「中学受験はドラマの連続」わが子の受験に伴走して見えた世界…小説『きみの鐘が鳴る』

 受験者数の増加、入試問題の難化。昨今、中学受験が激化しているといわれている。2022年11月9日に発売される『きみの鐘が鳴る』(ポプラ社)では当事者である子供目線で中学受験を鮮やかに描く。著者の尾崎英子氏に作品に込めた想いを聞いた。

教育・受験 小学生
小説『きみの鐘が鳴る』著者の尾崎英子氏
  • 小説『きみの鐘が鳴る』著者の尾崎英子氏
  • 2022年11月に発売される小説『きみの鐘が鳴る』
  • 小説『きみの鐘が鳴る』著者の尾崎英子氏
  • 「この小説は、私自身の反省文でもある」と語る尾崎氏
  • 小説『きみの鐘が鳴る』著者の尾崎英子氏
  • 小説『きみの鐘が鳴る』著者の尾崎英子氏

 2022年11月9日に中学受験を子供目線で描いた小説『きみの鐘が鳴る』(ポプラ社)が発売される。「まだ幼さの残る小6という時期に挑む受験という“闘い”は、成功するも失敗するも、周りで支える大人の関わり方、考え方次第だと思う」と言うのは、2児の母であり、著者の尾崎英子氏だ。子供の受験に伴走した経験をもとに執筆した本作に込めた想いを聞いた。

「中学受験を完走した」ということだけで素晴らしい

--中学受験を舞台にした小説『きみの鐘が鳴る』。予定調和では終わらない、ときに残酷でリアルな描写が胸に響きました。今回、この小説を書こうと考えたきっかけは何だったのでしょうか。

 息子の受験に伴走し、親子でクタクタになりました。受験が終わってからも入学準備に卒業式、そして入学式に新生活と、目まぐるしく日々が過ぎていき、しばらくは受験を振り返ることはしませんでした。それが、半年ほど経ったある日、新生活に親子ともども慣れてきたころに、通学していくわが子のうしろ姿を見送りながら「こんなにも成長したのか」と気付くことがあって……。身体的な成長はもちろん、精神的に大人になったと感じました。そしてそれは、おそらく受験を経験したから。それをきっかけに息子の受験を冷静に振り返ると、驚くほどドラマの連続だったことが思い出されました。

 サッカーや野球、水泳などスポーツに熱中している子供たちは「頑張って偉いね」ともてはやされるのに、それと同じくらいの時間を費やし、努力している中学受験生は勉強ばかりでかわいそうだという見られかたをすることもあります。でも中学受験だって、全力をかけた闘いで、1つの青春だと思いました。それを完走したからこそ、中学受験を通して成長した子供の背中を描きたい、そう思って書くことを決めました。

著者の尾崎英子氏。自身のお子さんも中学受験を経験。当時を振り返り「驚くほどドラマの連続だったことに気付いた」という

--確かに、中学受験は約3年にわたる長期戦。尾崎さんご自身が中学受験生の親を経験したからこそ見える世界が描かれていますね。

 模試も含め、受験当日も、予定通りになんかまったくならないし、合格率や合格可能性という数字すらも可能性の話であって、絶対ではない。そんな中で予想外の悔しい結果も、嬉しい結果も、たとえどんな結果でも、その結果が出る当日まで走り切っただけでも、素晴らしいことだと思うんです。

 とは言え、望む結果が得られなかったときに「失敗した」「ダメだった」と大きなショックを受ける保護者も少なからずいます。そう言いたい気持ちもとても理解できます(苦笑)。親も必死ですからね。

 第一志望に受かることは、確かに「成功」かもしれません。しかしその一方で、第一志望に受かる子は30%ほどだとも言われていますから、第一志望合格だけを「成功」と捉える場合、残りの70%の子供の受験は「失敗」になってしまいます。でも、そんなことないんだな、と受験を終えた後の息子を見て、あらためてそう感じたんです。知らないうちに、心身ともにタフになっていて驚きました。

 その気持ちから、中学受験を舞台にした小説を書きたいと思ったんです。

 まだ12年も生きていないような子供たちにとって、受験は過酷なものでしょう。特に首都圏など都市部では受験者数は右肩上がりに増加していると聞きます。試験問題は記述形式が増え、難易度も上がっていると言われています。オーバーヒート気味になっている昨今の中学受験を経験させながら、私も何度も迷い、不安になりました。自分自身がすることならシンプルにジャッジできるけれど、子供のこととなると何が正しいのかわからなくなるし、悩みは尽きないものですよね。今回の小説は児童向けですが、ぜひ親である大人にも読んでほしいと思っています。

ヒートアップする中学受験…この小説を安全装置に

--『きみの鐘が鳴る』は全体を通じて、子供の目線で描かれていますね。このスタイルを選んだ意図はどのようなものでしょうか。

 最初は親や先生など大人目線での描写も検討しましたが、途中から子供の目線のみに絞りました。現代の中学受験は、親も、学校も、塾も含めて関わる大人が過熱させている感が否めません。子供の目線で書いたからこそ、大人がヒートアップさせすぎている現実を、自分ごとながらも冷静に見ている子供に寄り添って描きたいと思いました。熱くなりすぎる大人がこの小説を手に取ってくれたなら、何かしらのブレーキと言いますか、安全装置的な存在になってくれたらいいなという気持ちがあります。

 中学受験だけでなく、高い目標に挑戦する過程では、必ず何度もつまずくことがあるものですよね。そうわかりながら、わが子のつまずきに直面したときに、どんな言葉や態度で接すればいいのか、私はわからなくなることがたくさんありました。子供なりに一所懸命に取り組んでいるのに、その努力を認めることもせずに「もっと」という気持ちで褒めてあげられなかったり……。だからと言って「そんなに頑張らなくても良いのよ」という言葉をかけられた子供は、肩の荷が降りる一方で、期待されなくなったと不安に思うかもしれないし、難しいなと。

 大人の事情や価値観で放つ、たった1つの言葉や態度というのは、大人が思う以上に子供の心に響き、残るものだなと今は思います。だからこそ、子供の目線で丁寧に描写してみようと思いました。

--お話の中では、4人の子供たちの受験までの過程を描いています。主人公を複数にした理由はなんでしょうか。

 主人公を複数にすることで、読者の方がどこかで自分やわが子と重ねて読むことができるかなと思いました。登場人物の誰かに、自分の姿が投影できるように私の周辺にもいるような子供、親、ご家庭を思い浮かべながらキャラクターを設定しました。「あ、私もこんなことを言ったかも」と思い当たったり、共感してもらえたら嬉しいです。

 受験シーズンが近づくにつれ、親はどんどんヒートアップしていってしまい、視野が狭くなりがちです。そんな時にこそ、読書の時間をとってこの小説を読んで、少しクールダウンしてほしいですね(笑)。

 教育ジャーナリストのおおたとしまささん曰く「中学受験は、大人の未熟さをあぶりだす魔物が潜んでいる」そうです。まさにその通りで、特に受験直前期になると、冷静に考えれば言ってはいけないに決まっている言葉、たとえば「そんなことしかしていないから、受からないのよ!」などと、口走ってしまいます。

 実は小説内に、私自身が受験期に発した狂気をはらんだ言葉があります。「神棚を燃やす」というセリフです。主人公の1人が受験で予想外の結果が出てしまい、それを受け止めきれなかった母親のセリフとして入れました。こんなに頑張って、毎日神棚に向かって祈ったにも関わらず、叶わないなら、燃やしてやると…(苦笑)。この小説は、私自身の反省文でもあるんです。

「言ってはいけなかったとわかる言葉も渦中にいると言ってしまう。この小説は、私自身の反省文でもある」(尾崎氏)

大人びた優等生も、まだまだ子供

--主人公たちのモデルはいますか。

 この小説を書くにあたり、多くの子供たちや、保護者の方のお話を聞かせてもらいました。その話をもとに、さまざまな実体験をブレンドしてキャラクターをつくりました。5人の仲良しグループで、1人は圧倒的なセンターとして描こうと決めていました。成績も親子関係も問題のないような、中学受験が肌に合っている子ですね。だけど光を当てるのはその子ではなく、何かしらの葛藤を抱えながらも頑張っている、特別ではない子供たちを描きました。

 また、心がけたことは「子供を子供らしく描く」ところです。中学受験に挑むお子さんの中には、早熟で優等生タイプの子も多くいます。でも、そんな大人びた子であっても所詮12歳。甘えたり、精神的にぐらついたりすることだってあります。頑張っても結果がついてこない、安全かと思っていた学校でも合格が出ない…そんなときの子供たちの些細な気持ちの動きにも寄り添いたくて、その部分については丁寧に取材して、描きました。

 登場する子供たちは、受験前という極限の状況で「笑いたくないときは笑わなくても良いんだ」「親の言ったことだけが正しいわけじゃないんだ」という考えに至ります。同じ状況におかれている現実の子供たちにも読んでもらいたいですね。「自分だけじゃないんだ」という気持ちになってくれたらいいかな。

登場人物に託した「中学受験に失敗はない」というメッセージ

--「エイト学舎」という小規模の塾が今回の小説の舞台として描かれています。現実世界ではシステマチックで事務的な対応も珍しくない中学受験塾業界ですが、小説の中の先生方はひとりひとりの良さに寄り添う姿が、印象的でした。

 私が理想とする塾をイメージして「エイト学舎」を描きました。受験生は、驚くほど長い時間を塾で過ごすため、相性はとても大切です。しかし、塾選びをするときにはその視点は忘れがちで、つい合格実績に目が行ってしまうというか。でも、子供によって、相性の合う合わないがありますから、世間一般的に良いと言われている塾が、わが子のベストとは限らないんですよね。塾選びは、親の大切な役目だと、息子の受験が終わってから気付きました(笑)。

 私にとって理想とする塾は、先生との距離が近く、ひとりひとりの子供の成長のために、柔軟に対応してくれる塾です。子供によって成長スピードは違います。そつなくジャンプできる子もいれば、伸びるために一度深く屈まなければいけない子もいるはずです。それぞれに合った指導方法や、声掛けがあると思います。

 受験校選びも、模試の結果と偏差値表から決めるのではなく、学校の雰囲気や教育方針なども加味したうえで、その子の将来まで親と一緒に悩んでくれる塾が理想的だな、なんておもいながら「エイト学舎」という塾を描いたように思います。

--「エイト学舎」の先生の「中学受験に失敗なんてない」というセリフが心に刻まれました。

 そうですね、あのセリフを書くためにこの小説を書いたといっても過言ではありません。厳しい闘いに挑んだ子供たちをまるっと肯定してくれる大人のセリフを入れたかったんです。

 私は小説を書くとき、背後霊になったつもりで書くことが多いんです。登場人物と重なりすぎず、ほど良い距離感を保ちながら書くという意味です。しかし今回は、自分の中の母親としての目線もあいまって、背後霊というよりも守護霊のような気持ちで執筆しました。執筆していく中で、どうやったらすべての子供たちにとって、中学受験をただのつらい経験にせずにできるのだろうと考えた結果、先生に「中学受験に失敗なんてない」というセリフを言ってもらいました。

 中学受験という厳しい道を走り切ったからこそ、見える世界があると思います。中学受験を最後まで完走したという誇るべき経験を、つらいだけの思い出にしてしまうのは、もったいないし、悲しいなと思います。

子供はみな無条件に祝福されるべき

--『きみの鐘が鳴る』というタイトルにはどのような想いがあるのでしょうか。

 「鐘」は祝福の象徴です。どの子供にもすべて等しく、祝福されてほしいという思いから、このタイトルを考えました。

 中学受験は、よく「親子の受験」と表現されるように、親子双方が尊重しあわないと破綻してしまいます。会社でいう「共同経営者」の関係性と似ていて、でも中学受験の場合、破綻するのは会社ではなく家族です。親子で乗り切らなければならないからこそ、そのリスクを大人側が把握しておくべきだと思いました。

 大事なのはあくまでも「子供が主役」だということでしょうか。子供の受験であり、子供の人生です。だからこそ「私のおかげでできるようになった」「私がサポートしたから成績が伸びた」などと、子供の頑張りを親が横取りするようなことは言ってはいけないと思うんです。

 親の良いサポートがあってこその結果という側面も大いにありますが、最終的に頑張って、努力したのはその子自身です。だから、子供たちは皆、自分の人生を切り拓こうと努力したことを評価され、完遂したことを祝福されるべきだと思うのです。

--中学受験をしなかった子供たちも、自分の人生を一所懸命生きているのですものね。

 その通りです。中学受験経験の有無にかかわらず、いずれは自分の進路に向けて、受験だったり、就職だったりと乗り越えなければならない場面は出てきます。そのときに「これは自分の人生だ」と主導権をもっていることを自認できているかどうかはすごく大事だと思います。

 中学生という、一歩大人に近づくタイミングの過渡期に中学受験はある。その大事な時期にある中学受験が、子供自身、自分の人生と真正面から向き合うきっかけになれば良いのではないでしょうか。

--中学受験を検討している親子にも読んでほしい小説ですね。一方、すでに中学受験を終えた保護者が読むと後悔の念に苛まれることもありそう…。

 いえいえ、子供が中学に入学してからも、親子関係は続きますよね。遅いなんてことはない。どのような過程や、結果であったとしても、受験を乗り越えた「今」の子供の姿をそのまま肯定してあげられたら良いのではないかと、自戒の意味も込めて思います。こんなインタビューに答えていますが、そもそも私は典型的なダメ親なんです。受験期の子供に言ってはいけないことベスト10みたいなセリフ集があれば、上から順に言ってきていますから……。反省しているからこそ、子供たちが皆、無条件に祝福されるような社会になれば良いなと願うばかり。

すべての子供たちが無条件に祝福されるような社会になればいい、と語ってくれた

--思春期前後の子育て家庭に届けたい、愛の詰まった本ですね。ありがとうございました。

編集後記

 中学受験は小学校、高校、大学など他の受験とは違い、親子が二人三脚で乗り越えるとても特殊な受験だ。パワーバランスを間違えると、そのあとの親子関係に亀裂が入ってしまったり、子供自身の人生に大きな影を落としたりという可能性もあるだろう。親も真剣だからこそ、焦ったり、イライラしたりしてしまうこともあるだろう。

 「子供の人生で、主導権は子供にある」という基本に立ち返るために『きみの鐘が鳴る』を手にとってみてはいかがだろうか。親子で中学受験に迷ったり、悩んだりした際に、道筋を示してくれるだろう。


きみの鐘が鳴る
¥1,760
(価格・在庫状況は記事公開時点のものです)
《田中真穂》

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