かねてより受験生の人気を集めている早慶(早稲田大学(以下、早稲田)・慶應義塾大学(以下、慶應))や明青立法中(明治大学・青山大学・立教大学・法政大学・中央大学)、関関同立(関西大学・関西学院大学・同志社大学・立命館大学)といった私立の名門大学。各大学の人気度や注目度は、志願者数や志願倍率などから計られがちだが、そうした数字には表れにくい、昨今の人気傾向を示すデータがある。
そのデータとは、東進ハイスクールが独自作成している「ダブル合格者進学先分析(以下、ダブル合格分析)」だ。これは、たとえば早慶を併願して、両方受かった場合に実際に進学するのはどちらかといった最終的な進学先を分析したもの。いわば受験生の滑り止めなどを含んだ受験者数の比較が「仮需」だとすると、同データは、実際に進学した先を示す「実需」を示すデータとも言えよう。
本企画では、東進ハイスクール運営元であるナガセの広報部長・市村秀二氏に「早慶」「明青立法中」「関関同立」について、それぞれのダブル合格分析データを用いつつ、各校の特徴と、それぞれを受験する生徒の進学傾向をインタビューした。第1回となる本記事では、私大のトップ2校である「早慶」にスポットをあてる。
日本の私大の双璧を成す早慶
--早稲田・慶應の各校の特徴について簡潔に教えてください。
言わずと知れた、日本の私大の双璧を成す両雄です。
慶應は、1990年に「総合政策学部」「環境情報学部」という、当時としては耳慣れない新しい学部を設置し、文系と理系の垣根を越えた新しいキャンパスとしてSFC(湘南藤沢キャンパス)を開校しました。SFCでは日本で初めてAO入試(現:総合型選抜)を導入するなど先進的な取り組みが話題になり、それ以降、慶應は日本の大学改革を牽引してきた大学になります。
また、「三田会」という強力なOB・OG会のもと、経済界における慶應卒業生の影響は早稲田を凌駕してきたところがあります。ハイソサエティでオシャレなイメージ、卒業生のつながりの強さ、そして先進性と入試改革。このような追い風に乗って、ライバル早稲田を一歩リードしていたのが慶應だと言えるでしょう。
一方の早稲田も、2004年に国際教養学部を新設したころから、怒涛の改革が始まりました。2007年には理工学部を「基幹理工学部」「創造理工学部」「先進理工学部」の3学部に分割再編し、また、第一文学部と第二文学部を「文学部」と「文化構想学部」に再編。2012年には、来たる2032年の早稲田大学創立150周年に向けた「Waseda Vision 150」を掲げ、グローバル化を進めて「アジアのリーダーになる」というビジョンを打ち出して、グローバルエデュケーションセンターを設置するなど改革を推進し、次々と目標を達成しています。
いつの間にか、かつてのバンカライメージの早稲田から、先進的で国際的でおしゃれな大学へと生まれ変わっていきました。そこに2018年11月から田中愛治総長という強力なリーダーシップをもったトップが登場し、益々改革が加速しています。
大学全体では6:4で慶應への進学が人気
--東進では卒業生の進学先のデータから「ダブル合格者進学先分析」を行っていらっしゃるとのこと。両大学のダブル合格者の進学先について教えてください。
早慶ダブル合格者の進学先データを見ると、早慶の凌ぎ合いを窺い知ることができます。
まずは大学全体として見た場合。これは学部関係なしに、両大学を受験して両方受かった場合の進学率から大学の力を見たものです。弊社がダブル合格データを取り始めたのは2018年ですが、当初は両大学に合格した場合、慶應への進学率が71.5%、早稲田が同28.5%となっており、7:3で慶應が早稲田を圧倒していました。そして直近の2023年では、若干その差が縮まって、慶應への進学率60.9%に対して早稲田が同39.1%で、6:4で慶應が多い結果となっています。いずれにせよ、慶應のリードは変わりません。
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ちなみに、早慶の両大学は、他の私大とダブル合格した場合、ほぼ100%近くが早慶を選ぶ結果となっており、まさに私大の両雄。そしてダブル合格進学率の私大トップは慶應となっています。
同系統学部では政経の数Ⅰ必須を転機に早稲田が逆転
--なるほど。学部ごとに見ると、結果が異なるのでしょうか。
はい。早慶における同系統学部同士のダブル合格進学先データをみると、大学全体を見るだけでは見えないものが見えてきます。2021年に転機が訪れたことが浮き彫りになるのです。
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同系統学部同士のダブル合格では、まず早稲田の政治経済学部と、慶應の法学部または経済学部と併願した場合にどちらに進学するかを見てみましょう。この場合、まず、2018年の進学先を見ると、いずれも多く慶應に進学しています。同様に、両大学の法学部同士、商学部同士、文学部同士も見ていきます。同年は法学部でも、商学部でも、いずれも慶應に多く進学しており、早稲田の先進理工学部のみわずかに慶應より高かったということで、早稲田の1勝8敗ということができます。2018年は慶應の圧倒的な強さが目立ちます。
そのように両大学の推移をみていくと、しばらく慶應の圧勝が続きますが、2020年に早稲田の文学部と文化構想学部が慶應の文学部に勝って早稲田の2勝5敗になり、2021年にはなんと逆転して早稲田の6勝3敗になります。
2021年といえば、早稲田は政治経済学部の入試で数学Iを必須にするという、無謀ともいわれた入試科目変更を行った年です。私大文系学部では数学必須が敬遠されることを承知のうえで、痛みを伴う改革を断行した。その結果、早稲田政経の志願者は前年の71.9%となり、約3割減という大打撃を受けました。この時点では「早稲田政経の入試改革は失敗だった」と総括する声も聞こえました。
ところが、ダブル合格分析の結果は、早稲田の政経が一矢報いたとでもいうべき結果となりました。2021年に早稲田の政経と慶應の法・経済に合格した場合、早稲田の政経に多くの生徒が進学したのです。この逆転現象は一時的かと思われましたが、その後2023年までも逆転したままとなっています。これは、受験する層が変わったということ。数学を必須としたことにより、早稲田の政経への志望度が高い受験生の割合が増えたと言えます。そして難関国立大の併願者が増え、優秀な受験生が集まるようになったのです。とりわけ東大の併願者の増加が注目されました。また、この年から一般入試の定員を3分の2に絞ったことにより、さらに狭き門となり希少性を高めました。
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--そうなると、同系統学部同士で見た場合には、じわじわと早稲田が増えているということになるのでしょうか。それでも、大学全体の進学率では慶應の方が高くなるのはなぜですか。
そうですね。なぜ同系統学部でみると早稲田が強いのに、大学全体では慶應への進学率が6割と多いのかというと、慶應合格者の中には、早稲田で比較的合格しやすい学部と併願しているケースがあるからです。早稲田には人間科学部やスポーツ科学部という慶應にはない学部がありますが、偏差値や難易度から見ると慶應の学部よりも合格しやすい。そのため、「どうしても慶應か早稲田に行きたい」と思っている受験生は、志望する学問系統にマッチしていなくても、そのような学部とも併願します。実際、慶應の文学部と早稲田の教育学部・人間科学部・スポーツ科学部と併願し、ダブル合格している受験数が一定数いますが、その場合はほぼすべてが慶應に進学しています。
--なるほど。慶應受験者の中には、早稲田の中で比較的合格しやすい学部を併願する場合がある。さらにその状況下でダブル合格した場合には、早稲田には進学しないケースが多い。だから全体の進学率では慶應の方が高くなるというロジックなのですね。
改革推進で再評価される早稲田、ブランド力高い慶應
--早慶の学部別ダブル合格ランキングにおいて、トップはどちらの学部でしょうか。
早稲田の政経学部です。5年前は慶應の法学部が1位でしたが、現時点ではダブル合格して早稲田の政経に勝てる学部は他の私大にはありません。
ただし、もう少し古い過去を振り返ってみると、20世紀にはこうしたデータ集計をしていないので明らかではありませんが、かつてもいちばんといえば、おそらく早稲田の政経でした。それが、慶應が1990年にSFCを開設したあたりから急速な大学改革を進め、逆転したのです。特に慶應の看板学部としても名高い経済学部の入試では、数学を必須とする方式のほうが圧倒的に定員が多く、難関国立大と併願しやすい。そうした部分も早稲田を凌駕していた要因となっていました。ただ、昨今は早稲田がまたもち返してきたのです。
早稲田は、先ほどお話しした「Waseda Vision 150」の中で、学部生数を絞り、大学院生を9,400人から15,000人に増やすことを掲げています。慶應と比べて多い学部定員を減らすことで精鋭化し、大学院生を増やして高度な教育を行うことで、より多くの優秀な人財を輩出していく方向を打ち出しています。
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一方の慶應は、近年は看護医療学部と薬学部を新設したに留まり、早稲田と比較すると改革への着手は後手に回った感があります。
--ここに来て早稲田大学が再評価されているのですね。
かつてのバンカライメージを払拭したのも大きいですね。大学を評価する際に、バンカライメージがマイナスとは限りませんが、敬遠される要因の1つであったことは確かです。そうした脱・バンカラのKPIの1つとして、女子学生比率の向上があげられますが、早稲田の女子比率は2007年に33.0%でおよそ3人に1人だったのが、2022年には38.7%と5ポイント以上も伸ばしました。
対する慶應は、2022年に36.2%となっていて、女子比率は早稲田の方が多いのが現状です。しかも、慶應は看護医療学部と薬学部を除くと34.4%となり、同系統学部における女子比率は早稲田が慶應に大きく差をつけています。
諸々の取り組みが評価され、早稲田は2023年6月27日に世界的な高等教育評価機関の英国クアクアレリ・シモンズ(Quacquarelli Symonds:QS)が発表した世界大学ランキング2024において世界199位に入り(慶應は214位)、早稲田が日本の私大トップに立ちました。早稲田におけるとりあえずの目標である200位以内をクリアし、順位が付与された世界の大学の上位13.3%(199位/1500校)に入り、同大学の最高記録を更新しました。また、雇用者の評価では世界24位と注目されています。
--僅差で健闘している慶應についてはいかがでしょう。
もちろん、慶應も法学部や経済学部のブランド力は非常に強く、健在です。大学の学部同士の序列や人気度がわかる、学内併願のダブル合格分析をみると、慶應の経済学部と法学部でダブル合格した場合、87.1%が法学部に進みます。
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今や司法試験合格率の私大トップは慶應です。早稲田を大きく引き離しており、法曹界に行くのであれば、法学部は早稲田ではなく慶應を選ぶという人気の高さがあります。
慶應の看板学部は昔から経済学部だというイメージが強いですが、学内併願の学部ランキングをみると、文系は法、経済、商、文、環境情報、総合政策の順になっていて、必ずしも偏差値の順でないところが面白いと思います。
同様のことは早稲田にも当てはまります。学内併願の学部ランキングをみると文系の上位は政治経済、法、国際教養、商、社会科学、文化構想、文と続きます。
--具体的な分析結果を見せていただき、保護者世代の感覚とは大きく変わってきていることを痛感しました。ありがとうございました。
過去のイメージを払拭し、進化し続ける早慶
私大の双璧をなす早慶は、ますます進化を続けていることが伺えた。どちらも変わりゆく時代と社会に適応するべく大学改革に取り組んでおり、今や保護者世代のイメージである「バンカラ」「おぼっちゃん校」は過去のものとなっている。受験生はそうした学校の取り組みを敏感に察知し、過去のイメージにとらわれず、自らが本当にやりたいことができる環境を選んで進学しているのではないだろうか。両大学の今後の改革がどう進んでいくか、ますます目が離せない。
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