浦和高校の「探究」が進化、教員の思考の壁を破った三菱みらい育成財団の助成

 次世代の人材育成を担う教育活動のサポートを目的に設立された三菱みらい育成財団。その助成に採択された全国屈指の公立進学校、埼玉県立浦和高校「総合的な探究の時間」の取り組みを、担当の塩原壮先生と森川大地先生、OBの方々に聞いた。

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浦和高校の「探究」が進化、教員の思考の壁を破った三菱みらい育成財団の助成
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 2019年に三菱グループが次世代の人材育成を担う教育活動のサポートを目的に設立した「三菱みらい育成財団」は、これまで数多くの教育機関やプログラムを助成してきた。2023年3月30日には、当財団の理念や取組みをまとめた書籍『教育が変われば社会が変わる』(著者:崎谷実穂氏、出版社:KADOKAWA)が出版されている。

 今回、この助成に採択された全国屈指の公立進学校・埼玉県立浦和高校を訪問。同校の「総合的な探究の時間」の取り組みについて、英語科教諭の塩原壮先生と国語科教諭の森川大地先生、OBの方々から話を聞いた。

進学校に求められる学力以外の視点

--浦和高校における生徒の傾向や課題についてお聞かせください。

塩原先生:本校に入学する生徒の学力は確かに高いと思います。ただ、これからの時代に求められる「力」というのは、答えが1つに定まらない、あるいは答えのない中から自分で答えを作り出すものです。その点では本校の生徒も弱さがある。世の中の課題に対して感度が低いと感じることもあります。

英語科教諭の塩原壮先生

森川先生:世の中の環境の変化に対応する力に焦点が当たり始めたのが、ここ10年ほどです。もちろん今までの授業や部活、行事を通じて課題を発見・解決する力は養われていたと思いますが、それは結果的に身に付いていた、ということで、それができる子もできない子もいました。いわゆる「学力が高い」ことと、「課題発見・解決能力の高さ」はイコールではないということが徐々に顕在化しています。より課題を発見・解決する力を養成する必要性が高まっています。

 たとえば、学力が高くても、仕事において創造性のある人とそうでない人がいます。また事務的な能力ならば今後はAIにとって代わられるかもしれないとなったとき、どういう教育活動が行われるべきかは、進学校に関わらず共通した課題です。進学校では学力にアイデンティティを依存する生徒が一定数います。しかし今後は、学力ではなく「自分は何がしたいのか」「何を課題と感じるのか」に目を向けることがこの力を伸ばすうえでは大切だと考えています。

国語科教諭の森川大地先生

塩原先生:わが校の生徒を見ていると、外に目を向け、チャレンジする気持ちをもっともったほうが良いのではと思うこともあります。大人の指導や指図に従順で、元気や活力といった部分が少しずつ弱くなっている印象もあります。

森川先生:教員の見方が変わったからこそ、見えてきたという面もありますね。見る軸が変わると物足りなさが見える。また埼玉県も15歳の人口が少なくなっているうえ、近年は都内の私立や国立の学校に流れる傾向もあって、入学する生徒のタイプは以前よりも幅広くなっています。一方で保護者の教育に対する関心度は高く、どうしても「良い」学校への進学を期待する傾向がある。そうした保護者の期待を背負う生徒が多いのも、元気さや活力を物足りなく感じる要因かもしれません。

自分で課題を設定し、とことんやってみる探究活動

--浦和高校の「探究」の概要を教えてください。

塩原先生:もともと本校では教員の知識や経験、造詣が深い分野について生徒に還元することを目的として、20年前から、教員が設定したテーマをゼミ形式で探究するアドバイザリー・グループ(以下、アドグル)を行っていました。そこに埼玉県が前倒しの形で、生徒が自ら問いを立てる「総合的な探究の時間」を導入し、本校では私と森川が受け持った74期生(2019年度入学)のときに、生徒が自分で問いを立てて探究したいテーマを決め、とことんやってみるというアドグルを加えました。

 「総合的な探究の時間」は、基本的に1年生では学年主体、2年生はアドグル主体で実施しています。1年生は水曜日の6・7限に担任・副担任が指導しますが、基本的にはその年次の「総合的な探究の時間」の担当教員が毎回の企画を立て、それを各クラスの生徒が務める探究係におろして授業を進めます。本校には伝統的に、生徒が主体となって物事を動かす風潮があるので、1年生の「探究」も生徒が運営し、教員は見守って必要なところを助言するスタイルです。

 2年生のアドグルは、基本的に水曜日の6限に授業が空いている教員がすべて担当します。およそ40人の教員で例年35講座ほどを実施。先ほど申し上げた自分でテーマを決めて探究するアドグルの他は、各教員が示したテーマのアドグルに生徒が応募、アドグルリーダーとよばれる教員が生徒たち20人ほどをサポートしています(現在は各年次、週1時間で実施)。

森川先生:自分で問いを立てテーマを決めるアドグルでは、テーマは何でも良いことになっています。ゲーム、起業や株、AIに興味があってそれらをテーマにする生徒もいます。

塩原先生:男女別学と共学の過ごし方の違いや麻雀が強くなる方法、宗教、鉄道等もあります。「共通テストの数学は本当に悪問だったのか」などは本校らしいテーマです。これを探究した生徒が昨年度末、埼玉県の進学校6校が集まった「総合的な探究の時間」の合同発表会で本校の代表として発表しました。

--この「探究」で大切にしていることをお聞かせください。

森川先生:探究的な側面はどこにでもあります。私が本校で強く感じるのは、社会的に認められるような「良いこと」でなければ探究してはいけないと思いこんでいる生徒が多いことです。

 部活であれ趣味であれ、自分の身近にあるもので打ち込む物事があったら、それも実は探究です。たとえば、鳥がとても好きで、鳥の観察を続けている生徒がそれを追求し、将来は鳥の研究の世界で生きていくことも十分にあり得ます。浦和高校の探究でもっとも注力すべきは、その自分の興味関心と勉強は実はつながっていると気付いてもらうことなんです。先ほどの話題にもありましたが、共通テストの数学のテーマも、まさに学業と自分の興味がつながった例と言えるでしょう。

--三菱みらい育成財団の助成事業に応募したきっかけを教えてください。

塩原先生:今から4年前、国際的な人材育成に向けた文部科学省のスーパーグローバルハイスクール(SGH)の指定期間が終了し、それまでの教育活動や海外交流を続ける方法がないかと模索していました。3年前に教頭が「三菱みらい育成財団」の助成事業を見つけ、応募してみてはどうかと勧めてくれたことで、申し込んだところ採択が決まりました。埼玉県が前倒しした「総合的な探究の時間」が始まったものの、1年目は予算的な裏付けがない状態で実施する状況でしたので、本当に良いタイミングで三菱みらい育成財団の助成を受けられることになったわけです。

「良いタイミングで助成を受けられることになった」と語る塩原先生

探究活動の質と量が向上。教育活動のプラットフォームの整備も進む

--助成を受けてからもっとも変わったのはどのようなところでしょうか。

塩原先生:アドグルの最後には論文や発表会を行っているのですが、ここでの内容が質・量ともに向上しました。また特に生徒が問いを立てるアドグルや教員がカバーしきれない専門的な知見を提示してもらう必要があるアドグルでは、基本的に外部から講師をお呼びすることになるのですが、その際に助成を利用しています。

森川先生:探究では成果を発表する場が必要で、助成のおかげで、先ほどの6校合同発表会も大きな外部会場を取って実施できるようになりました。自校だけではやはり視点も固定化するので、他校との生徒同士、教員同士の交流も大切です。来年はもう少し広げられたら良いですね。

塩原先生:進路等の内容を扱うOB講話では、助成を受ける前は1学年にOBが3、4人でしたが、助成後は1クラスに2人と手厚く配置できるようになりました。一昨年からは社会に出て仕事に慣れてきた30代前半のOBに来てもらうことも多くなりました。このように、講師の方をお呼びするときに、金銭面をあまり気にすることなく躊躇せずに呼べるようになったのは大きいですね。

森川先生:このほか、教育活動に必要なプラットフォームであるChromebookやiPad等の端末購入や、体育館へのWi-Fiネットワーク導入にも活用しています。これまでは体育館での集会時に、校舎から70mほどLANケーブルを引っ張ってきてネットワークにつないでいましたが、体育館にWi-Fiが入れば、できることの幅は広がります。Wi-Fi環境の整備は、探究活動のみならず体育や部活など生徒の学習や生活の質に大きく影響しますので、少しずつでも改善したいと考えています。

塩原先生:本校の姉妹校であるイギリスのウィットギフト校との交流や海外研修、科学の甲子園や数学オリンピック等の全国的な大会や、Global Linkといった海外の競技会にも助成金を活用して生徒たちを送り出したいです。

『探究』では成果を発表する場が必要だという。助成のおかげで「6校合同発表会も会場を取れるようになった」と森川先生

教員の「見えない思考の壁」を取り払う

--助成によって、先生方が良かった、ありがたかったと思う点はどのようなところでしょうか

塩原先生:進路関係では先ほどのOB講話をはじめ大学の見学会やOBによる大学構内の案内、1年生の「総合的な探究の時間」では外部講師の招へい等、2022年度も全部で26の事業に助成を活用させていただきましたが、特に「生と性」というテーマでアドグルを担当した養護の山崎*先生は、外部講師招へいに助成を利用できて本当にありがたかったと言っていました。*正しい表記は右上の大が立

森川先生:現場からは感謝の言葉が数多くあがっています。学校には教員が自由に使えるお金はほぼありません。何かをやりたいと思ったときに、金銭面がネックとなって教員たちの思考にロックがかかってしまう。それが今では、職員室の会話でも「助成金を使えば可能なのではないか」という話があがるようになったのです。

 これまでは教員の中に、そもそもお金がかかりそうなことは最初から諦めてしまうという「見えない思考の壁」があったと思います。そうした壁は1年間の助成ではなかなか外れませんが、2年、3年と継続すると教員の間にも助成金の使い方が浸透し、教員が発想するときに、「これ(助成金)を使えばできるのではないか」と、発想したものを実現する方向で考えられるようになる。この助成金は、教育活動の中で生じた「足りない部分を補う」という使い方もできるので、そうした助成金の在り方が教師の活動の幅、ひいては生徒の学びの幅を広げてくれるのだと痛感しています。

--ありがとうございました。


 実際に「探究」の授業を受けた生徒たちはどのような感想をもったのだろうか。

 OBにご協力いただき、自身の高校生時代を振り返り浦和高校での学びとはどんなものだったか、また「総合的な探究の時間」とはどういう学びだったか等、コメントをもらった。35名から寄せられたコメントの中から、一部抜粋する。

--学校生活全般を振り返り、「浦和高校での学び」とはどんなものでしたか。

 「知性、身体を養い、人格形成を行うもの。」
 「自ら主体的に学習を行い、怠ってしまうと痛い目を見る、すべて自分次第であるもの。」
 「勉強だけでなく、部活や行事等さまざまなことを通して人間関係の大切さを学んだ。多くの人と助け合わないと乗り越えられないことばかりだった。」
 「同級生のさまざまな考えに納得させられる機会が多く、刺激されながら自分の主体的な姿勢を確立していくような学び。」


--「総合的な探究の時間」はどのような位置付けと捉えていましたか。

 「自分で答えのない問いを見つけ、解き明かそうとする力を伸ばすための機会。」
 「興味関心を広げ、一般教育とは異なる知識を得るために活動する時間。」
 「良い息抜きになる幅広い発想や解決策が身に付く時間。」
 「友人とコミュニケーションを取りながら、0から1を生み出す能力を育むような時間。」


--「総合的な探究の時間」の授業の感想について。どんな点が自身の学びに影響があったと感じますか。

 「自身の部活動について探究活動を行ったが、普段以上に競技に向き合うことができて、競技力の向上に繋がったと実感した。」
 「主体的に調査し、成果をまとめることで先の学習や他の研究に活かすことができる姿勢が身に付いた。」
 「実験・調査を行いレポートにまとめるという過程が、大学の実験レポートなどを書くのに生かされているように感じた。」
 「グループワークでの報連相や分担などは重視するべき、という意識を、連絡の遅れで作業がギリギリになった経験から学んだ。」


--卒業し、浦和高校を離れて改めて感じることとは。

 「あれだけのびのびと学校生活を送れる場所はそうそうないと思う。今在学している人は滅多にない経験を出来ていることをほんの少しでも良いので自覚してほしい。」
 「ことあるごとに浦和高校での楽しかった3年間を思い出してしまい、それが永遠に戻って来ないことを悲しく思っている。大学でもその先の人生でも、自分のアイデンティティは浦和高校にあると感じている。」
 「周りも複数のことを頑張っていて、自分が決めたことに全力で向き合うことの大切さを学べた。自分が向き合えば相手も応えてくれる良い学校だったと思う。コロナ禍で制限は多かったが、それでも悔いのない学校生活を送れた。」


 生徒中心の学びや探究とは何かを捉える浦和高校の取組みは、三菱みらい育成財団の助成によって、さらに充実したものへと進むことが期待される。日本全国の教育機関や保護者にも多くの示唆があるのではないだろうか。

三菱みらい育成財団
《佐久間武》

佐久間武

早稲田大学教育学部卒。金融・公共マーケティングやEdTech、電子書籍のプロデュースなどを経て、2016年より「ReseMom」で教育ライターとして取材、執筆。中学から大学までの学習相談をはじめ社会人向け教育研修等の教育関連企画のコンサルやコーディネーターとしても活動中。

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