幼児教育のパイオニアに聞く、小学校入学前に大切な学びとは

 AIが加速度的に進化し、予想もつかない未来。そんな時代に大人になる子供たちは、幼児期に何を学び、どのような力を付ければ良いのだろうか。リセマム編集長・加藤紀子が、幼児教育のパイオニア「こぐま会」代表・久野泰可氏に聞く、「小学校入学前に大切な学び」とは。

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 言語生成AIであるChatGPTが話題だ。「難関といわれるアメリカの会計士資格や税理士資格の合格点を取れた」「大学の入学試験もChatGPTで突破できる」 ―AIが加速度的に進化し、予想もつかない未来。そんな時代に大人になる子供たちは、幼児期に何を学び、どのような力を付ければ良いのだろうか。

 この問いに、幼児教育のパイオニア「こぐま会」の代表を務める久野泰可氏は、「何をやるべきか自分で見つけ、考え、付加価値を生み出す能力」だと語る。リセマム編集長・加藤紀子が久野氏に聞く、「小学校入学前に大切な学び」とは。

(聞き手:リセマム編集長 加藤紀子)

日本の幼児教育の主流である「遊び保育」が抱える課題とは

--久野先生は日本の幼児教育におけるパイオニアとして、長年にわたり現場で大勢の子供たちと接してこられました。また、先生が考案された「考える力・論理的思考力を育むKUNOメソッド」は世界でも評価され、幼稚園・保育園で実践されています。まずはそうしたご経験から、日本の幼児教育の優れた点はどういったところにあると言えますか。
*「KUNOメソッド」とは:久野氏が開発した、子供の発達段階に合わせて考える力を育む指導法。日常の体験を通じ、幼児期にふさわしいものの見方や考え方の基本を身に付け、小学校入学後に始まる教科学習の土台をしっかりと作る。

 私は仕事柄、海外でも未就学児向けの教育現場を見る機会があり、海外から見ると日本のことが客観的によくわかります。海外で日本の幼児教育が褒められるのは、「協調性」と「礼儀正しさ」です。集団活動においても、並ぶ、前を向いて話を聞く、きちんと挨拶をする、お友だちと協力できるといった点は、日本の幼児教育の素晴らしい成果だと言えるでしょう。

 また、日本の幼児教育の現場で主流となっている「遊び保育」も評価されます。間違いなく、「遊び」は学習の原点です。遊びながら体験したことなど生活の中で得る経験は、小学校以降、机の上での学びにつながる貴重な原体験となります。しかし残念ながら、日本の「遊び保育」には課題があります。現在日本で実践されている「遊び保育」は、ただ子供たちが遊んでいることに終始しており、「学び」につながっていないのです。

幼児教育のパイオニア「こぐま会」の代表を務める久野泰可氏

--幼いころは「遊び」が大事とよく言われますが、遊ばせておくだけではいけない、と。「遊び」を「学び」につなげるとは、一体どういうことなのでしょうか。

 今の「遊び保育」には、その遊んだ経験がどうやって小学校の学習につながっていくのかがデザインされていません。海外の幼児教育を見ると、先進国を中心に「将来を見据えた教育を実施し、国の成長につなげる」という明確な目的意識があり、知育への要求が高く、そのためのカリキュラムがしっかりと組み立てられているケースが多い。ところが日本では、幼児期に知育は必要ないという、1970年代の保育の姿から変わっていないのです。

 つまり、今の日本では、幼少期での知的な学びは家庭の責任。その結果、幼児期の家庭環境や親の関わりなどによって、小学校入学時にはすでに学力差がついてしまっているのが現状です。ですから私は、小学校に入学する前に、小学校での学習の基礎となる知育を、子供たち全員が受ける必要があると考えています。

幼児期に必要なのは「読み書き計算」などの先取り教育ではない

-2000年にノーベル経済学賞を受賞した、アメリカ・シカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授は、「5歳までの教育が人の一生を左右する」という仮説を唱え、日本でも話題になりましたね。けれど残念ながら、日本の保育園・幼稚園での教育の中身は1970年代から変わっていない、と。では具体的に、久野先生は幼児期の子供たちにはどんな学びが必要だと考えますか。

 私は小学校入学に向けた学習を幼児期に積み上げていく「教科前基礎教育」を実施することを提唱しています。

ただし、誤解のないように言っておくと、これは決して「読み書き計算」の先取り教育をしようと言っている訳ではありません「読み書き計算」など教科の学習は、幼児期の子供にとっては「まだ早い」のです。

 小学校からの教科学習を支える土台を作るために、生活や遊びの中に題材を見つけ、基本となるものの見方・考え方を身に付ける必要があります。未就学児から小学生へとスムーズになれるよう、「0年生」を経験しておくイメージというとわかりやすいでしょうか。

 この考えに着想を得たのは、数学者の遠山啓先生による『歩きはじめの算数』という本との出会いでした。遠山先生が八王子の養護学校で、6年間にわたり知的障害をもつ子供たちに「どのように算数を教えたら良いか」を試行錯誤し、1972年にその実践記録をまとめたものです。

 遠山先生は、教育が不可能だと言われてきた障害児であっても、根源的なところから始めれば学ぶことができるのだと唱え、「原数学(げんすうがく)」という考え方を提唱されました。

 これは、数学という学問の第一歩を、数字は一切使わず、原初的な姿から学ぶ方法です。数字のような抽象的な概念を教え込むのではなく、まずは生活の中にあるモノや道具を使って、たとえばおやつを分けたり、飲み物を入れたり、折り紙で遊んだりと、お手伝いや遊びなどを通じた実際の体験から、数学的思考を育てていくことが有効なのだと遠山先生は説いています。

 これは他の教科にも拡張でき、「原言語」「原音楽」「原造型」という形で、国語、音楽、図工といった教科の「根っこ」となる部分を、日々の生活の中で体験を通じて育むことこそ、すべての子供たちの基礎教育の基盤だと主張したのです。

--一般的に幼児教育と聞くと、今でもなお「先取り教育」や「小学校受験」という偏ったイメージをもたれることが少なくありません。けれど今、「原数学」のお話を聞きながら、東大の中邑賢龍先生のインタビューを思い出しました。「異才発掘プロジェクトROCKET」の主宰者であり、ギフテッド教育にも詳しい中邑先生は、「ギフテッド教育は早期教育ではない」「早期教育という名の下、幼少期から訓練されてきた子供たちは、生きる力がとても弱い」「子供たちには、自由に気の向くまま過ごしてきた、ダイナミックでリアルな原体験が必要」だとおっしゃっています。まさに「体験」の重要性です。しかし、このような考えが十分に浸透しないまま、教育熱心になるほど「早くからやらせよう」となってしまう。こうした低年齢化についてはどうお考えでしょうか。

 いちばん大事なことは、その年齢に合った教育をしっかりと積み上げることです。

 赤ちゃんはいきなり文章を話しませんよね。まずは「ママ」「パパ」などの1語で話し始め、そして2語、3語となって、徐々に意思疎通ができるようになっていきます。仮に子供が1語を話しているとき、親が長い文章を教え込んで無理に言わせようとしてもできるはずがない。子供は自分自身で学び、自分の頭の中で言語というものを構成していくから話せるようになるのです。

 ですから親は、子供がこのように一歩ずつ成長していくプロセスをおろそかにしてはいけないのです。早めに「型」だけを教え込み、子供が時には失敗して後戻りもしながら試行錯誤する体験の機会を奪ってしまうようなことがあれば、子供は自分から知りたい・学びたい・試してみたいといった意欲や好奇心の芽を摘み取られ、無気力になったり、じっくりと考えたりしなくなったりします。行き過ぎた低年齢化が進む中で、こうした弊害はあちこちで起きています。子供と関わる現場の先生たちはすでに実感としてわかっているでしょう。

 実際、「大人の手によって盆栽のように体裁良くまとまりすぎてしまうのではなく(中略)子供らしい伸びやかさと力強さがあって欲しい」という明確なメッセージを打ち出し、小学校受験のためにと間違った早期教育を行うことへの警鐘を鳴らす私立小学校も出てきています。

「自分で考え、判断し、行動する」子供を育てるために必要な親の姿勢

--ドリル型教育で育った親世代は、教育や勉強といえば机に向かい、問題を解くことだと考えがちです。いわゆる詰め込み型の教育ですが、一方でこれからは思考力、判断力、表現力といった非認知能力が大切だとされ、教育のあり方も変わりつつあります。そんな過渡期に子育てをする親が今、子供の幼児期を見守る上でどんなことに気を付けるべきだと思われますか。

 詰め込み主義の教育のいちばんの誤りは、知識を外から一方的に与えてしまうことです。しかし、繰り返しになりますが、特に幼児期ではまず事物に触れ、自分から主体的に働きかけ、自分の力で解決に至る試行錯誤を通じて認識能力を高める。こうした経験の積み重ねが、「自分で考え、判断し、行動する」子供を育てるのです。

 したがって、親が心掛けるべきなのは、幼児期にこのようなチャンスをたくさん作ってあげること。これが学力、非認知能力の基礎となるのです。それは決して、ドリル学習に象徴される知識の詰め込みでは実現できません。

 そしてもうひとつ大切なのは、「対話」です。

 特に幼児期は、自分の考えがうまく言語化できません。けれど、「○○ちゃんは~と思ったの?」「それはこういうことかな?」などと親が言葉を補いながら対話のキャッチボールを続けていくと、子供は語彙や表現を増やし、それによって考える力をぐんぐんと育んでいきます。

 また、たとえば電車を見るという経験ひとつとっても、「横から見てみよう」とか「後ろからはどうかな」「前から見ると誰かの顔に見えるね」などといった声掛けを通じて、子供はさまざまな角度によって見え方が違うことに気付けます。こうした経験から、視点を変えることで全体像を明らかにしていくことを学んでいるのです。

 親のひと言が子供に新しい視点を与えることもある。だから対話は、子供の成長にとって、親のとても大切な役割であることは間違いないでしょう。

--中学、高校、大学受験でも、知識ではなく思考力を問う問題が出題されるようになり、求められる力が変わりつつあります。小学校受験でもそうした変化は見られますか。

 明らかに変わってきています。新しくなった大学の共通テストでは、情報を集めて実証していくような、生活に根ざした問題が出題されていますね。この傾向が高校、中学、そして小学校受験にも下りてきていると思います。

 小学校受験も、かつてのように大量のドリル学習による対策が中心のスタイルから、昨今では「行動観察」という非認知能力を見る試験が多くの学校で取り入れられるようになり、ペーパー試験よりも行動観察のほうが重視される学校が増えています

 行動観察では、子供が集団の中でどのような行動をするのかが見られていますが、当然正解はひとつだけではありません。与えられたテーマに沿って、その子がどのように他者と関わり、みんなで話し合い協力しあえるかどうかが見られているのです。

 また、幼い子供の場合、集団の中でのふるまいには、親の価値観や考え方が投影されている面もあります。行動観察と親子面談を通じて、お子さんひとりひとりの育ちの背景を見ていく。ですからこれは小学校受験に限らず、中学、高校、大学受験にも共通することですが、有効なのは塾に通って身に付ける知識だけではなく、それ以上に日々の生活の体験にあるということを、親は十分に理解しておく必要があります。

 最近は多くのご家庭が共働きで、仕事と家庭の両立には大変な苦労を伴うということは十分承知のうえなのですが、子供に任せると時間がかかるからとお手伝いをさせなかったり、移動が楽だからと車ばかり使ったりせず、一見遠回りに思える時間、大人にとっては無駄に感じる時間こそが貴重な学びの体験になることを忘れないでいただきたいなと思います。

そして、日常生活の中で子供の頭にふっと湧いてくる「これ何?」「どうして?」などの疑問には学びの種がたくさんあります。ささっとネットで親が調べて簡単に答えを教えてしまうのではなく、一緒に図書館に調べにいく、川や山、公園など現地に赴いてみるなど、なるべく子供の学ぶ意欲を受け止めて伸ばしてあげてほしいですね。

--調べて答えがわかるまでのワクワク感こそ、大切なんですね。その体験があってこそ、体と心を通じて頭の中にもしっかりと根付いていく。これが学びの「原体験」なのだ、と。

将来の学びにつながる基礎教育を家庭で実践するために

--小学校受験をお考えの保護者へ、アドバイスをお願いします。

 小学校受験を考えている保護者からは、よく「家庭では何をすれば良いですか」と聞かれます。小学校受験では、学校側からの情報もあまり開示されていませんので、多くの方は幼児教室に通うという選択をすることになるでしょう。ですが、この幼児教室の選び方が大変重要です。幼児教室によっては、早いうちから難しいことをやれるようにすることが合格につながるという考えのもと、3歳くらいから過去問を何度も繰り返させるなど、決して幼児期にふさわしいとは言えないような詰め込み型の訓練で小学校受験を突破しようと考えているところもあります。確かにこの方法で受験は突破できるかもしれませんが、合格はその子にとっての人生のゴールではないのです。

 詰め込み型の教育をした結果、子供が燃え尽き症候群のようになり、入学後に学ぶ意欲をなくしてしまうこともあります。小学校受験を考えておられる保護者は、いつもこの考えを心に留めて、子供の発達段階に合った環境を見極めてほしいですね。

--最後に、小学校受験をする・しないに関わらず、まさに今、未就学のお子さんを育てている保護者に向けて、メッセージをお願いします。

 今日、お話ししてきたように、小学校を受験して合格するための準備であっても、近くの公立小学校に通うという選択であっても、子供の発達段階に合った就学前の基礎教育はとても大切です。将来の学びにつながるという視点で、詰め込み式の先取り教育ではなく、事物との触れ合いを通じた試行錯誤、さまざまな体験、そして親子の対話を大切に、焦らず一歩一歩積み上げていってください。

 親は子供のできる・できないに一喜一憂せず、その子なりに一生懸命頑張っているプロセスを応援する。そして他の子と比べるのではなく、こんなことができるようになったと、わが子の過去と現在を比べて成長を喜ぶ。受験する・しないに関わらず、そんな伴走ができれば、親子にとってかけがえのない時間になるとともに、「遊び保育」以上の基礎教育、そして揺るぎない自己肯定感を子供に授けることができるのではないでしょうか。

--ありがとうございました。


 すさまじいスピードで変化する世の中を生きるうえで必要なのは「何をやるべきか自分で見つけ、考え、付加価値を生み出す能力」だと久野氏は言った。そのためには、詰め込み型教育の呪縛から解放され、思考力の種となりうる「学力の基礎づくり」に重点を置いた教育が必要となる。それは、子供の年齢に合った教育をコツコツと積み上げることから始まる。

 久野氏が提唱する幼児教育への考え方や価値観が浸透することで、日本の幼児教育の重要性が見直され、真に子供の生きる力となる幼児教育が普及することを願っている。

 こぐま会は、新年度(2023年11月開講)入会説明会・体験授業の申込みを受け付け中だ。この機会に一度訪問することをお勧めしたい。(記事下の「関連リンク」より遷移)

《田中真穂》

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