DiGRA JAPAN年次大会が開催された福岡市では産官学でシリアスゲーム開発が進行中です。こうした背景から1月5日、DiGRA JAPAN年次大会にあわせて、国際シンポジウム「これからどうなる?どうする?シリアスゲーム!」が併催されました。シンポジウムでは韓国中央大学教授のウィ・ジョンヒョン氏が基調講演「Gラーニングが教育を変える、世界を変える」を実施。その後東京大学大学院特任助教でシリアスゲームジャパンの代表も務める藤本徹氏、九州大学大学院講師でシリアスゲームプロジェクト代表も務める松隈浩之氏もまじえて、ディスカッションが行われました。講演者のジョンヒョン氏はAOGC(現OGC)で来日公演するなど、MMORPGやサイバースペースの論客として、日本のゲームシーンでも著名な人物です。Gラーニングは、そんなジョンヒュン氏が提唱する、MMORPGをベースとした教育コンテンツ。科目は英語と数学で、学習者は数名のチームを形成し、仮想空間上で協力しながら、クエストベースの学習コンテンツに取り組んでいきます。Gラーニングが初めて提唱されたのは2003年のことで、当初はオンラインゲーム大国として知られる韓国でも、かなり抵抗が強かったといいます。これがジョンヒョン氏を中心とした粘り強い啓蒙活動で、徐々に浸透。転機となったのは2009年で、韓国政府の支援のもと、小学校9校と中学校1校でモデル校が設定。2011年には放課後プロジェクトとして、42の小学校で実施されるまでになりました。2010年には米ロサンゼルス、2012年にはベトナムの小学校でも実施されています。日本でも2005年に東京大学・馬場章氏らとMMORPG「大航海時代 Online」をベースに実証実験を実施。2012年には鹿児島県大島郡与論町でNTTドコモ、地元教育委員会と共同で実証実験も開催中です。このように、今では小学校から大学院まで、世界で約200校で実施され、数千人が学ぶまでになりました。ジョンヒョン氏は韓国で行われた実証実験の結果、伝統的な学習法よりも総じてペーパーテストの点数向上が見られたことを示しました。特に難しい問題ほど点数の上昇傾向がみられたそうです。また「通常の授業時間でも生徒達がGラーニングの話題で夢中になり、私語が絶えないため、自粛して欲しいという苦情が出た」「アメリカで休憩時間でも生徒達がGラーニングに夢中になり、教師を驚かせた」などの光景が見られたそうです。もっともジョンヒョン氏はGラーニングを、単に学校の授業をMMORPGに載せ替えただけのものではなく、学習者にとって新しい人間関係や社会との関わりを提供するものだと強調します。なにより「教室中が生き生きとなり、大騒ぎになる」ような光景は、他の学習法では見られないというわけです。またGラーニングでクエストを進めるには、仲間同士の協力が不可欠であるため、いじめの問題が減少する効果もあると言います。このように今では大成功を収めるまでになったGラーニングですが、その道のりは決して平坦ではありませんでした。第二部のディスカッションでは、藤本氏・松隈氏も交えて、Gラーニングが普及してきた道のりや、シリアスゲームの普及・啓蒙活動について、議論が行われました。小さな成功を積み重ねていくことが成功の要件で、担当教諭・学校長・教育委員会と、それぞれの段階で異なる対応が必要・・・ジョンヒョン氏はこのように語ります。韓国の公教育現場ではじめて導入されたのは、2005年のソジュン小学校でしたが、実はジョンヒョン氏の娘さんが通う小学校でした。この時も保護者の一人として学校長に面会を申し込み、そこから協力を取り付けたそうです。放課後プロジェクトに認定されたのも、アメリカでの成功事例があってこそ。「あまりに辛くて、車の中で泣いたこともあります」と言います。「こんなに大変だとわかっていたら、Gラーニングなんかはじめなかった」というジョンヒョン氏。それでもめげずに続けているのは、人と人とのつながり、そして子供たちに対する愛情や責任感から。アメリカで行われた実証実験の時は、専用の教育コンテンツも、開発資金も、開発会社のアテもありませんでした。それでも熱意に負けて、地元の教育委員会から「あなたを信じましょう」と承諾してもらえた時は、感激したそうです。その結果、学校で落ちこぼれだった女の子が、授業の終了後にGラーニングを止めたくないといって、泣き出すなどの一幕も見られました。「自分の子ども時代は、野山で遊び回って大変幸せだった」と娘に語ると「いつも勉強しろと言われるのに、お父さんだけ、ずるい」など、責められるというジョンヒョン氏。「子供たちを取り巻く学習環境は今、たいへん厳しくなっています。教室内の1/3の子供たちは授業が難しすぎ、1/3は授業が簡単すぎるため、苦痛を感じているのです。彼らは私たちが作り上げてきた教育システムの被害者です」(ジョンヒョン氏)。ジョンヒョン氏の講演に対して、松隈氏は「企業にあって、大学や行政にないものはプロデューサーだと言われるが、まさにGラーニングではジョンヒュン氏がプロデューサーの役割を果たしている」と賞賛。また藤本氏は「何事もパイオニアが一番苦労する。ある程度成功すると、フォロワーがどっと押し寄せてくる」と語りました。ちなみに「これからどうなる?どうする?シリアスゲーム!」というテーマ設定について、松隈氏は「あえて『シリアスゲーム』という名前を設定して普及啓蒙活動を行う段階は、すでに過ぎ去っているのではないか」と分析しました。「これからはゲームやアプリが娯楽の枠を越えて、自然に世の中の役にたつ段階になっていくのではないでしょうか」(松隈氏)実際に福岡市の委託事業としてスタートしたシリアスゲームプロジェクトについても、一定の評価を勝ち得ており、来期以降の継続展開が決定したとのことです。また長尾病院などとの協力を得て開発されたリハビリゲーム「起立の森 リハビリウム」も、3月8日から「起立くん」というタイトルで一般販売が開始。来期以降は従来の健康・観光分野から、教育分野への進出も視野に入れていきたいと抱負が語られました。====cap====01 シンポジウムはDiGRA JAPAN年次大会の併設イベントとして行われた02 韓国中央大学・ウィ・ジョンヒュン氏03 東京大学・藤本徹氏04 九州大学・松隈浩之氏05 二部ではGラーニングについてさまざまな質問が飛び交った06 シリアスゲームプロジェクトについて語る福岡市・天本俊明氏07 アメリカで実施されたGラーニングのニュース映像08 アメリカで実施されたGラーニングのニュース映像09 ベトナムで実施されたGラーニングのニュース映像10 ベトナムで実施されたGラーニングのニュース映像11 2003年からはじまったGラーニングのあゆみ12 Gラーニングの4つの基本概念13 ペーパーテストでは難度の高い問題ほど効果が見られた14 ペーパーテストでは難度の高い問題ほど効果が見られた15 Gラーニングのもたらす効果16 シリアスゲームプロジェクトで開発されたゲームが製品化決定17 シリアスゲームプロジェクトは来年度も継続