2018年7月上旬、帰国中の猪塚武氏を、リセマムを運営するイードの代表取締役社長 宮川洋が訪問。なぜカンボジアなのか、どのような大学なのか、さらに将来の展望まで熱い想いを聞いた。
経済的自由度を得るためのITと英語
宮川:なぜカンボジアに設立したのですか。
猪塚氏:カンボジアに行ったのは、当初、起業するためでした。一方で、日本の教育はこのままではいけないという想いももっていました。そして、いざカンボジアで採用活動を始めると、雇いたいと思える人がなかなか見つからない。だったら、日本とカンボジア、両方の人材を育てようと思ったわけです。しかもカンボジアは、まず宗教が仏教で日本と同じですし、食事の問題もない、しかも親日派で、また外資制限もありません。
宮川:多角的に考えられたうえで、カンボジアだったのですね。そのカンボジアで、どのような人材を育てようとされているのでしょうか。
猪塚氏:経済的自由度がなければ良いこともできないし、何も始まりませんが、現在はこれまで貧困に悩んできた新興国のチャンスのときです。それをドライブしているのは第4次産業革命で、その向こうにあるのがITです。このITをハンドリングできれば、一気に貧困からの脱出、新興国からの脱出ができます。
たとえば、アメリカのIT企業の初任給は1,500万円くらいですが、カンボジア人が入社できないかというと、能力があればできるわけです。「こういうプロダクトを作りました」と見せたものがイケてるソースコードであれば、即採用されます。“履歴書はソースコード”とも言えますね。さらに、オープンイノベーションでプロジェクトは進むので、英語ができないとコラボレーションできませんから、英語でコミュニケーションできるレベルになっていないといけません。
宮川:人材育成のためのインターンシップにも積極的に取り組まれていますね。より実践的な学習の場になりそうです。
猪塚氏:経済的自由度を得るために、ピンポイントでITと英語をキリロムの山の上で合宿しながら学ぶわけですが、インターンシップでは延べ5,000時間働きます。まさに虎の穴(*)です(笑)。
*虎の穴は、テレビアニメ「タイガーマスク」で、主人公の覆面プロレスラーを育てたレスラー養成所。本部はアルプスの山奥にあり、厳しい修行が課せられる。
卒業できるのは稼げるエンジニアだけ
宮川:そこで望まれる人材を育てているわけですね。
猪塚氏:インターン中の報酬はありませんが、経済価値に換算した数値を評価とし、卒業基準に取り入れています。稼げるエンジニアだけが卒業できるしくみです。採用する側としたら、技術はわかるけれどビジネスは知らないという人では困りますよね。稼げるということは、フルスタックエンジニアになることはもちろん、マーケティング、ビジネス、アカウンティング、全部わかる人になっているということですから。
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キリロム工科大学 猪塚武学長
宮川:インターンの受入れ先としては、どのような企業があるのでしょうか。
猪塚氏:デフォルトとしては我々の会社(*)があります。街を作っているので、Wi-Fiの整備など、いくらでも仕事があります。
*猪塚氏は、カンボジアのキリロム国立公園内にある自然統合型の高原リゾートを創るvKirirom(vキリロム)プロジェクトを推進し、開発を行っている。これは、カンボジア開発評議会(CDC)に認可された大型プロジェクトである。
0円で学べ就職できる奨学金制度
宮川:2018年4月から日本人学生の受入れを始めたとのことですが、全学生のなかでの割合はどのくらいでしょうか。
猪塚氏:全学生134名中、日本人は16名です。来年は200名を迎える予定ですが、そのうち日本人は100名の予定です。
宮川:日本人学生が一気に増えますね。
猪塚氏:英語とITができないとこれから困りますから、人気があるようです。しかも、自宅から国立大学に通うくらいの金額、約500万円(*)で4年間留学できますし、全額戻ってくる奨学金制度もあります。
*キリロム工科大学での4年間の諸費用は、学費、食費、寮費、シャトルバス利用費、光熱費、通信費、IT機器利用費など消費税を合わせて約518万円である。
猪塚氏:カンボジア人はスポンサー企業勤務奨学金(*)に入ることを前提にしているので、費用は0円。日本人の場合は、最初は自費で払ってもらい、スポンサー企業に就職すると全額戻ってくる、というしくみです。奨学金制度は国に応じて設計しています。大事なことは、優秀な人が学校に参加するかどうかと、まじめに勉強する環境があるかどうかだと思いますから、入試で基準を超えた人は全員受け入れたいと考えています。
*奨学金には、大学での成績によって給付される“成績連動型奨学金”(約187~374万円)と、スポンサー企業に就職して4年間勤務した場合に支給される“スポンサー企業勤務奨学金”(約176万円)がある。
歴史ある緑息づく街で学ぶ
宮川:キリロム工科大学はキリロム国立公園内にあるということですが、いわゆるリゾート地のなかに学校があるわけですね。
猪塚氏:年間の最低気温が15度で最高気温は35度。だからエアコンがいらないし、しかも森があって、アトピーが治ってしまうくらい空気がきれいです。冬がなくて、台風がこなくて、地震もないので、建物がイージーでオープン。まるで森のなかに屋根があるようなところで勉強ができるわけです。
宮川:プノンペンから遠いのに、よくこうした良い場所に目をつけられましたね。
猪塚氏:実は、この場所が思った以上にすごいところだということがわかったんですよ。1956年にキリロム高原都市の開発が計画されて、日本に依頼がきました。そしてその開発で一時期は繁栄した都市になりましたが、1970年に米軍に空爆されて破壊されてしまった場所だったのです。そこをもう一度、カンボジアと我々で共同開発しようとしているわけです。知ったときには感動しました。現在は責任を感じながら取り組んでいます。
宮川:歴史的に見てもすごいところだったわけですね。
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イード 宮川洋社長
猪塚氏:そうです。だから、誰もいないはずなのにアスファルトの道路が頂上まであり、人造湖もあります。ダムもあって、水力発電所も作られていました。ただ建物は焼夷弾で全部燃えてしまったようです。
宮川:見学することはできますか。
猪塚氏:7月29日から8月19日の間、学生・保護者・教育関係者・ビジネス視察者を対象に2泊3日オープンキャンパスツアーやサマーキャンプを行います。森のリゾートで、いろいろな国の人たちと一緒に英語とITを学んで、仕事体験もしてもらおうというイベントなので、ぜひご参加ください。
20年後にも生き残れる人材を育てる
宮川:仕事体験というと、インターンシップ制度の活用ということですよね。
猪塚氏:我々の大学は、ある意味で就職予備校といってもよいかと思います。履歴書をデザインしているともいえます。しかも、その履歴書にはCOBOLではなく、フィンテック、ブロックチェーン、VRとか、最先端のテクノロジーが並ぶようにするため、インターンシップを取り入れているといえます。
宮川:就職状況はいかがですか。
猪塚氏:スポンサー企業には安定して採用していただいています。将来的には、学校の中に企業のオフィスができているという形にしたいですね。街に住む人が10万人になったときに、企業関係者がある一定数いるだろうと計算しています。そのうち学生数3万人、学校関係は4万人の予定です。企業にとっても、キリロムに行ったら売上が伸びる、というふうにしたいですね。まさにシリコンバレーをカンボジアに作ってしまおうという思いです。でも、我々のシリコンバレーはアメリカのものとはちょっと違うイメージですが。
宮川:違うのはどういった点でしょう。
猪塚氏:現在は、人工知能もコモディティ化していますし、あっという間にコモディティ化してしまう世界で、何が重要なのかにフォーカスしたいと考えています。重要なのはダイバーシティだと思いますね。そしてニーズがあればすぐにやることが大切。日本では思いついてからやるまでに時間がかかりすぎます。“実験環境”と“ダイバーシティ”と“他と違うゴール設定”が我々のポイントです。
宮川:スポンサー企業の反応はいかがですか。
猪塚氏:おおむねいいですね。成長企業に人材を供給するのが我々のミッションですから。学生も、奨学金の約200万円を出せるような有望な企業に就職できるわけです。日本の企業では、現在16社がスポンサーになってくれています。
宮川:卒業生の活躍が次につながっていくことになりますね。
猪塚氏:学生には「全員成功したら学校の評価が高まるからがんばってね」と言っています。それから、「卒業しても授業映像はずっと配信するし、ピンチになったら応援するから言ってね」と話しています。新しい人工知能の機能が出てきたと連絡を受ければ、そのプログラムを配信するなど、ずっと対応していくつもりです。
宮川:先生方は海外の方ですか。
猪塚氏:ITの先生は全員インド人です。
宮川:入試科目はIQ・数学・英語・面接とありますが、英語が堪能でなくても入学できますか。
猪塚氏:英語教育は我々のミッションなので、話せない人でも3か月ほどで話せるようになります。英語が話せずにITエンジニアになると、まわりの新興国の人たちにどんどん抜かれて、彼らの下で働くようになるわけですから。
宮川:最後に、お子さんをもつ方々にメッセージをお願いします。
猪塚氏:20年後、子どもが困らないようにするのであれば、英語とITができる人材に育ててもらいたいです。そういう人材を育てる大学を我々は創りましたというのが、シンプルですが一番言いたいことです。
企業の最終面接から逆算した人材育成
宮川:企業の経営者が、最終面接から逆算して、欲しいと思われる人材を育てているわけですね。
猪塚氏:そうです。アメリカの企業だったらどういう人材が必要だろうということも考えています。
宮川:本日は、興味深いお話をありがとうございました。
猪塚氏の大学作りは、起業家として“現在欲しい人材がいない”という実感から始まっている。キリロム工科大学のカリキュラムや奨学金制度、インターンシップ制度などを詳しく聞けば聞くほど、起業家だからこその発想が息づいていた。まさに新しい発想の大学だ。第4次産業革命で生まれた大学がこれからどのような発展をしていくのか、これからも追っていきたいと思う。