スキル習得と実践を行き来、グローカルな価値創造ができる人材を育成

 国際高等専門学校の国際理工学科教授・松下臣仁氏ならびに同准教授・ハヤト・オガワ氏にインタビューを行い、国際高専のIT教育の魅力と実際に迫った。

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スキル習得と実践を行き来、グローカルな価値創造ができる人材を育成
  • スキル習得と実践を行き来、グローカルな価値創造ができる人材を育成
  • 2年生のエンジニアリングコンテクストの授業
  • Jetson(マイコン)を搭載したJetbotというロボットをコースに置いて走らせる実習のようす
  • 実習ではコミュニケーションの中から落としどころや妥協点をみつけ、よりベターなものにしていく
  • 仕様が決まっていないものを作っていくなかで、使う人の「意見」を聞くことはとても重要
  • 考え手を動かしながら作り上げていく
 高等専門学校は、中学卒業後に進学する5年制の高等教育機関だ。全国に国公私立合わせて57校あり、全体で約6万人の学生が学ぶ、実践的・創造的技術者を養成することを目的とした教育機関である。

 石川県にある国際高等専門学校(以下、国際高専)もその1つ。グローバルな視点で社会の課題を解決し、新たな価値を創造する「グローバル・イノベーター」の育成を進めている私立高等専門学校だ。英語・数学・工学・科学の理数系科目はすべて英語で授業を行う。1・~2年生は全寮制の白山麓キャンパスで理工系科目の基礎を英語で学び、3年生はニュージーランドの国立オタゴポリテクニクへ1年間留学。4~5年生は併設する金沢工業大学の大学生と連携した研究やプロジェクト活動を行い、専門分野の学びを深めていく学校だ。国際高専の5年間と金沢工業大学4年間をつないで高いレベルの技術者育成を目指す9年間一貫教育を進めている。

 このような先進的な教育を行っている国際高専では、ICT教育においても実践や体験が重視されている。同校のICT教育では、具体的にどんな学びを進めているのだろうか。国際理工学科教授・松下臣仁氏ならびに同准教授のハヤト・オガワ氏にインタビューを行い、国際高専のICT教育の魅力と実際について迫った。

エンジニアリングデザイン教育で問題発見・解決を実践



 「国際高専のカリキュラムの大きな特徴は、エンジニアリングデザイン教育を核とし、それを中心にプロジェクト型の授業を行っていること」と語る松下臣仁氏。エンジニアリングデザイン教育とは、「発想から手を動かして物を作るといった一連の行動をチームで実践して、『パーソナルスキル』『インターパーソナルスキル』『システム構築の知識とスキル』を、段階的に高めていくことを目指す理工系PBL(Project Based Learning)教育のことを指します」(松下氏)。白山麓キャンパスで学ぶ1~2年生は、それぞれ「エンジニアリングデザイン」の授業で問題発見・解決型のプロジェクト活動を実践しているという。

 プロジェクト活動の実践に使うスキルや知識は、並行して行われる「エンジニアリングコンテクスト」と「コンピュータスキル」の科目で習得する。それぞれの授業が互いに連携している。

 「コンピュータスキル」は名前の通り、ICTやデータ活用などのスキルを習得する科目で、具体的にはOfficeやイラストレーター、フォトショップといったソフトの使い方や、映像編集、Webデザイン基礎などを学習する。一方「エンジニアリングコンテクスト」の科目で取り扱う内容は幅広く、最新テクノロジーをはじめ、エンジニアとしての思考の枠組みやリテラシー、コミュニケーションなどを学ぶ。1年生ではアイデアを描いて物事を視覚化していくコミュニケーションドローイングや、自分の行動やアイデア等が人や社会にどのような影響を与えるかを考える倫理、2年生では物事を論理的・批判的に考えて行うディベート、AI・IoTの実践、ビジネスデザインなどを学んでいく。

 ハヤト・オガワ氏が担当する2年生の「エンジニアリングコンテクスト」の授業のようすを紹介しよう。ある日の授業では、Jetsonというマイクロコンピュータ(以下、マイコン)を活用したAIの学習を行った。Jetsonにはあらかじめ教員が組んだAIソフトが搭載してあり、まず授業で機械学習とはどういうものであるかを説明したのち、JetsonというハードウェアとAIソフトを実際に使ってみる。Jetsonを搭載したJetbotというロボットをコースに置いて走らせる実習では、そのロボットに搭載したカメラで走行するコースを撮影し、その画像をマシンラーニングさせることで、その後ロボット自身が進むコースを決めるようすを体験する。これにより、「学生たちはどんな画像を学習させることが効率的か、マシンラーニングの効率的な学ばせ方について実践を通して習得している」とオガワ氏は語る。

2年生のエンジニアリングコンテクストの授業
2年生のエンジニアリングコンテクストの授業

Jetson(マイコン)を搭載したJetbotというロボットをコースに置いて走らせる実習のようす
Jetson(マイコン)を搭載したJetbotというロボットをコースに置いて走らせる実習のようす

相手に共感して地域ニーズをつかむ



 エンジニアリングデザインのプロジェクトに、この機械学習(AI)の要素を取り入れ、実際に地域の課題解決にに取り組んだ学生もいる。「AIやIoTなどスキルを学ぶのと同時に、エンジニアリングデザインで地域の課題を解決するプロジェクトを実践することで、活動の幅が広がる。学生の引き出しを少しずつ広げて、自分がやりたいことにチャレンジできるようにしている」と松下氏。エンジニアリングの授業で「獣害対策のためのAIを用いたサル認識システムの開発」に取り組んだ2年生チームは、そのプロジェクトを2021年3月に実施された電気学会の「U-21学生研究発表会」で発表し、大学生も参加する中、見事に最優秀賞を受賞した。

「U-21学生研究発表会」で国際高等専門学校2年生チームが最優秀賞を受賞

 この事例からもわかるように、学んだICTスキルを生かして、エンジニアリングデザインの授業で問題発見解決プロジェクトを進めるうえで重要なのが「地域との関わりの中で相手に共感して、ニーズを感じ取ること」だと松下先生は指摘する。「エンジニアリングデザイン」は、「まずは身の周りのことから考えて、2年生は外に目を向ける内容になっている」(松下氏)という。

 具体的には、1年生前期では自分の個性に合うものや自分が生活の中で欲しいと思うものを作り、1年生後期では外部の人やほかの先生にインタビューを実施し、そのコミュニケーションの中で知った「相手が本当に使えそうなもの」を作る。さらに2年生ではコミュニケーション対象を「地域」に広げ、アグリテックとアグリビジネスの2チームに分かれ、白山麓の地域の人と話し合ってその課題を解決するために、1年間通して進めていくカリキュラムになっている。

 「重要なのは地域の人とコミュニケーションをとること。学生や教員の意見を押し付けずに、よりオープンに地域の人の思いを受け取って、共感することがエンジニアリングデザインでは重要」とオガワ氏は話す。実際に社会に出たとき、エンジニアは現場に出向き、相手や環境から必要なものを感じ取ることが求められるためだ。

 エンジニアリングデザインの授業では、フィードバックセッションの時間を多く確保しているという。それは学生と地域住民のイメージのずれを丁寧に擦り合わせるために、打ち合わせを3~4回ほど実施するためだ。学生は頭にあるアイデアをあれもこれもと出すことが多いというが、それを収束させて、地域の人と話し合って落としどころや妥協点を学び、よりベターなものにしていくことを実践で学んでいく。

実習ではコミュニケーションの中から落としどころや妥協点をみつけ、よりベターなものにしていく
実習ではコミュニケーションの中から落としどころや妥協点を探り、よりベターなものにしていく

地域の人に本当に役に立つ解決策へと導く



 授業で地域の人々と学生たちが触れ合うことの多い国際高専。双方が一丸となって課題を見つけ、解決しようとしている姿を、先生方はどのように感じているのだろうか。

 「地域との連携ではターゲットになりそうな人がどんな人か、その人が抱えている課題や価値観など実際の声を聞く機会を設けて、協力していただいています。ICTに限らず、若い時から外に目を向けて他者のニーズを汲み取る経験は、必要不可欠です。そのためにも、地域の方との連携はとても大切だと思っています。現場の生の問題に取り組むのはなかなか難しいことですが、白山麓の地の利を生かしたプロジェクトだと思います。教員ではない地域の方が関わってくれることで、私たちだけでは伝えられない成長するための引き出しを与えていただいています」(松下氏)。

 「エンジニアリングデザインでは、仕様が決まっていないものを作ることになります。自分たちが良いと思って作っても、地域の人が使わなかったら意味がありません。そのため、地域の方の声を組み入れて、仕様を決定し、ものを作っていく意識をもつ必要性を伝えています。また、コスト面もクリアしつつ、IT専門家でなくても、簡単に設置できて簡単に使えるシステムを意識させるようにしています」(オガワ氏)。

仕様が決まっていないものを作っていくなかで、使う人の「意見」を聞くことはとても重要
仕様が決まっていないものを作っていくなかで、使う人の「意見」を聞くことはとても重要

海外で他国学生と協働して地域課題解決に挑む



 国際高専では4~5年次にも、地域課題解決に取り組むことができるチャンスがある。海外留学中に現地で行う取り組みで、提携校のシンガポール理工学院と共同実施される「ラーニングエクスプレス」プロジェクトだ。これは、日本の学生と、シンガポールをはじめとするアジアの学生とが一緒に東南アジアの地域の村に赴き、村人たちへのインタビューを通して他国の大学生とともに地域の課題解決を図るもの。2週間の短期プロジェクトではあるが、グローバルな視点で地域課題を実感し、英語で海外の学生と協働する体験にもなる。また、「ハイテクなものを押し付けずに、その地域の人がそこの道具で作れるもので解決する必要があり、広報をするにも地域文化を考えて行う」(オガワ氏)ため、エンジニアとしての総合力、課題解決力が磨かれるチャンスとなる。

 グローバルな視点をもち、社会が本当に必要とする課題をコミュニケーションを通じて発見し、自身のスキルをもって解決策を発案し、地域の人を含めさまざまな関係者とともに協働していく技術者。これこそが国際高専の目指すグローバル・イノベーターであり、グローバル社会で新たな価値を創り出すプロフェショナルだ。

作る楽しみの実感から世界をよくするイノベーターへ



 こうしたエンジニアリングデザイン教育を受けた学生たちの成長について聞いてみると、「考えながら、手を動かすことのできる学生が増えてきました。聞いてみよう、作ってみようというデザイン的な考え方や姿勢がだいぶ養われて、行動に移せる学生が出てきた印象です。作る楽しみを実感するところから始めて、そこから他の人に役に立つものをという使命感を、5年間で育んでもらえたら」と松下氏は話す。

 最後に、国際高専を目指す中学生や保護者へのメッセージを聞いた。オガワ氏は「ものづくり、デザイン、プログラミングで世の中をより良くしたい、成長したいという気持ちは私たち教員も同じ。ぜひ私たちと一緒に、良い世界を作りましょう」と呼びかけた。松下氏は「あったら良いなを一緒に形にする、モノづくりやコトづくりを、学校をあげて応援しています。そういう経験をしたい学生はぜひ一緒にチャレンジしていきましょう」と熱く語ってくれた。

考え手を動かしながら作り上げていく
考え手を動かしながら作り上げていく

教員もともに学び、学生の取り組みを支援



 国際高専の大きな魅力の1つは、実践の機会が非常に多いことであろう。エンジニアリングデザインの授業での実践はもちろん、学生たちは全寮制であることをフルに生かし、平日・休日問わず日常生活の中で、興味関心の赴くまま取り組んでいるという。教職員が学生の取り組みを暖かく見守り、学びあい、ともに取り組む姿勢をもってきめ細やかにサポートしているのも印象的だ。学びの意欲をすぐに実践できる場の提供こそが、多くの学生のロボットコンテストやデザインコンテストなどの受賞につながっているといえよう。

 英語力や理工系の専門スキルはもちろん、実践をもってエンジニアとしての総合力・人間力を高められる国際高専の教育は、今後の世界をより良く創造する力を持つ学生を育むと同時に、地域を持続可能にするローカルSDGsにも貢献していくに違いない。

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《羽田美里》

羽田美里

執筆歴約20年。様々な媒体で旅行や住宅、金融など幅広く執筆してきましたが、現在は農業をメインに、時々教育について書いています。農も教育も国の基であり、携わる人々に心からの敬意と感謝を抱きつつ、人々の思いが伝わる記事を届けたいと思っています。趣味は保・小・中・高と15年目のPTAと、哲学対話。

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