激動の時代に「生き抜く力」を身に付ける教育とは? UWC ISAK Japan 小林りん氏に聞く(前編)

 開校6年で海外の業界誌から「アジアトップ10ボーディングスクール」に選ばれるほどの評価を得て、世界各国の有名大学が視察に訪れるユナイテッド・ワールド・カレッジ ISAKジャパン。創設者の1人で代表理事の小林りん氏に教育の「今」と「未来」についてお話を伺った。

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 2014年、日本初の全寮制インターナショナルスクールとして、長野県・軽井沢の地に誕生したユナイテッド・ワールド・カレッジ ISAKジャパン(以下UWC ISAK)。

 開校6年で全寮制高校として早くも、海外の業界誌から「アジアトップ10ボーディングスクール」に選ばれるほどの評価を得て、世界各国の有名大学が次々と視察に訪れる。卒業生からはアメリカのアイビーリーグをはじめ、国内外のトップ大への進学者も相次いでいる。

 世界80か国以上から多様なバックグラウンドの生徒が集まるこの学校で、いったいどんな教育が行われているのか。

 このたび、UWC ISAKが目指すこと、生徒たちに起きているさまざまな変化、授業の内容などを紹介した本「世界に通じる『実行力』の育てかた はじめの一歩を踏み出そう」(日本経済新聞出版)を上梓した、同校の創設者の1人で代表理事の小林りん氏に聞いた。前編・後編でお届けする。

「実践」を通じて、チェンジメーカーを育てる



--現在の生徒数や御校の特徴などを教えてください

 現在の生徒数は3学年で約200名。1年生が独自のカリキュラムで40名、2年生からは世界中のUWC(*1)国内委員会から選抜された生徒が40名加わり、80名となります。国際バカロレア(*2)ディプロマプログラムを履修し、世界75か国への進学資格を取得できると同時に、日本の高校卒業資格も得ることができるという恵まれた環境にあります。
*1:UWC:UWC(ユナイテッド・ワールド・カレッジ、本部:ロンドン)は、世界各国から選抜された高校生を受け入れ、教育を通じて国際感覚豊かな人材を養成することを目的とする国際的な民間教育機関。イギリス、カナダ、シンガポール、イタリア、アメリカ、香港、ノルウェー、インド、オランダ等にカレッジ(高校)が開校されており、日本のISAKは3年前に加盟。
*2:国際バカロレア:国際バカロレア機構(本部ジュネーブ)が提供する国際的な教育プログラム。1968年、世界の複雑さを理解して、そのことに対処できる生徒を育成し、生徒に対し、未来へ責任ある行動をとるための態度とスキルを身に付けさせるとともに、国際的に通用する大学入学資格(国際バカロレア資格)を与え、世界各国の大学進学へのルートを確保することを目的として設置された。


 さらに学校としての特徴は3つあげられます。

 まず、最大の特徴は奨学金です。「インターナショナルスクール=学費が高い」と思われがちですが、私たちは設立当初から「あらゆるバックグラウンドの人たちがアクセスできる学校にしたい」という強い思いから、7割の生徒が返済不要の奨学金を受けています。

 この奨学金へのこだわりは2つ目の特徴にも繋がるのですが、それは「多様性(Diversity)」です。単純に国籍が多いというだけでは多様とはいえません。国籍は多様だけれど富裕層ばかりが集まっていたら、それは偏ったコミュニティになってしまう。だからこそ、私たちの学校には奨学金が欠かせません

 昨今の世界情勢を見ていると、国境だけではない、貧富の格差、人種、宗教、歴史観など、複雑に異なる価値観が渦巻いており、そうした表層的にはわかりにくい違いによって分断や紛争が起こっている気がします。私たちが生徒たちに、国籍だけでない真の意味での「多様性」に触れてもらいたいと思っている所以です。

 そして3つ目の特徴は「生徒による自治(Student Autonomy)」です。あらゆる場面で、生徒に非常に大きな責任をもたせています。「チェンジメーカー(変革者)」を育てるのは私たちの使命ですが、これらは座学だけでは学びきれない資質やスキルであり、生徒たちに任せ、”実践”を重ねることで培われるものであると私たちは捉えています。チームを作ってプロジェクトに取り組んだり、寮の運営を仲間と共に切り盛りしたり、そうした日常の“実践”を通じて、さまざまな資質を磨いてもらいたい。私が今回上梓した本のタイトルにある「実行力」という言葉は、まさに私たちの教育目標そのものです。

「世界に通じる『実行力』の育てかた はじめの一歩を踏み出そう」
小林りん代表理事の著書「世界に通じる『実行力』の育てかた はじめの一歩を踏み出そう」(日本経済新聞出版)

英語はあくまでもツール



--国内にあるとはいえ、インターナショナルスクール。求められる英語力が心配なところですが、一般的な中学校のレベルでも大丈夫なのでしょうか。

 英検準2級レベルをある程度の目安にしていただけたらと思います。ただ、高校1年生から入ってくる40名のうち、日本人は約3割いるのですが、その中でいわゆる帰国子女やインターナショナルスクールの出身で英語が非常に堪能なのは3分の1ほどで、多くても半分には満たない数です。公立育ちで英語は自分で勉強していただけ、という子も少なくありません。

 国際バカロレアのカリキュラムが始まるのは高校2年生からで、それまでの1年間は助走期間として設けているので、英語力に関してはそれほど心配していただかくてよいのかもしれません。志願倍率は8倍ほど、実際に全ての必要書類(長いエッセーなどを含む)を提出し終わった時点での応募倍率は5倍ほどですが、選考にあたって私たちは、英語はあくまでもツールと捉え、むしろ多様な価値観や、自分で行動し、何かをつくっていくことに興味があるかといった本質的な資質と私たちの学校とのフィット感をしっかりと見ています。

生徒たちが乗り越えた宗教、経済環境、LGBTの壁



--真に多様なバックグラウンドの生徒が同じ屋根の下に暮らす中で、どんな問題が起こり、それを生徒たちがどのように乗り越えていったか、特徴的なエピソードはありますか。

 3つのエピソードをご紹介させてください。

宗教の問題


 1つ目は、宗教の問題です。女子寮のある部屋では、熱心なイスラム教徒とキリスト教徒、そして仏教徒の生徒が共に生活をしていました。彼女たちはそれぞれ自分の宗教の戒律に従って祈ったり歌ったりするわけですが、毎日、それも数回もあると、勉強などに集中できないと揉めるようになりました。私たちが問題解決のために口癖のように投げかける、“What is most important to you? ”(あなたにとって一番大事なことは何?)と聞いてみても、このときばかりはそれぞれが“My religion”だと主張を始め、話合いはなかなか折り合いがつきませんでした。

 それでも教員たちは忍耐強く見守りながら、生徒たちにその解決を任せていたところ、インフルエンザなどの感染者が出た場合に隔離するための個室を、普段使っていないのだから平常時はそこを祈り専用の部屋に使わせてほしいというアイデアを提案してきました。これが実現し、この部屋の女子生徒たちはこの後急速に仲良くなっていきました。

経済環境の問題


 2つ目は、経済環境の問題です。これは本の中にも書いていますが、男子寮で共同キッチンに汚れた食器が溜まって問題になりました。食べ盛りですから、寮での食事以外にもお腹を空かせて夜食を食べたりするからでしょう。そこで男子生徒たちは、「これは共同責任だから、汚いお皿1枚につき10円の罰金を各自で負担しよう」と専用の貯金箱をつくり、溜まったお金は自分たちが自由に使える寮費に当てるという対処法を編み出しました。1週間の中で曜日や日時を決めて定期的にチェックし、その時点でたとえば10枚のお皿が放置されていたら各自が100円を払わないといけないというルールです。

 ところがある日、自分が汚したわけでもないのに、そのお皿を黙々と洗っている生徒がいました。その生徒の世帯年収は数万円。自分も毎月学校から支給される1か月2千円のお小遣いで文房具やシャンプー、衣類や靴などの生活用品を賄っているので、毎週100円の負担も大金なのだと。周りの生徒たちは、それまで頭の中でしかわからなかった経済格差について身をもって考えさせられ、改めて話し合いをし、最終的には罰金ではなく、「汚れたお皿の数だけ全員で腕立て伏せをしてから片付ける」という代替案を実践し、キッチンの汚れは無事に改善されたようです。

ジェンダーに関する問題


 そして3つ目のエピソードは、ジェンダーに関する問題です。実は世界の人口の約7%がLGBTの何らかの特徴をもっていると言われているので、本校でも200名の生徒のうち、少なくとも10~15名くらいがそうした特徴を持っていることになります。

 実際に彼らは、生物学的な性と心理的な性との間にギャップを覚え、たとえば寮のシャワールームで脱衣をする際、同性のルームメイトの目に触れることに居心地の悪さを感じていました。そうした感情の葛藤から、「自分たちも自分たちらしく生活したい」と申し出てきたため、私たち理事会とも協議の結果、新たに生物学的な性別で区別しない寮「ブレンデッドハウジング」がつくられることになりました。ただし、そこに入るには必ず保護者の承諾が必要であること、そして、男女が共同生活することになるので、万が一その中で男女が付き合い始めることになったら正直に名乗り出て、直ちにその寮を出て行くことなどの規律も、生徒たち自身が考案しました。日本の親御さんにとっては、なかなかショッキングなエピソードかもしれませんが、実際にもう何年もまったく問題が起こることなく運営されています。

 これらのエピソードからおわかりのように、本校では生徒による自治を大切にしており、教員である大人は強制的に介入するというより、問題が起こっても生徒が自ら解決することを後押しし、伴奏する役割を担っていると言えるでしょう。先ほど申し上げたとおり、ここはさまざまなバックグラウンドをもった生徒が集まり、真に多様性のあるコミュニティができています。そして生徒たちは、その中で起きるあらゆる問題を自分たちで解決するよう奨励されています。私たちの実践している教育には、この2つのコンビネーションが、その根底にあると思うのです。お互いの違いを知り、認め、問題や困難を乗り越えて、一緒に学んでいくプロセスが、大きなファミリーとしての絆や一体感につながっていっているのではないかと感じています。

ユナイテッド・ワールド・カレッジ ISAKジャパン「UWC Day」のようす
ユナイテッド・ワールド・カレッジ ISAKジャパン「UWC Day」のようす

「自分ゴト」として自ら動く。その“行動力”こそが重要



--まるで、世界の縮図を見ているようですね。

 昨今の世界や日本の情勢を見ていると、違いを攻撃したり、否定、拒絶したりすることが多くなってきているように思います。

 けれどもそこで、「なぜ相手はそういうふうに振る舞うのか」「なぜ私たちはこんなふうに対立してしまっているのか」「その根幹には何があるのか」「私たちが共通して信じているものはないのだろうか」と歩み寄る術を見出そうとする努力がとても大事だと思います。

 文句を言う、抗議をするだけではなく、「自分には何ができるんだろう?」と、「自分ゴト」として動いていく。その“行動力”こそが重要なのだという考え方が、もっともっと広がっていくといいなと思っています。

 →「自ら行動を起こす癖を身に付ける」UWC ISAK Japan 小林りん氏(後編)へ続く。

世界に通じる「実行力」の育てかた はじめの一歩を踏み出そう

発行:日本経済新聞出版

<著者プロフィール:小林 りん>
 学校法人ユナイテッド・ワールド・ カレッジISAKジャパン代表理事。経団連から全額奨学金をうけて、カナダの全寮制高校に留学中、メキシコで圧倒的な貧困を目の当たりにする。その原体験から、大学では開発経済を学び、国連児童基金(ユニセフ)のプログラムオフィサーとしてフィリピンに駐在。ストリートチルドレンの非公式教育に携わるうち、リーダーシップ教育の必要性を痛感する。帰国後、6年の準備期間を経て、14年に軽井沢で全寮制国際高校を開校。17年にユナイテッド・ワールド・カレッジ(UWC)へ加盟し、現在の校名となる。
 東京大学経済学部卒、スタンフォード大学教育学修士。15年、日経ウーマン「ウーマン・オブ・ザ・イヤー大賞」。17年、イエール大学グリーンバーグ・ワールド・フェロー。19年、Ernst&Young「アントレプレナー・オブ・ザ・イヤージャパン大賞」など受賞多数。

加藤紀子(かとう のりこ)
1973年京都市生まれ。1996年東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、子どものメンタル、子どもの英語教育、海外大学進学、国際バカロレア等、教育分野を中心に「プレジデントFamily」「NewsPicks」「ダイヤモンド・オンライン」「ReseMom(リセマム)」などさまざまなメディアで旺盛な取材、執筆を続けている。一男一女の母。2020年6月発売の初著書「子育てベスト100」(ダイヤモンド社)は、2020年9月現在13万部発行のベストセラー本となり、教育関連の書籍では異例の大ヒット作に。(写真撮影:干川修)
《加藤紀子》

加藤紀子

京都市出まれ。東京大学経済学部卒業。国際電信電話(現KDDI)に入社。その後、渡米。帰国後は中学受験、海外大学進学、経済産業省『未来の教室』など、教育分野を中心に様々なメディアで取材・執筆。初の自著『子育てベスト100』(ダイヤモンド社)は17万部のベストセラーに。現在はリセマムで編集長を務める。

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