こうしたなか、日本マイクロソフトには遠隔授業の問合せが殺到しているという。東京都立大学(3月まで「首都大学東京」)はこの状況にいち早く対応し、2020年3月26日にはMicrosoft Teams(以下Teams)を利用したリモートラーニングを実施した。
対面から遠隔へ、わずか3週間で切替
3月26日に実施されたのは、金融系の専門家を対象としたアンドレア・マクリナ氏(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン)による丸の内QFセミナー「Refinancing based on an overnight interest rate benchmark」。当初は、ロンドン在住のマクリナ氏が来日し、丸の内にある東京都立大学の金融工学研究センターを会場に、対面のセミナーとして実施される予定だった。
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企画を詰める時点で新型コロナウイルス感染拡大の懸念が生じ、小規模実施を含めた検討に入っていたところに、マクリナ氏の来日が困難だという情報が飛び込んできたのが3月上旬。これまで経験のないTeamsによるオンライン開催実施までわずか3週間あまり。どのように準備をして、当日のイベント実施に漕ぎ着けたのか。担当者の東京都立大学 大学院経営学研究科 ファイナンス・プログラム 特任教授の吉羽要直氏、同プログラム准教授の竹原浩太氏、受講者として参加した同プログラム教授の足立高徳氏に話を聞いた。
吉羽氏は「開催自体難しいと考えていたとき、マクリナ氏からユニバーシティ・カレッジ・ロンドンでTeamsを使っているので、これを使って実施できないかという提案がありました。しかし自分は使用したことがなかったので、まず、大学の事務にライセンスの確認をしました」と言う。その結果、大学がOffice 365の契約をしていることがわかり、日本マイクロソフトに相談したのが3月3日、2回のオンラインミーティングののち、16日には大学の環境で配信テストを行ったうえで、Webサイトで開催告知を開始。2日後18日のマクリナ氏によるロンドンからの配信テストを経て、26日の本番を迎えた。
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遠隔地からも受講
わずか10日間の集客にもかかわらず、40名以上が参加登録し、当日は30名程度が参加した。丸の内の会場で開催予定だったセミナーには、地方や海外からの参加者もいた。「当初の予定どおり会場で実施できればよかったのですが、遠隔地からも参加できたという意味ではオンラインで実施できてよかったと思います」と吉羽氏は話してくれた。
オンラインならではのコミュニケーション
リモートラーニング中には、質問や意見を随時書き込めるチャット機能も利用された。竹原氏は「英語の場合、話すより書くほうが質問しやすい人もいたのではないでしょうか」と語る。足立氏も「チャットだと講演中にも感想が書けるのは、会場での実施ではないことですね。テキストで記録が残せる良さもあると思います」と評価していた。
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講演終了後には、ビデオ通話による質疑応答も行われ、目立った遅延もなくスムーズなコミュニケーションが行われていた。リモートラーニング中は、受講者のマイクとビデオをオフにすることが徹底されていたが、「質疑応答の際には、受講者のマイクだけでなくビデオもオンにすることで、双方の表情を見ながらより円滑なコミュニケーションができると思います」と竹原氏は指摘した。
Teamsには発言がリアルタイムでテキスト化され、字幕が表示されるライブキャプション機能(2020年5月現在プレビュー版)が用意されている。竹原氏は「キャプション機能が非常に良かったですね。専門的な用語も正確に表示できていました」と評価していた。
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モバイル環境でも無理なく受講
配信終了後、先生方が心配されたのは「臨場感をどれだけ伝えられたか」ということ。参加者のアンケートには「種々の環境を経験していますが、(Teamsでの実施は)なかなか良かったと思います。今回はモバイル環境でしたが止まることも画像が乱れることもなかったです」「音声も画像も良くストレスなく拝聴できました」といった声が寄せられた。
一方で、「当方使い方が不慣れなためチャットもうまくできませんでした。(中略)テクニカルな質問がしにくいので、事前にハンドアウトを公開すべきだと思います」といった声も上がった。実施にあたり、主催者はかなり詳細なマニュアルを用意していたが、準備から実施までの期間が短かったこともあり、十分に準備できなかった参加者もいたようだ。今回はオンラインへの急な変更という異例の事態であったが、遠隔授業などでは事前説明やテスト配信などで、万全の準備をしておけば、より安心して実施することができそうだ。
ニーズが高まる遠隔授業
教育機関では、遠隔授業の準備が急ピッチで進んでおり、すでに夏休み前の授業はすべてオンラインに切り替えることを発表した大学もある。
足立氏は「東京都立大学でも、5月の連休明けにならないと授業を始められません。状況によっては、さらに伸びる可能性もあります」と言う(3月26日取材時)。「遠隔授業になると授業のやり方も変わり、スライドなど通常の授業とは準備も異なります。そういうことを考えていく意味でも、今日のセミナーは良い経験になったと思います」と語り「今がまさに教育の現場が変わるタイミングであり、かなり強引に推し進めていく必要があると考えています」と話してくれた。
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問題の発生もなく、順調に準備が進み、成功に終わったリモートラーニングであったが、主催者の不安がなかったわけではない。吉羽氏は「不安は不安でしたよ(笑)、Teamsを使ったことがなかったのですから」と言う。「マイクロソフトさんがサポートしてくれたから、なんとかなったと思います」(吉羽氏)
しかし日本マイクロソフト担当者との打ち合わせはオンラインによる2回だけ。同社担当者は「マニュアルもこちらで用意しますし、説明用の動画も用意していますが、独自のマニュアルを作成してくださいましたし、今回はそれほど密にサポートすることなく、先生方がご準備くださいました」と語る。それでも「サポートしてもらえるという安心感があったので、やってみようという気持ちになれました」と竹原氏は話していた。
日本マイクロソフトでは、電話、メール、チャットで、TeamsをはじめOffice製品の利活用をサポートしている。
大学におけるTeams利活用の可能性
TeamsはOffice 365のコラボレーションハブに位置付けられている製品で、遠隔授業やWeb会議だけでなく、チームやプロジェクト単位でファイルを共有したり、協働作業で同時にファイルを編集したりすることもできる。授業や会議に向け、事前に資料を共有しておくことで、より高い生産性や効果を実現できる。
竹原氏は、「Teamsを使えば長期休暇に課題を出しやすくなりそうです。また、地方に帰省する学生も含めたコミュニケーションにも利用できそうです」と、大学におけるTeams利活用の可能性についても話してくれた。
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休校が長引く中、学校現場からは教育ICT整備の遅れを痛感したという声も聞こえてくる。GIGAスクール構想も前倒しされることが決まり、初等中等教育のICT活用は加速する見込みだ。これにより、遠隔授業を含むデジタル活用の需要はますます拡大するものと考えられる。
※ 取材は2020年3月26日に実施したもの。東京都立大学では、5月11日からオンラインでの遠隔授業が始まった。