1953年の創業以来、私学へと進む子供たちを応援し続けてきた日能研。他の受験部門をもたず、「12歳の選択」である中学受験に特別な想いを込め、子供たちの伴走者であり続けてきた塾だ。
東京私立中学高等学校協会・会長の近藤彰郎先生(八雲学園中学校・高等学校理事長・校長)と、神奈川県私立中学高等学校協会・理事長の工藤誠一先生(聖光学院中学校・高等学校校長)を迎え、日能研取締役副社長の茂呂真理子氏がこれからの人間教育の本質について迫った。
前後編でお届けする本企画。後編となる本記事では、これからの時代に必要な力と、私学に進学することの意義について聞く。
今を生きるために必要なスキル
茂呂氏:前編での先生方のお話から、私学における教育の特長として「多様性」「自由」「独自性」というキーワードが見えてきました。近藤先生は「人は生きる時代を選べない、だから一生懸命に今を生きることが重要」とよくお話しされています。長年、八雲学園にて教育に携わられていますが、この時代の中で、子供たちのどのような力を育みたいと考えていらっしゃいますか。
近藤先生:やはり生きる力です。人間ですから生きていれば当然、悲しいことに直面したり、深いダメージを負ったりもするでしょう。子供の成長とともに、その子の状態や学年に応じて、それらを乗り越えていくための力を教えてあげたいですね。とかく私たち大人は、子供に困難のない道を進ませたいと願うものですが、本当に大切なのは、その辛さにどう向き合い乗り越えていくかの知恵を授けることだと思うのです。
子供たちが学校生活で起こる人間関係の軋轢、他者との心の行き違いといった現実に向き合っていく中で、自分自身の内面に尊厳と自由を見出し、相手を許し受け入れる寛容さを培うことこそが重要です。
私は中学2年生のときにヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』を読んだのですが、とある囚人が明日にも命を落とすかもしれない絶望的な状況のなかで、ふと目にした夕焼けの美しさに心を震わせるシーンがあります。過酷な現実にあっても、美しいものを美しいと感じる心は誰にも奪うことはできないのだと気づかされる場面です。どんなに苦痛を強いられたとしても、人が人であるという尊厳を突き詰めれば人間の精神はどこまでも自由でいられる。
だからこそ、中高の学校生活のすべてを通じて、日本がいかに恵まれた環境であるかを自覚したうえで、人間としての尊厳も含めた生きる力を育む必要があると考えています。

茂呂氏:『夜と霧』、私も中高時代に出会いました。苦悩の意味、誰からも奪うことができない人としての自由や生きるという意味を、深いメッセージとして受け取った記憶があります。工藤先生は、聖光学院において、キリスト教に基づいた不変の教育理念を基盤に実践を重ねていらっしゃいます。そうした視点から、子供たちに伝えていきたいこととは何でしょうか。
工藤先生:フランクルが「それでも人生にイエスと言う」と述べたように、子供たちが、いろいろ体験して、経験を積み、生きていることに対して肯定感をもてることが大事だと思います。その点で中高6年間での体験は、とても重要です。
マザー・テレサは、スープを配りに行くシスターたちに「ただ早く平等に配るだけならロボットでもできる。でも人は、目の前の人に優しい言葉をかけ、微笑みながら手渡すことができる、ぬくもりを伝えられるのは人間だけ」と語りかけました。私はこの教えをふまえ、いつも卒業式には「ぬくもりを伝える人となれ」という言葉を贈ります。
では、私たちはどのような形でそのぬくもりを届けるのか。キリスト教の教えでは、人間はみな生まれたときに神様から、その人が社会で果たすべき使命が書かれた一通の手紙を受け取ると考えられています。その使命こそが、それぞれの形でぬくもりを届けるための道筋です。ともすると親御さんは、手紙を早く開けて、子供の生きる道を知りたいと思うかもしれません。ただ、その手紙はいつ開かれるかは誰にもわかりません。手紙が開かれるまでの過程で、子供自身が「今を健やかに、元気に生きる」こと自体に大きな価値があるのだと、私は伝え続けています。
「私学への進学」に向き合うための保護者のマインド
茂呂氏:今私学に子供を通わせているご家庭、そしてこれから「私学という選択」を考えているご家庭の保護者は、どのような視点で学校を見極めるべきでしょうか。

近藤先生:先生がどれだけ子供に寄り添っているかだと思います。教育が子供の未来を共に育んでいく営みだからこそ、先生は覚悟をもった究極の「エッセンシャルワーカー」であるべきだと思います。先生が「教師」を、単なる仕事としてとらえているか、子供と共に在るべき「私学人」ととらえているか。目に見える違いは些細なものかもしれませんが、結果として大きな差が生まれるのです。
私学は先生の転勤がありません。定年まで、あるいはそれ以上長く同じ学校に残り続ける方もいます。それゆえに、私学は子供たちにとっていつまでも変わらない「ぼこう」になれます。一般的には「母校」と書きますが、世界を旅した船がいつでも帰ってこられる港のように、巣立った子供たちがいつでも帰ってこられるような「母港」でもあると私は考えています。

茂呂氏:月日を経て社会という海に乗り出した後も、自分がお世話になった先生が変わらず迎えてくれる「母港」の安心感は、子供たちにとって何物にも代えがたいものですね。工藤先生は、長年教育現場の最前線に身をおかれている立場から、近年の親子関係については、どう感じていらっしゃいますか。
工藤先生:私が親御さんと接しながら、常々思うのは、「子供を親の自己実現の場にしてほしくない」ということです。自分自身が安心したい気持ちが先行し、子供の成長をじっくりと待つことができなくなっていたり、良かれと思っていち早く目標を見つけて志望校に向けて疾走するよう強いたりする親御さんも少なくありません。
アップル創業者のスティーブ・ジョブズは「人生のさまざまな経験という『点(ドット)』は、あとになって振り返ったときにしか『線』として繋がらない」と語りました。人生を美しい「線」にするためには、たくさんの豊かな「点」を打つことが大切だと思います。中高時代の経験は、その最たるものでしょう。私学という環境は、子供たちの人生の座標軸の中に、多様なドットを提供できる場所なのです。
親御さん自身の人生を振り返り、果たしてそれが岐路のない一本道だったのか、考えてみてほしいのです。当時は無駄に思えたいくつもの経験が、きっと美しい線を描いているのではないかと思います。
分かち合うことのできる人間を育てる場所
茂呂氏:AIが急速に進化する一方で、人が人として生きていくという本質的なことを忘れてはならないと感じています。複雑性を増す予測困難な時代へ漕ぎ出す子供たち、そして保護者の皆様へ向けて、ぜひメッセージをお願いします。
工藤先生:AIはあくまでもデータをもとに判断するので、そこに感性は存在しません。これからの時代、私たち人間にしかないものは、感性で受け止める力が重要です。幸福とは、「何かになる」ことではなく「何を感じられるか」によって決まります。
人間には、思い通りにいかない現実に直面したとき、それを受け入れ、今あるものに感謝する「足るを知る」という知恵があります。テクノロジーが進歩し、物質的に何でも手に入る時代だからこそ、この精神を心の傍らにもっておくことが幸せな人生を送るための鍵になると思うのです。
そして、人間の根底にあるもっとも美しい特質は、他者と分かち合う心です。困ったとき、悲しいとき、嬉しいときにその感情を分かち合うこと。それは合理性や損得だけで動くAIには決して真似することのできない、人間の尊厳ともいえます。
子供たちには「足るを知り、他者と喜びも痛みも分かち合える人」になってほしい。それこそがこれからのAI時代において、周囲から愛され自分自身も本当の幸せを感じられる生き方なのだと、私は信じています。

近藤先生:AIの危険性は、まだ誰もわかりません。ただ、どんな技術革新が起きようとも、それを使いこなしていくのは人間です。
人間はこれまで、どんなに過酷な時代であってもあきらめずに知恵を絞り、前を向いて生き抜いてきました。「賢明」という言葉通り、物事の本質を見極める賢さと、変化を楽しんで乗り越えていく明るさがあれば、どんな時代であろうとも自分の人生を堂々と切り拓いていくことができます。
教育理念という軸を貫き、挑戦を続けていた私学であれば、そうした力を身に付けられるに違いないと私は思います。ぜひ期待をもって私学の門を叩いていただきたいです。
茂呂氏:私たち日能研は、日頃から「私学が何よりも大切にしているのは、人を育てる『人間教育』である」というメッセージを届け続けてきました。先生方から伺ったお話は、そのメッセージの礎ともいうべきもので、多くのヒントに満ちていたと感じています。これから未来へ漕ぎ出す子供たちのために、自信をもって「私学という選択」をお勧めし、その架け橋であり続けたいと思います。近藤先生、工藤先生、本日は貴重なお話をありがとうございました。

おふたりの言葉からは、私学という選択の価値を強く感じることができた。個性を認め合い、自身の中に尊厳と自由を育んでいく営みこそが、長い人生を支える教育の本質ではないだろうか。
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