「主体的な学び」を求めて…ドキュメンタリー映画『屋根の上に吹く風は』2021年10月公開

 舞台は鳥取県智頭町の森。6歳から22歳の子供たちの主体性を尊重した教育を目指す私設学校「新田サドベリースクール」を1年半にわたり記録したドキュメンタリー映画「屋根の上に吹く風は」が2021年10月2日に公開される。

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ドキュメンタリー映画『屋根の上に吹く風は』2021年10月公開
  • ドキュメンタリー映画『屋根の上に吹く風は』2021年10月公開
  • 取材に応じる西村早栄子さん
  • 取材に応じる長谷洋介さん
  • 取材に応じる浅田さかえ監督
  • ドキュメンタリー映画『屋根の上に吹く風は』2021年10月公開
  • ドキュメンタリー映画『屋根の上に吹く風は』2021年10月公開

 舞台は鳥取県智頭町の森。6歳から22歳の子供たちの主体性を尊重した教育を目指す私設学校「新田サドベリースクール」を1年半にわたり記録したドキュメンタリー映画「屋根の上に吹く風は」が2021年10月2日に公開される。

 先生もテストも授業もなく、学校運営の深い部分にも子供たち自身が携わり、子供たち自身が主体的な活動を展開する「サドベリースクール」。立ち上げに携わった西村早栄子さん、現在スタッフとしてスクールを運営する長谷洋介さん、そして浅田さかえ監督に、サドベリースクールの現状や魅力、子供たちの主体性を育むために必要なことについて話を聞いた。

「サドベリースクール」という教育のかたち

--新田サドベリースクールは、アメリカ発祥のサドベリースクールを参考にしたと伺いました。その教育の形態について教えてください。

長谷さん:サドベリースクールは、はじめアメリカのマサチューセッツ州で創設されました。子供たちの主体性を尊重することを主軸にして、子供たちが何を学びたいのか、何をしたいのかを信じて待つという方針のもと、テストも評価も先生もカリキュラムもないのが特徴です。朝、学校に来てから夕方に家へ帰るまで、子供たちのやりたい活動や学びを自由に積み重ねていきます。

--新田サドベリースクール開校のきっかけを教えてください。西村さんは立ち上げメンバーのおひとりですね。

西村さん:学生時代に東南アジアに留学したとき、貧しくても目がキラキラしている子供たちとの触れ合いをきっかけに、豊かで恵まれているのにどことなく生き生きしていない日本の子供たちのようすに「なぜだろう」と疑問を感じていました。卒業後は、自治体の林業職員など森関係の仕事をしてきましたが、留学時の経験と元来自然が好きという性格から、より良い子育て環境を求めて、15年前に鳥取県智頭町に移住しました。移住後、当時5歳の長女を自然の中でののびのびと子育てするうちに「こういった田舎での子育てを社会の選択肢の1つにしたい」と思ったのがきっかけです。

新田サドベリースクール発起人の1人・西村早栄子さん

 時を同じくして、ヨーロッパの「森のようちえん」の存在を知り、「この仕組みを使えば田舎ならではの子育てをもっと多くの人に体験してもらえるかも」と直感的に惹かれ、仲間と「森のようちえん まるたんぼう」を立ち上げました。立ち上げ以降、園児たちは、「子供はこの程度しかできないだろう」という大人たちの予想を次々に軽く超えていきました。「毎日子供たちと森で過ごせたら良いな」というくらいの思いで始めたのに、子供たちが主体性を発揮して輝いていく姿を目の当たりにして、子供たちのポテンシャルの高さに驚きました。「森のようちえん」は文字通り、未就学児向けのプログラムなので、次は卒園以降も続く学びの場を作りたいと思い、オルタナティブ教育の学校を作るために私たちが選択したのがサドベリースクールでした。

--サドベリースクールの魅力とは何でしょうか。

西村さん:立ち上げに際して、シュタイナーやモンテッソーリ、フレネ教育など、さまざまなオルタナティブ教育について有志で勉強会をしました。その中でもサドベリースクールの教育形態は、大人と子供が対等な関係性を築き、子供を全面的に信頼し、委ね、任せることが肝になる究極のスタイルです。子供の内側にある興味関心から始まる主体性を伸ばしていく場所であることが大きな特徴です。大人は子供に対して「こうあってほしい」という期待や願いをもってしまいますが、大人や他者との関係性や居場所、環境に対する子供の信頼感や安心安全が大前提にあってこそ、主体性の伸長につながるのです。

自主性と主体性は似て非なるもの



--オルタナティブ教育の学校ということは、公的な教育機関ではないのですね。子供たちの学籍はどのように扱われるのでしょうか。

長谷さん:日本の場合、サドベリースクールに限らず、フリースクールやオルタナティブスクールに通う子供たちの学籍は地元の小学校にあります。新田サドベリースクールに通う子供たちの多くは、残念ながら「学籍のある学校を欠席している」として内申や指導要領に記録されています。一方、最近では神戸市や大阪市をはじめ、新田サドベリースクールに通っている実績をもって「出席扱い」とする自治体も出てきています。自治体によってはフリースクールに通う場合の学費補助など経済的な支援を設けているところもあります。すべての子供たちが等しく、学ぶ権利を行使できて、支援を受けられるように、私たちからも各自治体に働きかけているところです。

--自然の中で学ぶ姿が印象的な新田サドベリースクールですが、本作の中では子供たちが自ら教科書を開く場面もありましたね。そういう「学校的な学び」への興味も自発的に起こるものなのでしょうか。

長谷さん:そうですね。スタッフは学びを誘導するわけでもなく、かといって勉強することを否定するわけでもなく、あくまでニュートラルな立場です。子供たちに勉強を教えてほしいと言われることもあります。韓国語を学びたい子が、自分たちでFacebookから韓国人留学生に講師をお願いして、教えてもらったこともありました。学習指導要領の枠にとらわれず、いわゆる基礎学力も含めて主体的に学んでいく姿が見られます。

--どのご家庭でも「子供の主体性を大切に」と思いつつ、どうしても「大人が求める子供の姿」という理想との狭間で葛藤し、お困りの保護者の方は多いと思います。新田サドベリースクールのスタッフの皆さんが、子供に接するときに心がけていることはありますか。

西村さん:私たちも最初から上手にできたわけではありません。創設当初から1年半は、ゲーム禁止、インターネット禁止をルールにしていましたが、なかなか現場が回らないことが多くありました。結局のところ、大人の理想像を強制してしまっていたのです。当時は、子供たちは掃除を自分からしませんでしたし、褒めても励ましてもうまくいきませんでした。ところが不思議なことに、ゲームをやっても良いと「大人のルール」を解除したら、自分たち自身でルールを決めて、分担して掃除までするようになりました。子供は大人の理不尽さがわかるのでしょうね。子供たちの姿から学ばせてもらいながら子供たちと共に築き上げてきたのが、現在の新田サドベリースクールの姿です。

長谷さん:私も創設から1年半経ったころがターニングポイントだったと感じています。当初、子供たちは「大人ってこうしてほしいのだろうな」と大人の顔色を見ながら、自主的に活動や学びをしていました。ここで言う「自主性」と「主体性」は似て非なるものです。大人が敷いたレールの上を自走するのが「自主的」、「自分は何がしたいのだろう」と自ら考えて実行するのが「主体的」、これは大きな違いです。当初はスタッフもその2つの言葉の違いがよくわかりませんでしたが、今は区別して捉えていて、私たちはそのうち「主体性」という言葉を大切にしています。

新田サドベリースクールスタッフの長谷洋介さん

 サドベリースクールはあくまでも子供が主人公であり、大人がしてほしい活動を実践する場ではありません。子供も立派な個人で、スタッフが良しと思っていることが、必ずしも子供にとって良いというわけではないと常に言い聞かせています。ゲームNGのルールを撤廃したときも、ゲームも世間的に教育に良いとされている楽器やスポーツと同様に、並列で捉えたら良いと思ったのです。その子にとって何が学びのトリガーになるか、私たちはわからない。すべての物事を並列で捉えていくことの大切さを意識しています。子供が10人いたら10通りのやり方がありますから、1つの枠に当てはめることは乱暴だと思います。

子供たちの学びの場を1から作る経験



--現在、新田サドベリースクール運営の中心的存在である長谷さん。立ち上げ時にはどのように関わられていましたか。

長谷さん:森のようちえんから派生して「学校を作りたい」という声があがったときに、先ほど早栄ちゃん(西村さん)からお話のあった保護者有志の勉強会が始まりました。その当時、私は県立高校の教員でしたが、勉強会には1回目から参加しました。国内外のオルタナティブスクールについて勉強し、その中で出会ったサドベリー教育から、日本の教育にはない魅力を感じ目から鱗が落ちる思いでした。

 もっとも驚いたのは、米国のサドベリースクールの大学進学率が8割~9割だということ。進学率が高いから良いというわけではなくて、目的意識を持って大学で学ぶ卒業生が多いということが素晴らしいと感じたのです。日本のフリースクールには、まだどこか「ドロップアウト」のようなイメージがありますが、米国のサドベリースクールでは主体的に学ぶ力が養われ、自然と高等教育への進学を志望し、それに見合った準備を各自が行う子供たちの姿が多くあります。当時、高校教師だった私は「学校・勉強が嫌い、授業がつまらない」という生徒に日々向き合っていました。授業や試験問題の作成にも労力を費やしますし、生徒と教師の双方にとってエネルギーの浪費を感じ、「学校とは何だろう」と葛藤をしているところでした。勉強会の熱も高まり、思い切って早栄ちゃんに「サドベリースクール、やりましょう」と宣言して、初年度は土日型でのスタート、2年目からは平日型に変更し、今年で8年目になります。

--子供たちの学びの場を保護者自らがつくることの難しさと喜びを、当事者の立場からお聞かせください。

西村さん:先ほどの「森のようちえん」の立ち上げ時の私自身の経験や思いをお話ししましたが、保護者が関わる魅力はもちろんたくさんあります。ただ一方で、保護者が関わることの難しさも感じています。親はどうしても子供に期待をこめてしまうので、距離感が難しい。サドベリースクールは大人と子供が「対等」であることを大事にしているので、運営上、保護者が関わりすぎると、その教育理念を実現するのは難しいなと思います。立ち上げから8年経った今は、保護者が学校運営に関わることは徐々に限定的になってきていて、現在は主に子供とスタッフで運営しています。

「その子に合う学びの場を探し、選ぶプロセスを大切にしてほしい」(西村さん)

「子供に合う学校」を探し、選ぶプロセスを大切に



--サドベリースクール入学の段階では、お子さま自身の主体性を尊重しているのでしょうか。入学のきっかけは?

長谷さん:子供たちは県内外から入学してきます。入学の理由はさまざまです。まずは親子で一緒に1日見学し、そこで子供が「通いたい、ここで過ごしたい、育ちたい」と新田サドベリースクールの利用を希望すれば、その後5日間子供だけで体験入学します。決して親の考えだけで入学することがないようにしています。サドベリースクールという特殊な教育形態というのもあって、戸惑いを抱えたまま入学するとお互いにリスクがあります。入学時にできるだけギャップを減らせるよう、1日では足りないという保護者には、10日間の上限を設けて納得いくまで見学していただいたり、在校生や保護者と交流してもらいます。現在は入学までのプロセスを整えられたので、ミスマッチも少なく、それを納得し、魅力を感じてくれた方がサドベリースクールに通ってくれていますね。

西村さん:8年間分の活動実績や経験の蓄積、情報発信方法の精査の成果もあり、最近はご家庭と学校のズレがだいぶ減ってきていると感じています。

--これほどきちんとした手順を踏んで、体験や見学を実施し、納得して入学できる学校は、公立学校ではまずないですね。

長谷さん:入学までのプロセスを意識して手厚くしていますし、それは大事な部分だと思っています。日本では当たり前のように地元の学校に通いますが、本来は幅広い選択肢から子供に合う学校を見つけるのが最善です。世界をみると、たとえばオランダでは各地域にいろいろなタイプの学校があって、複数校を見学して子供が合う学校を決めるのが普通だと聞きます。日本ではそもそもの学校の選択肢が少ないですし、公教育志向も根強く、入学までの検討時間も少ない気がしますね。

--昨今、日本でも多様な学校が増えてきていますね。公私問わず「子供に合う学校を選ぶ」という概念がもっと広まると良いです。

西村さん:そもそも学校を「選べる」ことが当たり前になること。学校を選ぶ際には、ぜひ子供の意見を尊重してほしいです。学校に実際に通うのは子供たちです。親が行かせたい学校ではなく、子供が「自分にフィットしている」と思う学校に行ける社会になれば良いなと思います。せっかく複数の選択肢があるのであれば、単にレールに乗るのではなく、自分の子供と一緒に選べると良いですね。

「作品を通じて新しい教育の風を感じてほしい」



--本作を制作された浅田監督は、どのように新田サドベリースクールと出会ったのですか。

浅田監督:主人が鳥取出身で、里帰りした際に「森のようちえん」に子供を通わせている方と知り合いました。その方から「新田サドベリースクール」の存在についても教えてもらい、直感的に面白そうだなと感じたのがご縁です。実際に調べてみると、自分がかつて通っていた小学校とは真逆とも言える教育が展開されていて、衝撃を受けました。最初は「この教育で本当に大丈夫なの?」という半信半疑の気持ちで取材をお願いしたのが正直なところです。しかし取材するうちに、学校を作った早栄ちゃんや、運営する洋ちゃん(長谷さん)をはじめとするスタッフの思い、通う子供たちの成長や葛藤に心動かされ「これを世の中に伝えたい」と思うようになりました。

オンライン取材に応じる浅田さかえ監督

--「屋根の上に吹く風は」というタイトルに込められたメッセージを教えてください。

浅田監督:私が幼いころ「屋根」は登って遊ぶところでしたが、現在では登るなんてもってのほか。そう考えると「屋根」は自由の象徴のように思えたのです。本作の中で、新田サドベリースクールの子供たちは自由に屋根の上に登り、とび降りて、その登り方や降り方からもさまざまな学びを得ています。まさにその自由の象徴である「屋根」の上に登って、学びを体感するサドベリースクールの子供たちの姿をタイトルに表現したかったのです。

 屋根の上には大空が広がっていて、さわやかな風が吹き、新しい教育の流れをもたらしてくれます。既存の概念にとらわれることなく、もっと自由に、大らかに考えて良いのではないかという思うのです。取材を通して、義務教育に合う子・合わない子、満足している子・不満がある子がいるとあらためて気づきました。義務教育そのものを否定するわけではありませんが、今後は従来とは違うスタイルの多様な学びの場を選択しても良いのではないかと思います。

 サドベリースクール自体は非常にユニークな学びの場なので、映画をご覧いただいた後もおそらく賛否両論あると思います。ただこういった学びの場を作り上げた保護者たちがいるという事実、この学びの場を選択して通う子供たちの姿を通して、学びの選択肢を広げる提案をしていけたら良いなと考えています。まずは知ってもらうことが大事で「これからの学びとは何だろう」「わが子に合う学びを探してみようかな」という議論のきっかけの作品になれば嬉しいです。

その教育は大人のエゴかもしれない



 映画の本編では、子供たちが「主体性」と「自由」であることの難しさに直面しながら、自らで考え、力強く歩もうとする姿をていねいに描いていく。教育が「教え、子を育てるもの」であるという従来の概念が覆される。子供たちに究極的に寄り添う新田サドベリースクールの活動は、教育における教師・保護者の立場を今一度省みるきっかけを与えてくれる。多様化する社会の中で今後求められていく「主体的に学ぶ力」を育む、教育の1つのあり方を示してくれる本作は、2021年10月2日よりポレポレ東中野にて公開される。

『屋根の上に吹く風は』公式ページはこちら

《土取真以子》

土取真以子

関西在住の編集・ライター。教育、子育て、ライフスタイル、お出かけのジャンルを中心に、インタビュー記事やイベントレポートなどの執筆を手がける。教育への関心が強く、自身の出産後に保育士資格を取得。趣味が旅行とハイキングで、目標は親子で四国お遍路&スペイン巡礼。

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