2018年11月4~5日、千代田区立麹町中学校および紀尾井カンファレンスにおいて「Edvation x Summit 2018」が開催された。新しい教育への示唆と既成概念にとらわれない教育イノベーターの育成を目的とした国際カンファレンスだ。
そのなかで行われた、パネルディスカッション「ブロックチェーンは教育に何をもたらすのか?」を取材した。モデレーターはソニー・グローバルエデュケーション代表取締役社長の礒津政明氏、パネラーはCCC-TIES副理事長である小野成志氏、GIFTED AGENT・代表取締役である河崎純真氏。
教育イノベーター3人が語る「ブロックチェーン」
礒津氏率いるソニー・グローバルエデュケーションでは、2014年から教育にブロックチェーンを応用できないかという点に着目して、研究開発を進めている。これを実現することで、学習者中心の「新しい教育のエコシステム」を構築できるのではないかと考えるからだ。礒津氏曰く、現在その第一歩として「エデュケーションデータネットワーク」という成績証明書の流通のシステム設計を進めているとのこと。海外からも注目され始めており、今後も普及を目指して取り組んでいく計画だ。

「新しい教育のエコシステム」を提唱するソニー・グローバルエデュケーションの礒津政明氏
河崎氏が代表取締役を務めるGIFTED AGENTは、発達障害の子どもたちにプログラミングでデザインを教えることを主軸に事業を展開している。自身が発達障害を抱えていることや、15歳から始めたエンジニアリングの実績を生かしながら、社会課題と向き合う取組みを数多く行っている。とりわけ現在は、ブロックチェーンを用いて独自の経済圏を築く仕組み「COMMONS OS」の実証実験、発展、普及に取り組んでいるという。
小野成志氏が副理事長を務めるCCC-TIESでは、1996年からオンラインで大学の資料を公開するなど、日本のeラーニングにおいて先駆的な取組みを展開してきた。2016年より、ブロックチェーンを用いた新しい「学習経済」モデルについての研究を開始し、「学習経済」モデルを提唱している。
会場となる千代田区立麹町中学校の合同教室を埋めつくす聴衆を前に、パネルディスカッションが始まった。

「ブロックチェーンとは、新しい信用の形」と話すGIFTED AGENTの河崎純真氏
礒津氏:はじめに、河崎さんから「ブロックチェーン」技術の仕組みについて簡単に説明していただきましょう。
河崎氏:では、まず会場でブロックチェーンの「仕組み」をご存じの方、挙手をお願いします。(首を傾げながらも数人手を上げる)まばらですね。そうなんです。言葉としては流布していても、概念の詳細を理解している方はまだ少ないのが現状です。簡単にいうと、私はブロックチェーンは「新しい信用の仕組み」だと考えています。
今までの文明の発展により、日本ではさまざまなものが新しいものに置き換えられてきました。物物交換が貨幣を生み、今では仮想通貨に置き換わろうとしています。貨幣経済の中心にあるのは、国や銀行といった中央集権化された機関です。貨幣にとどまらず、さまざまな法令や条例などの決まりごとにも同じように中央集権の管理機能が働いています。これにおける貨幣や法令は、可視化された「信用」と言えます。
たとえば「この半径3メートルのエリアは私の土地です」と今私が言ったとしても、誰も信用しないですよね。でもここに国が発行している登記簿があれば、ほとんどの方は信用してくれるはずです。このように、従来の「価値の証明」には公的な機関による信用の裏付けが必要でした。

合意形成による新しい「価値の証明」の仕組み
もうひとつ「価値の証明」をする方法があります。それは中央集権化した何かひとつに依存するのではなく、皆で情報を共有し管理して、信用を担保する方法です。「そこの半径3メートルは河崎の所有物だ」ということを皆が合意形成することで、ひとつの信用が生まれます。これをインターネット上の台帳を使って実現するのが「新しい信用の仕組み」、つまりブロックチェーンです。
礒津氏:ありがとうございます。ブロックチェーンは非常に難しい概念のように思われていますが、先ほどの河崎さんの土地所有のメタファーはわかりやすいですね。誰でも書き込める巨大なデータベースを参照しながら信用を形成するのが、ブロックチェーンの仕組みと言えます。これを教育へ応用すると、学習者中心の「新しい教育のエコシステム」が構築できるのではないかというのは、私たちの考えです。
それでは次に、オンライン教育の分野で非常に先駆的な取組みを進めてきた小野さんから、現在行っておられる研究の概要をお話しいただきましょう。

ブロックチェーンの教育分野への応用を研究している、CCC-TIESの小野成志氏
小野氏:私たちのオンラインでの大学資料の公開しかり、1997年の慶應義塾大学、村井純教授の「スクール・オブ・インターネット」の取組みしかり、日本は技術的に先行しながらも、爆発的な普及のブームには乗り損ねてしまった感が否めません。ただ、ブロックチェーンの教育における展開はまだこれからだと考えています。
私たちは、ブロックチェーンを用いて学びをある種「商品化」することで、自らの学習によって取引を行う「学習経済」モデルを提唱しています。
今までは学校や塾、ひいては先生にお金を払うことで、学習の機会を得ていました。画一化された能力観のもとで、その能力を取得することの対価として貨幣がありました。しかし、オンラインでの学びが浸透した今、先生に教わったり塾に通ったりする必要がなくなりつつあります。さらに能力の指標も多様化しています。

小野氏らの提唱する「学習経済」モデル
学ぶことは自分の価値を向上させることに繋がります。身に付けたものやスキルは、他者に伝達したり、提供することができるので、ひとつの取引の材料になるわけです。
決められた教育課程やカリキュラムを受講することで、生産性を身に付け、社会経済を動かす人間を作り上げるという従来型の教育モデルから、学びながら自らの価値をアップデートし、経済を動かすことのできる「学習経済」モデルに転換するというのが、私たちの見解です。
礒津氏:なるほど。学習者自身の学びのモチベーションにも変化が生まれそうですね。
小野氏:哲学者のイヴァン・イリイチも著書「脱学校の社会」のなかで述べているとおり、大部分の学びは学校外で行われます。日々の活動自体が学びです。いまや「教育者が教育する」という思想は、思い上がりにすぎません。
礒津氏:学校教育を「フォーマルラーニング」、学校外の学びを「インフォーマルラーニング」と呼びますが、ブロックチェーンはこういったインフォーマルラーニングを測りうるツールになりえますね。今まで学習や教育とは捉えられていなかったことも、学びになりうる、と。

これから来るであろうブロックチェーン時代における学校のあり方について語る登壇者たち
そう考えると、学校の存在の希薄化が課題になるのではないかと考えます。今後の学校のあり方について、どのようにお考えですか?
河崎氏:先日、比叡山で修行をしてきたんです。お坊さんと一堂に会して、生きる意味を考えました。そのときに、学校の原型を見た気がしたのです。お寺は比叡山から国分寺に広がって、全国のお寺で同じ思想が浸透している。日本における学校も、歴史的には同じような発展をしたはずです。それなのにフォーマットだけコピーして、コンセプトや理念が抜け落ちてしまっていることが多く、単に効率性を重視した知識伝達のシステムに成り下がってしまっています。
本来、人が集まって集団行動をする意味は、生きる意味を「場」として学ぶことにあるのではないでしょうか。そういった点で、これからも学校の存在意義はあると思いますね。
礒津氏:ここ千代田区立麹町中学校の工藤校長先生もお話されていましたが、学校を午後はカルチャースクールにして、大人も学ぶ場にアップデートしたらどうかと思います。
小野さんの言う「学習経済」モデルの時代になると、学校も経済活動の場、つまり子どもも大人も年代問わず、自らの学びを取引できる場になるのではないでしょうか。
小野氏:確かにそうですね。フォーマルな学びの場と、インフォーマルな学びの場では、学習経済モデルにおいても、経済活動の動きは異なるとは思います。
礒津氏:仮想通貨は流出等の懸念があることから、教育には転用できないというのが、現在の日本全体の見解です。とは言え、10年20年経つと、今皆さんが違和感なくスマホを使っているように、ブロックチェーンの概念すら忘れるほど世の中に浸透していると思います。
河崎氏:「教育を変える」という立場ではなく、自分たちが新しい教育の形をつくる姿勢でいたいですね。

新しい教育をつくる目的で開催された国際カンファレンス「Edvation x Summit 2018」
さらに個別最適化された学習が可能になるこれからの時代、その評価の指標もさまざまに展開されるだろう。ブロックチェーンは、自らの学びをオンライン上に蓄積することで、皆で合意形成し合いながら、お互いの価値を常に評価し合える仕組みとも言えよう。
「ブロックチェーン」という言葉を耳にすらしなくなるほど、当たり前に浸透した社会は、もしかすると私たちの気付かぬうちにすぐそこまで来ているのかもしれない。