特に子育ての場面で多用されるため、「オノマトペ=幼児語」と考えられている面もある。しかし、オノマトペ研究の第一人者として知られる朝日大学保健医療学部准教授の藤野良孝氏は、「オノマトペは、非常にパワフルな言葉で、ビジネスシーンでも大いに役立ちます。効果的に取り入れることで脳の働きが変わることも、近年の研究で解明されつつあります」と語る。オノマトペがもつ知られざる力や、使うときのポイントについてお聞きした。
日本語におけるオノマトペ表現の豊富さは世界一
「オノマトペ(onomatopée)」は「擬音語・擬態語」を意味するフランス語だが、藤野先生は、「日本語オノマトペ辞典(小学館)では、4500語が集録されています。しかしながら、辞典の中には若者たちが創作したオノマトペや漫画で表現されているオノマトペの一部は含まれていません。潜在的なオノマトペを勘案すると、凄まじい数になると考えられます」という。
ではなぜ、日本語にはオノマトペの表現が膨大に見られるのだろうか。「動詞などの語彙が限られていることに一因がありそうです」と藤野先生は推測する。
「例えば英語では、『見る』という動詞一つ取ってもSEE,LOOK,WATCH,STAREなどいろいろな単語が思い浮かびますよね。一方、日本語では、『見る』という1語だけです。そこで、さまざまなニュアンスを的確に伝えるためのオノマトペ(ふわっ、ぱっ、じーっ、ぱっちり、など)が発達したのではないでしょうか」
父から受けた長嶋監督流の野球指導からオノマトペに興味をもつ
スポーツにおけるオノマトペの研究で知られる藤野先生だが、そもそもオノマトペに興味を抱いたのも、幼少時代のスポーツ経験がきっかけだった。父と公園でキャッチボールをした際に、父がオノマトペを使いながらボールの投げ方やキャッチの仕方を教えてくれたのだという。
「父は長嶋茂雄さん(現・巨人軍終身名誉監督)の大ファンで、僕に教えてくれるときにも、長嶋さん流に擬音語や擬態語をよく使っていました。『シュッと投げて』『バシンと取って』といった感じです。僕にはその指導法が合っていたようで、音のリズムによってどんな動きをしたらいいのか直観的、感覚的にわかったんです。音って面白い、と感じた原体験でした」
オノマトペを使って指導を受けた経験は、藤野先生の心に残り続け、長嶋氏の指導にも興味を持つようになった。
「長嶋さんは、同一の打撃動作においてある選手には『パーンと打つ』と伝え、別の選手には『ガーンと打つ』と言うなど、その人がもつ課題に応じて違うオノマトペを使って指導を行っていたようです。選手たちも、オノマトペの表現に応じた動きを体得することでパフォーマンスを上げていました。また、『ビューーーーーッときたらバシィィィンと打て』といった声に抑揚をつけた指導によって、筋力の持続時間や、バットにボールをミートさせるタイミングなど、さまざまな情報を一語で的確に相手に伝えたそうです。こうしたエピソードを知るにつけ、オノマトペがもつインストラクションのすごさや深層心理を解明したい、という気持ちが強くなっていきました」
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オノマトペによってやる気を司る脳の部位が活性化されることが明らかに
藤野先生が研究活動を始めた頃には、身体に働きかけるオノマトペを学術的に解明しようとする動きはまだみられなかった。藤野先生が学会などで発表を行っても、反響は薄かったという。しかし、近年のさまざまな脳科学研究でオノマトペの効果が明らかになってきたことから、今注目を集め始めている。
例えば脳科学者の篠原菊紀氏による研究では、仕事や勉強を始める前にオノマトペを使って行動をシミュレーションするとやる気が上がると明らかになった。ビジネスシーンなら、「これから私は、ピーンと背筋を伸ばしてサッとデスクに向かい、メラメラした気持ちでバリバリ報告書をまとめて、チャチャッと帰り支度をしてサッとオフィスを出る」といった感じでイメージすればよいという。
「研究結果から脳の線条体(やる気を司る部位)の活動が高まりやすくなることがわかり、オノマトペのやる気アップ効果が示されています。ただ、オノマトペは科学で解明できないところも魅力の一つだと僕は考えていたのですが、そのパワーの一片が科学的に証明され始めて、ちょっと複雑な思いもあります(笑)」
「オノマトペ+α」でさらに効果が高まる
藤野先生は、「オノマトペは動作と一緒に言ったり、イメージを頭の中で思い浮かべたり、心をこめて言ったりすると、より効果が高まる」と主張する。それぞれのメリットについて解説していただこう。
動作
例えば、上司の悪気がないセクハラ発言を注意する際に、「その発言、ブッブーですよ」というオノマトペとともに、胸の前に人差し指で小さなバツをつくって伝えるのがお勧めだという。
「脳科学者の林成之先生によると、脳は新しい情報に瞬時に反応するクセをもっているそうです。ですから、音とジェスチャーに反応してそれまでの行動を止める人が多いのです」
また音と動作を連動させることで、記憶が保持されやすくなることも研究から明らかになっている。
「よく講演会で話すのですが、戸締まりをしながら『カチッ』と言うと、外出後に戸締まりをしたかどうかの記憶があやふやになりにくいことが体験者の声から示唆されています。鍵をかけるという触覚刺激と、オノマトペの聴覚刺激というダブルの刺激によって、記憶が定着しやすくなるようです。ビジネスでも同じ要領で、スケジュールを手帳やスマホで確認するのとあわせて『ピピピッ』などとアラームの音とひもづけして声に出すと、視覚と聴覚の刺激を同時に脳に送ることになり、大切な予定がしっかり脳に残りやすくなると考えられます。このように記憶力を高めるには、脳だけで覚えようとせずに、できるだけ五感(視覚、聴覚、触覚)を含めて、体全体を使っていくことがポイントです」
イメージ
例えばスポーツでは、オノマトペの音と共にうまくいったときのプレーをイメージすることが絶好のシミュレーションになる。
「長嶋さんの指導法は言わずもがなですが、音のイメージが理想的な動きを促進するのではないでしょうか」
気持ち
他者に向けてオノマトペの声かけをするときは、目と目を合わせて、気持ちを込めて言う方が効果的だと藤野先生は強調する。
「例えば『ぐんぐん』『メキメキ』『のびのび』などは自己肯定感育成に役立つオノマトペですが、それだけでは相手の心に届きません。部下をほめるなら、『キミ、メキメキ成長してるね。この調子でどんどん頼むよ』など、オノマトペを効果的に使いながらしっかり相手の顔を見て、笑顔で自分の気持ちを伝えてください。ベタに聞こえるかもしれませんが、これで気を悪くする人はいないはずです」
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オノマトペを考えるプロセスの中で状況を俯瞰できる
また、状況に合うオノマトペを頭の中で考えるだけでも、メンタルを冷静に保つ効果があるという。例えば、頼んだ仕事を後輩がなかなかやってくれないとき。イラっとして『早くして!』とせかしてしまいがちだが、一拍おいて、その状況に合うオノマトペを考えてみるとよいという。
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