名古屋大学大学院理学研究科の岩見真吾氏らの研究グループは2026年1月23日、東京在住の高校生84人を対象にコロナ禍前後の抑うつに関するWebアンケートデータをエネルギー地形解析で分析した結果、高校生集団全体としてコロナ禍において抑うつになりにくい傾向があったことを明らかにしたと発表した。研究成果は国際学術雑誌「PLOS Medicine」に掲載された。
コロナ禍では感染防止のため自宅待機や外出自粛、マスク着用、オンライン授業など多くの生活様式の変化が求められ、私たちの生活は大きく影響を受けた。これらの取組みは感染拡大の防止に寄与した一方で、心理的な影響も避けられなかった。特に「抑うつ」は誰にでも起こりうる一時的な気分の落ち込みであり、コロナ禍で多くの人が影響を受けたと考えられる。
青少年の抑うつとコロナ禍の関係については、心理的苦痛の増加を示す報告と、学校や社会活動からの解放による心理的負担の軽減を示唆する報告があり、急激な環境変化に対して多様な反応が存在することが示されている。しかし、これらの多くはコロナ禍「後」に実施された調査であり、パンデミック発生前後で青少年の抑うつがどのように変化したかは明らかではなかった。
研究では、思春期の健康と発達を追跡する大規模研究「東京ティーンコホート」に蓄積されているデータの一部を解析した。東京ティーンコホートは東京大学、総合研究大学院大学、東京都医学総合研究所により共同で運営され、世田谷区・調布市・三鷹市から無作為に募集した3,171人の子供とその養育者を対象としている。
この中からWebアンケートへの協力者を募り、84人(男女各42人)の高校生からコロナ禍前およびコロナ禍中(2019年7月~2021年9月)の期間で回答を得た。アンケートには、過去30日間の心理的苦痛に関する6項目についてそれぞれ0~4点で評価する「Kessler 6-Item Psychological Distress Scale(K6)」が含まれており、その合計点(0~24点)が抑うつの指標として一般的に用いられている。
研究では、エネルギー地形解析を適用して、「抑うつのエネルギー地形図」を直接描画し、高校生集団の傾向としてコロナ禍において抑うつになりにくい傾向があったことを明らかにした。なお、研究で得られた結果は、これまでの研究で合計点を用いた結果とも一致している。
さらに、全集団傾向の結果を踏まえ、集団内に存在する個人差を明らかにするため、機械学習を用いて抑うつスコアの時系列データを層別化した。その結果、抑うつスコアが「低く安定なグループ」と「高く不安定なグループ」という2つの特徴的な集団を特定した。
そして、層別化グループごとのエネルギー地形図を用いたシミュレーションにより、グループにかかわらず抑うつになりにくい傾向が確認された。さらに、安定グループでは健康状態から抑うつへの遷移が抑えられる一方で、不安定グループでは抑うつから健康状態へ戻りやすいことが確認された。
加えて、脳発達データ(経時的な頭部MRI検査)の解析により、中前頭回の尾側と側頭極の皮質厚の成長過程がグループ間で異なることがわかった。この結果は、思春期における脳発達の違いが、抑うつの感受性に関与する可能性を示している。
研究では、抑うつの重症度を1つのスコアとして評価するのではなく、心理状態が時間とともにどのように変化し、どの状態に滞在しやすいのかという動的な視点から評価した。具体的には、エネルギー地形解析を用いることで、個人および集団における心理状態の安定性や遷移のしやすさを可視化できる可能性が示された。
また、エネルギー地形解析は、心理状態の変化をより詳細に把握するだけでなく、心の揺らぎや悪化の兆候(早期警戒シグナル)を捉える可能性をもつ点でも重要である。特に、パンデミックのように外的要因が明確な状況では、多くの人に共通した心理的反応が生じる傾向があるため、この解析手法が効果的に機能すると期待される。
さらに、抑うつの動的変化と脳MRIデータを統合的に解析する研究の枠組みは、抑うつの感受性を脳構造の成長過程という発達的観点から理解する可能性を示している。これは、思春期に見られる精神状態の揺らぎを、脳発達という生物学的基盤と関連づけて捉える可能性を示しており、将来的には早期の段階で予防的介入や個別化支援の設計に貢献することが期待される。
一方、研究は、東京在住の84人の高校生を対象とした小規模なケーススタディーであり、得られた結果を一般化するには限界がある。特に、研究での対象は比較的健康で学校に通えている高校生が中心であるため、重度の精神疾患を抱える青少年とは異なる傾向を示すと考えられる。
今後、さらに検証を進めることで、将来のパンデミックや大災害のような大規模な社会変化が生じた際に、精神状態への影響を早期に予測し、支援を必要とする人々を適切に選別できることが期待される。

