【デジタル教科書(1)】日本のデジタル教科書の現状…格差拡大に懸念

 「デジタル教科書」と聞くと、どのようなイメージを持たれるだろうか。電子書籍端末のようなものだろうか、任天堂3DSなどのゲーム機のようなものをイメージするだろうか。それとも、iPadのようなイメージだろうか。

教育ICT その他
写真1 iPadを活用し、協働で学習を進める子どもたち
  • 写真1 iPadを活用し、協働で学習を進める子どもたち
  • 写真2 日本デジタル教科書学会設立記念大会の様子。シンポジウムや29の研究発表が行われた
  • 図1 デジタル教科書の整備状況(学校における教育の情報化の実態等に関する調査「平成23年度 文部科学省」より)
 「デジタル教科書」と聞くと、どのようなイメージを持たれるだろうか。電子書籍端末のようなものだろうか、任天堂3DSなどのゲーム機のようなものをイメージするだろうか。それとも、iPadのようなイメージだろうか。

 デジタル教科書についての議論は、ここ2年ほどさまざまな場で行われるようになっている。議論当初は、導入の賛否を問うものが多かったが、今年に入り、導入の賛否よりも、どのような導入をすべきかに論点が進んできている。しかし、その認識は人によって大きく差があり、前提となっている知識や理解に差があることが現状だ。そこで本連載は、議論の前提となる基本的な事項や、取組みの現状や現時点での課題の整理から始めることにする。

◆デジタル教科書とは何か

 文部科学省がいうデジタル教科書には、実は2つのものがある。「指導者用デジタル教科書」と「学習者用デジタル教科書」である。これは、「教育の情報化ビジョン」(文部科学省 2011)の中で、以下のように定義されている。

===
 いわゆるデジタル教科書は、「デジタル機器や情報端末向けの教材のうち、既存の教科書の内容と、それを閲覧するためのソフトウェアに加え、編集、移動、追加、削除などの基本機能を備えるもの」であり、主に教員が電子黒板等により子どもたちに提示して指導するためのデジタル教科書(以下「指導者用デジタル教科書」という。)と、主に子どもたちが個々の情報端末で学習するためのデジタル教科書(以下「学習者用デジタル教科書」という。)に大別される。
===「教育の情報化ビジョン」(文部科学省 2011)

 「指導者用デジタル教科書」と呼ばれるものは、すでに、教育現場に導入され始めている。平成21年度のスクールニューディール政策により導入が加速した電子黒板や50型以上の大型テレビに投影する教科書だ。法律的には、正確には「教科書」ではなく「教師用指導書」にあたるのだが、子どもたちがもっている紙の教科書と同様のものがデジタル化されて投影できる。そしてそれだけではなく、デジタルのよさを生かした機能も豊富だ。動きを伴い、操作によって子どもの理解を助けるさまざまなコンテンツがあったり、画面上に書き込んだりすることができる。

 こうしたものは、数年前までは、先駆的な数社しか販売していなかったが、平成23年度4月の小学校の新学習指導要領の全面実施に伴い、多くの教科書会社から「指導者用デジタル教科書」が販売されるようになった。

 価格は、教科やコンテンツの量によってさまざまで、1ライセンス1万円程度のものから、5万円を超えるものまである。費用の問題から、どの学校でも導入できているわけではない。しかし、導入校からは、提示用として想像以上の効果があるという声を多く聞く。学校によっては、特定の教科のみを導入したり、特定の学年で導入したりと、予算規模に応じて限定的な導入を行い、効果を検証しながら、少しずつ広げていく姿も見られる。

 一方、最近、これからの授業として期待されているのが、「学習者用デジタル教科書」である。この「児童・生徒一人一人がもつ」デジタル教科書は、まだ検討段階であり、人によってイメージの広がりに違いがある。一般的なイメージとしては、「教科書などのコンテンツ入りのデジタル端末」であり、具体的には、ノート型PCやタブレット型端末に、すべての教科の教科書や資料集、デジタル教材、ドリル、学習用アプリケーションなどが入り、インターネットへのアクセルも可能であるもの、と思ってもらえばよいと思う(写真1)。

◆政府目標と民間の動き

 先にのべた「教育の情報化ビジョン」では、一人1台の「学習者用デジタル教科書」を2020年に導入することを目標として設定している。そして、すでに平成22年からインフラ面の研究を行っている総務省「フューチャースクール推進事業」と連携して研究を進めており、小学校10校、中学校8校のモデル校での研究成果が積み上ってきている。文部科学省としては平成23年度より「学びのイノベーション事業」を行い、主に学習面について実証研究を行ってきた。しかし、「フューチャースクール推進事業」は、この6月の「行政事業レビュー(省版事業仕分け)」で、「廃止」と判定されるなど、その雲行きは不透明である。

 このような国の動きに呼応するように、民間では、2010年にコンソーシアム「デジタル教科書教材協議会」(略称:DiTT)が立ち上がり(2010年7月27日に設立総会開催)、政策提言、ハード・ソフト開発、実証実験、普及啓発などに精力的に取り組んでいる。DiTTでは、2011年度に学校や企業と連携して独自に13の実証研究を行い、その成果を公開している。

 また、教育現場発の全国規模の研究団体として「みんなのデジタル教科書教育研究会」(略称:デジ教研 会員数:461名9月現在)がほぼ同時期に発足した。こちらは、教員やエンジニア、出版関係者、研究者、保護者などデジタル教科書議論に関心があるさまざまな立場の人たちが、個人として参加をしている。Facebookを中心に、「みんなが使いやすい、わくわくするデジタル教科書の実現」をスローガンに、デジタル教科書研究を草の根から推進してきた。そこでなされた900テーマにものぼる膨大な議論や情報交換の内容は、ボランティアの手によって「デジ教研wiki」に整理され、広く公開されている。

 さらに、2012年6月に「デジタル教科書・教材やそれを活用した実践について、学術的に追究し、我が国の教育のこれからの発展に資すること」を目的に、「日本デジタル教科書学会」(略称:JSDT 会員数:171名9月現在)が発足した。8月に青山学院大学で行われた設立記念全国大会には、全国から約200名の参加があり、世間の期待の高さが感じられた(写真2)。今後、全国各地で数多くの研究会やワークショップを行う予定である。このように、「学習者用デジタル教科書」についての研究成果や世間の関心は、まだまだこれからではあるものの、確実に期待の声は高まってきている。そして、その広がりは、年々加速している。

◆教育ICTの学校や地域による格差

 地方からの「学習者用デジタル教科書」に期待する声も、ここ1年で急速に高まってきた。デジタル教科書の実現のための制度改正や予算の確保などを提言した「教育情報化推進ステイトメント」(2012年6月に発表)には、佐賀県武雄市長の樋渡啓祐氏をはじめ、40名を超える知事や市長が名を連ねている。また、橋下徹市長の大阪市では、来年度よりモデル校を設置し、授業用のタブレット端末の配布を計画している。佐賀県のように、すでに県ぐるみで「ICT利活用教育推進事業」に取り組み、電子黒板や学習者用端末を利活用した授業を推進している地域もある。このように、自治体が、独自に「学習者用デジタル教科書」の導入の検討を進める動きが出始めている。

 しかし、一方で、ICTの利活用に積極的ではない自治体も、未だに多数存在する。そのため、地域間の格差は広がる一方である。文部科学省が毎年実施している「学校における教育の情報化の実態等に関する調査」(平成23年度)によると、校内LANの整備率の全国平均はまだ83.6%である。県ごとに見ると、長野県で95.8%の整備が完了している一方で、奈良県は60%に過ぎない。超高速インターネットの整備率はさらに格差が大きい。京都府で98.8%と、ほとんど完了しているのに対して、石川県は40.7%と半数にも満たない。LANやインターネットは、「学習者用デジタル教科書」導入以前のインフラであるので、これらの整備がなされていることは導入の前提になると考えられる。こう考えると、「学習者用デジタル教科書」が導入されるまでの道のりは険しい。

 同調査では、「指導者用デジタル教科書」の整備率も公開されている。それによると、図1にあるように平成22年度から平成23年度にかけて、普及率が大きく向上している。しかし、やはり、自治体間での格差は大きい。こちらでは石川県がトップで導入率43%であるのに対して、北海道ではわずか5.5%である。しかも、前述したように、導入校であっても、必ずしも全学年全教科で導入しているわけではないので、実際に、「指導者用デジタル教科書」で授業を受けている児童は、まだわずかであると言える。

 これまで見てきたように、自治体間の取組みの差は、想像以上に大きなものである。さらに、同一自治体の中での学校間格差も、非常に大きい。校長のリーダーシップが秀でている学校や、情報教育に堪能な職員がいる学校では、教育の情報化は確実に進んでいる。しかし、そうではない場合は、機材が導入されていても活用率が低い。そのことは、全国の学校に勤務する教師間での情報交換で強く感じている。

 今後、地方自治体の首長の裁量が大きくなるにつれて、取組みに積極的な自治体と消極的な自治体間での格差がさらに大きく広がると予想される。そしてその結果、被害を被るのは他ならぬ児童・生徒なのである。学力面の問題ばかりではなく、公教育がデジタルデバイド(情報格差)を加速するようなこともあってはならない。実際に活用する教員の意識改革は当然として、導入を決定する立場にある自治体の首長や教育委員会の意識の高まりが必要である。教育は公約として「票になりにくい」と言われるが、国の礎は教育である。「教育情報化の推進」が、選挙の争点となるよう有権者の意識が高まってほしいものだ。

 次回は、デジタル教科書導入への法律の課題、学校への整備面の課題、予算上の課題について取り上げたい。

【著者プロフィール】
片山 敏郎(かたやま としろう)
新潟市立上所小学校 教諭で、日本デジタル教科書学会会長。みんなのデジタル教科書教育研究会の発起人でもある。
《片山敏郎》

【注目の記事】

特集

編集部おすすめの記事

特集

page top