認知症「学習療法」、海外初トライアルで効果を証明…くもん学習療法センター

 日本公文教育研究会 くもん学習療法センターは6月20日、日本で生まれた学習療法の米国進出となるトライアルの成果を発表。共同研究者である東北大学加齢医学研究所の川島隆太教授とともに、プレスセミナーを開催した。

生活・健康 健康
くもん学習療法センター 代表 大竹洋司氏
  • くもん学習療法センター 代表 大竹洋司氏
  • 東北大学加齢医学研究所 川島隆太教授
  • 米国用 音読教材の例
  • 米国用 計算教材の例
  • 米国の高齢者介護施設での学習風景
  • 実験結果 〜MMSEおよびFABの平均スコア〜
  • 実験結果 〜MMSEおよびFABのスコア分布〜
  • 実験結果 〜MDSのスコア分布〜
 日本公文教育研究会 くもん学習療法センターは6月20日、日本で生まれた学習療法の米国進出となるトライアルの成果を発表。共同研究者である東北大学加齢医学研究所の川島隆太教授とともに、プレスセミナーを開催した。

 くもん学習療法センターと川島教授は、海外初の学習療法トライアルを、2011年5月から6か月間、米国の高齢者介護施設で実施。その結果、日本と同様に、学習者の認知症状の維持・改善、施設スタッフのモチベーション向上等の効果が見られ、学習療法のユニバーサル性が証明された。この成果を受け、2012年5月より、同施設および関連施設(計4施設)で学習療法を正式導入。さらに今後は、費用対効果を調査するための大規模スタディに向けて取り組んでいく。

 学習療法は、川島教授を中心とし日本公文教育研究会らが参加した国家プロジェクトにより、2002年にその効果が科学的に証明された認知症の非薬物療法。学習は、高齢者が各人の残存能力で可能な、簡単な計算および音読、介護スタッフとの会話で構成される。

 現在、認知症の維持・改善のための「くもん学習療法」が約1,400の高齢介護施設に、認知症予防のための「くもん脳の健康教室」が200以上の自治体等に導入され、国内で17,000名以上の高齢者がくもん学習療法センターの学習療法に取り組んでいる。

 学習療法の効果は、学習者のみならず、学習療法を実施する介護スタッフ側にもあるという。くもん学習療法センター 代表の大竹洋司氏は、「学習療法を通じて高齢者と対面することで、高齢者一人ひとりの人生・歴史を知り、それを日常の介護に生かすことで、仕事に対するモチベーションが向上。介護スタッフの離職率の改善につながっている施設も数多い」とその効果を説明した。

 今回の米国におけるトライアルは、「パーソン・センタード・ケア」を理念とし120年の歴史をもつ、オハイオ州クリーブランドのNPO法人高齢者介護施設「エライザ・ジェニングス・シニア・ケア・ネットワーク(Eliza Jennings Senior Care Network)」(以下、EJ)で行われた。事前に6か月かけてEJスタッフが学習療法を習得した後、2011年5月から6か月、実際に認知症を発症しているEJの23名に学習療法を実施すると同時に、比較のために学習療法を実施しないEJ関連施設の24名を経過観察。教材は、米国人(今回は白人)が小さい頃から慣れ親しみ今も楽しく読める音読教材と、日本でも使用している計算教材で構成した。

 トライアル結果の評価には、認知機能の世界標準となっている2つの指標、認知能力や記憶能力を評価する「MMSE(認知機能検査)」と、前頭前野機能を評価する「FAB(前頭葉機能検査)」を使用した。トライアルに最終まで参加した介入群(学習療法を実施したグループ)19名と、対照群(学習療法を実施しないグループ)20名のスコア平均は、開始時はほとんど違いがなかったが、6か月後には、MMSEは介入群は上がり(15.9→18.6)対照群は下がり(16.2→13.9)、FABも介入群は上がった(6.7→7.8)のに対し対照群は横ばい(6.2→6.3)であった。また、スコアが改善・不変・悪化した人の割合で見ると、MMSEは介入群で改善した人は80%、対照群で改善した人は25%、といったように、介入群に優位性が認められた。

 さらに、米国の介護施設に必須となっている、施設の質を見るための「MDS(Minimum Data Set)」では、認知機能総合指標・気分障害総合指標ともに、介入群の優位性が認められた。なお、今回の両群の平均年齢は、介入群が86.1歳、対照群が88.6歳であったため、介入群の80歳未満の被験者を排除した16名で比較検討した場合も、同じ結果が得られ、年齢依存でないことも証明された。

 トライアルの過程では、認知症に特徴的とされる、不愉快な表情を崩さず、スタッフが話しかけても反応しなかった学習者が、1か月後には、顔つき・服装・髪型に変化が表れ、人と会うことを意識できるようになっていったという。これは、読み書き・計算といった「作動記憶トレーニング」によって、頭の中に情報を保持する作動記憶力が向上する(学習の効果)だけでなく、コミュニケーション機能などQOL(クオリティ・オブ・ライフ)と関わる能力も向上する(転移の効果)ことを示している。

 こうした米国での効果が、国内と同様であったことから、文化や言語の違いを越え、ユニバーサルな学習療法の優位性が判明した。今回の学習療法トライアルの成果を受け、EJでは2012年5月より、学習療法を同施設および関連施設(計4施設)に正式導入している。

 川島教授は今回の成果について、「EJのスタッフにとって、従来の認知症のケアは“Hopeless Routine Work”で希望が見えず、感覚としては“ホスピスケア”に近いものだったかもしれない。しかし学習療法を取り入れることで“Meaningful Creative Work”になり、“医療”にシフトするという、日本で見てきたことを米国でも見ることができた」と語る。

 また現在、学習療法には、“要介護度”を動かさない効果があるということが、日本の多くのデータから見えてきているという。「学習療法の教材費用は大きく見積もって約3万円/年程度。一人につき約10万円/年の介護保険費用を削減できれば、その経済効果は大きい。費用対効果の検証を大規模スタディによって行うことができれば、本当の意味で日本の認知症患者に対する取組みが世界中を救うという確信がもてる」(川島教授)。

 プレスセミナーには、フィンランド政府も出席しており、川島教授らは、日本では難しい大規模スタディを、外国政府のもとで行うことも視野に入れているようだ。超高齢化のトップランナーである日本発の学習療法として、認知症状の維持・改善、スタッフのモチベーション向上、施設の介護ケアの質の向上といった効果に加え、今後は費用面からもその優位性を証明していく考えだ。
《柏木由美子》

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