VUCA時代、注目が集まる「コーチング」
--なぜ今、コーチングが注目されているのか、その背景について教えてください。
コーチングには過去にも何度かのブームがありました。共通して言えるのはいずれのブームも、社会的な大きな変化ゆえ、今までの考えが通用しなくなったと多くの人が感じたときに生じているということです。
特に、昨今は「VUCA(ブーカ)の時代」と言われている通り、見通しの立たない時代になってきて新しい考え方が必要と感じている方が多いからだと思います。VUCAとは、Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)という4つのキーワードの頭文字から取った言葉です。
子育て中の保護者の方が「かつて自分が受けてきた教育と今の教育は様変わりしている」「今までと同じ勉強ではだめだ」と思い始めたことが大きいと思います。学習指導要領の改定もあり、かつての受け身の教育では育てることが難しかった「主体的に学ぶ力」「自ら考える力」を育てるための方法として、コーチングが着目されているように感じます。
また、これはあくまで個人的な肌感覚なのですが、コロナ禍で親子で過ごす時間が増えたことで、親子関係の難しさを感じ、コーチングにその解決の糸口を見出そうとされている方も多いように思います。
親子の会話に取り入れたいコーチングのエッセンス
--そもそも「コーチング」とは何かについて、お聞きしたいと思います。
コーチングの語源は「coach」、つまり「馬車」です。そこから転じて「大切な人をその人が望むところまで送り届ける」、直接的な命令や指示ではなく、コミュニケーションを通じて「人の目標達成や成長を支援する」ことを意味します。
コーチングにおける肝は、コミュニケーション手法ということになりますが、投げかける言葉が変わると相手の気分はどう変わるのか、まず例をあげて説明してみましょう。この写真を見た時にどう表現しますか。
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「半分しかない」と言う人もいれば、「半分もある」と感じる人もいるわけです。難解な課題になかなか着手できないときに「なんでできないの?」と問い詰められるよりも「どうすれば着手できそう?」と聞かれる方が、圧倒的に心理的な負荷が少ないのではないでしょうか。
これが、投げかけられる言葉によって見える世界が変わるということのわかりやすい例です。このように言葉がけを工夫し、今まで見えていなかった側面や世界を見せてあげることを、コーチングでは非常に大事にしています。
--親子のコミュニケーションの中に、コーチングを取り入れる際のポイントを教えてください。
本来のコーチングは、コーチとクライアントの両者が合意のうえで進めていくものですが、子育てにおいては堅苦しく考えずに、そのコミュニケーション手法のエッセンスを親子の会話の中に取り入れ、子供の気持ちを引き出してみるという発想が良いでしょう。
親子の会話では煮詰まってしまうとどうしても、「さっきも言ったでしょ」などと言ってしまいがちです。そうではなく、「何があったらできそうかな」と、子供の気持ちを引き出してみること。子供には実現できる力があると信じたうえで子供に問いを投げてみると、子供は意外と答えてくれます。前向きな会話は、親子双方のストレス軽減にもつながると思います。
わが子の目標達成をサポートしたい
--少し具体的にお伺いします。中学受験や試験合格などの目標に向かって頑張っている子供をサポートする場合のコツはありますか。
受験など、本人に明確な目的があるとき、コーチングは非常に効果的です。

これがコーチングの考え方のフレームです。コーチングは、目標や理想の形が明確になっている場合にとてもよく機能します。まず相手に、ゴールは何かを聞き、現状を聞き、ゴールに近づくには何ができるかを徹底的に考えてもらい、最終的には、これからすべき具体的なアクションに落とし込む流れです。
ですので、お子さま自身にすでに何らかの目標がある場合は、子供に車のハンドルを握らせるイメージで自走している感覚を掴ませます。親がそのハンドルを奪ってしまってはいけません。この場合に親がすべきかかわり方は、具体的には目標設定のサポートやリマインド、また「あなたならできる」などの達成プロセスにおける応援です。
たとえば子供が「中学受験を頑張る」と言っている場合、この抽象的な夢だけでは何から手をつけて良いのかわからず、動けません。ただ、せっかくの「頑張る」という気持ちややる気がトーンダウンしないことを大切にする必要はあります。そのために、いつまでに何をするかを明確にしたり、実際に子供がやったことを可視化できるように書き出していったりして、子供自身が前進している実感を得られるよう、見てわかるように目標や成果を可視化して明示してあげると良いでしょう。そうすることで、自ら目標に向かって取り組めるようになるのです。
--子供って、目標を自覚せぬまま、親から吹き込まれたり、ぼんやりとした夢を描いていることも多いと思うんです。
多くの子供が言う目標は、極めて夢に近いことが多いです。親がサポートすることで少しずつ具体化し、ひとつひとつクリアしていくプロセスで、その朧げだった夢が、明瞭な目標になっていくことも大いにあります。
あと、最初は目標があったけれど、途中でだれてしまったという悩みもよく聞きますね。そういう時には、保護者の方は一旦フォローに徹し、遠くにある大きな目標はおいたまま「もっと近くの小さな目標も作ってみよう」と働きかけてみると良いでしょう。成果が見えると子供もやる気になるものです。目標を立てて終わりにするのではなく、こまめにかつ継続的にフォローを続けることが大切です。
一方、初めから目標を立てることができ、自分で頑張ることもできるお子さまは、かえってすべてを背負ってしまって、途中で心が折れそうになったり、過度なストレスを感じてしまったりということがあります。このようなお子さまは、メンタルを守ってあげることを最優先に考えるのが良いでしょう。ストレスを感じているとか、普段とようすが違うなどの変化を感じたら、休ませてあげてください。「頑張らせる」ことは手法を身に付けさえすれば他人でもできますが、お子さまの普段との変化に気付いて立ち止まらせること、休ませることは保護者の方にしかできないことです。
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日常生活へのコーチング活用のコツ
--明確な目標が定まっていない学び、たとえば習い事や日常生活においてわが子を支えるコツなどはありますか。
この場合は、お子さまの「やる気のスイッチ」をお子さま自身に押させる必要があります。それにはまず子供の状況をよく観察するのが重要だと思います。
そのためには子供の気持ちを聞く、行動の裏にある気持ちをよく理解すること。聞くことはコーチングにおいてもっとも重要な技術です。
たとえば習い事にありがちな、「やる」と言うのに練習しない、親だけがやる気になっている、初めはやるって言っていたのにやる気が続かないというパターンを想定してみます。
もしやらない背景に、「自信がなくて挑戦したくない」という気持ちがあるのであれば、やればできると思える経験をたくさんさせてあげることです。その際には言葉で伝えるよりも、成功体験を積ませることが効果的です。子供に先生役をやってもらって親が回答したり、習ってきたことを披露する場を設けたりして「自分はできるんだ」と認識させ、子供の自信を回復させてあげるのです。
まだ「やる気のスイッチ」が入っていないときに「やったほうがいいよ」と言われると、かえって気持ちは遠ざかってしまうもの。「やる」という直接的なアクションでなくても、自分で「楽しいかも」「自分でもできるかもしれない」というきっかけを掴むまで見守ってあげてください。それがいずれ主体的なアクションにつながります。
--親のやる気だけが先走って、子供本人はそもそもやる気がないという話もよく聞きます。
そうですね。将来何になりたいかを聞いたとき「別に何にもなりたくない」と答えるような場合も同様ですが、その場合にはものの見方を変えるアプローチを意識してみてください。
たとえば、ガラスのコップに入った飲み物を飲ませようとしたとき、「不味そうだからいらない」と言われたとします。不味そうなものを「体に良いから頑張って飲みなさい」と無理強いするのではなく、「美味しそうだな」と思わせるようにアプローチの仕方を変えるのです。たとえば左の写真の赤い色水はおいしそうに見えませんが、右の写真はさわやかな味が想像できて、つい手に取ってみたくなりませんか。
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これもコーチング技術のひとつで「リフレーミング」と言い、思考の枠組みや物事の見方を変えることを指します。
近年「飲みたくないのなら飲まなくていいよ」と放置するケースもよく見かけるのですが、これは非常にもったいないと思います。保護者の方がせっかく子供の成長にとって必要だと感じているのであれば、「飲みたくない」「はいわかりました」で諦めるのではなく、ひと工夫して子供の見ている世界を変え、やる気のスイッチに近づけていくと良いでしょう。
--リフレーミングのコツを教えてください。
いずれの場合も、まずはお子さまの言うことに耳を傾けましょう。失敗して落ち込んでいるのなら、その「失敗した。悔しい。悲しい」という気持ちを一旦受け止める。そのうえで「難しいことにチャレンジするきっかけができたんだね」という風に、お子さまが今見ている世界のほかにも、違った角度からの見え方があることを示唆するように、言葉を返してあげることです。言葉の置き換えのポイントは、ネガティブな言葉をポジティブに、過去に囚われている言葉を未来を展望する言葉に、今見れていない世界を見せてあげられるように工夫して置き換えることです。
家族だからこそ、ありのままでぶつかり合える
--日常生活の中で、親子がけんかや摩擦なく過ごすためにコーチングを活用することはできますか。
まず、親子の良好な関係とは何かについて考えてみましょう。摩擦やけんかなく、いつも仲良しな親子だけがそれではないと思います。素の自分でいられる、ありのままの自分を表現できる場こそが良好な家庭だと思うんです。ですので、子供が親に悪態をつくこともあるでしょうし、親も嫌なことを言うときもあるでしょう。「怒りたくない」とか「もっと優しいお母さんになりたい」という悩みをよく聞きますが、ぶつかり合うことができてこその家族なのではないでしょうか。
そのうえで、理想的な関係を築くには相互尊重がキーワード。子供は大人になる準備をしている、未熟な生き物ではありません。子供は今、感性豊かでとても尊い「子供期」を立派に生きているんです。お子さまを自分の分身のように思ってしまう気持ちはあると思いますが、実際は自分とはまったく異なる人格をもった別の人間です。親も子供の世界を尊重していく姿勢が必要です。
尊重するためには、まず会話を重ねること。まず相手の意見を聞くことです。叱らなければいけない場面においても、一方的に叱るのではなく、まず相手がどのようなことを考えているのかを聞いて、自分の意見として伝える必要があります。「あなたはそう思っているんだね。でもお母さんはこう考えるよ」という風に。
--なるほど。会話が鍵になるようですが、コーチングは言語によるコミュニケーションがまだ苦手な子供にも有効なのでしょうか。
言葉のキャッチボールとしての対話は難しいかもしれません。ただ言語での表現がまだおぼつかない幼児のお子さまでも、親がリードしてあげることで成り立つ、言葉のダンスのようなコミュニケーションはできます。言葉をたくさんかけながら触れ合ってほしいですね。言葉のシャワーをたくさん浴びせてあげて、コミュニケーションの土台をつくることが、後に、自分で考え、思考して答えを見つける力につながっていくと思います。
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聞くことで心のスペースをつくってあげる
--目標を達成するためのサポートだけでなく、普段のコミュニケーションでもコーチングの枠組みを活用できるのですね。少し具体的にお聞きしますが、たとえばお友達との関係構築につまづいているような場合、親としてのサポートはどのようにしてあげるのが良いでしょうか。
こうしたケースでは、お子さまの話をひたすら聞いてほしいと思います。
たとえば、コップのふちギリギリまで水が入っていたら、容量以上の水はあふれ出てしまい絶対に入らないですよね。人の心もこれと同じで、心が一杯になっているときには、どうやってもそれ以上は何も入りません。なので、お子さんの心の中に溜まっている思いを吐き出させて、スペースを空けてもらいたいのです。
親としてはじめにすべきことは、つまずいていることの解決策を考えることではないんです。コミュニケーションを通して溜め込んでいたものを外に出すことで、新しい考え方や新しい見方をするためのスペースができます。次のステップで、子供から発せられた言葉を言い換えて、新しい景色を見せてあげてください。
このようなコミュニケーションは、素のままのお子さまと間近で接することのできるご家族だからこそできることです。コーチングのエッセンスを日常生活に活用することで、ご家庭での子育てが少しでも楽になったら良いなと思います。
--本日はお忙しいところありがとうございました。
江藤氏が代表を務めるサイタコーディネーションは2021年6月、新たな取り組みをスタートするという。まず、子育てコーチングを学ぶ既存のコースの他に、受験生サポートコーチングを学べるコースを新設する。取材でもお話しいただいた、目標をもった学びをサポートするためのコーチングスキルを、専門的かつ具体的に学ぶことができる。
また幼児期のお子さまを対象に「クロワール幼児教室」を開校する。教室名となる「CROIRE(クロワール)」はフランス語で「信じる」という意味だ。その後の人生を支える主体性や思考力・表現力等を幼少期から育て、保護者にはコーチング的な関わり方を身に着けてもらうことを目指しているという。教室は四谷の小学校受験協会内。コーチングは、親と子の信頼関係のもとで有効に働き、さらにその信頼関係を強いものにしてくれる。子育てに悩んだら、ぜひそのエッセンスを生活の中に取り入れてみてほしい。
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