2022年11月9日、中学受験を子供目線で描いた小説『きみの鐘が鳴る』(ポプラ社)が発売された。リセマムでは著者の尾崎英子氏にインタビューを実施、この作品に込めた思いを聞いた。
ポプラ社の協力のもと、リセマムでは、読者限定で本書の一部を無料で公開する。予定調和では終わらない、ときに残酷でリアルな、4つの家庭の「中学受験」の行方はいかに…。
第一章 真下つむぎ(三月) 1-1
鉛筆を持ったまま頬杖をつき、窓の外を見た。のっぺりと塗ったような灰色の空を、電線ががんじがらめに縛り付けている。さっさと終わらせて、家に帰りたい。つむぎは顔を前に向けて、ホワイトボードの上の時計を見た。
終了時間まで三分くらい残っていた。これで良い、とは思ったけど、この塾に入れてもらえなかったら、また違う塾のテストを受けなくてはならない。それは嫌だからもう一度見直すことにする。
『豊田市や日立市のように、大企業を中心に関連企業が集まり、発展していった工業都市のことを漢字五文字で答えなさい。』
何だったかな。お城のそばに町ができるようなものだと教わったことは思い出せたが、漢字五文字が浮かばない。『城』と書いてみるが後の四文字が埋められず、それも消して白紙にした。
社会なんて、覚えているかどうかなので、わかるものはわかるし、わからないものはいくら考えてもわからない。ア、イ、ウ、エの中から正しいものを一つ選びなさいという問題。四問中、すべて『イ』っていうのは、ちょっと不自然だろうか。でも、どれも『イ』のような気がするんだよね…。
「はい、終了です」
教壇の横に座っていた女性の先生の声で、つむぎは鉛筆を置いた。数秒前には、これで良い、と思ったくせに、終わってしまうと未練がましく書き終えた自分の字を眺めてしまう。
学校の教室の半分ほどしかない部屋には、机と椅子のセットが二十ほどあるが、そこにいる生徒はつむぎ一人だ。先生は、すぐに答案用紙を取りにきた。
あっ、城下町! 答案用紙を回収されたとたん、頭に浮かんだ。そうだ、『企業城下町』じゃん。ちゃんと五文字だし。ああ、もうダメだ。この塾にも入れないかもしれない。そう思ってしかめっ面になったのも一瞬で、たった一問だし、まあいっか、と思う。