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生物研究のトップランナーが語る「自由研究」手伝う前に保護者に知ってほしいこと

 現役研究者、東大大学院の仲間、国際生物学オリンピックメダリストなど、生物学に特化した6人が配信している「ゆるふわ生物学」YouTubeチャンネル。そのメンバーのひとり、三上智之さんが語る「研究」の魅力とは。子供の夏の体験を豊かにするためのヒントを聞いた。

教育・受験 小学生
国立科学博物館地学研究部 環境変動史研究グループ日本学術振興会特別研究員PD 三上智之氏
  • 国立科学博物館地学研究部 環境変動史研究グループ日本学術振興会特別研究員PD 三上智之氏
  • 「ゆるふわ生物学」公式サイトより
  • 三上さんの原体験は「両親が化石掘りに連れて行ってくれたこと」
  • 「大人になったら何ができるかというのは、おそらく大学までに何をどれぐらいの比率で勉強していたかで決まる部分が大きい」
  • 三上さんが着ているTシャツのイラストは「オオシモフリエダシャク」という蛾(が)
  • 19世紀のイギリスで、もともと多かったオオシモフリエダシャクの白っぽい明色型が減り、黒っぽい暗色型が増えた理由は?(答えは本書に)

 1学期ももうすぐ終わり、まもなく夏休みがやってくる。「この夏は普段できない特別な体験を子供にさせてあげたい」と思う一方、夏のもう1つの風物詩「夏休みの宿題」に身構えてしまう保護者も多いのではないだろうか。特に自由度が高いゆえに、「自由研究」は何をすれば良いのか、保護者もどこまで手伝って良いのか迷ってしまうというのは、「夏休みの宿題あるある」だろう。気負わず楽しく自由研究に取り組めるよう、保護者は子供にどのように関わっていけば良いのだろうか。

 そこで、今回は国立科学博物館でおもに化石の研究を行う傍ら、「ゆるふわ生物学」YouTubeチャンネルにてゲームなどを題材に幅広く生物学の魅力を発信している三上智之氏に、子供のころの過ごし方や研究者に至るまでの来歴、生物学を学ぶ楽しさなどについて話を聞いた。新進気鋭の研究者が語る、研究の魅力とは。「自由研究」に向かう子供に寄り添う親の心構えの参考にしてほしい。

【三上智之氏プロフィール】 国立科学博物館地学研究部 環境変動史研究グループ日本学術振興会特別研究員PD。おもに古生代~中生代の海の化石が専門。鹿児島ラ・サール高校2年、3年時に国際生物学オリンピックで銀メダルを2回獲得。東京大学理学部生物情報科学科を卒業後、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻で博士(理学)を取得。研究活動の傍ら、現役の生物学研究者など生物学に特化したメンバー6名による「ゆるふわ生物学」YouTubeチャンネルにてゲームなどを題材に幅広く生物学の魅力を発信している。2023年7月にゆるふわ生物学著として楽しみながら進化論が学べる『ナゾとき「進化論」クイズで読みとく生物のふしぎ』をKADOKAWAより上梓。


気軽な話題から生物学を深掘りしてほしい「ゆるふわ生物学」

--研究者、YouTube配信、本の執筆など多方面でご活躍ですね。

 そうですね。職業としては、国立科学博物館で、おもに化石の研究をしています。研究対象はアンモナイトや魚の仲間など海の中のいきもので、古生代と呼ばれる数億年前の海のいきものがおもになりますが、それに限らず化石・進化全般が大好きです。

--YouTubeチャンネル「ゆるふわ生物学」はどんな思いから始めたのでしょうか。

 「ゆるふわ生物学」YouTubeチャンネルは、現役研究者、東大大学院の仲間、国際生物学オリンピックメダリストなど、生物学に特化したメンバー6名で配信しています。生物学をもっと気軽な話題から深掘りしてもらいたいと思い、仲間と立ち上げました。生物学って面白いし興味をもってもらいやすいものの、どうしても教科書っぽくなりがちで、いざ勉強しようと思うと取っ付きにくいところがあると思うんです。

「ゆるふわ生物学」公式サイトより

 そこで、たとえば身近なゲームの「どうぶつの森」や「モンスターハンター」「ポケットモンスター」などの世界も、よくみると生物学的に面白い設定がたくさんあるので、きちんと考察したら、ゲームがきっかけで実際の生物学にも興味をもってもらえるんじゃないかと。ゲームの世界観を考察するファンの方はたくさんいますが、実際の生物学でやっていることとあまり変わらない面があります世界観を突き詰めることを現実世界でやっているだけで、同じではないか、という気軽なノリで生物学を楽しんでほしい。研究者にならなくても、エッセンスを身近に感じてもらえたら世界が広がるのではと思っています。

両親が化石掘りに連れていってくれなかったら今の自分はない

--三上さんは子供のころはどんなお子さんだったのでしょうか。

 優等生ではなかったです。勉強自体は好きでしたが、課題があまり好きではなく、夏休みの宿題を最後の日に全部やるタイプでした(笑)。小学生のころはレゴや本や図鑑が好きな子供でしたね。いきものについては当時から好きで、多くの子供と同じように恐竜全般が好きでした。僕の場合は子供のころの“好き”がそのまま、今も抜けずにいるように感じています。

 小学校の先生が化石や恐竜が好きで、「化石はこういうところに行ったら採れるよ」と教えてくれたんです。小学校高学年のときに親が車で化石が採れる場所に連れて行ってくれて、自分で採掘しているうちにどんどんのめりこんでいきました。自分で化石を採るのが楽しくて、これが原体験になりました。本で読むだけよりも、実物に触れて頭を使ったり、実体験で感じたことを突き詰めていったりするのが好きなタイプなので、化石を採っているうちに、恐竜よりも身近な貝などの海の生き物に興味が移っていきました。

三上さんの原体験は「両親が化石掘りに連れて行ってくれたこと」

--ご両親から生物学に対する働きかけはあったんですか。

 実は父が高校の「生物」の教員なのですが、どちらかというと放任的で、生物学を学んでほしそうにされた記憶もないんです。子供の性格はそれぞれなので一概にいえませんが、僕の場合は「やれ」と言われるとやる気を失ってしまい、好奇心のままに自分が面白いと思ったことを深掘りするタイプだったので、 親が、興味のあるところ…化石掘りや博物館に連れていってくれた体験は大きいですね。

--興味を見逃さずに、伸ばしてくれたんですね。

 そうですね。両親に感謝しています。興味のままに、好奇心が伸びる本を自由に読んで、勉強もはかどったんです。好きなことや面白いと思うものは人それぞれだと思うので、自分が面白いと感じるものを見つけることがいちばん大事なのかなと思います。遠い化石採掘場には親の車でないと行けなかったので、「化石を採りに行きたい」と言ったとき、連れていってくれなかったとしたら今の自分はなかったと思います。

 なので、保護者の方々は、お子さんが何を面白いと思えるかを見つける手助けをしてあげる、いろいろな機会を与えてあげるのが大事なのではないかと思います。「面白い」と思わなくても、「面白くない」「これはやらない」と思うのも経験なので、いろいろな世界を見せてあげるのが必要なのではないかと思います。

生物学オリンピックの勉強に没頭、研究者を志す

--中学高校時代は鹿児島のラ・サール学園で寮生活だったそうですが、中高生時代はどのように過ごしましたか。

 ハリー・ポッターがとても好きだったので、寮生活に憧れてラ・サールを目指しました。両親も応援してくれて、期待どおりの寮生活を楽しみました。化石掘りに役立つと思い、登山部に入部し、生物部とパソコン部も兼部していましたが、いずれもそこまで熱心な部活ではなく、ゆるく楽しんでいました。

 部活はゆるかったのですが、中高を通じて、生物学の知識を競う国際コンテスト「国際生物学オリンピック」に挑戦した経験が研究者を志すきっかけになりました。父に「こういうコンテストがある」と教えてもらい、興味をもったのがきっかけですが、代表になったら国際大会に行ける、無料で海外に行けると知り、海外に行ったことがなかったのでやってみようと思いました。せっかくやるなら日本代表になってやろうと、中学2年生から生物学オリンピックのための勉強をし始めて、独学でめちゃくちゃ勉強しました。今振り返っても人生でいちばん勉強した時期です。中学から高校の勉強時間の3分の1から3分の2ほどは「生物」の勉強をしていたと思います。他の教科の宿題そっちのけで、没頭していました。

 生物学オリンピックは、まずは国内予選で筆記試験があり、通過した学生が国内大会の本選に参加します。本選では、実験問題が出題されます。本選の上位者の中から、さらに4人が日本代表として選ばれ、国際大会に派遣される仕組みです。国際大会でも理論試験と実験試験があり、実験試験の問題内容は解剖などさまざま。予選から本線、代表決定、国際大会まで丸1年かかるスケジュールになっていて、僕の場合は中2で勉強を始め、中3で国内大会を受け始めて、高2と高3の時に日本代表になり、国際大会で銀メダルを2回獲得しました。

--銀メダル2回までの道のりでは、ご自身の中でどのような変化がありましたか。

 小学校のころは「いきものって面白い」というくらいの気持ちで、特にアカデミックな興味ではなかったものの、中学・高校時代に大学院レベルの生物学を、深く、幅広く勉強するにつれて、進化に興味をもちました。どこを研究しても進化にたどり着くことを知って「進化生物学」が面白いと感じ、当時の説明では納得できないところもあって、そこを納得したい、まだわからない部分を解き明かしたいという思いが湧いたんです。

高校生のときに国際生物学オリンピックで2回銀メダルを獲得。研究者や先生、仲間たちと出会い「いろいろな知識を幅広く獲得していくことで、ようやく獲得した知識同士が結び付いていくと実感できた」と語る

 大学の先生や研究者からさまざまな研究の話を聞いたり、見たりする機会が多くあったので、「研究とはこういうものだ」というイメージをもつことができました。少し上の学年の人たちを見る、広い世界を知るというのは、学びを進めるうえでも非常に重要ですよね。中高生時代に大学の先生や研究者と話すことによって、いきものの研究をするにも数学や物理が重要で、関連するということを実感できたんです。いろいろな知識を幅広く獲得していくことでようやく、獲得した知識同士が結び付いていくんだと。

--「生物」だけでなく、他教科の勉強にも力が入るようになったのですね。

 「宿題だからやれ」と言われるとまったくやる気は起きなかったんですが、「進化に関係するから微分積分が必要」とわかり、「じゃあ勉強しよう」となって、数学も物理も勉強しました。一見つまらない学校の勉強も、最終的には生きることを提示してくれたのが、生物学オリンピックでお世話になった先生たちと、一緒に出場した同期の仲間でした。「これはあなたが興味がある分野に関係するから」と、自分の興味や価値観の先にあるもの、先を見渡す手助けをしてくれたんです。「ゆるふわ生物学」のわけわかめさんと、まろんさんは生物学オリンピックの同期なんです。生物学オリンピックの国際大会は1週間と長丁場なので、そこで同期の友達と会話する中で視野が広がった経験も多くあります。自分が興味がなくても、友人が興味あるものの話を聞いていると「思っていたより重要かも」と気付かされることが多かったですね。

習得に近道はなく、基礎が大事

--生物学オリンピックの活動で、学問を深めるだけでなく、将来を考えることに関しても幅広い影響を受けられたんですね。保護者は、子供から探究心に端を発した難しい質問を受けることが度々あります。たとえば「動物の人間のほうが植物の桜より菌類のシイタケに近いって納得いかない」と子供に聞かれたり、難しいことを聞かれたりしたときは、どのように接すると良いでしょうか。

 これは非常に難しい質問で、本当に正しい説明をして、心の底から納得するには大学レベルの知識がないと辿り着かないんですね。そういう意味で、探究心を伸ばすには基礎力が必要です。なので、この質問の答えとしては、「その問いの答えを見つけるために、学校の勉強を頑張ろう」となってくれると嬉しいです。

 先ほどの話にも通じますが、探究心を伸ばすにも、基礎が大事なんですね。近道をしようと思うのはかえって良くないです。中学高校のころは、興味をもって深掘りするところは深掘りしつつも、それに関連する分野にも目を置くべきです。たとえば微分積分ができないと「生物」の研究が滞るから、数学や物理の勉強もする、といった長い目で学んでいくことが重要です。

 逆に言うと、大学院に入って研究し始めると、新しいインプットはあまりないんです。自分の研究が精一杯で、違う分野の勉強ができない。そう考えると、人間のバックグラウンドや背景の価値観を作るのって大学ぐらいまでなんです。おそらく研究に限らないことだと思いますが、大人になったら何ができるかというのは、大学までに何をどれぐらいの比率で勉強していたかで決まる部分が大きいと思います。

「探究心を伸ばすためにも基礎は大切。大人になったら何ができるかというのは、おそらく大学までに何をどれぐらいの比率で勉強していたかで決まる部分が大きい」

 それを踏まえると、中学・高校時代という、価値観やバックグラウンドを形作る大事な時期に、いろいろなものに触れて広く学んでいた方が、その後も広い視野をもって面白いことができるかもしれないんですね。人間の価値観は自分が勉強したものの上に積み重なるものなので、広く学んで、豊かなバックグラウンドを構成しておくことが大事だと思いますね。

--探究心を育むには近道しないほうが良いと理解しつつも、大学受験で点数が取りにくい、受験できる大学が限られる等の理由から、高校からの生物離れが問題になっています。

 受験で使うからというのではなく、もう少し気軽にいきものに興味をもったり、面白いなと思ったりするくらいの気持ちで親しんでもらえたらと思います。生物は非常に複雑な仕組みなので、それをきちんと把握するには、暗記作業がどうしても必要です。生物学を本当に突き詰めたいなら、前提知識はどうしても必要なので、暗記が苦手な人には受験科目として勧めるよりも、高校では物理・化学を履修して、大学から生物学を勉強するという道もあります。無理に高校で勉強しなくても良いという考え方もあります。

 ただ、やはりいきものって人間の身近にいるもので、非常に面白い。生物学や進化についてわかっていると、「何のために生きるか」を考えるときのよりどころにもなると思いますし、実際の生活でも役立つ面は多々ありますので、知っていて損はないと思います。

進化に目的はない、結果的にできた形が今いるいきものたち

--自由研究や探究心を伸ばすために著書の『ナゾとき「進化論」クイズで読みとく生物のふしぎ』をどのように活用すると良いでしょうか。保護者におすすめの活用法やアドバイスをお願いします。

 まずは読めるところを読んで、「こんな感じでいきものは進化しているんだ」というのを頭に入れた後で、野菜でも虫でも何でも良いので、身近ないきものを見に行ってほしいです。そうすると、「今、目の前にいる1匹のいきものは、その背景に数億年分の歴史があるんだ」と歴史が感じられて、見える世界が変わる。それを頭に入れたうえで、自由研究を始めてほしいと思います。本の最後の章でも示していますが、この本を読んだ後で、街を歩くだけで自由研究の種がいっぱい見つかると思います。魚屋さんに行って魚の形や色を比べてみても良い。実際に外に出て、自分でテーマを探してほしいですね。テーマ探しのベースになる基礎知識として『ナゾとき「進化論」クイズで読みとく生物のふしぎ』を使ってほしいです。

 いきものに関する自由研究を始める前に特に読んでいただきたいのが第3章(45~61ページ)です。進化には目的がないという説明が書かれています。いきものはまるで人間が設計した機械のようによくできているので、形そのものに目的があるかのように 感じてしまうものなんです。でも実際はそうではなくて、自然淘汰を経て、結果的にできちゃったのがそのいきものなんです。それを知らずに自由研究をすると変な考察になってしまう。いきものの進化や形に目的はない、結果的に環境に適した形ができたもので、目的を果たそうと思って何かをしたからではないということを理解してもらえると嬉しいです。

三上さんが着ているTシャツのイラストは「オオシモフリエダシャク」という蛾(が)
クイズ:白っぽい色の明色型と黒っぽい色の暗色型がある「オオシモフリエダシャク」。19世紀のイギリスでは、もともと多かった明色型が減り、暗色型が増えました。これはなぜでしょう?(答えと解説は本書の51~52ページに!)

--最後に「生物学」の魅力について子供たちにメッセージをお願いします。

 身の回りにいるいきものもよく見ると非常によくできているんです。人間はどうしても人間の方が優れていると思いたがる傾向があるけれど、いきものに優劣はなく、どれも違って、それぞれ非常に面白い。ゲームをきっかけに生物に興味をもったなら、ゲームの世界とリアルの世界でいきものがどう違うか考えたり、ゲームの世界の歴史と地球の歴史を比較したりすると、単純にゲームだけをするより世界が広がります。ぜひどんどん自分が知りたい世界を広げてほしいと思います。

--ありがとうございました。


 生物学に魅かれて勉強し続けた日々と、いきものがもつ豊かな魅力を語ってくれた三上氏。生物学と進化学を理解していることで、身近にいる生き物の長い歴史と精巧さを味わうことができ、この世界の面白さに気付くことができる。学びの喜びは、そうした世界の豊かさに気付けるようになることかもしれないと思ったインタビューだった。『ナゾとき「進化論」クイズで読みとく生物のふしぎ』は、そうした世界を拓くきっかけになる1冊だろう。この夏ぜひ、親子で読みながら、豊かな「生物の世界」に触れて楽しんでほしい。


ナゾとき「進化論」 クイズで読みとく生物のふしぎ
¥1,650
(価格・在庫状況は記事公開時点のものです)
《羽田美里》

羽田美里

執筆歴約20年。様々な媒体で旅行や住宅、金融など幅広く執筆してきましたが、現在は農業をメインに、時々教育について書いています。農も教育も国の基であり、携わる人々に心からの敬意と感謝を抱きつつ、人々の思いが伝わる記事を届けたいと思っています。趣味は保・小・中・高と15年目のPTAと、哲学対話。

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