動が大きく影響しますね。

 子供自身が「親は自分を信頼してくれている」と日々の生活の中で感じられる状態で、受験本番を迎えてほしいと心から思います。そうすることで、受験という経験を、親子ともに「成功」にできるのではないでしょうか。

中学受験で成功を掴むために

 2023年度の中学受験まで残りわずかとなった。子供の努力する姿を見るにつけ、努力が報われてほしいと心をヒリヒリさせて心配している親は多いだろう。そんなときこそ、今回刊行されたおおた氏のノンフィクション小説『勇者たちの中学受験』と尾崎英子氏の小説『きみの鐘が鳴る』を手に取ってみてほしい。おおた氏が言うとおり、きっと「ワクチン」として機能してくれることだろう。さらに言えば、読了後にわが子と向き合い、まだ結果が出ていない時期から、中学受験に挑む過程での子供の成長を感じることができたなら、それはすでに「中学受験の成功者」なのではないだろうか。



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(価格・在庫状況は記事公開時点のものです)
《田中真穂》

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