長引くコロナ禍や経済の停滞等を背景に、医学部は依然として人気の高い進学先だ。少子化が進む中、大学入試は一部の難関校を除いて全入時代を迎えているが、医学部が入りやすくなる気配は一向に見られない。
なぜ医学部入試はこれほどまでに難しいのか。他の学部と比べて何がどのように違うのか。合格するにはどんな準備が必要なのか…。『「医学部受験」を決めたらまず読む本』(時事通信社)の著者であり、医学部受験界の第一人者として知られる河合塾グループの医系専門予備校メディカルラボ・可児良友氏に、医学部入試の「基本のキ」をわかりやすく解説してもらった。
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右肩上がりの医学部人気、極める難化
--近年、医学部志望者はどのくらい増えているのですか。
河合塾が毎年10月末に実施している第3回全統共通テスト模試で見ると、国公立大医学部志望者は、昨年は一昨年に比べて15%増。今年は前年比5%増(第2回では前年比18%増)です。つまり少子化で受験生の数自体が減る中、医学部だけはこの2年間志望者が増えているのです。
--医学部はなぜこれほど人気があるのでしょう。
世界情勢や日本経済の先行きへの不安から、医学部に限らず、資格が取れる理系学部の人気が高まっています。昔は医学部といえば、親が医師である等、家族に医療従事者がいるケースが多かったのですが、最近はそうした理由から一般家庭からの医学部志望者が増えてきています。メディカルラボでも2022年度は親御さんが医療従事者ではない家庭の生徒が一気に増えた印象があります。
--「医学部入試は難しい」と言われる理由は何でしょうか。
理由は大きく2つあげられます。1つ目は、定員が少なく、志願倍率が高いこと。医学部は、いずれの大学も定員100名前後。厚生労働省によって定員数が厳格に管理されています。
定員数が少ないところに多くの受験生が集中するので、必然的に高倍率になります。2022年度入試では国公立前期で4.0倍、後期で19.4倍。すべての国公立大医学部が2段階選抜の基準を定めており、大学入学共通テスト(以下、共通テスト)で比較的高い得点率の受験生だけが集まったうえでの倍率であることを考えると、かなり厳しい戦いであることが想像できます。
私立の一般選抜の場合は、共通テストによる選抜が行われない分、倍率はどこも10倍以上になります。医学部志望者のうち、10人に1人も合格できないと考えると、非常に高い倍率です。
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2つ目は、ボーダー偏差値が高いこと。上のスライドは、約30年前、つまり今の保護者世代が受験生だったころの偏差値と比較したものです。日本でもっとも受験生が多いベネッセ・駿台記述模試のこの比較データでは、医学部の偏差値がこの30年で高くなっていることがわかります。とりわけ私立の伸びは著しく、最難関の慶應以外はすべて10以上もアップし、今はどこも偏差値70超えです。偏差値70というと、高3生が100万人いる中で、その上位約5,500人に相当します。偏差値80だとたった約300人。このことからも、医学部は理系の中でも最難関の学部だと言わざるを得ません。
医系専門予備校合格者数No.1「メディカルラボ」とは医学部入試の特殊性とは
--医学部入試は他の学部と比べて特殊であり、それがさらに合格を難しくしているといわれています。具体的な特殊性について教えてください。
特殊な点は2点あります。1点目は、大学ごとに出題傾向が大きく異なるという点です。次の表は、ベネッセの追跡調査による受験生の偏差値と合否の関係を示しています。
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ここにあげたのは、ボーダー偏差値が70と低めで、首都圏の大学に比べて比較的入りやすいといわれている地方の国公立大学です。ところがこれを見ると、偏差値が70以上あっても不合格者がたくさんいることがわかります。このデータから、一口に「医学部対策」と言っても、大学によって出題傾向のばらつき具合が大きく、対策しにくいことを象徴しています。
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上記は、出題傾向のばらつきを表したグラフです。たとえば先の「偏差値と合否との関係」の表にあった旭川医科大学は試験問題すべてが難問揃いのため、二次試験で半分から6割取れれば合格できますが、一方で秋田大学は他学部と問題が共通で易しい分、8割でもギリギリ合格できるかどうかです。難しすぎることを前提に部分点を狙うのか、高得点を取るためにミスを根絶しなければならないのか。英語ではさらに顕著で、長文読解が何題もあってスピードが問われるのか、あるいは英作文が多く、高いライティングスキルが必要なのかといった違いがあります。大学ごとの問題の質や量に合わせた対策が求められるのです。
特殊な点の2つ目は、面接試験が厳しいということです。昔は面接がない大学もありましたが、今は国公立私立問わず、すべての医学部で面接を行っています。面接の目的は、医師・医学研究者としての適性や人間性等について評価を行い、不適格者をふるいにかけるためです。たとえば京都大学医学部の募集要項には「学科試験の成績の如何にかかわらず不合格となることがあります」とはっきり明記されています。
下記は、2023年度の国公立大学前期試験での面接の配点です。こうした大学は比較的面接の配点が高いので、二次の学科試験を面接でリカバーして合格する受験生もいます。今や医学部の面接は合否に直結する厳しい内容なのです。
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形態としては、個人面接(受験生1人、面接官2人以上)あるいは集団面接(受験生2人以上、面接官2人以上)の他、グループ討論や、MMI(multiple mini interview)といって特定のテーマについての個人面接を複数回、面接官およびテーマを変えて実施する形式もあります。
なぜ医学部を志したのか、どんな医師を目指すかといった志望理由はもちろん、たとえば千葉大学のMMIのように、医療現場でのさまざまな場面を想定した複数の質問を投げかけられるケースも少なくありません。学科試験の対策だけでも大変なのですが、医学部入試ではこうした面接でも失点しないよう、付け焼き刃ではなくしっかりとした準備をしておく必要があります。
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医学部受験に臨むにあたりチェックすべきこと
--では、特殊で難しい医学部受験を突破するには、限られた期間の中でどんな準備をすれば良いのでしょうか。
いちばん肝心なのは、自分専用の学習計画を立てることです。
そのためには、
●自分の学力に合っているか
●志望大学の出題傾向に合っているか
●志望大学の入試日から逆算したスケジュールか
の3つのポイントを押さえておく必要があります。
自分の学力に合っているか
学校や大手塾、予備校での集団授業は、自分の学力に見合ったカリキュラムとは言えません。メディカルラボには、過去に集団授業の予備校に通っていた生徒も多く在籍していますが、これまでは自分の学力を考慮せずに勉強してきたために成績が伸びなかったという生徒が少なくありません。
医学部受験というと、難しい問題が解けるようにならなければと思い込み、自分に合わないレベルの高い教材に執着して、解法の背景を理解できないまま、ただ丸暗記するというような勉強に陥る人が少なくないのです。一方で、得意科目において伸びしろがあるにもかかわらず、他の受講生のペースに合わせざるを得ず、長所を生かしきれなかったというケースも非常に多いです。
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そのため、メディカルラボではまず、「スタートレベルチェックテスト」を受けてもらい、現状の学力を詳細に分析します。各科目、さらには単元ごとに今の完成度はどの程度かを確認したうえで、それぞれのレベルに合った教材を選びます。苦手なところはつまずいている原因を丁寧に調べて基本に立ち返り、得意なところはもっと伸ばせるよう全教科、個別カリキュラムでサポートします。下は年間計画表の一例です。英語・数学・理科の主要科目は、計画に加えて具体的な目標も立てます。
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志望大学の出題傾向に合っているか
先ほど解説したように、医学部の入試は大学ごとに出題傾向が大きく異なります。そのため、その大学の問題の難度、分量、頻出分野(英語長文の頻出テーマ)、出題形式に合わせた教材を選ぶ必要があります。赤本に載っている傾向と対策に加え、メディカルラボで毎年出版している『全国医学部最新受験情報』(時事通信社)を参考にしていただくと良いと思います。
志望大学の入試日から逆算したスケジュールか
選んだ教材は、掲載されている問題の数を参考にしながらだいたい2か月で1周し、その後3~4か月かけて、1周目でつまずいたところを中心に2~3周繰り返して仕上げるように計画を立てます。ただし、先の年間計画表でお見せしたように、受験学年の場合には直前の2か月は過去問演習の時間に充てる必要があるため、スケジュールを逆算して立てておくことが重要です。
マンツーマン指導で志望大学へ導く「メディカルラボ」とは--医学部入試に向けて、大学別の対策以前に、日々の学習で大切にしておくべきことは何でしょうか。
勉強をする際、問題を解いて答え合わせをして終わりではなく、そこから何を身に付けるのかという目的意識を常に持って勉強することが大切です。では、医学部に合格するために身に付けるべきものとは何か。それは、基礎力と思考力です。
まず、基礎力に関して。教科書傍用の問題集等に載っている基本的な典型問題は、解き方がすぐに頭に浮かぶ状態を目指すこと。ただし、理屈を理解せずにただ解き方だけ丸暗記しても意味がありません。教科書を使って公式がなぜそのように導かれるのか、なぜこういう手順で解くのか等を正しく理解して初めて、基本知識が完全に定着するのです。
基本知識が定着しているかは、誰かに解き方をきちんと納得がいくよう説明できるかどうかで確かめられます。自分ではわかっているつもりでも、説明してみると意外とわかっていないことが多いので、基本知識はアウトプット中心で演習を積み重ねていくと良いでしょう。
もう1つは、思考力。その決め手は、こうして定着した基本知識をどれだけ使えるか。使える知識の量で決まります。
入試問題のような難問では、どの知識を使えば良いか、すぐに方針を立てることは難しいかもしれません。しかし問題の中には必ず手がかりがあるはず。根拠に基づく仮説を立てて、結果を検証していく練習が必要です。
どんなに有名な講師の授業であっても、ただその講師が解いた道筋を見ているだけでは自分で解けるようにはなりません。与えられた文章や資料、データから順番にできることを考えていくべきか、求められているゴールから逆算して考えれば良いのか、あるいは出題者の意図を意識して考える必要があるのか。時間をとって1つずつ問題と向き合い、試行錯誤して、できなければ解答解説を見ながら、自分が見つけたヒントと本来見つけるべきだったヒントと何が違うのか、時間をかけて検証していくのが大事なプロセスです。
メディカルラボの授業では講師が生徒に問いかけ、説明してもらうことが多いです。講師と一緒に試行錯誤のプロセスをたどりながら、生徒が編み出した解答を講師が添削し、フィードバックを受けることで思考力を養います。
過去問演習後には必ず自己分析を
--過去問はどのように活用すれば良いでしょうか。
実践的に点数を取れるようにするには過去問は最良の教材ですが、過去問を解いた後には必ず自己分析をする必要があります。これは、メディカルラボが作成したオリジナルの過去問演習チェックリストです。
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意外と思われますが、この中で大事なのが、時間配分、解答順序、そして捨て問の見極めです。多くの大学ではたいてい6~7割が合格ラインなので、3~4割は難問が出題されることが多くあります。限られた時間を有効に使うため、どの問題から手をつけるのか、1問あたりどれくらい時間をかけるのか、本番を意識して演習することが大切です。特に現役生の場合、選んだ問題が難しければ、5分経ったら一旦あきらめて次にいくといった、問題の捨て方の訓練が十分ではありません。そのため過去問を使って練習する必要があります。
さらに、チェックリストで洗い出した結果、苦手分野が見つかればそれに応じた教材で対策を打っていく必要があります。Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Action(改善)のサイクルのうち、Plan=学習計画、Do=日々の学習、そしてCheckは過去問でやってほしい。Actionでの弱点補強に向けて、過去問演習は最終コーナーのスタートラインとして、とても重要なのです。
入試直前に過去問に取り組み始める受験生もいますが、それだと弱点が見つかっても対策の時間がありません。基礎力が固まっていることが大前提ですが、PDCAをしっかりと回すには、できれば夏休み明けくらいから、着手するのが理想的ですね。
自分の特性と出題傾向を分析して、冷静な受験校選びを
--医学部合格のために受験校選びはどのようにすれば良いですか。
何よりも受験では本人が行きたいところを目指すべきですが、浪人を避けたいのであれば、そこが自分の学力特性に合っているかどうかを冷静に見極めることはとても大事です。
メディカルラボには生徒の学力特性を把握し、その特性に合った出題傾向の大学を受験校として提案する「マッチング」という仕組みがあります。
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入試問題(過去問)には、難度、問題量、配点比率、出題形式、頻出分野それぞれに大学ごとの特徴が見られます。そして生徒の学力にも、たとえば数学であればスピード、情報分析力の有無、ケアレスミスの多さ、必要な情報を選択する力、答案作成力や計算完答力といった要素で得意不得意があります。メディカルラボでは、すべての授業が1対1で行われるので、講師が生徒の学力特性を詳細に分析し、相性の良い出題傾向の大学を提案しています。このような詳細な分析によって各教科で得意を生かせる、さらには苦手がカバーできるような出題傾向の大学を選べば、グッと合格に近づくことができます。
--「マッチング」による指導は自分の実力を客観的に把握でき、医学部受験での大きな強みになりますね。ちょうど2023年度受験生にとっては入試本番の渦中です。医学部受験生に向けて、ぜひエールをお願いします。
問題が難しいときはチャンスです。問題が難しいとあきらめる人が増え、合格ラインが下がります。逆に問題が易しいときは周囲も正解できている可能性が高いので、油断は禁物です。
医学部受験は補欠から繰り上がって合格していくことも多く、最後まで合否の行方はわかりません。最後の最後まで粘り強くやり抜いた人が合格を勝ち取っていきます。どうかあきらめないで、自分を信じて頑張ってください。
--医学部受験を控える高1・2生にもアドバイスをお願いします。
これから医学部受験に挑むみなさんには、3つのアドバイスをしたいと思います。1つ目は、得意科目を1つでも作り、得点源にすること。入試は合計点で決まるので、得意科目で得点が伸びれば苦手科目で足りない点数もカバーできます。
2つ目は、苦手科目の勉強法を見直してみるということ。よく「センスがない」「才能がない」という方がいますが、苦手なのはセンスや才能の問題ではありません。勉強のやり方がずれているだけです。教材のレベルを今の実力に合ったものに見直せば、医学部合格は十分可能です。
そして3つ目は、医学部に合格した先のことをイメージしておくこと。「なんとなく潰しが効きそうだから」ではなく、どういう医師になりたいか、どんな研究がしたいか等、しっかりイメージできている生徒はやはり合格しやすいものです。志望理由書や面接でも必ず聞かれることですし、大学進学後も大切なことです。まだ時間のある高1、高2のうちにじっくりと考えておくと良いでしょう。
--ありがとうございました。
医系専門予備校「メディカルラボ」公式Webページ可児氏の『「医学部受験」を決めたらまず読む本』は、医学部受験の入り口で読むには最適な1冊だ。また、メディカルラボの最新の知見が結集する『全国医学部最新受験情報』(時事通信社)は、医学部受験の際の大学選びには欠かせないバイブルである。医学部受験に備える情報としては、本記事とこの2冊があれば十分と言えるほどだ。受験生は自分にとって、保護者にはわが子にとって、難しい医学部入試をいかに効率良く攻略していくかの参考にしてほしい。