【EDIX2016】予算がなければ知恵を出す…古河市に学ぶICT導入と運用法

 2016年5月19日、古河市教育委員会指導課参事兼課長の平井聡一郎氏が教育ICT環境を整えるまでの経路と運用方法について講演を行った。気になる費用やICT主事は誰が担うのか、といった問題を解決するヒントを聞こうと、多くの教育関係者が集まった。

教育ICT 先生
古河市教育委員会指導課参事兼課長の平井聡一郎氏 ジョークを交えながら内容の濃い60分の講演を行った
  • 古河市教育委員会指導課参事兼課長の平井聡一郎氏 ジョークを交えながら内容の濃い60分の講演を行った
  • EDIX開催2日目 会場のようす だんだん来場者が多くなってきた
 日本最大の教育分野の専門展「第7回 教育ITソリューションEXPO(EDIX:エディックス)」において、古河市教育委員会指導課参事兼課長の平井聡一郎氏が教育ICT環境を整えるまでの経緯と運用方法について講演を行った。会場は満席。気になる費用やICT担当者の問題についてのヒントを聞こうと、多くの教育委員会や学校関係者が集まった。

 教育ICT環境の整備と、ICT機器を利用したアクティブラーニングや反転授業など、新しい学びの手法が注目を浴びて久しい。しかし、教育現場からは「人もいない、お金もない。そんな状況で次世代の学びや教育ICT導入なんて、土台、無理な話」と嘆く声も聞こえてくる。

 平井氏によれば「指導をしている教員のほとんどはICT機器の利用も、主体的な学びも教えられてこなかった」世代。国の方針に戸惑いながらも、果たして教育者はどのようにして子どもたちに教育ICT環境を整えるべきか。

 平井氏が旗を振り、古河市内の小・中学校32校へのLTE対応タブレット導入を進め始めたのは2015年初頭のこと。9月には市内の小学校23校に1,400台が導入され、ICT機器を利用した本格的かつ近代的な学びがスタートした。では、いかにタブレット端末を教育現場に導入したのか。

古河市が抱えた現実…ICT導入までの道のり



 古河市教育委員会がまず行ったのは、行政担当者との意思疎通。教育現場のICT指導主事が思い描くICT機器導入の目的と目標を明確にし、予算や導入に必要な種々の申請を担う行政担当者との関係を密にした。行政や議会は、「敵」ではない。

ICT機器の導入手順…そのスマホ、何年使いますか?



 導入の手順は、競争入札による一括リースの検討から始まる。教育現場への教材・ICT機器リース期間は通常、3年・5年・6年などの単位が多い。長期間リースのほうが、割引が効き安く利用できることもあるが、ICT機器の流行り廃りのサイクルは非常に早いため、安易に価格で判断すると、時代遅れのICT機器を長く利用させることになりかねない。自分の身になって考えてみると、スマートフォンの買換えは2、3年であることが多いのではないだろうか。古河市は“自分ごと”として子どもたちの利便性に向き合い、リース期間は3年に定めた。

入札後のカギは「業者任せにしない」調査と議論



 入札後はベンダーからの一括購入を行う。タブレットの導入に関し、古河市が抱えた課題は「通信料・予算」と「通信品質。もし、公教育の場に十分なWi-Fi環境を導入するとなると、環境構築費などにかかる総費用は億単位にのぼることがわかった。通信品質の問題はすなわち、授業の質の低下に直結する。費用も抑えながら、学習が途切れない通信環境を実現するにはどうしたらよいのか。

 古河市はICT機器の導入をベンダー任せにせず、自分たちでも調査を重ね、通信キャリアなど関係する事業者にも、より課題解決に近い条件の提示を仰いだ。度重なる検討のうえ、古河市に導入されたタブレットは古河市の予算にそぐわないWi-Fiモデルではなく、アクセスポイント(AP)に依存しないフルLTE対応型が選択された。運用には、サーバー構築方式ではなくフルクラウド型を採用。通信キャリアとの契約方法も、キャリア担当者と議論を重ね、費用を抑えた分割方式とした。「金(費用)がなければ知恵を出す。導入しても運用できないのなら意味がない。子どもたちが使いたくなる機器の導入にこだわった。」(平井氏)

導入、その後…「伝道師」制度の創設



 手順はわかった。では、ICT機器の指導主事は誰が務めるのか。古河市教育委員会のICT機器担当者は当初、1人で市内小学校23校の機器管理を行っていた。しかしこれでは本人の業務に支障が出るし、各校への十分な対応も現実的でない。

 そこで、平井氏は兵庫県淡路市の先行例に学び、「教育ICTエバンジェリスト(伝道師)養成プログラム」を作成。平井氏自らが面接と論文による選考担当を担い、ICT機器を利用した教育に意欲のある教員を募った。2015年当初は、小・中学校32校を対象に公募し、15人のエバンジェリストを任命。研修や意見交換によってICT機器に関する知見を蓄えたエバンジェリストたちが誕生し、彼らの中にはすでに、ほかの教員にICT機器に関する講習会を行う立場にあるものも現れてきた。「小さく初めて大きく育てる。これがICT導入の秘訣。」(平井氏)

ICT機器導入=学力向上はまだ早計、見えてきた未来への光



 EDIX会場では、北は北海道、南は鹿児島からやってきた教育関係者に出会うことがあった。どの関係者も、自分の地域に新しい学びを導入するためには何から始めるべきか、我がこととして真剣に考えていたことが印象深い。古河市の先行事例はまさに、導入から運営までの経緯を示す一例として参考になる点が多いだろう。

 古河市の本格的なICT教育は2015年9月に始まったばかり。開始から数か月後の2016年3月には、小学校6年生がタブレットやプロジェクターを自由に操り「将来の夢」を発表する姿が見られたそうだ。

 「ICT機器の導入で学力が向上した、という結果はすぐに得られるものではない」(平井氏)が、古河市内の小学校23校では「ICT機器を導入してから、子どもたちの学習に取り組む姿勢が前向きになった」(平井氏)という。平井氏は、「1年生からICT機器を使いこなし、主体的な学びを実現していったとしたら、6年生では一体どのような姿になるのだろうか。彼ら・彼女たちの成長に期待したい」とし、講演会を締めくくった。
《佐藤亜希》

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