ポプラ社の協力のもと、リセマムでは、読者限定で本書の一部を無料で公開する。予定調和では終わらない、ときに残酷でリアルな、4つの家庭の「中学受験」の行方はいかに…。
前回のお話はこちら。第一章 真下つむぎ(三月) 3-1
翌日、授業が始まるのは五時からだけど、手続き等があるというのでママと三十分前に塾に入った。
迎えてくれたのは、テスト監督をしていた五十嵐先生と、もう一人、塾長という男の先生だった。
「エイト学舎塾長の八女と申します」
「真下です、娘がお世話になります」
ママと八女先生はお互いにお辞儀をし合った。いかにも大人の挨拶といった会話をすると、「五十嵐くん、ご案内して」と言って、塾長はすぐに向こうへ行ってしまう。あの人が東大卒で、ビミョーに売れたことのある俳優さんなのか。よれよれのカーディガンにクタッとしたネクタイをしていて、どこにでもいそうな優しいおじさんにしか見えない。そんなことを思いながら、つむぎは受付の奥へと進んでいく塾長の背中を眺めていた。
三人になったところで五十嵐先生から、塾についての説明がはじまる。六年生はA、B、C、Dと四クラスあり、成績順というわけではないようだった。定期テストは毎月あるものの、それによってクラスが変わることはない。
「大手塾のシステムに合わなくて転塾してくるお子さんがうちの門戸を叩いてくれることもあります。子供たちを競争させて煽るのではなく、小さい塾ならではといいますか、個性をしっかりみることで、個々に合った手法で伸ばしていく方針です。東フロも毎月のようにクラス替えテストがあったと思いますが、つむぎちゃんはそれでモチベーションを高められたタイプでしょうか」
「頑張っていたようですが…この子もおっとりしたところがあるので、好戦的に競争を楽しめるタイプではなかったんでしょうね」
と、ママはつむぎのほうに顔を向けた。大人が話しているのを聞いて、つむぎは軽く頷く。
そう言われると、たしかにと思う。テストでクラスが上がったり下がったりするのがプレッシャーだった。自分が上がって、穂月が下がったとわかった時、やった! という嬉しさと同じくらい、気まずさを感じた。
クラス替えが原因なのかはわからないけれど、それ以降に穂月が口撃してくるようになって、つむぎは深刻に傷ついた。穂月より上のクラスに上がりたかったわけでもないのに、まるで自分が悪いことをしたみたいで、どうにも気持ちの整理がつかず、塾に行きたくなくなったのだ。
ひと通りの説明をしてから、テキストなどを渡される。東研フロンティアで使っていたのと同じだった。
「では、こちらはご自宅で記入していただき、後日ご提出いただけますか」