【シリコンバレー子育て事情-4】恐るべし、アメリカの家電

誠に恥ずかしながら、わたくし、掃除とアイロンがけは大嫌いである。と言うよりできない。どう器用に立ち回っても絡みまとわりつく、あのコードが嫌。

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アメリカ人女性が結婚祝いに欲しい家電第1位の「クラシック万能ミキサー」。彼らはこれで何でも作る。パイ、キャセロール、コールスローなどアメリカの家庭料理はシンプルなものが多く「我が家の秘伝」と得意そうに言うものほど大したことはない
  • アメリカ人女性が結婚祝いに欲しい家電第1位の「クラシック万能ミキサー」。彼らはこれで何でも作る。パイ、キャセロール、コールスローなどアメリカの家庭料理はシンプルなものが多く「我が家の秘伝」と得意そうに言うものほど大したことはない
  • これが遠い昔に私に試練を与えたアメリカの立形掃除機。がっちりした体形、か弱い東洋系を悩ますヘビィなボディ。パワー、スタイル、居住性、どれを取っても大いに言いたいことがある一品。しかもこのボリュームで1万円以下からご用意させていただいております…
  • 日本ではあまり見かけないクラシカル・テイストのポップコーンメーカー。家電店にはポップコーンメーカーのセクションがある。アメリカ人の中にはポップコーンなしでは生息できない人たちが存在する
 誠に恥ずかしながら、わたくし、掃除とアイロンがけは大嫌いである。と言うよりできない。どう器用に立ち回っても絡みまとわりつく、あのコードが嫌。

 しかし、理想と希望に燃えた1996年、私はアメリカ生活をスタートするに際して「記念すべき第1号機」と同時に「惜しむべき最後の1台」となったフーバー社の掃除機を購入した。アメリカの掃除機は「業務用か?」と思うくらい大きくて重い。小回りなどは効かない。クイックターン?ないない。隅まで行ったら自分がクイックターン! 私は、足にぶつかれば青アザ上等!の重い掃除機と週末ごとに格闘した。

 ところが…だ。ゴミがまったく、ぜんぜん、これっぽっちも、吸われていない。犬のオモチャやトイレットペーパーなどを“まるっと”吸い尽くすほどの大迷惑な吸引力を誇りながらなぜゴミを吸わないんだ。奥が深いのか、実はロースペックなのか? 恐るべし、アメリカの家電。

 しかし試行錯誤を繰り返すうちに私は発見した。なんだ、ヘッドが高すぎて床に届いていないじゃない。だったら体重かけてヘッダーを床に密着させればいいんじゃない? かくして私は片足で掃除機のヘッダーを踏みながらケンケンで掃除をする方法を発案。特許出願中(嘘)。そしてしばらくは疑問も抱かずに大得意でケンケン掃除をしていた。

 しかし、はたと気がついた。アメリカ中の主婦がケンケンで掃除をしているとは到底思えない。もしかしてこれは欠陥品? しかし1996年、渡米したての初々しい私には返品交渉をする度胸もなければ、英文細やかなる「取り説」を熟読する根性もない。ましてや店員を煙に巻くような豊かな英語力なんてない。ナイナイ尽くしだ。そこでボスの秘書であるシェリーさんにお願いして返品に付き合ってもらうことにした。

 当日、掃除機を見るなりシェリーさんに「絨毯の毛足による高さ調節」のレバーの存在を指摘されたことは述べるまでもない。あれから15年、返品天国のアメリカで返品大魔王と化してしまった、わたくし。一度使ったファンデーション、クルーズで1度だけ着用したドレス、パーティで使用した20人分の椅子。用が済んだら返品する。ああ、返品が怖くて誰かに相談していた、あの恥じらい深い私はもう、どこにもいないのね。

◆アンダーテーブル

 今、私の家に掃除機はおろかモップや洗剤の類およびアイロンはない。掃除を含む家事はメイド、庭仕事は庭師、育児と料理はNannyがやっている。セレブ? いやいや、とんでもない。犬4頭養うので青息吐息の犬ビンボーでございます。

 第3回で述べたように、アメリカには信じられないほど低賃金で雇えるメキシカンが存在する。Nannyは別だが、メイドと庭師は、掃除道具や庭のお手入れ用品を自分で購入するより、アンダーテーブルでメキシカンを雇うほうがはるかに安上がりだったりする。

 アメリカではメイドや庭師には2種類のチョイスがある。1つ目はサーティフィケイション(認定書)を持つ「リーガル(まっとうな)」な人たち、主にアメリカ人だ。リーガルな人たちは保険に入っているので物を壊したら弁償するし、仕事がクライアントを満足させられなかったときには条件に応じて返金もする。

 対するもう一方はアンダーテーブルと呼ばれるイリーガル(不法)な人たちだ。料金はリーガルの僅か2割~6割。恐ろしいほど安い。そしてトラブルも多い。まず、たいていの場合、英語が通じない。庭師に関しては「この木は絶対切らないで」と指示した梨の木が見事に切り倒された。メイドにも余計なエネルギーと不毛な時間を費やすことが多い。銘窯の皿もすがすがしいくらい勢いよく割られた。アンダーテーブルが引き起こすインシデントなので弁償されることはない。まさに「キヨミズだっ」のノリで仕事を依頼する。一種の度胸試しのような感覚である。

◆英語が出来れば頂点を目指せるアンダーテーブル

 庭師やメイドの元締めは英語ができる。恐らく英語ができる唯一の人物が“元締め”だ。元締めと意思の疎通を図っておかないと大変な事…「万国パントマイム大会」になる。英語ができない現場のメキシカン相手に、スペイン語ができない日本人では軌道修正は効かない。元締めが顧客を獲得して、庭師やメイドを顧客宅に派遣する。

 メイドも庭師も3~5人組で、運がよければ中に1人カタコトの英語を話せる人間が入っている。恐らく全員がイリーガルである。英語ができれば良い職に就ける。イリーガルの出発点は、男性ならば道路沿いの立ちんぼ、女性ならメイドだ。彼らは州の成人教育プログラムの一環であるESL(English as Second Language)の無料クラスに通い英語を身につける。そして、英語力の上達に従い、飲食店の皿洗い、ポスター張りなどを経てステップアップを繰り返し、英語のできないメキシカンの元締めとして君臨するところまで上りつめる。

 近所のサンドラさんが「マクドナルドのマネージャー、見覚えあると思ったら3年前に庭の草むしりしてたホセよ」と言っていた。ホセは頂点を極めたといってもいいだろう。メキシカンは家族の結束が固いので家を離れることは少ない。一方、限りなく不法入国に近い中国人の年配のご婦人方は、Nannyと呼ばれる住み込みのベビーシッター(乳母)として活躍する。アンダーテーブルならば、一部屋を与えて食事つきで1か月500~1,000ドルで子守のほかに家事全般を請け負い、しかも「中国版おふくろの味」を提供してくれる。しかし、英語のできない中国人Nannyは、アメリカ人家庭は勿論、日本語環境の家には適さない。意思の疎通がまったくできないのだ。中国人Nannyを雇うのは主に中国人のITエグゼクティブ家庭である。

◆転んでもただでは起きない前向きな女性たち

 私の家には「アメリカ人の男性と離婚した現妻(だった)」日本人女性が平均1年交代でNannyとして住み込んでくれている。私は職業柄、出張が多いので非常に助かっている。やはり日本人には日本食が一番。仕事から戻るとNannyが暖かいお味噌汁を用意してくれている。至極の瞬間だ。

 私に必要なのはオトコではなくNannyなんだと、途方もなく後ろ向きな思考になってしまうが仕方ない。背に腹は変えられない。彼女たちは日本に戻らない覚悟で渡米してくる「ハガネの志」を持った女性たちである。離婚後、体勢を立て直すために1年はNannyに甘んじるが、常に先を見据えている。これまで私の家にいた3人のNannyは皆、ステキな女性だった。1人は大学の修士課程に進み、1人はネットでお見合いをしてテキサスに嫁に行った(娘を嫁に出す心境だった)。最後の1人は資格を取るために日本に戻った。

 Kちゃんの鳥料理、Sちゃんのお好み焼き、Mちゃんの具が大きいカレーと、彼らが作る“伝説の一品”は、子どもたちにとってルーツである日本の味として、Nannyとの美しい想い出と共に心に刻まれていることだろう。Kちゃんはネイルアーティストの資格を持っていたので、彼女がいた頃の我々の爪はいつも絢爛豪華だった。

 4頭の犬たちも私よりもNannyに懐いていた。毎日が女子会で楽しい。ちなみに、あたくしもしますわよ、お料理。バタごはんとか、タマゴかけご飯とか…、Le Creusetの蓋落下流血沙汰事件なんかも勃発しましたが、そのお話は別の機会に。

 私がこうして暮らして行けるのはNanny、庭師、メイドの皆様あっての事と、常に肝に銘じている。そして、人知れずいつも心の中で彼らに対し感謝の思いをこめて手を合わせているのだ。
《Grace(Hiroko) YAMAZAKI》

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