【高校野球】北埼玉大会、目指せ古豪復活…熊谷商レポート

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熊谷商・花巻東、試合前挨拶
  • 熊谷商・花巻東、試合前挨拶
  • いざ、試合へ向かう熊谷商
  • ピンチをどうかわしていくか…、相談する熊谷商選手たち
  • ベンチ前の熊谷商選手たち
  • ローカルなひろせ野鳥の森駅が熊谷商の最寄り駅
  • 栄光を示すペナントの数々
  • 花巻東のシートノック
  • 熊谷商・笠原拓弥君
今年で第100回となる全国高校野球。その歴史は重い。今大会は記念大会ということで、例年よりも多い代表校が出場することも既に発表されている。埼玉県も、今年は南北に分かれての二校代表ということになっている。

北埼玉大会では、昨夏には全国制覇を果たしている花咲徳栄がいて、昨秋も県大会を制し、今春も準優勝で関東大会に進出するなど圧倒的な強さを維持している。

北埼玉大会で古豪復活を目指しているのが熊谷商だ。かつては春1回、夏5回の甲子園出場を果たしたこともある伝統校である。

伝統校の重みを背負う

熊谷商が一気に全国に認知されたのは1970(昭和45)年夏の甲子園での2回戦のことである。平安との壮絶な打撃戦は、8回まで熊谷商が9対4とリードしていた。ところが9回に先攻の平安が一挙6点を奪い逆転。それでも、その裏熊谷商は1点差を追いついて延長にもつれ込む。

10回、平安は先頭打者の本塁打などで2点を奪い突き放す。さすがに、名門平安の底力で勝負あったかと思われた。ところが、その裏に熊谷商は反撃して連続三塁打で1点を返し、なおも続くチャンスで暴走気味の走塁が相手悪送球を導いて逆転。こうして劇的サヨナラとなった。

こんな試合があったから、地元では名門公立商業校として粘りのあるチームだという評価で人気もあった。それは、その11年後の夏にも再現した。下関商との2回戦も大打撃戦で、お互いに19安打を打ち合う試合は、9回に熊谷商が12対11でサヨナラ勝ちしている。その試合を称賛した歌謡曲のヒットメーカーで作家でもある阿久悠が当時、連載していたスポーツ紙に両校の戦いを称える詩を提供した。その詩は今も、熊谷商の監督室に掲げられている。

そんな熊谷商だが、近年はやはり、男子生徒の普通科志向の流れと有望選手の私学からの勧誘による私学志向により、選手獲得という面からは苦戦状況が否めない。それでも、就任4年目となって、同校OBでもある新井茂監督は、名門復活に対して着実に歩みを続けている。新井監督は前任の八潮南でも、きちっとした好チームを作り上げていくことで定評があった。また、いつもきっちりと整備されているグラウンドは、いつ訪れても清々しい感じがしていた。

試合の準備をする部員たち

そんな新井監督の原点を作ったのが、熊谷商のグラウンドである。ことに、当時から変わらないグラウンドは今もきっちりと整備されている。そんなグラウンドに漂う空気は、独特のものがあるようだ。

以前、こんな事件があったという。

朝、グラウンドへ来てみたら、前日きっちりと整備されていたはずのグラウンドだったのに、一塁へのラインに沿って明らかに裸足で走った跡が残っていた。しかも、一塁ベースを蹴って、二塁へ向かおうとして、戻った足跡である。つまり、中前打を放った走者の足跡なのだ。そして、その近くにビーチサンダルが揃えて並んでいたという。野球経験者が立ち入って走った後ということは明快だった。

後日、その脱ぎ置かれたサンダルを取りに訪れた人物がいたという。新井監督よりも、はるかに上のOBで同期の仲間の中でも行方不明になっていた人物だった。当人は、不法侵入したことを謝り、「自分の人生が不甲斐なくて、それを変えたいと思って、自分自身の原点でもあるグラウンドで気持ちを入れ替えたかった」ということだった。

その人が、その後どういうふうになったということは聞いていないが、「自分が不甲斐ない時、情けないと思った時に、そんな自分を励ましたり、変えるための何かの切っ掛けにしたい…」そんな思いで母校のグラウンドを走ってみたかったのだろう。深夜に無断で学校のグラウンドに忍び込むという行為はともかくとして、そんな思いも引き出してくれるのが、伝統校のグラウンドなのかもしれない。

新井監督は、「大会の時なんかでも、応援してくれる人は私よりもはるかに上のOBや甲子園でのあの試合を見届けていた方なども多くいらっしゃいます。それは有難いのですが、時にはとんでもない厳しい罵声も浴びせられます。だけど、それも熊商を思っていてくれるからこそだと受け止めるようにはしています」と言う。

もちろん、就任当初は結果が出ないと、そんな周囲の声に潰されそうになったこともあるという。それでも、自分が引っ張っていきたいという思いで母校再建へ地道に情熱を注いできた。そして、練習試合の相手も、大谷翔平(日本ハム→エンゼルス)や菊池雄星(西武)を輩出して、今や東北の高校野球を引っ張る存在の花巻東や、この春センバツ初出場を果たして上り調子の勢いがある中央学院など、卑近なところで甲子園出場実績のあるチームを招いて行われることも多くなった。

熊谷商 対 中央学院

また、そうした試合を地元の中学生などにも見学してもらうことで、チームの存在を広く伝えていくことにもなっている。この日も、羽生市の南中学の中川雄介監督が生徒を引率して訪れていた。

「教え子も、今、お世話になっていますし、真面目に頑張れる子には(熊谷商を)薦めたいと思っています」と、地元中学野球部の指導者からも支持は高い。新井監督も、「自分が(八潮南から)異動してきて、生徒たちも一回り以上が経過して自分としてのやり方も、周囲の中学の先生たちにも多少は伝わってきました」と、厳しい環境ながらも伝統の野球部復活へ、ひとつずつ確実に階段を登ろうとしている。

なお、余談ではあるが、「命」の人文字で人気を集めたお笑いコンビTIMのゴルゴ松本も同校のOBで、85年春にセンバツ出場した時のメンバーのひとりである。

【THE INSIDE】高校野球名門校のグラウンドの佇まい…埼玉県立熊谷商の空気が高校野球の歴史の重さを感受させる

《手束仁@CycleStyle》

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