いじめ問題の構造改革への挑戦…「孤立」を防ぐには?竹之下倫志氏インタビュー<前編>

 いじめ問題の解決を阻む教育環境の構造変革を目指し、いじめ問題に立ち向かう個人や団体・当事者が集う「いじめ構造変革プラットフォーム(Platform of Ijime-Structure Transformation.通称:PIT)」の共同発起人、竹之下倫志氏に話を聞いた、インタビュー前編。

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いじめ問題の構造改革への挑戦…「孤立」を防ぐには?竹之下倫志氏インタビュー<前編>
  • いじめ問題の構造改革への挑戦…「孤立」を防ぐには?竹之下倫志氏インタビュー<前編>
  • 小・中・高校、特別支援学校におけるいじめの認知件数は、前年度比9万5,333件減の51万7,163件。2014年度以降認知件数の増加が続いていたが、2020年度は全校種で大幅に減少。小・中・高等学校から報告のあった自殺した児童生徒数は、前年度(2019年度)比98人増の415人で、調査開始以降最多となった(2021年10月13日文部科学省発表資料「令和2年度(2020年度)児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」の結果より)
  • 「仲間はずれ・無視・陰口」の被害経験と加害経験(2016~2018年度)
  • 「いじめ防止対策推進法」の認識
  • 加藤紀子氏と竹之下倫志氏
 今年に入って大きく報道された北海道旭川市女子中学生いじめ凍死事件、最近では東京都町田市小6女児いじめ自殺事件など、いじめによる痛ましい事件が後を絶たない。このような取り返しのつかない事態から子供たちを何とか救うために、親、そして周りの大人たちができることは何か。いじめ問題の解決を阻む教育環境の構造変革を目指し、いじめ問題に立ち向かう個人や団体・当事者が集う「いじめ構造変革プラットフォーム(Platform of Ijime-Structure Transformation.通称:PIT)」の共同発起人、竹之下倫志氏に話を聞いた。

そもそも「いじめ」の定義とは?



--まず、とても基本的なところから伺いたいのですが、「いじめ」とはどういう行為を指すのか?その定義を教えてください。

 はい。最初にその定義を共有しておくことはすごく大事ですよね。

 「いじめ」は今からちょうど10年前、いじめ防止対策推進法が施行されたのに伴い、平成25年度(2013年度)から次のように定義されています。

いじめ防止対策推進法第2条第1項


 この法律において「いじめ」とは、児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係のある他の児童生徒が行う心理的または物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものも含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているものをいう。
(※第3条には、「いじめの防止等のための対策は、いじめがすべての児童等に関係する問題であることに鑑み、児童等が安心して学習その他の活動に取り組むことができるよう、学校の内外を問わずいじめが行われなくなるようにすることを旨として行われなければならない。」と明記されている)


--ここで重要なポイントは、生徒が「苦痛を感じているかどうか」です。つまり、「いじめ」の解釈としてはかなり広いんですね。

 そのとおりです。この法律は、いじめを「タネ」のような軽微な状態からしっかりと把握し、そこに対して適切に対処していこうと考えに基づいてつくられています。「いじめ」によって、不登校、ひいては自殺のような重大事態*等、ネガティブな状態に子供たちが落ち入るのを防ごうというものです。
*重大事態とは(いじめ防止対策推進法第28条第1項より):いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身または財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき、いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき

--そもそも「いじめ」に関する法律があることを知らない人も多いと思います。いつ、どのような背景でできたものか、教えて頂けますか。

 2011年10月に滋賀県大津市で起きた中学2年の男子生徒の自殺がきっかけです。自殺の後、同級生から暴行を受けていたことが発覚し、学校や市教育委員会はいじめを認定しましたが、自殺との因果関係は不明とされました。しかしながら2013年1月、大津市が設置した第三者委員会は「いじめが自殺の直接的要因」との結論を出し、遺族が同級生らに損害賠償を求めた裁判でもいじめと自殺の因果関係が認定されたという事件でした。

 この事件を教訓に、冒頭でもお話ししたように法律で「いじめ=被害者が心身の苦痛を感じているもの」と定義され、心身に深刻な危害が及んだり、長期欠席を余儀なくされたりするような事態を「重大事態」として、学校や自治体に調査と報告を義務付けているほか、第三者委員会による調査や警察への通報も促しています。

加藤紀子氏と竹之下倫志氏

「いじめ」の認知件数は右肩上がり、実態は?



--「いじめ」は最近ではどんな傾向にあるのでしょうか。

 2021年10月13日に発表された文科省の調査結果では、2020年度の数字は減少しているのですが、これはコロナ禍によって学校の出席日数が大幅に減ったためだと思われます。2019年度までは重大事態の件数も含めて右肩上がりで過去最多を更新し続けていました。これが、認知されている「いじめ」の大きなトレンドと言っていいでしょう。

小・中・高校、特別支援学校におけるいじめの認知件数は、前年度比9万5,333件減の51万7,163件。2014年度以降認知件数の増加が続いていたが、2020年度は全校種で大幅に減少。小・中・高等学校から報告のあった自殺した児童生徒数は、前年度(2019年度)比98人増の415人で、調査開始以降最多となった(2021年10月13日文部科学省発表資料「令和2年度(2020年度)児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」の結果より)
関連記事:小中高校の自殺者数、過去最多の415人…文科省調査

 ここで難しいのが、この実態の解釈です。ポジティブに評価すべきか、ネガティブに捉えるべきか。繰り返しになりますが、いじめ防止対策推進法では、少なくとも小さな「タネ」のうちにいじめを見つけて対処しましょうという考え方なので、たとえば2019年度では61万件を把握できたという捉え方ができる一方、61万件発覚したという捉え方もあります。重大事態を経験した子供たちも、今までは把握し切れていなかったものが炙り出された結果なのか、それとも実態として悪くなっているのか、どちらかまだはっきりとはわからないというのが現状です。

--つまり、はっきり言い切れないものの、「いじめ」を幅広く定義したことによって、小さな「タネ」を含めてかなり軽微な状況から認知されるようになったからかもしれない、と。

 はい。ここでひとつ、その解釈をサポートする情報として私たちが最近ほっとしたのは、今年の7月に国立教育政策研究所が公開した「いじめ追跡調査」(2016-2018)の結果です。この調査結果によると、被害者・加害者共に、実際に子供たちがいじめを経験した数は横ばいで、増えても減ってもいないようだということがわかっています。

「仲間はずれ・無視・陰口」の継続・再発率:「推進法」後(出典:国立教育政策研究所「いじめ追跡調査2016-2018」)
関連記事:小学生の8割がいじめ被害経験あり、国立教育政策研究所

 マスコミの報道でも誤解を招く表現が散見されるのですが、いじめの「認知」件数とは学校(教職員)が把握できた件数であって、実際に「発生」したいじめの実数ではないのです。もちろん、いじめの調査は子供たちにとってものすごくセンシティブなテーマなので、本人が正確な情報を伝えてくれる保証はなく、実際に発生したかどうか実態を反映した数字に迫ることは相当困難です。つまり明確な解釈ができないというのもそれが大きな理由なのですが、認知件数が右肩上がりの中で、少なくともこの追跡調査からは、子供たちの実態として発生の数は横ばいであるということは、発生以前の「タネ」の状態に止められている。したがって、いじめ防止対策推進法に一定の成果があったと言えるのではないかな、と。

--確かにそう言われてみると、「いじめ件数過去最多」といった報道を目にしてきましたが、現場を把握したり、今後の対策を議論したりする場合には、「認知」と「発生」はきちんと分けて考える必要があるということですね。

 繰り返しになりますが、いじめを「タネ」のうちに発見し、重大事態に発展しないよう適切な対策を現在のルールに沿って行うには、一にも二にも「認知」がもっとも重要だということです。

「いじめ防止対策推進法」の改正に向けて



--一方で、いじめによる悲しい事件はなくなりません。法律があっても、再発防止に役立っていないケースも多いように感じます。

 おっしゃるとおりです。今年1月から2月にかけて、いじめ問題に取り組むさまざまな団体の関係者たちと共同で実施した「いじめ被害者アンケート調査」でも、少なくとも重大事態の当事者からは、学校や教育委員会への相談は有効に働いてはいないと感じていることが確認できました。やっているふり、対応の遅れ、関係者間や学校内での連携不足、改竄や隠蔽などの指摘もあり、ショッキングな内容でした。

--いじめ防止対策推進法が運用レベルにまで現場に浸透していない、ということでしょうか。

 残念ながらそう言われても仕方ないな、と。法律の存在自体は学校関係者には随分浸透してきているとは思うのですが、アンケート調査では、「いじめ被害者の当事者になるまで、この法律のことを知らなかった」というケースのほうがまだ明らかに多いんです。また、私がこれまでお会いしてきた先生方からも、この法律を正しく把握している方はそう多くはないと感じています。担任が子供たちに「いじめは複数人からやられることをいう」などと、誤った定義を教えているようなケースもあります。

 教育現場だけではなく、法に関わる人々も同じで、自治体が出す条例がいじめ防止対策推進法と矛盾しているところもまだ結構あるのです。そうなると、「自分たちは条例の方に従っているから何も悪いことはしていない」というロジックを主張されることもあります。

--その改善策が、今回の政策提言の中に改正案として盛り込まれているんですね。具体的には、もう少し踏み込んだ表現にしたい、と。

 はい。たとえば「…するものと努めるものとする」という表現のままだと、「努めているけれどできていません」でも許されてしまいます。これが現行の法律の限界なんです。改正によってなるべく曖昧な表現を排除して実効性を高めたいと考えています。

 2021年10月8日、いじめ防止対策推進法の改正を求め、サポート団体や専門家等が文部科学省で会見を行った。「いじめ当事者・関係者の声に基づく法改正プロジェクト」名で提出された政策提言内容の骨子は下記のとおり。

1.いじめ被害者の課題、悩みの解決に有効な相談先、サポート体制の構築を行なうこと
2.教育現場(学校・教員)で、いじめ関連法に即した運用が行われる制度とすること
3.重大事態の調査について、より有効な調査がなされる制度とすること
4.いじめの認知および報告について、児童生徒の状態を主とした基準とすること
5.加害者を教室から退去させる措置について、現場の判断で講じられる制度とすること
6.加害者の抱える問題解消のためのサポート体制の構築を行うこと
7.より有効ないじめ予防教育の更なる拡充がなされる制度とすること
(いじめ構造変革プラットフォームWebサイトより)



--学校側としては、学習指導要領の改定もあって、教科の指導だけでも相当な激務の中、これ以上現場の負担を増やしたくないという本音もあるでしょうね。

 だからこそ先生方の負担をむしろ軽減するために、当事者と学校、教育委員会の間に第三者機関を設置することも、今回の改正案で提言しています。

--いじめを受けた子供の保護者にとっても、第三者の存在は大事ですよね。

 被害者の保護者からは、「どこに相談していいのかがわからない」「国や自治体の電話相談では、具体的な対応策は何も教えてくれず、改善しない。アドバイスにならない」といった声のほか、スクールカウンセラーやスクールロイヤー(法律の専門家)だと学校に雇用されているという関係性から、どうしても学校寄りの立ち位置になることが少なくないという批判も聞きます。また、そうした専門家や校長、教員は異動もありますから、最終的には被害者家族が孤立を深めていってしまうケースがとても多いです。

--時間ばかりが流れていき、重大事態に発展するリスクが高まる、と。

 残念ながらそういうケースは少なくないと思われます。ちなみに大津市では、10年前の事件の後、学校・教育委員会以外に、「いじめ対策推進室」を市長直下に新設し、子供たちの新たな相談窓口に臨床心理士など相談調査専門員を配置しています。また、弁護士や学識経験者、臨床心理士などから構成された第三者機関も設置され、窓口で受けたいじめの相談を適宜共有し、助言などを行っています。

 ですから今回の政策提言での冒頭に、いじめ被害者とその家族のための有効なサポート体制の構築を掲げ、学校に対して24時間以内の校長への報告を義務付けること、第三者機関の設置や調査には外部の専門家を必ず入れる必要があること等を改正案に盛り込んでいます。また、そこに必要な財政措置を取らなければならない旨も法律に明文化してもらいたいと思っています。

--政策提言が実現すれば、学校や教育委員会での対応の遅れや隠蔽、改竄など、被害者が苦しんでいる現状の改善が期待できそうですね。

 「いじめ問題の構造改革への挑戦…子供のSOSをどうキャッチするか?竹之下倫志氏インタビュー<後編>」へ続く。
《加藤紀子》

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