【中学受験2023】わが子のスキルを最大限伸ばす「ひとりっ子」的コミュニケーションの極意

 進学塾「VAMOS」代表・富永雄輔先生と、中学受験にも詳しい教育家・見守る子育て研究所の小川大介先生は「ひとりっ子は可能性に満ちた存在だ」と口をそろえる。その背景と、お二人が勧める「ひとりっ子的子育て」について聞いた。

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【中学受験2023】わが子のスキルを最大限伸ばす「ひとりっ子」的コミュニケーションの極意
  • 【中学受験2023】わが子のスキルを最大限伸ばす「ひとりっ子」的コミュニケーションの極意
  • 取材に応じてくれた小川大介先生(左)と富永雄輔先生(右)
  • 『ひとりっ子の中学受験』の著者であり「VAMOS」代表の富永雄輔先生
  • 中学受験指導の第一線に立つ教育家の小川大介先生
  • 富永雄輔先生の著書『ひとりっ子の中学受験』(ダイヤモンド社)
  • 小川大介先生の著書『子どもが笑顔で動き出す 本当に伝わる言葉がけ』(すばる舎)

 「自立できない甘えん坊」「競争心がない」など、世間では常に「心配」の対象と見られる、ひとりっ子。しかし『ひとりっ子の学力の伸ばし方』の著者である進学塾「VAMOS」代表・富永雄輔先生と、教育家の小川大介先生は「ひとりっ子は可能性に満ちた存在だ」と口をそろえる。

 富永先生が「難関校に入学する生徒の大半がひとりっ子」と指摘する、その背景に迫った前編記事に続き、後編となる本記事では、子供の学力を伸ばすプロであるお二人に、子供の可能性を伸ばす「ひとりっ子的子育て」について聞いた。

「競争心がない子」は受験に向いていない?

--ひとりっ子や、兄弟と歳の離れた長男・長女は、世間では総じて競争心がないと言われます。競争心がない子は、受験においては不利なのでしょうか。

富永先生:ひとりっ子は競争心がないとは確かによく聞きます。保護者の方から「どうやってわが子のおしりを叩けば良いのですか」などのご相談も途切れることはありません。でも私が問いたいのは、そもそも受験に競争心が必要なのかということ。私は必要ないと思っているんです。

小川先生:最近の子たちは、ひとりっ子かどうかに関わらず、競争を好まない傾向が強くなっています。今回富永さんが執筆した『ひとりっ子の学力の伸ばし方』において、もっとも大切なメッセージは「競争に依存しない」モチベーションの作り方、子供の伸ばし方だと感じました。

 受験しかり就職しかり、親世代は競争心を煽られて頑張ってきた世代です。ですから、子育てにおいてもやたらと競争心に依存しがちだと感じています。

富永先生:競争心がなくても、受験は合格できます。競争心がないわが子のサポートに悩まれているのであれば、その子のもっている世界観をどうやって引き出すかを考えてみましょう。競争のベクトルを外ではなく、中に向けることが重要です。

小川先生:うちの息子もひとりっ子ですが、常日頃、競争や他人との比較、順位に興味がないと言っています。じゃあ何に興味があるかというと、自分ができたという感覚です。この問題が解けるという喜びなのです。自分の知的好奇心が満たされる満足感、自分でやったという達成感です。これがある子はしなやかで強いんです。

富永先生:最近よく言われる「自己肯定感」ですよね。競争という他者を使った物差しで自分の位置を確認するのではなく、自分の中に物差しをもっているほうが、長い人生を考えたときに、圧倒的に力になると思います。ですから、競争心なんてなくて良いんです。

知識量よりも精神的成熟度を問われるようになった中学受験

小川先生:わが子には競争心がないと心配する親は、子供にハングリー精神を求めていることが往々にしてあります。競争心とハングリー精神はセットで相談されることが多いです。でも今の生活が満ち足りているのに、ハングリー精神なんて生まれません。親世代が育った30年ほど前は、物質的な豊かさが成功のシンボルになりえましたし、中学受験においても人より多くのことを知っていると勝てました。物量こそがすべての時代です。一方、最近の受験は記述問題が多くなり、知識量だけでは太刀打ちできません。

富永先生:やればやるほど伸びる、点が取れる、偏差値が上がるという時代ではないですよね。もちろん、一定の領域までは従来の学習法も通じるでしょう。しかし、学習量だけでは限界があります。子供にハングリー精神を求め、勉強時間や知識量で解決しようとすると、どこかで限界がくるのではないかと危惧しています。

小川先生:具体的な例をあげると、たとえば開成が2001年ごろから国語の出題方針をガラッと変え、長文読解と記述式の回答欄を増やしました。このあたりから、特に関東の中学受験は精神的成熟度を追及する受験に踏み出したと言えます。

富永先生:考える問題、思考力を問う問題を通して、精神的な成長が求められているということですね。このような問題に向き合うには、前提として家庭で精神的な成長を促す必要があります。そのような子育てにおいては、親は見守るという姿勢が大切です。見守るということは、わが子を信じて待ち、必要になるまで手助けをせずに、寄り添うということ。そのようにして子供を見ていると、自分とは違う形の「欲」が子供の心にあるとわかるはずです。

ひとりっ子親にありがちなNG行動

富永先生:兄弟・姉妹を育てていると、こっちの子では上手くいったことがこっちの子では全然だめという、ある種の挫折を味わい、諦めたり、折り合いをつけたりしながら子供のことを見守ることができる姿勢が身に付きます。でもひとりっ子は比較対象がいないので、とことん介入しようとしてしまいます。

小川先生:ひとりっ子の子育てにおいて、親は全能感を感じやすい。「私がいちばん子供のことをわかっている」と思ってしまいがちなんですよね。もちろん、その側面もあると思いますよ。でも、どのような親も、良くも悪くも、ご自身の経験に基づく色眼鏡をかけてしまっています。複数のお子さんが家庭内にいる場合、その違いをきっかけに自分の色眼鏡に気付いたり、見方を修正したりすることができます。子供にはそれぞれに特性があり、親の自分とも違うんだということに、兄弟がいれば気付きやすいのです。しかし、ひとりっ子の保護者の方はそれに気付くタイミングがあまりないと言えます。

富永先生:盲目さと言うと悪く聞こえてしまうかもしれませんが、言い方を変えれば、とことん1人に向き合い、すべてを費やすことができるということ。そういう意味で、親のスタンス次第でひとりっ子は大きく伸びると思っています。その子を丁寧に見てあげて、細やかに気付き、さまざまな環境を用意するということは、時間的にも金銭的にも、兄弟のいる家庭ではなかなか実現できませんから。

小川先生:そうですね。子育て全般で言えることですが、ひとりっ子の子育てで特に注意すべきは、親が1人で育てないことです。パートナーでも、祖父母や親戚でも良いので、子育てを誰かとシェアしていくことが大切です。何より独りよがりにならないこと。繰り返しになりますが、子供を伸ばしたいと思ったら、ひとりっ子に限らず、子供の本来の姿をしっかり見てあげることが大切です。

子供を伸ばす親の合言葉は「しゃーないやん」

--そうはわかっていても、見守る姿勢を貫くことは難しい…。そんなときはどうすれば良いのでしょうか。

小川先生:以前に指導をしていたひとりっ子のお子さんで、ご両親ともに高学歴、お父さまは代々医者というご家庭の例をお話ししましょう。当然、お子さんへの期待は大きく、十分すぎるほどの機会を用意し、教育に対して熱心でした。幼いころはお子さんも両親からの期待に応えることに嬉しさを感じていたのですが、小学生高学年になってくると自我も出てきて、両親の高すぎる期待に応えられなくなってきた。お母さんのほうも、それに対して「どうしても口を出してしまう」と相談しに来てくださいました。親子の関係性が悪くなってしまっていると聞いて、私が提案したことは、物理的に距離をおくこと。お子さんと顔を合わせる機会の多い週末などにはお母さまはホテルに行くなどして、ぶつかるリスクを回避したのです。

 その後、無事に受験が終わったと聞いたときには、我々も安心しました。見守ることができないと思ったときには、まずは第三者に相談することです。そして物理的に距離をとることも、有効だと思いますよ。

富永先生:受験直前期には、取り乱してしまう保護者の方もいらっしゃいますね。受験前、受験期間中というもっとも親の我慢力が試される時期に、親はどのようにしていれば良いのでしょうか。

小川先生:受験シーズンが近づいてきたら、誰だって取り乱しそうになりますよ。特にひとりっ子や初めてのお子さんの場合は、経験もありませんから、親は不安でいっぱいになるでしょう。受験シーズンが近づいたとき、私が保護者の方に伝授する言葉が2つあります。それが「しゃーないやん」「大丈夫」です。受験までに積み上げた知識と思考力と、体力。ここまで来たら、これで勝負するしかないんです。実力以上のパワーが受験当日に発揮されることはまずありえません。もてる力の80%を出せれば、十分良くできたと言えます。ですから、想定していたような万全の実力をもって試験に挑めなくても「しゃーない」のです。私から「しゃーないやん」と言われたときに、はっと我に返るように冷静さを取り戻し、「そうですよね」といえる器を持てるかどうかが子供を伸ばす親の特徴とも言えます。

 ひとりっ子の親の場合、この「しゃーない」と腹をくくる練習ができていない親が多い。だからこそ、距離をおいたり、ぐっと堪えて見守ったりしながら、少し前から対策をするわけです。

 それからもう1つの「大丈夫」は「子供を信じてあげて」ということです。今までしっかり努力して、実力は十分についている。だから、きっと「大丈夫」なんです。

富永先生:子育てにおける執着の手放し方を練習するんですね。

塾は子育てに必須の社会インフラ

--子育てにおいて、セカンドオピニオンがとても重要だとわかるエピソードですね。そういった意味でも塾の存在のありがたみを感じます。

富永先生:私の運営するVAMOSのような中規模塾だと各家庭のニーズに合ったやり方や、細々としたご相談にも対応できますし、それこそが存在意義のひとつだと考えています。それにもかかわらず、コロナ禍もあって、中小塾が淘汰され、大手塾に偏りがちな業界構造になってしまいました。今の塾業界を小川先生はどうみていますか。

小川先生:中小塾が少なくなっていることに関して、個人的には残念で仕方がありません。大手塾、中小塾にはそれぞれの良さがあります。大手塾は、多くの生徒のデータもノウハウも、学校の情報も溜まっていますから、希望校の出題傾向とか、併願校の決め方などは相談しやすいと思います。ネットを活用した情報発信に積極的な塾も多いので、塾の雰囲気や口コミなどの情報収集もしやすいですね。

 一方で、家庭のセカンドオピニオンとして寄り添ってくれるような「顔の見える塾」の存在は、絶対に必要です。少ないとは言え、それでもVAMOSさんをはじめ、良い中小塾はたくさんありますから、ご家庭とお子さんにあったものを使いこなしてほしいと思います。塾は子育てをするために重要な社会インフラの1つだと考えています。大手塾はシステムとして使いこなし、中小塾は子育てのパートナーというように、それぞれの良さを理解した上でご家庭にとってのベター関係を模索してほしいですね。

--セカンドオピニオンとして相談したくなるような、わが子に合う塾選びのポイントを教えてください。

小川先生:塾選びの際に、面談をすると思うのですが、その初回面談のときには、ぜひお子さんを連れて行ってください。そして「先生は、うちの子をどんなふうに伸ばしたいと思いますか?」とか「どうやったらうちの子は伸びると思いますか?」という質問をするのです。

 そこで、話が盛り上がるかどうか。子育て論として寄り添ってくれるのか、塾の実績やカリキュラムの紹介になるのか。大きな違いが出ると思います。子育てについて一緒に考えてくれる塾であればセカンドオピニオンとなるでしょうし、カリキュラムの話の場合はシステムとして上手く活用できるでしょう。面談をしながら親として塾に何を求めているのか見極めると良いですよ。

富永先生:塾に成績を上げることだけを期待する保護者の方もいらっしゃいます。塾を選ぶ際に、得意科目を伸ばしてくれる塾を選ぶのか、苦手科目を克服するための塾を選ぶのか。VAMOSでは、中学受験の5年生の1学期までは得意科目を伸ばし、そのあとは少し我慢して受験のために苦手科目も攻略していく方針なのですが、小川先生はどうお考えですか。

小川先生:5年の1学期までは「得意」を伸ばすという方向性は私も賛成です。ただ、私の場合は「得意」の判断を科目という単位で区切ることはしません。「得意」を伸ばした結果、特定の科目が得意になることはあると思いますが、得意の背景にはその子の特性が隠されています。なぜ好きなのかを分析することで、他の科目にもつながります。たとえば、私は以前から理科という科目は算数と国語の中間地点にあると思っているんです。というのも、具体的な場面から規則を読み取り数字に置き換える、つまり物事を抽象化してみる算数的側面と、場面を具体的に想像して展開をイメージするような国語的側面があるからです。このように考えると、科目という縦割りに縛られずに済むため、その子の力を発揮しやすい学びの方向性が見えてきて、苦手な分野への効果的なアプローチも考えやすいのです。

 ただ、その子の特性を分析して、効果的なアプローチ方法を編み出すという手法にはひとつの大きな弱点があります。このような個別分析と具体的な学習方策の提案ができる人材が、非常に限られるという点です。どうしても属人的なサービスとなってしまい、手助けできる子どもの数がかなり限られてしまうことが課題でした。これを背景に、私は、子供の能力タイプを分類し、それぞれに応じた声かけや関わり方をアドバイスできるシステム開発に着手しています。私が考える「子供を伸ばす子育て」とは、子供の特性をよく理解し、適切に指導すること。これに尽きます。

受験を控える、全国の親子へ

--最後に、受験を控えるご家庭に、エールをお願いできますか。

小川先生:学校や教育方法、そして子供が目指す未来の理想像も多様化していて、現代のお父さま、お母さまはとても大変だと思います。ネットで膨大に出てくる情報を取捨選択して、わが子に合った方法を探すことは親の役割なので仕方ありませんが、迷い、悩む保護者の方が多いことも無理からぬ話でしょう。そんな中、もっとも大切にしてほしいことが「家庭の軸・哲学」です。進学する学校の選択肢や、将来の目標や夢の選択肢が少なかったころは、ある意味迷うことも少なく、道筋がわかりやすかった。そのために各家庭の哲学や軸を考える必要もあまりなかったはずです。それが昨今の情報社会では、これというしっかりした軸を定めておかないと子育てに迷い、決めきれない時代になっています。

 今一度、子育てにおける軸を、各ご家庭で検討してみてください。そうすることで、受験の際の心の持ちようや学校選びも迷いが減ると思いますよ。

富永先生:軸があることで、受験のときも腹をくくって子供を見守ることができることは確かですね。子育ての軸がある家庭は、総じて子供が伸びやすい傾向があることも、最後に付け加えておきます。軸をもつことは目先の事だけでなく、未来志向で考えられることに繋がります。誰かに相談する際の基準もはっきりするため、早めに外部の人に対して具体的な相談を持ちかけ、頼ることもできるようになるはずです。親以外の第三者からの意見、セカンドオピニオンがあるということこそ、伸びる子供に育てるためのヒントになります。受験まであと3か月を切りました。最後まで悔いのない、子供中心の受験を貫いてください。

--ありがとうございました。

 「ひとりっ子は親次第で大きく伸びる」と聞くと、親が手取り足取り導くべきなのかと身構えてしまう。しかしお二人が提唱する「子供が伸びる子育て」の基本は、見守る姿勢だ。

 難関大合格を手にした学生に話を聞くと、往々にして「親に勉強しろと言われたことがない」と答えが返ってくるのも、それは決して誇張されたものではなく、親が適切なタイミングで、具体的なアドバイスをし、子供自身の力で伸びていったことの表れなのかもしれない。そしてそれは、おそらく「勉強しなさい」と口うるさく言うよりも、何倍も手間と時間がかかることだろう。

 子供に目を配る必要のある時期はほんの数年だ。中学受験は子供に丁寧に向き合う、最大のチャンスなのかもしれない。


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富永雄輔氏

進学塾VAMOS(バモス)代表
幼少期の10年間、スペインのマドリッドで過ごす。京都大学を卒業後、東京・吉祥寺・四谷・御茶ノ水・浜田山に幼稚園生から高校生まで通塾する進学塾「VAMOS」を設立。入塾テストを行わず、先着順で子どもを受け入れるスタイルでありながら、毎年約8割の塾生を難関校に合格させている。受験コンサルティングとしての活動も積極的に行っており、年間300人以上の家庭をヒアリング。その経験をもとに、子どもの個性にあった難関校突破法や東大生を育てる家庭に共通する習慣についても研究を続けている。

小川大介氏

教育家・見守る子育て研究所 所長
1973年生まれ。京都大学法学部卒業。 学生時代から大手受験予備校、大手進学塾で看板講師として活躍後、社会人プロ講師によるコーチング主体の中学受験専門個別指導塾を創設。子供それぞれの持ち味を瞬時に見抜き、本人の強みを生かして短期間の成績向上を実現する独自ノウハウを確立する。塾運営を後進に譲った後は、教育家として講演、人材育成、文筆業と多方面で活動している。受験学習はもとより、幼児期からの子供の能力の伸ばし方や親子関係の築き方に関するアドバイスに定評があり、各メディアで活躍中。

《田中真穂》

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