Scratch開発者が示す、AI時代における「人間らしい学び」

 2020年、小学校におけるプログラミング教育必修化が次第に近づいている。プログラミング言語「Scratch」の名を聞く機会は多いだろう。2018年10月20日に日本初開催された「Scratch 2018 Tokyo」を取材した。

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登壇するマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ教授のミッチェル・レズニック氏
  • 登壇するマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ教授のミッチェル・レズニック氏
  • 当日の進行を務めた青山学院大学教授の阿部和広氏
  • 日本におけるScratch登録ユーザー数(2018年10月現在)
  • 登壇するマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ教授のミッチェル・レズニック氏
  • 登壇するマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ教授のミッチェル・レズニック氏
  • 2019年1月に公開される「Scratch3.0」のベータ版
  • 登壇するマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ教授のミッチェル・レズニック氏
  • 2019年1月に公開される「Scratch3.0」のベータ版
 2020年、小学校におけるプログラミング教育必修化の時期が近づいている。さまざまなプログラミング言語、サービス、教材の名を耳にするようになってきた。なかでも「Scratch(スクラッチ)」はとりわけ知る人の多いサービスだろう。その「Scratch」に関するイベント「Scratch 2018 Tokyo」が2018年10月20日に六本木アカデミーヒルズにて開催された。

世界的プログラミング学習ツール



 プログラミング学習のツールとして世界的に利用されている「Scratch」。おもにWebサイト上で提供されているオンラインアプリケーションだ。それぞれ条件や命令が書かれた色鮮やかなブロックを画面上に組み合わせることで、直感的にプログラムを組むことができる、いわゆるビジュアル言語のひとつ。アカウントを発行しサインインすることで、自分が作ったプログラミング作品を登録することもできる。さらに特殊なのは、オンラインコミュニティに参加することで、ユーザー同士が作り方について相談し合ったり、お互いの作品を講評し合ったり、学びのヒントを共有することができるという点だ。

この1年で日本におけるScratchユーザーは約1.7倍に増加

 「Scratch」のはじまりは今から11年ほど前。マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボのミッチェル・レズニック氏率いる研究チームが開発し、2007年に公開された。同年、青山学院大学客員教授の阿部和広氏の手により日本語版に訳され、日本でもほぼ同時に展開を開始した。

 このイベントの進行役を務めた阿部氏いわく、2018年10月現在日本における登録ユーザーは334,710人。この1年で約1.7倍に増加したという。

 教員、学童運営者、教育サービスを提供する企業の担当者、研究者をはじめとする教育関係者、報道関係者を前に、開発者であるレズニック氏による基調講演が始まった。

登壇するマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ教授のミッチェル・レズニック氏

開発者が見た、日本の“Scratcher”たち



 「一昨日行われた『Scratchers Meetup Tokyo 2018』に参加してきました。日本での事例をあまり見たことがなかったので、日本のScratchユーザーがどのように活用しているのか、何を学んでいるのか非常に興味がありました。」(レズニック氏)

 2日前の10月18日に、高校生以下のScratcherとその保護者を対象としたユーザーイベント「Scratchers Meetup Tokyo 2018」が行われたばかり。小学生から高校生までの子どもたちが集まり、自身の作品をオフラインで発表したり、意見交換を行ったという。

 「ある子は地下鉄の運転のシミュレーションができる作品を、またある子は母親が得意な編み物をモチーフに作品を発表しました。プログラミングのスキルはもちろん、自分自身の身近なテーマとリンクさせたり、自身の関心を育んだりしながら、そのアイデアを作品として形に示せる日本の子どもたちの能力の高さに感銘を受けました。我々は開発当初から、Scratchはコンピューターサイエンスを学ぶためだけのツールではないと考えています。今回参加した子どもたちがお互いに質問をし合ったり、アイデアを共有し合ったりして、それをベースに発展させているようすは、まさに我々が理想とする学びの形です。」

ユーザーイベント「Scratchers

“人間らしさ”を身に付けるための「4つのP」



 プログラミング言語の学習としてだけではなく、多様性を受容し、皆で学び合える“フォーラム”として、Scratchを活用してほしいとレズニック氏は言う。

 「AI時代に備えるために必要なのは、テクニカルな技術だけではありません。ロジカルな考え方、創造的な考え方、変化への適応力、そして何より相互に協力し合う協調性が必要です。ルーティンの作業はすべて機械がやってくれる時代がいずれ訪れます。その中で、人間はより人間らしくあらねばならないと私は考えます。クリエイティブに考える。自分だけしかできないことを探し、表現する。それが人間にしかできない“人間らしさ”だと思うのです。」

 Scratchには、それらを身に付けるための仕組みが施されている。その仕組みの柱になるのが「4つのP」だ。

projects:新聞記者が取材をする、家で友達とパーティをするといった企画
passion:興味関心、「好き」という気持ち
play:遊び心を持ち、楽しみながら試みる姿勢
peers:他者との協業

 Scratchでは、各作品を「プロジェクト」と呼ぶ。自身の関心に基づいて、コーディングやデザインを行うことは企画の意味だ。これを作成する過程で、他のユーザーのプロジェクトからヒントを得たり、オンラインコミュニティを活用したり、多かれ少なかれ他者との協業が生じうる。新たなテクニックを試したり、難しいコーディングやデザインに挑戦することで、困難を乗り越える楽しさを感じることもできる。

Lifelong Kindergarten…楽しさがすべての学びの原動力



 レズニック氏の思考や活動には「Lifelong Kindergarten」の思想が通底している。「教える/学ぶ」、「与える/与えられる」の教育ではなく、幼稚園でのアプローチを教育現場にも生かそうとする考えである。個人の関心や興味から出発する学びは、それを軸に、楽しさを伴いながら世界にまで広がりうるものだと、レズニック氏率いるMITライフロング・キンダーガーテン・グループは考える。

 現在日本において推進されている教育は、目的と手法の混同が一部見受けられるように思う。招待講演に登壇した慶應大学教授の村井純氏も言及した。

 「たとえばボウリングの例を考えてみましょう。ボウリングのレーンには、ちょうど中央あたりの床に矢印が書かれているのを皆さんはご存知だと思います。この矢印に向かって投球すると、結果的に最適な角度でボールが転がり、ピンが倒れやすくなるのです。ただ、ボウリングの目的は矢印に向かってボールを投げることではなく、より多くのピンを倒し、よいスコアを出すこと。国連から示されているSDGsの17の目標や、教育指導要領などの指針はあくまでもこの矢印にすぎません。その先にあるピン、つまり本当の目的は各個人の自己実現だと思うのです。」

招待講演に登壇する慶應大学教授の村井純氏

AI時代の人間に求められるものとは



 パネルディスカッションを終えたあと、合同取材に応じたレズニック氏は、昨今話題にのぼるSTEM/STEAM教育についても語った。

 「現状、日本においてSTEM/STEAMというと、理数系能力と偏って解釈されているように感じます。そうではなく、すべての学問や職業に通じる課題解決のためのスキルとして広義に捉えてほしいと思います。これからの未来に必要な人材は、創造性、想像力、自身の興味関心、リスクや間違いを恐れない挑戦心、辛抱強さを身に付けている人間だと考えています。きっと、かけ算を理解することよりも大切ですよ。」

 『Scratchers Meetup Tokyo 2018』に参加した子どもたちからは「将来プロのプログラマーにはならないと思う。そのかわり、僕の将来の夢は…」という声が多数聞かれたそう。Scratchによるプログラミングで習得した課題解決のスキル、レズニック氏の言う創造的思考が、将来どのような進路を辿っても役立つことを、すでに現場の子どもたちは潜在的に体感しているようだ。

脱・ロダンの彫刻「考える人」…ともに楽しみ、つくる姿勢を



 2019年1月には、Scratch3.0の正式公開が控えている。現在はベータ版を公開しており、ユーザーからのフィードバックを受けながら最終調整中とのことだ。モバイルテクノロジーにも対応し、タブレット端末でも使用可能になるほか、micro:bitの拡張機能も追加されるなど、ますます学びの幅と環境が広がる予定だ。

自らmicro:bitとつないだプログラムを作成し「Scratch3.0」ベータ版の実演を行うレズニック氏

 「将来的には、リアルタイムでコミュニケーションや協業ができるような仕組みを入れたいと思っています。しかし、いまだに自分のものは自分で作り上げたい、他人に明かしたくないと考えているユーザーが多いのが現実です。Scratchは、クリエイティブ・コモンズのライセンスに入っていて、オープンソースのコミュニティとして運営しています。アイデアや成果物を共有しながら、自分なりのアレンジや工夫を加え、よりよいものを作り出すという姿勢を身に付けてほしいですね。」

 「楽しさ」を与えるだけでなく、学習者自らが探し、発展させることのできる環境。それが「Scratch」であり、まさに「Lifelong Kindergarten」の思想を具現化したものだ。2年後に迫った小学校でのプログラミング教育必修化と合わせて、「Scratch」の未来にも注目したい。
《野口雅乃》

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